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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二百二十三話『兎たちの訓練』

僕に人妻属性はありません

 訓練場の近くに付いた。と依姫さんは言って、何故か物陰に隠れるよう指示された。


「……なんでこんな真似」

「それはですね」


 依姫さんは少し悩む仕草を見せて、


「恥ずかしながら、私の部隊の玉兎たちはよくサボるんです。私の見ている間は真面目にやるんですが」

「……なにその覚えの有り過ぎる感じ」


 僕は塾でバイトをしている。金を払って来ているんだから、全員真面目に勉強……などとはもちろん行かない。たまに自習の時間なんかがあった時なんか、目を離すとすぐにサボり始める。かく言う僕も、人数の多い講義なんかは教授の目が届かないことをいいことに内職に励んでいたりするから、人の事は言えないのだが。


「まあ、玉兎全般に言えることなんですが、彼女たちは割と適当で、お喋り好きですから」

「はあ……」


 僕の知っているダブルレイセンはそんな感じじゃないけどなあ。でも、依姫さんと幻想郷勢の戦いを見ていたうさぎさんたちはそんな雰囲気はあった。……むう、個人差なのかね?


「しかし、いつまた地上からの侵略者が来るとも知れません。その時に月と自分を守りきれるよう、今後はより厳しく鍛えなければ。万一サボっていたら……ペナルティです」

「…………」


 目が笑っていないのが怖い。

 いや、真面目に心配をしているんだろうが、しかしなんつーか鬼軍曹っていう感じが今した。


「もう、すぐそこです」


 一層息を潜めて、依姫さんが桃の木の影から、その先の少し開けた場所を観察する。

 僕も習って、顔を少しだけ覗かせる、と、


「はあっ!」

「やっ」


 威勢のいい掛け声と共に、ウサミミ連中が銃剣を突き出している。顔は真剣そのもので、真面目に訓練していることが伺えた。

 中には空を飛んで銃をぶっ放しているのもいる。この前の弾幕ごっこの影響を受けたのか、明らかに当たらない場所にまで撃ちまくっていた。……んで、すぐバテていた。


「……依姫さん。僕には、真面目にやっているように見えるんですが」

「あ、あれ? そのよう、です……ね? ええ?」

「いや、動揺しすぎですよ」


 あからさまに依姫さんは狼狽えている。まるで有り得ないものを見たかのように。具体的に言うと、この前スキマの土下座を見たときの僕みたいだ。


「まさか、私の接近に気付いて……? いや、あの子たちがそんなに鋭いわけはないし」

「何気に酷いですよね」


 依姫さんは思考に没頭していて、僕の言葉にも気付かなかった。……いや、自分の部下なんだから、もうちょっと信用してあげても。

 呆れていると、玉兎たちの訓練の傍で、ゴザを敷いて座っている豊姫さんを見つけた。


「依姫さん? 豊姫さんもいるみたいですけど」

「あ、ああ。お姉様はたまに兎たちの稽古を見物しに来ますから」


 まだ動揺が抜け切れていない様子だが、それでもなんとか依姫さんは再起動を果たして、木の影から歩み出た。

 兎たちが気付いて、慌てて整列する。


「ちゃんと稽古……していたみたいね」

「はいっ」


 兎たちのリーダーらしき人が、元気よく答えた。あ、レイセンだ。やっほー、と手を振っても返してくれない。残念。


「今度地上の民が攻めてきても、私たちだけで追い返してあげますよっ」

「そ、そうなの。頼もしいわね」


 まだ今の様子を訝しんでいるのか、依姫さんが少しどもった。ていうか、普通にちゃんとしている子達に見えるんだけど。


「それじゃあ、稽古を続けて頂戴。私は見学しているから」

「わかりました」


 依姫さんがそう声をかけると、玉兎はまた散って、訓練を続ける。

 呆気に取られている依姫さんに、豊姫さんが声をかけた。


「依姫。こっちにいらっしゃいな。お茶を点ててあげるから」

「……はあ」


 見ると、野点のつもりなのか、豊姫さんの座るゴザには立派な茶器が揃えてあった。

 依姫さんは釈然としない様子ながらも、豊姫さんの座っているゴザに、同じく腰を降ろす。僕も茶の相伴に与ろうとその後ろについて行った。


「今日はお客様もいらっしゃったのね」

「はあ、屋敷でじっとしているのも暇ですから」

「そうよねえ。だから私も、よくここに来るのよ」


 豊姫さんのその言葉に、依姫さんが苦い顔になる。


「お姉様は仕事があるでしょう」

「そうだったっけ」


 幻想郷によくいる感じの駄目な人だ、と思った。


「心配しなくても、この前の件の事後処理なら昨日終わったわ。ちゃんとやることはやっているんだから」

「事後処理だけ、ですか? 他にも諸々の案件があったと記憶しているんですが」

「あれは遅れても大丈夫なものだからね」

「そんなことを言って。また私に手伝わせる気でしょう?」


 まあまあ、と豊姫さんはなだめるように声をかけながら、いつの間にか点てていたお茶を差し出す。依姫さんは憮然としながらも、茶を素直に受け取って一啜りした。……別に作法とか気にしなくてもいいっぽい。


「どうぞ」

「あ、これはどうも」


 続けて点てられたお茶を受け取る。飲んでみると、茶の良い香りが口いっぱいに広がった。美味い。

 ……のは間違いないのだが、相変わらず雑味がない。月の飲食物は全般的にそうなのだが、余分なものが一切無い、という感じなのだ。美味いことは美味いのだが、しかし地上の味も懐かしい気がする。


 あ、これってホームシックか? 月から地上へって、やたらスケールが大きいけど。


「それにしても、これは何事ですか。うちの玉兎たちがこんなに真面目に訓練をするなんて。まさかとは思いますがお姉様。妙な話を吹き込んだりしていませんよね」

「なによそれ。私って信用ないわぁ」


 傷ついた様子など欠片もなく、豊姫さんは自分で淹れたお茶を飲んだ。ふう、と息をつき、ゆっくり話し始める。


「そんなわけないじゃない。今日は兎たちとお話でも、とやって来たんだもの。でも、今日はだ~れもお話に付き合ってくれないの。急に真面目になっちゃって」

「そうですか……。やはり、この前の地上からの侵略者が、彼女たちの自覚を促した、と、そういうことでしょうか」


 ぱぁ、と依姫さんが明るい顔になる。……うわ、苦労してきたみたいだ。


「直接聞いてみれば?」

「そうですね。そうします」


 残っていたお茶を飲み干して、依姫さんは立ち上がる。

 いそいそと訓練をしている玉兎達の元へ向かう依姫さんを尻目に、僕は豊姫さんに聞いてみた。


「……で、実際のところどうなんですか?」

「あら、なんで私に聞くのかしら?」

「いや、知らないとは言っていなかったんで、なんとなく」


 それに、依姫さんに聞きに行け、と言った時、やたら面白そうな顔をしていたし。なんか怪しかったのだ。


「ふふ……意外と鋭いのね」

「たまたまです」


 勘は鈍い方です。間違いなく。


「面白そうだった、だそうよ」

「はい?」

「ほら、貴方達が吹っ掛けてきた……弾幕ごっこだっけ? あれが面白そうだから、自分たちもやってみようってことらしいわ」

「あ~~~」


 ……そういやぁ、銃持ってる癖に、弾幕っぽいのだしている連中が多いと思ったんだ。


 依姫さんは、手近な兎を捕まえて、なにかを質問して……答えを聞くと、みるみる渋い顔になる。その様子を、豊姫さんが愉快そうに観察している。

 ……なるほど。自分で言うよりも、玉兎達に言わせたほうが面白い反応が見れる、と踏んでいたのか。


 なんというのか、この姉妹の力関係が微妙に透けて見えるやりとりだった。

























 非常に微妙な顔になって戻ってきた依姫さんに、豊姫さんが話しかける。


「どうだった? 納得したかしら?」

「納得は出来ましたが……まったく。訓練をやることはやっていますし、叱ることも出来ない」


 はあ、と重い溜息をつく依姫さん。


「叱ってもいいんじゃない? そんな不真面目な動機で訓練をするくらいなら、私とお喋りしなさい、とでも」

「お姉様……」

「冗談よ」


 じ、と睨まれて、豊姫さんはあっさりと前言を翻す。……だけど、無茶苦茶マジだったでしょう、今の。


「そもそも、あの戦いを面白そうというのはどうなんでしょう。地上では本当に流行っているんですか?」

「え? いやー、そりゃもう流行りまくりですよ。僕なんか嫌っちゅうほど付き合わされています」


 僕はやりたくないんだけどねっ。


「そうですか……」

「私もやってみたいけど、兎たちとやってもねえ。相手にならないし」


 ……豊姫さんの実力は知らないが、依姫さんが魔理沙とかを一蹴していた事を考えても、かなり強いだろう。あの兎たちは……贔屓目に見ても、大ちゃんと同じかそれより下くらい。全員でかかっても無理ゲー臭いな。


「あ、そうだ。依姫、やりましょう?」

「……私とお姉様、ですか? 流石に戦闘向けの私と補助向きのお姉様では相手にならないと思いますが」

「あら、姉に向かって随分な言いようね。やりようはあるわよ」


 ふふふ、と笑う豊姫さんは、確かに依姫さんに負けず劣らず底が知れない。ていうか、ここでやりあうと間違いなく僕が巻き込まれるのでやめてください。


 幸いにも、冗談だったようで、『それはそうと』と豊姫さんは話題を変える。


「折角お喋り出来る人が来たんだから、お話ししましょう?」

「……いえ、私は玉兎たちに稽古をつけてきます。動機はどうあれ、やる気になっているのは確かですから」

「ふふ、そう。じゃあ行ってらっしゃい」


 依姫さんが席を立ったから……あれ? もしかして僕か、話し相手って?


「さて、どんな話がいいかしら?」

「そんな大した話題を持ってませんよ、僕は」

「いいのよ。貴方に話術なんて期待していないから」


 ……ヒデェ。確かに僕は口下手な方だけどさあ。


「でも、地上の話や八意様のお話は興味深いわ。色々聞かせて頂戴」

「……別に構いませんけど」


 ちぇ。


 僕は、玉兎たちの訓練風景を見ながら、幻想郷や永遠亭のこと。僕の住んでいる外の世界の話をする。

 その中で豊姫さんが一番興味を持ったのは、やはり永遠亭の話だった。


「輝夜ねえ……」

「あれ? 輝夜とも知り合いなんですか?」

「そりゃ、同じ八意様の教え子仲間ですもの。懐かしいわね……」


 遠い目になる豊姫さん。しかし、しまったな。そーゆーことなら輝夜も手紙とか出したかったかも知れない。……いや、あいつはものぐさだしな。書くつもりはそもそもなかったかも。


「しかし、あの子綺麗でしょう? 気になってるんじゃない」

「……いきなりなにを」

「風の噂によると、彼女、昔話に書かれるくらいモテていたそうじゃない。殿方がああいう娘をどう思うのか気になってね」


 うわー、またなんとも答えにくいことを。

 僕は幻想郷の連中は女とは考えないようにしているんだが。……いや、もちろんふとしたきっかけで考えちゃうこともないことはないけどさ。


「美人だとは思うけど、別に……」

「あら、本当?」

「いや、人間中身でしょう。うん」


 美人でも、人を弾幕ごっこで殺しにかかったり、捕食しようとしたり、ぐうたらなのは御免です。


「ふぅん、建前……って訳でもないのね。珍しいわ」

「……いや、美人では痛い目に合ってるので」

「そういう趣味?」

「違います」


 いきなり酷い言いがかりをつけられたっ! くっ、反撃してやる。


「そ、そういう豊姫さんはどうなんですか」

「あら、私に興味が?」

「いえ、違いますけど」

「それは残念。でも、私人妻だしねえ」


 はあ、人妻……人妻!?


「ちょ、見えないんですけど」

「あら、ありがとう。……でね、実は、旦那の関係で八意様と親戚なのよ。私は八意様の又甥の妻。ちなみに、依姫は八意様の又甥夫婦の息子の嫁」

「……すみません、言っている意味がさっぱりわかりません」


 えーと、まず永琳さんの又甥って人がいて? その人と豊姫さんが夫婦で。

 で、依姫さんが又甥って人の夫婦の息子の嫁――って、


「あれ? そうすると、依姫さんって実の甥と結婚してることになりません?」

「その通り」

「……いやあの、血縁が」

「近親婚なんて、私たちの時代じゃ珍しくないわよ?」


 んな時代があるなんて聞いたことないんですが。……でも、突っ込んじゃいけないんだろうなあ。


「しかし、二人とも結婚してたんですか……」

「そうよ。まあ、今旦那は家にいないけど……そうすると、貴方は間男かしら?」

「人聞きの悪いことを言わないでください」


 大体、あの屋敷には警備兵として男の人はけっこういるのに。


「まあ、私の不倫相手としては色々と足りないしねえ」

「……放っておいてください」


 なにやら、最後にはからかわれて、その日は過ぎて行った。









 ちなみに、玉兎たちの間での『弾幕ごっこブーム』はそれから三日後には沈静化し、時を同じくして以前と同じくサボるようになった彼女たちに、依姫さんはいたく落胆したとかなんとか。

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