第二百三十四話『二柱の神』
これはこれでうまくいっているんだろう
今日は守矢神社で神事がある。
詳しい内容はよく知らないが、たまたま里で参加する人たちをまとめていた東風谷と遭遇し、『先生も是非』と誘われたため、見物がてら参加することにした。
まあ、里の人達は歩きで、僕はここまで飛んできたので始まるまで時間が掛かるんだけどね。
「いやー、しかし、ひっさしぶりだからちゃんと出来るか不安なんだよね」
「久し振りなんですか」
んで、その間、いつもとは違う衣装に身を包んだ神奈子さんとダベっていた。
「ああ、そりゃそうさ。外にいた頃は、こういう神事をしても全然人が集まらなかったからね」
「成程」
有名な神社ならともかく、そうでなければ正月くらいしか神社の出番ないしな。近所の神社で例大祭あっても僕も参加した覚えがない。
「ま、そんなわけで、こっちに来てからもやるのすっかり忘れていたわけだ」
「……忘れてたんですか」
「仕方ないだろう。最後にやったのは早苗が生まれる前だし。行事とかは基本的にあの子に任せっきりだったから、早苗が知らない神事はやってなかったんだ。今回は偶然思い出したのさ」
「東風谷に頼りっぱなしですね……」
本人もやる気満々だから良いと思うけど、もう少し年長者として手伝ってやったりすれば良いのに。
「神ってのはそんなものさ」
「いや、あの。そんな神様代表みたく言われても。ちゃんと働いている神様だっていますよ」
ほら、お雛さんとかね。誰に頼まれたわけでもないのに厄を集めるあの人こそ神様の鏡だと勝手に思っている。
「ほう、この私に意見をするとは生意気な」
ぐにー、と頬を引っ張られた。
「ひゃめてくらはい」
「おお、けっこう伸びるねえ」
神奈子さんが面白がってぐにぐに僕の頬を弄る。痛くはないけど、一応成人男性としてこう好き勝手にされるのは御免被りたい。強く抗議して離させた。
「折角いつもより綺麗な衣装を着ているのに台無しですよ」
「これ? ああ、いいだろう。前使ってたのはボロボロだったから、里の職人に作ってもらったんだ。神事用にね」
「だったら、もうちょっと厳かな感じを醸し出してくれれば、もっと良いと思うんですけど」
「最近はフランクな態度の方が信者が集まるんだよ。これも時代かね。ほら、外でもあったじゃないか、萌え~だっけ? そんな絵で信者集めたり。お前さんもそゆの好きだろう?」
おい……おいっ。
「なんでそんなの知ってるんですか!?」
「なんでって……同業他社の動向を調べているのはそんなに変か?」
うがっ、確かに言われてみればその通り。まさしく正論で、言い返すことなど出来ない。
僕の悔しそうな顔を見て、神奈子さんは笑う。
「……ちなみに聞きますけど、神奈子さん的にはああいうのってどうなんですか?」
突っ込みたい気持ちは満々だったが、一オタクとして神社がああいう宣伝ポスターとか使っているのはどう思っているのか気になる。神聖な社がオタク文化に侵食されるのは、神様としてどうなんだろう?
「ん? それで人が集まりゃそれはそれでいいんじゃないか。私ゃ気にしないけどね」
「東風谷なんか嫌がりそうですけど」
いや、東風谷は東風谷でロボットとか大好きだけど、萌え絵って奴はなんかこー、健全じゃないというか……はっきり言うとイカ臭い。
……明言すると方方から抗議がきそうだ。でも、真実の一面を付いていると思う。
だが、それがいいんだけどねえ。口には出さないけど。
「ふん、今も昔も、純粋な気持ちで信仰する奴なんて少ないもんさ。うちなんて、早苗は認めようとしないだろうけど、あの子の容姿で若い衆が釣れているってのも事実なんだよ」
「……すげえぶっちゃけましたね? でも、神奈子さん目当てもいますよ」
事実だったりする。
「おや、そりゃどうも。諏訪子派はいないのかね?」
「おじいちゃんおばあちゃんには人気ですが」
「この話の流れでそれはないだろ。男人気は?」
「……諏訪子に若い男の人気が集まったら、それはそれで幻想郷の未来が心配ですけど」
「やれやれ、諏訪子の奴、拗ねないかねえ」
いや、そこで拗ねられても困る。まさか里をロリコン集団にするわけにもいくまい。というか、ここの人は基本的に子供に興味はない。ボン、キュ、ボンのお姉さん系が人気なのだ。
……ん? いや、はて?
「そういえば、その諏訪子はどうしたんですか?」
「ん? 今日は見てないな。どこかに遊びにでも行っているんじゃないか」
「でも、今日は神事なんじゃ」
と、聞くと、神奈子さんはバツの悪そうな顔になる。
「守矢神社の神事は、基本的に『私の』神事なんだ。諏訪子は……言っちゃなんだが、いないほうがスムーズに進む」
あまりに、と言えばあまりの言い草だが……うーむ、僕が口を出していいことではない気がする。この神社の二柱の神様は、意外と複雑な関係なのだ。
「っと、そろそろ早苗も戻ってくる頃だ。準備しないと」
「はあ。手伝いましょうか?」
「いや、必要ない。良也も、適当に楽しんでいってくれ」
僕はそそくさと社に戻っていく神奈子さんを見送るのだった。
無事、神事も終了し、その帰り道でのこと。
偶然……本当に偶然に、途中の霧の湖の畔で佇んでいる影を見つけた。夕暮れで影が長く伸びているその人物は……
「……諏訪子?」
目を凝らしてよく見てみると、それは確かに守矢神社のもう一柱の神だった。
声をかけようかどうしようか、と悩んでいると、向こうが僕を見つけた。おーい、と手を振られて、そのままスルーするのもなんなので、諏訪子のところに向かう。
「っと。よう、諏訪子。奇遇だな」
着地して、手を上げて挨拶する。おーう、と諏訪子も笑顔で返した。
「うん。良也は……お山の方から来たってことは、うちに来てたのかい?」
「ああ。今日の神事に誘われてな」
「ほう、どうだった?」
どう、と聞かれてもなあ。お祭りみたくわいわい騒ぐようなものでもなかったし。珍しいの見れたなー、くらいだ。
そんな率直な感想を伝えると、諏訪子はそっかー、と脳天気に笑う。
「ま、だんだんこっちの生活にも余裕が出来てきたしね。ボチボチ廃止した行事を復活させる予定さ。暇なんだったら参加してやっとくれ」
「あー、だな。うん」
参加するのは、そりゃ全然構わないんだけど、
「諏訪子は出ないのか」
「うん? 聞かなかったかい。あの神社は今は神奈子が祭神だから、私は遠慮してんだよ」
「そりゃ聞いたけど……」
うーん、一緒に暮らしてんだから、諏訪子メインの行事があってもいいと思うんだけど。
口にゃ出さないが、寂しいとか思わないのかね? いや、余計なお世話だと思うが。
「私は、そういう面倒なのはもう全部神奈子に任せることにしたんだよ。私は幻想郷で、気楽な第二の人生……もとい神生を過ごすって決めたのさ」
「面倒って、オイ」
「仕方ないじゃないか。外の世界はおろか、幻想郷でも私のこと知っている人間なんてもういないんだから」
苦笑する諏訪子は、なんか夕暮れ時の赤い光景とあいまって、なんつーかこう……らしくないように見える。
うーむ、
「はあ? 知っている人がいないって……お前、知り合い一杯いるじゃん」
「……良也、あんた、惚けるの下手だから」
失敬な、僕がなにを惚けているというのか。
「やーれやれ、私はこれはこれで楽しんでんだけどね。ここは気を使ってもらって礼を言うべきなのかい?」
と、諏訪子は本当に何でもなさそうにして、足元に落ちている石を拾って湖に投げた。
とんとんとん、と水平に投げられた石は五回ほどジャンプして湖水に沈んでいく。
ふっ、
「相変わらず、水切りもロクに出来ない神様だ、なっ!」
その情けない結果を僕は鼻で笑って、手本とばかりに石を投げてやる。
ととととと、と景気よく湖面を跳ねる石。……うむ、二十回はいったな。
「うあ。そういやあ、あんたと最初に会ったときやったね。相変わらず大したもんだ」
「ふふん、どんなもんだ」
「……しかし、あんたの腕は認めるが、私が出来ないというのは聞き捨てならないねえ」
どこか楽しそうに諏訪子は地面に手をかざす。
なにを、と思っていると、地面から小石が集まって一抱えもありそうな円盤状の石になった。……ええと、確かこれは諏訪子の『坤を創造する程度』の能力か?
「なにを……」
「ふ、あんたにはこれは出来まいっ」
大人でも持つのに苦労しそうなサイズの石を諏訪子は軽々と振り回し、一気呵成に投げ放った。
凄まじい勢いで飛んでいった石は、申し訳程度に一、二回ジャンプしてから視界から消える。
「どんなもんだ」
「ドヤ顔すんなっ!?」
あんなゴッドパワー全開の投擲が水切りだなんて認めるかっ! いや、確かに僕では到底出せない迫力はあったけれどもっ。
「うん? 負け惜しみは格好悪いよ、良也」
「負けてねー!?」
ああ、僕はなにをムキになっているんだろう。
そうは思っても止められず、僕はこのぼっち(笑)の神様と、しばし懐かしい遊びに興じるのだった。




