第九話 魔法の授業は山の上
最近ペースが壊滅的に遅い⋯⋯。
「それでコーヤとワタル⋯⋯どうして私は山の中にいるの〜?」
ロアは質問する。何も聞かされずここに連れられたからだ。
「それはね⋯⋯」
「それは⋯⋯?」
「魔法を教えて欲しいんだ」
ネタルは力強く応えた。
ーー時間は遡り、前日の夜⋯⋯。
「ねぇ煌夜。魔法使ってみたくない?」
魔法?ああ、アリシアの使ってたやつみたいなやつだな。確かに一度は憧れるものだからな。
「そりゃそうだ」
「だったらさ⋯⋯暇そうなロアに教えてもらわない?」
ロアか⋯⋯いいかもな。アリシアとアンヘルは勉強で忙しいだろうしな。ダイアーは⋯⋯何か魔法とかより武術を教えて来そうだ。
煌夜は少し考えた後に首を縦に振った。
「じゃあ決まりだね。明日の朝、ロアを連れて適当な山の中にでも行って教えてもらおう」
「山の中!?」
「そうじゃないと無理でしょ。他人に見つかると面倒なことになるのが定石だと思うけど?」
確かにそうだが⋯⋯正直面倒だ。
魔法には強い憧れがある。それによってできた黒歴史は山ほどあるが、実際使える訳が無いだろう。ラノベとかでは普通、転移転生で得たチート以外では、努力しないと扱えないのが定石だ。こんなクソ暑い⋯⋯むしろ熱い季節にそんなこと延々としてたら多分死ぬぞ。
中二病を発揮して映像を撮るのは、比較的気温が低い時だ。しかし今は八月。体力の無いネオニートには、魔法を駆使できる前に病院行きになるかもしれない。
きっと熱中症でぶっ倒れて病院に担ぎ込まれた後、不治の病のカウンセリングを受けさせられる。そうに決まっている。
「ということで明日は予定空けといてよー。⋯⋯予定なんか無いと思うけど」
そう言ってネタルは煌夜の部屋のドアを閉め、外に出て行った。
「おい、待てよネタル!!それと最後は余計だ。それはお前も同じ⋯⋯って帰りやがった」
〜回想終了〜
「ということなのでご教授お願いします」
「別にいいけど〜すぐに使いこなせるものじゃないからね〜?」
「分かってるよ」
「暑い⋯⋯」
こんなクソ暑いのに何でネタルは元気なんだ?少し分けてほしいぐらいだ。
この日の気温は36.5度。常人ならまだしも、半分引きこもっているような人間である。自業自得とはまさにこのことだ。
ちなみにネタルがパッシブスキル、高熱耐性(小)を習得しているかと言うと、ゲーセン通いをしているからだ。道中クソ暑いから、習得したのだろう。
「取り敢えず魔法を見せてくれないか?できれば水系で頼む」
「いいよ⋯⋯それ〜」
ロアが片目を閉じて煌夜に手のひらを向け、軽い感じの掛け声を出すと、煌夜の頭上10㎝に半径3メートル程の丸い水の塊が出現した。
「へ?」
煌夜は情けない声を出した後、単純計算で約113kgの水が襲いかかった。
「おい、ちょっと待て⋯⋯ぼぼぼぼぼ⋯⋯がはっ」
当然煌夜はその重みでうつ伏せになり、溺れかける。
「ごほっごほっ、この川⋯⋯深い!!」
「ここは川じゃないし石もないよ⋯⋯そんなことより大丈夫?」
死ぬかと思った。川も無いのに溺死とか、どんな死に様だよ。某動画サイトでもそんなの無いだろ。
「ざっとこんな感じだよ〜。ふふ、これで涼しくなったかな?」
「軽く流すなよ!!こっちは死にかけてんのによ」
「まあまあ、涼しくなったからいいじゃん。それより呪文とか詠唱とかしなくてもできるんだね」
確かにそうだ。初めてアリシアと会った時、あいつは『ウィンドナイフ』と呟いていたはず。無詠唱でもできるのか?
「ま〜できるね。呪文や詠唱をするのは、命中精度を上げるためだけど⋯⋯私みたいなレヴェルになると〜さっきみたいに正確な魔法が使えるよ〜」
ロアがふふんと鼻を鳴らして自慢した。
「自慢乙、レヴェルってなんだ、レベルじゃないのか?⋯⋯それより俺達にも教えてほしい」
ロアはニヤリと笑った。
「いいよ〜じゃあこの魔石に触れて魔力を吸収して」
煌夜とネタルは、それぞれに渡された5㎝程の魔石を受け取り、握り締めた。
ーー二人に今までに感じたことのない感覚が手から流れてきた。何か⋯⋯『気』とでも言うのだろうか。血管を流れるように全身を駆け巡る。その感覚は⋯⋯。
「うえっ⋯⋯ぐう⋯⋯」
「気持ち悪い⋯⋯」
凄まじく気持ち悪いのだ。まず全身にぞわぞわと寒気が走り、かなり弱い力だが、締めつけられるような感覚がする。そして謎の力によって心臓に負荷がかかっているように感じられる。
「ははっ、やっぱそうなるよね〜」
「分かってるんだったら何とかしてくれ⋯⋯」
〜しばらくお待ち下さい〜
気持ち悪さは少しマシになったので、魔法の特訓を始めた。魔法を発動させようとするたびに吐き気や目眩、頭痛、寒気、etc⋯⋯。
しかしロアによると、人間の七割ぐらいが魔法を習得するまでに一度は吐くらしい。俺達二人は『まだ』吐いていないので、素質があるのかもしれない。ちなみにフラグではないぞ?
「ライターをイメージして⋯⋯はっ!!」
煌夜が吐き気でうろたえている間にも、ネタルは魔法の練習をしていた。その成果なのか、火花を散らすぐらいにはできるようになっていた。
「やるじゃねぇかネタル」
「まだまだだよ。火花しか出てないんだし。けど、ロアの言う通り、魔法が具現化するまでの過程をイメージすると、成功しやすいね」
ネタルも言うように、ロア曰く、魔法の過程のイメージは威力と精度の向上に繋がるらしい。ちなみに呪文や詠唱もそれに値するそうだ。
「それじゃあ⋯⋯空気中の水分を圧縮するようにして⋯⋯」
そんなイメージを頭の中に思い浮かべ、魔法を構築する。すると、直径2㎝ほどの水玉が右手の平に出現し、重力に引かれて地面に落ちた。
「よし、成功だ」
「コーヤもワタルもやるじゃない。けどまだまだだね〜」
「そりゃそうだよ⋯⋯」
魔法のプロのエルフに追いつくなんて、流石に無理だろう。レベル⋯⋯レヴェルが違いすぎる。
そんなことより、すげぇ気持ち悪いな⋯⋯。
「あ〜やっぱり慣れてないからかな?二人ともフラフラしてるけど⋯⋯」
ロアが心配した様子で聞いた。しかし、その五秒後ぐらいにネタルが倒れ、失神してしまった。
「おい、大丈夫かネタル。今日陰に運ぶ⋯⋯か⋯⋯ら?」
なんだ?
視界が歪んで⋯⋯。
煌夜も続けて倒れてしまった。
「はあ、魔力の使いすぎは良くないってあれほど⋯⋯言ったっけ〜?まあいっか。とりあえず二人を日陰に運ばないと⋯⋯」
ロアは、煌夜とネタルを日陰まで引きずりながら運んだ。
二人が目覚めるのは、それから二時間程経ってからであった。
お読みいただき、ありがとうございました!!