第二百二十二話『依姫とレイセン』
斬り殺されるかと思った……
月の都。ぱっと見は、幻想郷以上、外の世界以下程度の文明の町並みだけれど、使われている技術はチート風味。
そんな月の都の、ちょっとした広場で、霊夢は神様をその身体に降ろしていた。
「おお」
「まさか、地上の人間が……」
それを見物する、月の人達。半分くらいはウサミミが生えている人間(玉兎と言うらしい)な辺り、月の住人は本当、未来に生きていると思う。
しかし、月に来て早三日。いい加減、僕も慣れたのだが……うーむ、お約束のごとく、ウサミミ連中は全員女なんだよなあ。なに、この天然バニーガールたち。
「……と、言う事で、今回の事件は、地上の妖怪がこの巫女に不正に神を降ろす術を教えて起こったことで、噂にあるように私が関係している、というのは誤りです」
霊夢が神様を送還したのを確認した依姫さんが、一歩前に出てみんなに向けて言った。
……今回僕達が月に向けて侵略しに来たのは、月の人達にとっては結構な大事になっていたらしい。霊夢だけ月に残ってもらったのは、同じく神を降ろす力を持つ依姫さんが今回のことを手引きしているのではないかと疑われており、その疑いを晴らすためで……。
ここ最近、連日霊夢は連れまわされているのだった。
そして、霊夢が気になって同じく月に残った僕も、ぶっちゃけ暇なので付いてきた、とこういう次第なわけである。
「それでは、私たちは他のところに移動するので、これで失礼」
どこかほっとした様子で、依姫さんが僕の方に移動してくる。
その少し後ろを、ダルそうな足取りで霊夢が付いていた。
「お待たせしました。では、次の場所に向かいましょうか」
「ちょっとちょっと! 少し位休ませなさいよ。今日だけで三ヶ所目よ。いい加減、疲れたわ」
「なにをだらしない。巫女ならば、もう少し身体を鍛えなさい」
……巫女ってそういう生き物だっけ。
「? なに、良也さん」
そういう生き物だったな、うん。
「あー、依姫さん。霊夢もこう言っていることだし、少し休憩にしませんか? ほら、丁度そこに茶屋が」
「……はあ。わかりました。仕方ないですね」
午後一から綿月邸を出発して、もう既に大分時間も経っている。月は気温も湿度も過ごしやすいが、少し喉が乾いた。ずっと立ちっ放しだったので、座りたいというのもある。
なにを隠そう、僕って霊夢よりずっと貧弱だしな。
「いらっしゃいませー。あ、これは綿月様」
「三人です。お願いできますか」
「はい。ではそちらに」
四人くらい掛けても余裕の有りそうな縁台に座るよう言われる。先程の広場に面していて、道行く人達を観察することが出来た。
「もちろん、奢りよね?」
「はあ。貴方達は月のお金を持っていないでしょう? 茶代くらい出してあげますよ。綿月の客人に食い逃げをされるわけにもいきませんし」
図々しい霊夢だが、しかし今回は仕方ない。金を持っていないのは事実であるし。
しかし、それが当然という態度はどうだろうか。いや、そりゃ霊夢にとっちゃ、ここにいるのは依姫さん達の都合なわけなんだけど。
「ありがとうございます。ゴチになります。ほら、霊夢も礼くらい言えよ」
「礼は言っとくわ」
「それはどうも。好きなものを頼んでください」
品書きを見ると、内容的には地上の茶屋と大差はなかった。
「じゃあ、私はお抹茶と団子を」
入る前から決めていたようで、霊夢が速攻で注文する。
「団子はみたらし団子と餡を乗せたものがありますが」
「両方」
これまた即答しやがった。
あまりに申し訳なくて依姫さんに視線を向けると、苦笑された。止めないところ見ると、別にこのくらいで綿月家の懐は痛まないらしい。
ホクホク顔の霊夢に注意しようにも、お金を出す依姫さんがなにも言わないなら僕から言うことなど無い。改めて僕も品書きを見て、
「僕は……あ、冷やしあめがある。それ下さいな」
「私はほうじ茶とぜんざいを」
はいっ、と店員さんは元気よく返事をして、店の方に戻る。……見てみると、店員さんも兎の耳付きだ。メイド喫茶ならぬウサミミ喫茶か。
「……ありだな」
「は? 良也、なにか」
「なんでも」
依姫さんが耳ざとく僕の呟きに気がついたようだが、しれっと躱す。ふふ……この程度でボロを出すほど迂闊ではない。
「どうせ良也さんのことだから、いかがわしいことでも考えていたんでしょう」
「な、なな何の証拠があって!」
「ほら、図星みたい」
霊夢にはあっさり看破されてしまったっ! しかも、慌ててロクに反論できない。あ゛、依姫さんが大きなため息を付いた。
……僕は悪くない、悪くないぞォ。多少、変なコト考えてもいいじゃない、男の子だもの。
注文されたものが運ばれてきて、どうにかこうにか一服する。
あの後、しばらく沈黙が下りたから、居心地が悪かったのだ。でも、飲み物が入ると緊張もだいぶ和らいだ。
「そういえば、良也に聞こうと思っていたんですが」
「はい? なんですか、依姫さん」
「地上のレイセンは元気にしているでしょうか。あの子の手紙では大丈夫とありましたが、いつも無理する子でしたから」
割と本気で心配している風な依姫さん。……むむ、これは真摯に答えなければなるまい。
つっても、答えは一つなんだけどね―。
「いや、元気ですよ、元気。永遠亭……ああ、永琳さんの家なんですけど、そっちではうまく(弄られ役として)やってますし。最初は人見知りしてましたけど、今じゃ幻想郷の里でも話す人増えたみたいですし」
「そうですか」
あからさまにほっとした風な依姫さん。……いい人だ。僕が心のなかで付け加えたカッコ内の言葉にも気付かなかったみたいだし。
「霊夢、貴方の目から見てどうでしょう?」
「永遠亭のあの兎ね。……良也さんがそう言うなら、そうなんじゃない? 私はあんまり会わないけど、良也さんはよく悪戯しているらしいし」
「待て。人聞きの悪いことを言うな」
「本当のことじゃない。あいつ、前宴会で私に愚痴ってたわよ。『あの男の教育をしっかりして下さい』なんつって。良也さんも男だから仕方ないけど、助平も程々にね」
だから、それは全て誤解ですっ! 鈴仙が勝手にセクハラだって言ってるだけで、別に僕がやったことなんて……その、ちょっと耳を触ったくらいでっ。
「…………」
「依姫さン!? なんで刀に手をかけてんですかっ!?」
殺気立った依姫さんから、微妙に距離を取る。
「良也。貴方という人は……」
「誤解ですっ! 霊夢、適当なことを言うなっ」
「でも、あの兎が相談してきたのは本当だけど?」
依姫さんの刀の鯉口が切られた。キャー、下手な受け答えをしたら、斬り殺されそう。
「お、落ち着いてください。……その、ちょっと耳を触って怒られたのは確かですけど、それ以上はなんにも」
「本当でしょうね?」
「ほ、本当です。ていうか、それ以上やろうとしても、返り討ちに遭ってお終いですし」
いや、決してやりたいというわけではなくてね。……ごめん、ちょっとやりたいと思っています。
「……はあ。わかりました。信じましょう。レイセンが貴方に手紙を託したということは、そういうことでしょうし」
「あ、ありがとうございます」
ゆっくりと、刀の柄から手を離す依姫さん。……ふう、死ぬかと思ったゼ。
「でも、本当に元気なようですね。あの子が他人にそんな風に言うとは」
「へえ。こっちにいた頃の鈴仙ってどういう感じだったんですか?」
「そうね……。玉兎にしては規格外の力を持っていたけど、臆病で、どこか他人を近付けない雰囲気だったわね。お喋り好きの玉兎にしては、友人も少なかったようだし……ああ、今のレイセンと丁度反対かしら」
ほうほう……納得出来るような、出来ないような。
あー、でも最初は人見知りだったし、そんなもんかね?
しばらく、依姫さんと鈴仙の話題で話す。共通の話題が鈴仙か永琳さんのことくらいしかないし。
まあ、お陰でいくつか鈴仙の過去の失敗談とかも仕入れることが出来た。幻想郷に戻ったらこのネタでからかうことにしよう。
「……おっと。つい話し込んでしまいましたね。そろそろ行きましょうか」
「え~~? もう?」
勝手に二回もお茶をお替わりして、完全にくつろぎモードに入っていた霊夢が文句を飛ばす。
……いや、お前ちっとは遠慮しろよ。
「本当にだらしないですね。地上の巫女とはみんなこうなんでしょうか?」
「あー、そうそう。こんなもんよ、こんなもん」
「捏造すんな」
お前を巫女の基準にされたら、全国十万人(適当)の巫女さんが怒るぞ。具体的に言えば、最近山の上に越してきた東風谷なんかはすっごく怒る。それだけならいいけど、僕が巻き込まれることうけあいだ。
「私としては、なるべく早く誤解を解いて起きたいんですけどね?」
「私は、こっちのご飯とお酒をもうちょっと堪能したいかな」
二人が、なんか視線で牽制しあっている。
……が、正義と悪に分けるならば、文句なく霊夢が悪側だ。いい加減にしろよ。
「それに、毎日毎日やらされて……私だって疲れるのよ?」
「それは初耳だな」
霊夢にも疲労ってあるんだ。
「……良也さん。私のことなんだと思っているのかしら?」
「え? 博麗霊夢だろ?」
いやもう、それ以外に説明のしようがない。こいつは人間とか巫女とかそんなの以前に『博麗霊夢』っていうなんだかよくわからん生き物なのだ。他の言葉でこいつを説明しようとするのが間違っている。
「なによそれ……。まあ、とにかく、疲れているんだから今日は休ませて。なんかお茶を飲んで気が抜けちゃったし」
「……はあ、わかりましたよ。今日のところは、屋敷の方に帰って結構です」
渋々、依姫さんが了解した。……意外だ。無理矢理引っ張って行くかと思った。
「あ、いいの?」
「その代わり、明日はちゃんとやってもらいますよ」
「了解了解」
急に元気になったな、おい。
「それじゃ、帰りましょう。帰ってお茶の続きよ」
「すみませんが、貴方達は先に帰ってください。私は、玉兎たちの訓練を見てきますので」
と、依姫さんが言う。はて、訓練?
「訓練って」
「忘れているかも知れませんが、私は警備隊の隊長です。隊員の玉兎たちには自主訓練をするように言っているんですが……真面目にやっているかを確認に」
ああ、そういやそうだった。しかし訓練ねえ……
「どうせ帰っても暇だし……僕も付いて行って大丈夫ですか?」
「は? 別に構わないけど」
「良也さんも物好きねえ」
本当暇なんだって。
昼間、警備兵以外の人がいないため、話す人はいないし。こっちの本は内容がイマイチわからんし。いい加減、屋敷の探検も飽きたし。一人でそこらを歩きまわるのも、依姫さんに止められている。
いや、別になにもしない時間はそれはそれで好きなんだが……折角月に来ているんだ。まんじりと時間を過ごすだけなのはちょっと勿体無い気がする。意外と僕も若いな。
「それじゃあ、行きましょうか。……霊夢、帰り道はわかりますか?」
「ええ。私は方向音痴じゃないからね」
むしろ、こいつの場合、例え目的地を知らなくても勘で辿り着いちゃうのだが。
「それでは、良也。行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
と、僕と依姫さんはそこで霊夢と別れるのだった。




