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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二百二十九話『武術家、紅美鈴』

でも、弾幕戦じゃ微妙なのが実に美鈴らしい

 紅魔館の門番を務めている美鈴は、はっきり言って割と不真面目である。

 いや、本人はやる気満々だと言うのだが、門番の合間に読む漫画や茶菓子も含めたお茶セット、極めつけに仮眠用の枕まで門の影に常備している辺り、説得力がないこと甚だしい。


 まあ、同情すべき要素はある。まずもって、門番って仕事は暇だ。紅魔館に来客なんて殆どいない。つーか、僕以外に頻繁に通ってる外部の人間っているんだろうか? ああ、勿論魔理沙は別枠である。客じゃねえし。

 ……でまあ、その魔理沙の襲撃もせいぜい三日に一度くらい。僕が大体一週間か二週間に一度くらい。それ以外はずっと門の前に立っているだけ。


 あまりに暇だろう、うん。ちょいと暇潰しグッズを用意するくらいは当然な気がする。昼寝は流石にアウトだが。


 さて、そんな美鈴だが、彼女の代表的な暇潰しに、武術の鍛錬というものがある。

 中国拳法をベースにした彼女の体術はそりゃ見事なものだ。なにせ、百年以上功夫を積んでいるのである。霊力なしの素手での殴り合いなら幻想郷最強の一角に違いない。対抗出来るのは鬼くらいじゃないだろうか。


 さて、そんな彼女だが、強引に紅魔館に侵入しようとさえしなければ温和で気さくな性格。暇は持て余しているから、話し相手になってくれるなら人間だって歓迎してくれる。

 そして、そんな美鈴は、


「今日こそ、美鈴さん、貴方に勝つっ! 喰らえ必殺――」

「そんなのに当たるわけ無いでしょう」

「ンなぁ!? 躱しやがったっ!?」


 たまに今日みたく人間の武芸者の挑戦を受けているのだった。


 里の実力者の一人。外の世界なら丁度高校生位な熱血野郎、長介くんが放ったなんか凄い光るパンチを、美鈴が当然のように受け流す。んで、隙だらけの懐にもぐりこんで……


「……鉄山靠かい」


 長介くんが、モノホンの格ゲーみたく吹っ飛んだ。


「ぐっはぁっぁああぁ!?」


 悲鳴を上げながら、地面と熱いキッスをかます長介くん。ズリズリズリー! と地面を顔面に擦って実に痛そうだ。


 ……うん、まあ飛んだってことは衝撃が逃げているわけで。美鈴が本気なら、きっと食らった瞬間血を吐いてその場で崩れ落ちているだろうし……それに比べりゃ多分大丈夫だろう。

 僕も一応、『鉄山靠っぽい体当たり』は出来るんだけど、そんな形だけの物真似とは桁が違うなあ。


 どうやら、それで決着も付いたようで、美鈴の残心が終わるのを待って声をかける。


「や、こんにちは」

「ふう、良也さん。お待たせしました」

「あー、いや十分くらいだし。長介くんとの試合は見物だったよ。どうですか、チャンピオン、今の気持ちは」

「んー、長介さんも、腕は上げていますが私に土をつけるのは十年早いですねえ」


 おおっと、チャンピオン、余裕の表情だ。


 んで、挑戦者の方は汚れが顔を拭いながら歯を食いしばって立ち上がろうとしている。妙に端正な顔立ちも相まって、どっかの熱血漫画の主人公みたいだった。


「……長介くん。ガッツは買うけど、もうやめといた方が」


 何気に長介くんは『気』なんてのを覚えているから頑丈なのだけど、流石に無理だろ。膝がガクガク言ってるし。


「土樹さんですか。ふ、ふ。なんのこれしき、これくらいで俺は負けませんよ。あと、俺の名前は雪之丞ですから」

「……まだ言ってんのか」


 長介、という親からもらった実にいい名前が、彼的にはどうも気にくわないらしく(ドスが効いていないとかなんとか)、勝手に雪之丞と名前を改めている。ちなみに、言っているのは本人だけだ。親は勿論、彼の恋人ですら長介と呼んでいる。


 閑話休題。


「あ、今日はもう駄目ですよ。来客ですから」


 と、美鈴が僕を見る。……そっかー、一応美鈴的には『客』のカテゴリーに入れてくれているわけね。ここんちの主人の認識(僕=ジュース)が広まっていなくてよかった。


「……じゃ、じゃあそれが終わった後に」

「うーん、良也さんも言いましたけど、今日はもうやめておいた方が良いでしょう。いくらなんでも、今の貴方に不覚を取るほど、私は弱くはありませんよ」


 ぐぅ、と長介くんは唸る。それでも構えて拳を作ろうとしたが、やがて諦めて肩を落とした。


「……出直してきます」

「ええ、楽しみにしています。あ、それとこれはアドバイスですけど、さっきの技、隙が大きすぎます。使うならもうちょっと隙を少なくするか、他の技と上手く組み合わせた方がいいと思いますよ」

「わかりました。……でも、前に美鈴さんの言われた通りに作った決め技なんですけど」

「決まらないと意味が無いですからね」

「ぐっ。か、帰りますっ。美鈴さん、次こそは勝ちますからね」


 ぉぉう、去っていく背中が、なんか決意を新たにした感じで格好良い。美少年はズルいなあ。

 ……うーむ、しかし、


「帰り道、妖怪に食われないように気をつけなよー?」


 弱っている今なら、長介くんはさぞや美味そうなご馳走だろう。妖怪だって、同じ喰うなら若くて面が良い方がいいらしいし。ついでに霊力とか気とかが高いと言うことはない。

 ……今の長介くんは、まさに全部乗せラーメン。


「大丈夫です」


 笑って、長介くんは去っていった。……ま、生まれも育ちも幻想郷の彼に、余計なお世話だったか。


「さて、良也さんは今日もパチュリー様のところですか?」

「うん。あとは、一応フランドールに土産も持ってきた」


 外の世界の絵本である。パチュリーの図書館の蔵書は半端ないが、流石に絵本の類はそんなにない。

 全部読んだフランドールのため、外の絵本を数冊持ってきたのだ。……自分でも思うが、僕はあの吸血鬼の妹にだいぶ甘い気がする。


「そうですかー。きっと妹様喜びますね」

「そうだといいけど」


 なんて世間話をしながら、紅魔館の玄関に向かう。扉を開けると、当然のように待ち構えていた咲夜さんに出迎えられた。


「いらっしゃいませ、良也様。お荷物をお持ちいたしましょう」

「……いや、咲夜さん、ホントいいから」


 客として対応する時の咲夜さんはやっぱり慣れない。


「いえ、お持ちいたします」

「だから、僕はすぐパチュリーのところ行くから」

「その前にお嬢様の所へご足労お願いします。丁度今夜は満月。今から喉を潤したいそうで」


 ゲェ!? しまった、今日の月齢確認するの忘れてた!

 満月だと、レミリア及びフランドールの食欲は倍増し、つまり僕が血を吸われる可能性も高まる。

 だから、満月前後は紅魔館に近寄らないようにしているのだが……ヤバい、今からでも帰――


「では参りましょうか」

「だぁぁ! 咲夜さん、首筋にナイフ突きつけるメイドがどこにいるんですか!?」


 丁寧なのは口だけだこの人―!


「またまたご冗談を。ここにいるではないですか」

「紅魔館のメイドの教育はどうなってんだ!」

「一つ、主人の命令には絶対服従。二つ、目的のためには手段を選ぶな。三つ、時間が足りなければ時間を止めろ。以上が紅魔館メイド心得です」


 咲夜さん限定だそれ!


「さあ、ちゃっちゃと歩いてください。死体を運ぶのは面倒なので」


 こ、断ったら殺してでも連れて行くと暗に仰ってますこのメイドさん。

 め、美鈴~~、と助けを求めると、


「えっと、咲夜さん? そのぉ」

「ああ、美鈴。案内ご苦労だったわね。門番の仕事に戻って頂戴」

「あ、はい」


 あ、はい、じゃなくて、助けてー


 でも、美鈴が咲夜さんに逆らえるわけもなく、僕の脳裏にはドナドナが流れるのだった。


 ……いやもう、今更いいんだけどさ。こうやって不満だってこと主張しとかないと際限無くなりそうだしねえ。
























「あ~~、まだ頭がぼーっとする」


 貧血である。致死量ギリギリまでレミリアとフランドールに血を吸われて、頭に巡る血が足りていない。

 今は身体が必死こいて血液を作っている最中だ。夕飯の時間でもないのに咲夜さんが鉄分たっぷりの食事を用意してくれて貪り食ったので、まあ遠からず治るだろう。


 でも、日が落ちるとまた姉妹の食欲が増進しかねないので、今日は予定を変更してさっさと帰ることにした。

 飛んで……は、今の体調だと不安だし、体力回復するまでちょっと美鈴とダベってよう。


 若干怪しい足取りで紅魔館の玄関から門までをふらふら歩く。


 と、門に近付くと、なにやら音が聞こえてきた。


「ふっ」


 呼気が聞こえたと思ったら、ドン、という音と共に軽い振動。目を向けてみると、美鈴が大地を踏みしめて肘を突き出していた。


「お~」


 続けて、突きや蹴りも含めて型を繰り返す。一つ一つ区切ってるからなにやってるか分かるけど、一つの型から次の型に移る時の動きは、なんか僕じゃ身体がブレているようにしか見えない。


 えーと、あれは……八極拳、か? いかん、あんまり詳しくないから分からない。


 最後に、当たるとそのまま身体に穴が開きそうな威力の突きを繰り出して、美鈴は止まった。

 ふぅ、と息を整えて、こちらを向く。


「あれ、良也さん。もう解放されたんですか?」

「……あー、まー。命からがら逃げてきた」

「それは災難でしたね」

「つーか、美鈴、助けてくれても」


 恨めしそうに見ると、美鈴はタハハと誤魔化すように笑った。いや、勿論この門番さんがなにを言っても咲夜さんや、ましてやレミリアが自重するとも思えないが、助け舟くらい出して欲しかった。


「もういいけどさ。……そういや、さっきのって八極拳?」

「はい? いやー、私自身、どこの拳法かは忘れましたね―。色々混ざってますし、気の運用を考えて改造もしてますし。言うなれば、紅流拳法ってところですか」

「すげ、流派の創始者だな」


 自分の名前の流派とか燃えるよね。


「使い手は私だけですけどね。私ほど気を扱える人がいれば伝授してみたいですが」

「……いや、いないと思うけど」


 だって、美鈴の能力じゃん『気を使う程度』って。そんな能力を前提にした拳法を習得できる人はいないだろうなあ。

 まあ『気』とは何か、と聞かれても僕はイマイチ分かっていないのだが。霊力とか魔力とかと似てるけど、微妙に違うらしいくらい。


 武術家が使う事が多いから、肉体依存の力なんだろうか? でも、美鈴みたく体外に作用させることの出来る人は殆どいないと聞くけど……


「じゃあ、良也さん、覚えてみます? きっと良也さんなら、気系の技は比較的楽に習得できると思いますけど」

「パス」


 もう魔法使いの弟子だし。そもそも、そーゆーのは子供の頃に懲りてる。身体を動かす才能は僕にはない。他になにかの才能があるか、と聞かれたらそりゃ困るんだけどさ。


「残念です。まあ、いつか出来るかも知れない弟子のために、鍛錬を続けましょうかね」

「今日来てた長介くんとかは?」


 気使ってるし。ちなみに幻想郷の武術家は程度の差はあるけど大抵が使える。なにせそういう摩訶不思議な力が溢れている場所なので。


「あの子は、どっちかというと私を越えるべき壁みたいに思っていますんで。それにちゃんとお師匠さんがいらっしゃいますし」


 いるな、そういえば。里でも有数の実力者の爺さんだ。


「ああ、そういえば、伝次郎さんも最近いらっしゃいませんねえ。流石に年がキツいんでしょうか」


 ……伝次郎と言えば、件の師匠の名前なんだけど。


「……え? あの人も美鈴に挑戦してたの?」

「はい。若い頃はことあるごとに。懐かしいなあ」


 いや、あの人、確か御年八十は越えていたはずなんだけど。

 ……いや、今更か。でも、こういうの聞くと寿命が違うんだなあ、と実感するな。


「あの頃は私も未熟でした」


 遠い目をする美鈴。でも、美鈴の未熟と僕の考える未熟は多分全然違う。


 しかし……よく美鈴は挑戦を受けているけど、僕の知る限りの里の武術家の殆どは挑んでいるよな。

 ……あれ?


「……なんか、既に里の武術家の殆どは、半分くらい美鈴の弟子なような気がするんだけど」


 よく挑戦を受けた後、アドバイスしてるし。


「えー? そんなことないですよ。むしろ、私が試合の中で教えてもらうことも多いですし」

「……そうかなあ」

「はい」


 言い切る美鈴だけど……さて、真相やいかに。









 里の人間に確認してみると、やっぱり美鈴は師匠っつーか、武術の神様的な扱いを受けていた。

 しかも、里の武術家の一人前の証が『一発でも美鈴に有効打を入れること』だったりして。


 ……知らぬは本人ばかりなり、か。

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