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禁色の闇姫  作者: ときおう慧実
三章 空音の男爵令嬢
36/39

4

 今度こそ図書館を出ていくアドルフに付き合い、分かれるまで廊下を進んだ。白磁の柱を見ながら、すぐに姿が見えなくなったアドルフに最敬礼をする。アドルフの足音が一気に遠くなったということは回廊を大きく曲がったということであり、アドルフからもオフィーリアからもお互いの姿は見えない。

 大きく息を吐いてから首と肩をまわし、徒歩数歩しか離れていない中庭に足を踏み入れる。中庭といっても、アドルフとオフィーリアの使っている図書館は主要のものでなく、普段講義を受けている教室からはかなり歩く。かるく前世におけるカップラーメンを三つは作れるほどに。自然、人目にもつきにくいので、使用人数も少ない。それでも周囲は白磁の壁と柱に囲まれ、外は見えないし内からも見えない。

 中庭に足を踏み入れ、オフィーリアの腰までしかない樹木の傍に屈む。そっと伸ばした右手でとったそれは、片手で握りこめるほどの太さ、四尺程度の長さを持つ枯れ木。

 ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは褐返の上着に薄群青のパンツを身に纏った青年だった。

真正面から向き合ってから、「こんにちは」と目尻を垂らして挨拶すると、青年も穏やかに応えてくれた。柔らかそうな髪は同じように優しい茶色で、瞳も同じ。特別に禁忍苦質な訳でも、ひょろい訳でもない。男性にしては低めの身長は、それでも特別気になるほどではない。


「どうされましたか。道にでも迷われましたか?」


 人気のない中庭で、オフィーリアをじっと見ていたのだ。同じ、ベッケンバウアー魔法学園高等部の制服を着た青年(・・)が。なにも用事がないはずがない。

 一歩二歩と足を進めながら訊くと、青年の強張りが見えた。その手がパンツの後ろポケットに手を差し込む前に、常人ならば一足ではありえない間合いから斬撃が落ちる。青年の手がポケットに被さったときには、オフィーリアの手元にあった枯れ木が彼の鳩尾へと斬り飛ばされていた。


(――一人目)


 ぐらりと後ろに倒れ込む青年を視界の端で捉えながら、体軸をずらし枯れ木を右から左へと持ち替える。そのまま滑らせた枯れ木の柄を後ろに構えると、肉を突く重たい感覚が伝わってきた。


(二人目)


 そのまま左へ掃い、斜め後ろから斬りかかってきた男の首を穿つ。


(ラスト)


 三度目の重たい肉が倒れる音を聞いて、オフィーリアは呆れたように枯れ木を肩に担いだ。バランスを取りやすくするために腰に置いた手が、手からはみ出るほどの硬い材質を確認する。自分でも知らないうちに軽く強張っていた筋肉が解れ、深呼吸で酸素が体中を巡っているのを実感する。

 久々に明確な悪意を持つ人間を相手にするのは、オフィーリアにとって思いがけず気を張り詰める機会となり、同時に少しばかり安堵していた。

 小さく口角を上げると、最後に穿った男の正面に立つ。地に伏せるようにして倒れ込んでいる男は、それでも小さく唸っており、他二人と違い意識が残っている。チラリと上着を二寸ほどたくし上げると、男はハッと息を呑んだ。

 腹部に仕込まれている、鈍く淀んだ錆色の意味を知らない者などいない。ジンデルが誇る銀の生産――及び、付随する神経毒。

 息苦しさから白くなっていた男の顔はいつの間にか青くなっている。既に毒を仕込まれたような表情の変化に、小さく口角を上げる。


「殿下を尾けていた理由は?」


 答える筈がないとは思っていたが、『答えない』ではなく『答えることができない』だということは誰の目にも明らかだった。息は浅く、体は細かく震え続けている。そんな男にまともな思考ができるとは思えず、また、今なにを訊かれているのかを理解しているかも危うい。

 オフィーリアはどうしたものかと軽く息を吐くと、小さく人的な空気の流れを感じた。顔は動かすことなく、目だけで流れてきた方向を辿る。白磁の柱の根元から、僅かに人影がはみ出ていた。

 いつから見られていたのか。一瞬だけ顔が青くなったものの、戦闘に入る前のオフィーリアが気づかない筈がない。また、三秒とかからなかった戦闘中にたまたま来たとして、咄嗟に状況理解ができるとは思わない。

 自分の中で整理をつけ、体全体で柱の方を振り向く。無論、尾行していた男から意識を逸らすことはない。

 その筈だった。男に圧をかけたまま、新たな厄介に向きなおる筈だった。それなのに、オフィーリアの思考は一瞬だけ――だが間違いなくその瞬間、停止した。


(な、ぜ)


 ヒュウッと細い音が、オフィーリアの首元から漏れた。それを気に留めることもなく、柱の影から人が出てきた。

 明るい蜂蜜色の髪に紫水晶(アメシスト)の瞳。幼い頃から見慣れたその色合いを持つのは、間違いなく彼の親族。


「公子、閣下」


 パルトロウ公爵公子イアン。次代のパルトロウ公爵として名高い、名家の三男坊にしてアドルフの側近だった。

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