031
第三十一話よろしくお願いします。
『―――今後は直接、異界に出向してもらおうと思ってね。今日はその辞令直接伝えるために呼び出したのさ』
目の前にいる男がつらつらと並べる言葉が耳に入る。
その言葉を聞いて、並んだ文字列の意味を繋いで、その意味を頭が理解する。
けれど、私の頭はそれ以上のことをしてはくれなかった。
薄ら寒い笑顔を浮かべる貴族の男。
機嫌良さそうに面白がるその声。
私にだけ向けて誂えられたような悪意。
長椅子の隣から感じる真逆の気配。
頭にしっかりと刻みこまれているそれらを、思い起こしても意味のある像を結ばなかった。
要らないことことばかり記録している頭は必要な時に役には立たない。
いつだってそう。
お母さんがいなくなった時も。
お父さんがつらそうな時も。
見ているだけ、覚えているだけで、少しも私を動かしてはくれない。
いまも。
いつの間にか、ロウは異界へ行くことになっていて。
知らぬ間に、ロウの代理となる従業員派遣の話も終えていて。
気付けばこうして、ロウに手を引かれて東門大通りを歩いている。
まだ昼前の、ぎりぎり朝とも呼べる時間。
いつもなら、定休日明けの今日は、入れ替わり立ち代わり訪ねてくるお客さんから素材を引き取って勘定を済ませてお見送りをしているような時間。
今はただ一人、いまも私の傍に居てくれる人と一緒に、通りを歩いている。
人一倍頭が良かった他の子より少し背の低い級友。
『鹿鳴で引き取ることになった』と、お父さんが連れてきた従業員。
それからずっと……半年程度のことなのに、ずっと一緒に過ごしてきたかのように思える、家族。
考えていることを上手く口に出来なくても、思ってる以上に強い言葉が出てしまっても。
察して、時にはちゃんと聞き返して。
私のことを理解してくれる、理解しようとしてくれる、そんな人。
……何を暢気に考えているのか。
なにか少しでも彼の助けになることをしなくては。
貴族が命じたことを、無かったことにも、反故にすることにも出来ない。
だから彼が、私の家族が、これからも、異界からも、無事に帰って来るために、なにか出来ることを…。
「ごめん」
私の頭は相変わらず働いてくれなかった。
「ん?」
「真っ白になって……何も、出来なかった……雇い主としても、家族としても、何も」
言い訳しか、出てこなかった。
「うん。まぁ、しょうがないって、あんなの。もう平気?」
「ん…」
いつでも優しい彼に、そんな返事しか返せなかった。
それでも優しい彼は『そっか』と言って半歩前を歩く。
いつまでも情けない私は、それでも離さないでいてくれる彼の手に甘えた。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
私は、あの時のことを、いくら悔やんでも、悔やみきれない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『乾季には草は白く痩せ、土はひび割れて軽い音を立て、色の薄い黄色で覆われるが、
湿潤季が巡れば一転して草木に青や緑が溢れ、ぬかるむ地面に若芽が群れ立ち、
噎せ返るほどの黄緑色が空気に満ちる。』
『短い周期の変化は魔物の動きを読みづらくし、水場も獲物の住処も定まらない。
ゆえにここでは、経験の浅い探索者たちが多く足を踏み入れる。
失敗しても、次の季節がすぐに訪れ、すべてを塗り替えてしまうからだ。』
今から約五十年前。
”花時雨のリース”という著者に書き記された書物『東乃原』の冒頭はそのような記述で始まる。
その書物の中で語られた数々の光景と、僕の中で膨らんだ様々な想像と、目の前に広がる実際の景色とを比べてみる。
なるほど。
地面から無数の細長い葉が直生えする草本性の植物は、木質化した地上茎が見られず、『白く痩せた草』という表現も詩的なものではなく、白く変色した葉の色そのものを指していたのか。
『色の薄い黄色』というのも、砂地の地面を指しているのではなく、遠くに見える背の高い草本の植物、その穂先に生った小さな花穂がそこら中に散らばっている様子を記していたんだ。
僕ならどう表現するだろう?
白っぽい砂地と花穂の淡黄色とでまだら模様に彩られた絨毯?
疎らに散った淡黄色の花穂が、白くひび割れた地面をその溝をなぞる様にして彩る?
あぁ、それよりも、後で時間を取ってここに在る全てのモノに【鑑定】を行使してみたい…!
「ロウくん!一匹抜けた!!」
不意に掛けられたフランさんの声で我に返る。
いけない。
そうだった。
今、居るのは異界。
そこには魔物が居て、人はどちらかと言えば喰われる側だ。
たとえ、職業加護という不思議な力を神様から与えられたとしても、それでようやく互角。
ましてや、僕は”従士”だろう。
そう自省しながら、真正面から真っ直ぐこちらに飛び掛かってきた『甲殻鼠』を、スッと半身になって待ち受け、『旭燕』から借り受けた『バックラー』でいなして流す。
ドッ―――
地下訓練場で受ける二人の探索者のそれよりも、随分と軽い衝撃を片手に感じながら、すかさず身体を今度は逆方向に回す。
体軸を意識しつつ、肘を振って、いなした”鼠”目掛け逆手に持った『ダガー』を振り下ろす。
頭を確実に潰したことを視界の隅で捉えながら、すかさず視界を広くとる。
フランさん、前方の群れを抑えてる。
グエンさん、左手側を警戒しつつ『杖棍』を構え”魔術”の職能の行使待機。
アリーナさん、右手側を警戒しつつ、こちらも『杖棍』を構えている。目が合った。
チロル、言われた通り待機中。こっちは何となくウズウズソワソワしているのが伝わってくる。
「全方位に増援ナシを確認!左、グエンさんの”魔術”が飛びます!右、僕が出ます!」
言ってフランさんの右手側に向かう。
「りょう、かいっ!!」
返事をしながらフランさんは正面の一匹に素早く『ショートソード』を突き立てる。
視界の端をグエンさんから放たれた”魔術”が追い越していくのを捉える。
正面に迫ってくる『甲殻鼠』はフランさんに飛び掛かろうと身を溜めている。
ダメだ。コッチは間に合わない。
「フランさん!右来ます!」
「はいよー!」
情けなくも前言を即刻撤回して指示を出し直した僕の声に、明るい返事と共に翻した剛剣が、宙に飛び出してしまったその一匹を両断した。
ピタリと止まったショートソードの剣圧がこちらまで飛んでくるように感じられる。
これが職業加護の違い、か。
恐らくは軽く振るっただけの一振り。
未だに戦闘中と分かってはいるものの、自分が授かっているそれとの、圧倒的な違いに感じ入るのを止められない。
そりゃ誰も”従士”なんかで異界に来たいなんて思わなくなる。
加護を授かったことで得られた新しい力に驚き、喜び、酔いしれていたところに、それを凌駕する違いを見せつけられる。きっと出鼻を挫くのにも丁度良いのだろう。企業に入った新卒のほとんどが”従士”に就職させられる理由を実感する。
「でも―――」
お誂え向きに、奥に見える背の高い淡黄色の草叢が不自然に揺れ動いたのを、捉えた。
足はそのまま止めない。
「生徒に情けない印象を与える訳にもいかないんで―――」
ガサリと音を立てて新手が飛び出してくる。
「増援!対処しますっ!」
慣性に従ってこちらに向かって来るしか出来ない”鼠”を、真正面からダガーで捉えた。
一匹目と違い、魔石を遺して即座に煙のように溶けて消えたそれを視界に入れながら、続いて茂みから飛び出した三匹を牽制して声を上げる。
「追加三匹!そちらの二匹終え次第、全員で戦列を押し上げてください!」
「りょうかい!」
「おう!」
「はい!」
「は、はいっ!」
僕が異界で初めて邂逅した魔物『甲殻鼠』は、キーラが『鹿鳴』にまで来て収めてくれた初めての獲物で、それは他の多くの探索者と同じようにヒースもきっとそうで、約半年遅れになってしまったけれど、漸く僕は同い年の兄弟姉妹と同じ達成感を得ることが出来た。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
「お疲れさまでした…!」
その後、三度重なった”おかわり”を処理して一息ついたところで僕はそう言葉にした。
ようやく戦闘終了である。
はじめてにしてはかなり頑張った方ではなかろうか、なんて自己満足に浸りながら戦場に散った『甲殻鼠』が遺した遺骸や魔石を拾い集めた。
そして各々が集めてくれた異界素材は僕の【道具】に全て納められた。
「すごいです!」
「あ、あぁ。鮮やかなもんだった」
「レルドにも見せてやりたかったね」
「それより視野が……どうやったらそんなに広く見渡せるんです…?」
僕を中心に円陣を組む形になってしまったところに、チロルを皮切りにして『旭燕』の面々から声が上がった。
面映ゆい心持になりながらその中で唯一、疑問符を付けて僕に話しかけてきた風のアリーナさんを見て応える。
「それも職業訓練学校で、ですね。隊列を組んだ探索者組とそれを取り囲む魔物組に分かれて戦う、実技演習という授業があったんですよ。僕、見ての通り身体が小さい方だったので、そういう方面で色々と訓練をしてみまして」
「なるほど……私達よりも年下の人達が私達よりも全然先まで進んでいる理由が分かります、ね…」
先ほどの戦いの中でも思ったけれど、異界にいる間は気が張っているのか、アリーナさんは僕に対して、店で会う時にいつも感じられた、物怖じというか、遠慮というか、不快では無いのだけれど少し不安にさせるモノが取り払われていた。
『旭燕』の中で、下手したらレルドさんよりも距離を感じていた人だったから素直に嬉しい。
このまま仲良くなれれば良いけど…そう思いながら口を開く。
「……何か助言できることが有るかも知れません。もしよろしければ、ですけど―――」
「お願いします!」
思いもよらない程、積極的に、僕が言いきりもしない内に返してきたアリーナさんに続いて残りの『旭燕』の面々も声を上げる。
「あ!あたしも~」
「お、俺も、頼む」
「せ、先生はチロルの先生ですっ!」
チロルは二回目の授業から僕のことを”先生”呼びするようになった。
『旭燕』の定例会議で『僕のことをどう呼んだらいいか』の動議を発動させてそう決めたらしい。
最初はむず痒いものを感じたけれど、慣れるものだった。
職業訓練学校の先生たちも……ステラ先生もこんな気持ちだったんだろうか。
……そして相変わらずニヤニヤとこちらを見てくるフランさんのことは小憎らしい。
「―――わかりました。それに関して更に『鹿鳴』から何か要求するということはしませんので」
「あ、有難いです…!」
僕の返事に、そう言えばお礼金周りのことなんて考えてなかった、という表情を浮かべたアリーナさんが礼を口にした。
一方で、先生に無視された!とお道化た反応をして、それすら誰にも触れられなかったチロルが、めげずに口を開く。
「でもでも!先生がわざわざ異界にまで来てくれるとは思わなかったです!チロルのために!!」
「そちらもお気になさらず。お話した通り、仕事の関係で異界へ向かう必要が出てきちゃったのは本当ですので」
「はいっ!気にしません!ありがとうございますっ!」
否定も肯定もせずの受け応えにも相変わらず分かっているのかいないのか、とりあえず元気な返事がかえってくる。
けれどホントは順序が逆で、彼等には僕の事情に巻き込むためにチロルの新人研修依頼を利用した形だった。
その後ろめたさに少し胸が詰まる。
――― ――― ―――
財務貴族セルク家の次男、アルフォンス=セルク様に呼び出され、異界への出向辞令を下されたのは昨日の昼前のことだった。
彼のお遊びに付き合う形で、僕が提案した小規模企業の経営統合計画。
貴族へ至るための云々、という意に沿う様に形にしたそれは、思った以上に彼を楽しませていたのだと思う。だからこそ、わざわざ僕を呼び出して異界への出向などと言い出したのだろう。
貴族が自由にできる玩具なんて他に幾らでも転がっているのだから、今のところのお気に入りが僕、ということなのだろう。
けれどそのお気に入り、出だしこそは楽しめたものの全てが順調に進んで面白みに欠ける。
……ここからは一部僕の妄想だけど―――そんな折に連絡役から上がって来た報告によれば、街中で探索者絡みの暴力事件に巻き込まれたという。聞いていた割に、もう少し激しく扱っても壊れ無さそうだ、この玩具は―――というようなところだろう。
まぁ、要するに。
あの辞令の真意は『もう飽きたから、早く次の余興を始めろ』ということだった。
ついでの様に、片手間に、セリスの心を弄びながら。
小賢しい従民が、自らに絶対に逆らうことのできない矮小な存在が、内心の不満を堪えながら理不尽に耐え抜いて滑稽に踊る様を眺める。それが彼の趣味趣向ということだった。
不幸なことにセリスにもその被害が及んでしまったけれど、彼の一番のお気に入りが未だに僕である、ということがまだしもの救いだ……本当に、まだしもの。
何故、彼の趣味趣向がそんなにも歪んでいるのか、そんなこと知りたいと思わないし、心底どうでもいい。
彼が貴族社会の中で、というかセルク家の中で、同じような抑圧を感じていて、その捌け口として自らを投影できる精神的な同位体を用意して甚振っている、なんて適当な予測が合っていようが、いまいが構わない。
そして、そんな存在に目を付けられた者が、街の一従民が、逆らうことなど出来る筈も無いのだからと、僕はその辞令を進んで受け入れることにした。
ただ実際問題として僕のような唯の従民が、たとえ小規模企業の寄せ集めとは言え、それぞれが十年以上も異界へ赴き、探索者として生き抜いてきた者達の中に混ざることは無理がある。
それは僕自身の実力や能力についてもそうだし、彼等が同道を認めてくれるかということもそう。
信頼関係はそこそこに築けていると思うし、辞めるには惜しいと思うほどの利益も彼等には与えているが、ズブの素人が現場にまで降りてきて口を出そうとすることも、そのお守をすることも願い下げだろう。下手をすれば、経営統合の企画自体が解散して終了となりかねない。
そういったことを論じて歪んだ趣味を抱えた貴族には、猶予を願い出ることにした。
果たしてそれは叶えられる。
『いいよ』
そのたった三文字で、二つ返事で、一息に決まった。
そしてそれは、彼の目を見れば当然のことだった。
―――とりあえず玩具を異界に放り込めれば、それで面白い何かが起これば、たとえ壊れてしまっても、見つからなくなっても、別にいいや。代わりの玩具も見つけたし。
言外に語られたあの笑顔と僕の隣に注がれた視線は、筆舌にし難い不気味さと悪辣さで溢れていた。
――― ――― ―――
だから僕は、彼を飽きさせる訳にはいかない。
自分で言うのは気持ち悪いけれど、彼の”一番のお気に入り”であり続けなければならない。
他の者に目移りされないように、彼が退屈しないように。
胸に浮かんだ罪悪感を、義務感と正義感とで飲み込んだ。
「では少し、調べ物をしたいので周囲の警戒をお願いできますか?」
「了解!グエンは向こう、アリーナはそっちお願い。チロルはロウの傍で何かあったら声上げて」
「わかった」
「うん」
「はいです!」
そして僕は、彼を楽しませるための、僕が主役の物語の登場人物として『旭燕』を頼ることにした。
お願いしたい役どころは、僕にある程度の経験を積ませることと、僕個人を護衛する役割を請け負ってもらうこと。
彼が期待している本筋、自分が用意させた経営統合した企業での展開を進めるために必要な段取りだ。
零細企業の『旭燕』が小規模企業の集合体である彼等に認められるか、という点については心配していない。
それはどちらかを侮ったり過大評価しているからではなく、本来的に探索者というのは自己責任の論理で働く者達だからだ。
僕が一人、同道を願い出ればその保護責任は彼等に向く。
ただの従民が何を言おうとも。
けれど同じ探索者が、その責任を果たすというのであれば、文句は言うまい。
仕事の成否に横から他社が口出しするのは探索者であれば有り得ない、依頼をする側も受ける側も、全てが各々の自己責任というものだからだ。
そう僕の中での培われたこの街の常識と理屈で、物語を書き進める。
身勝手に。
僕の都合で。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
常に乾いた風が吹きつける荒野に、ビュウ!―――と、ひと際強い風が吹く。
「【鑑定】」
乾季の『東乃原』は、その見た目に反して生命力に満ち溢れている。
乾ききった様に見えるひび割れた地面には無数の花穂が散らばっていて、それを手にしてみれば石や砂とは違った柔らかさを感じる。
目を上げて見れば、それを実らせた背の高い草本の群れは風に揺られながらも確実に地に根を張って倒れない。
そしてこの草叢の内には、虎視眈々と僕等の命を狙う魔物が息を潜めている。
「先生、先生!チロルにも”鑑定”教えて!」
「うーん……ちょっと待ってね~……」
僕は生返事をしながら、目に付いたモノに片っ端から【鑑定】をかけていた。
それは、彼等を自分の都合に巻き込むための台詞を用意するためか、はたまた自信を誤魔化すためだったか―――経緯も建前も忘れ、周囲の警戒を『旭燕』の面々に任せた僕は夢中になってそれを続ける。
「……やっぱり。湧き上がる心象が少し増えてる」
「先生、しんしょーって何ですか?」
先ほどの戦闘経験を経て”従士”としての格が上がったことを本能的に理解していた。
そして”加護”の強度が上がったことは感覚的に理解した。
じゃあ”職能”は?
新しくその行使が可能になったと分かる【投擲】だけか?
既存の”職能”に本当に変化は無いのか?
自分の内側で湧いた謎と可能性に、僕は自分の好奇心を抑えることが出来なくなっていることを自覚していた。けれど、それを自省してなお、自制することは、出来なかった。
たまたま”職能”の使い込みで練度が上がった?
有り得ない。既知のモノを【鑑定】しても練度が変わらないことは確認済。
魔物を斃すことで”加護”だけでなく”職能”も向上する。有り得ない…?
学校で教わることが全て正しい、という訳では無い。ということ?
隠す意味は?それともこれは”天職”のみに起こる―――
「先生!!」
「っ!」
急に耳元で上がった声に振り向けば、膨れっ面をしたチロルがいた。
「先生!しんしょーって、何ですか!?」
そして声を大にして問いかけてくる。
大分やらかしてしまったみたいだ。
「ごめんごめん……えっと、チロルが好きなものって何?」
「え?えっと……んー…………はっ!内緒です!!」
「?ま、いいや。今心の中に何か思い浮かべたでしょ?食べ物とか飲み物とか」
「た、食べれませんし!飲みません!」
「まぁなんでもいいんだけど、そうやって浮かんでくるんだよ。ほら、試しにやってごらん【鑑定】」
「え?……あ!はいっ!!【鑑定】!―――うわっ!うわぁ~!!凄いです!なんか、凄いですっ!!」
物心ついた時には、当然の様に、学校に通う頃には自然と、卒業を控えた適職診断を受けるまで漫然と、僕は異界に足を踏み入れる自分を想像していた。
絵本を見ながら、教科書を眺めながら、探索者の手記に目を通しながら。
夢想し、想像を膨らませ、そこに自分の姿を重ね合わせた。
それが、今、目の前に広がっている。
知識と妄想でしかなかったモノが目の前にあり、それをこの手に触れている。
「なかなか上手く言葉に出来ないけど、面白いよね」
静かな興奮と次々に溢れる疑問と、求める先があることへの悦びと。
まるで子供みたいだ、なんて自嘲する自分を逆に馬鹿にして、今を受け入れている自分もいる。
「ですです!ほわぁ…!」
要するに僕は、楽しんでいるのだ。
不幸がっておきながら、自分勝手に巻き込んでおきながら、家族を街に残しておきながら。
今、探索者として一歩を踏み出したことを、誰よりも、楽しんでいたのだ。
<つづく>
次回は来週の日曜までに投稿予定です。




