SS2/3 温泉掘り掘り
「お前さあ、風呂くらい一緒に入ってやれよ……。なんでか知らねえけどオレんとこまで愚痴がきて困るんだよ」
通信用の石から聞こえてくるのはカイロスのおっさんの声だ。
旦那さま、なんでこんな石持ってきているんだ?
「それはオレがお願いしてんだよ。国の混乱はまだまだ終息してねえんだぞ? 実務で振り回されているのはオレ! お前ら元凶のくせしてなんで能天気に温泉なんか行ってやがるんだ! オレも行きたい! 休みたい!」
おっとー。
結局あの後宰相になったおっさんのストレスは相当酷そうだ。
魔力が流出しなくなって、国が変わろうとしている。
それを渋々認めたらしい王が、魔力と魔術関連を込みでもう全部おっさんに丸投げすることにしたらしい。まあ、今の王では魔術師に物言いがしづらいというのはわかる。
「オレじゃなくておめえらがやれば良いんだよ! オレだって、結局はお前らと繋がっているからこんなことになってんだし。オレは伝令じゃねえー!」
あ、はいすみません。でもこの国で領主の跡継ぎとしてずっと育ってきて制度も仕組みも政治の話も、全て私たちより断然知識があるから適任だと思うのよねえ?
「まあそうかもしれねえけどよ。でもオレは昔のアトラは知らねえんだよ。だからお前の旦那に何時でも聞けるように通信石を持ってもらってんの! 一から素人が話し合って規則を決めていく時間はねえんだよ。お前の旦那の頭の中には魔術師の国の知識が唯一わんさか入ってんだから、協力してもらってもいいだろ? お前も出来ることはちゃんとオレに協力しろよ?」
あ、はい……。なんかいつもより荒れてるね……お疲れだね……。
旦那さまはしれっとしているけれど、これはちょこちょこカイロスのおっさんの相談にのっていた感じだね。
「で、だ。お前の旦那とカイルが絆の糸とやらで繋がってるからな? お前の旦那がカイルに何でもすぐ愚痴ってくるんだよ。で、その話がオレにきて、何故かオレがお前に説教することになるって、なんかおかしくないか? オレ関係ねえだろ。オレ本当に忙しいんだよ?」
ああー、おっさんのジト目が目に浮かぶ。
旦那さま、「そんなに何でも愚痴っているわけでは」って、愚痴っているのかい。やめなさいよ、カイル師匠はそれはそれは「月の王」を美化して尊敬していたっていうのに。理想の最強魔術師の姿が今ごろはボロボロなんじゃあないんですかね。
「とにかくだ! 風呂くらい一緒に入って旦那の機嫌とったってお前にゃ損はねえだろ。入ってやれよ。でも喧嘩はするなよ? その後始末するのは巡り巡ってオレだからな? 本当に頼むぞ? じゃあな」
ブツッ。
突然通信が切れた。白く発光していた石が光を失って黙る
この石、昔のカイル師匠の店ではたしかとってもお高い珍しい部類の魔道具だったと思うんだけど。まさかこんな使い方をされるとは。まあ実は私も作れるけど。そしてそんなに難しくもないけどさ。なんていうか、無駄遣い感がね……。
旦那さまがにこにこ見えない尻尾を振りながらこっちを見てくる。
なんであなた、一緒にお風呂に入るためだけにこんな騒ぎを起こしているんですか。子供か?
しょうがないから、お疲れのおっさんのために一肌脱ぐか。
え? そっちじゃない?
だって私はお風呂はのんびりしたい派なの。
水の王というだけあって、どれだけ入っていてものぼせないのよね、私。それはそれは快適でリラックスできるひととき。溶けちゃいたいくらい。
私は一日中お風呂の中でのんびり空を眺めていたいのよ。
のんびりしたいと思っているところに、くっついてくる人はいらないんです。って。あーもー。後でね! あ と で! 王の威厳を取り戻せ!
「――で? なんであの痴話喧嘩がこんなことになったんだ?」
あらー嫌ですよ、おっさん。あなたが休みたいって言うから、よく休めるように私頑張ったんですよ? そのジト目は違うと思うー。
「お前、この掘っ立て小屋を見せるためにわざわざ遠見までしてオレを連れてきたのか?」
影として強制連行されたおっさんは若干不機嫌だけど、まあ忙しいのに連れて来られてくれただけでも優しい……かな?
ちなみにカイロスのおっさん本体は今も王宮の宰相様用の執務室で「仮眠」中です。
でも!
見かけは掘っ立て小屋で少々残念でも中身は違う!
バーン! と「掘っ立て小屋」と呼ばれてしまった簡素な建物の扉を開けると、そこは温泉。一面に立ち込める湯けむり。こんこんと湧き出る源泉!
ここ! 『海の女神』特製の温泉ですよ!
わたくしが心を込めておっさんのために作りました!
まあ温泉を掘ったのは旦那さまというか地龍ですが。
ここね? 私が源泉の水脈を視て場所を探して、そして『龍の巣亭』の例の露天風呂に吹き出している魔力の一部を接続したんですよ。
ほーら見て? この温泉からもキラキラの魔力が溢れてる〜〜素敵でしょ?
私の熱弁を聞いておっさんが訝しげに温泉のお湯に手を浸した。
「おお……」
ねね? 魔力を感じるでしょ?
さすがに『龍の巣亭』の今のあの露天風呂くらい魔力が多いと普通の人には危険だけど、これくらいならうっかり普通の人が入っても倒れたりはしないだろうし、でも他よりは断然魔力が多いでしょ? 我ながら良い調整をしたわ〜。
あとはおっさんがここに好きなように建物をたてて、保養所にするなり旅館経営して金儲けするなりすればいいよ。
宰相様にプレゼント〜。いやあ、私達のとばっちりでお仕事増えてごめんね?
すると、おっさんが温泉を手でチャプチャプさせながら笑顔になって言った。
「おお〜いいもん作ったな、お前。なかなかいいぞこれ。ありがとうよ! で・も」
で? も?
「これ、もうちょーっと魔力多くてもいいよなあ? 大丈夫大丈夫、オレとカイルくらいしか入れねえようにすっからさ! で、普通の温泉ももう一本掘ってくれたら、豪華な旅館建ててあっちで寂れちまってる『火の鳥亭』の従業員でも雇って地域貢献してやるぜ。マイ『龍の巣亭』とマイ露天風呂、おおいいじゃねぇか〜〜いやあ感謝するぜ! ありがとうよ! セシル! おっあと地龍もな!」
ニヤニヤとどうやらおっさんの頭の中ではいろいろ計画が立てられ始めたらしい。
旦那さまがやれやれという顔をしているけれど、あなたはこの前お風呂の件でおっさんを巻き込んじゃっているからね? おっさんに借りを作るとこうなるって学習しようね? まあ、地龍には頼んでくれるでしょう。
私も、しょうがないからやってあげるよ。たくさんの魔力は嬉しいよね。でも建物が建って、この魔力温泉が厳重に管理されてからね! うっかり誰かが忍び込んで倒れたりしたら嫌だから。
大丈夫、ちゃんとやってあげるよ。
だからね?
ちょっと、お願いがね〜〜?
「……お前、なんかたくましくなったな?」
ええ、今までおっさんを見てきたからね!
私も成長するよのよ〜〜。ふっふっふ〜~。