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禁色の闇姫  作者: ときおう慧実
二章 駿才の第一王子
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science fictionを書ける方を本気で尊敬します……

 ミックが興奮を抑えきれない様子でリアムを迎え、リーラがあっさりと弟を労っている間、フィアは難しい顔をしていた。


「フィア?」


 キョトンと瞬きを繰り返しているリアムの目に慌てる。


「ご、ごめんっ! リアム、凄かったね」


 嘘ではない範囲での言葉に、それでもリアムは笑顔で応えてくれた。


「非常事態が起きたらもう少し実力を見せるよ」

「リアムの本気が見れる非常事態なんて想像したくねぇな」


 ミックの軽口に揃って笑っていると、競技場の一角が静まり返っていた。他の三科に比べれば狭いと云っても十分な広さを持つ競技場では、しっかりと見ることはできない。だが、青みがかった黒髪が上級貴族クラス用の競技場に立っているだけで、見学者たちの緊張の理由を知る。


「次は殿下か」


 身に纏っている褐返(かちかえし)より艶があるおかげで、紺鼠(こんねず)より明るく、だが藍鉄(あいてつ)より落ち着いたくすんだ黒。その瞳が逃れようのない漆黒に対し、王子様という煌びやかなイメージとは似つかわしくない色合いが私は好きだった。


「殿下は風属性よね」

「えぇ。冷遇されてはいるけれど、単純に実力としては王族と恥じるものではないわ」


 確認以上のリーラの答えに数日前の記憶が蘇る。


『側妃の息子でありながら王子と認められていない第一王子に『高名』とは……』


 目を焼くような光の粒子を感じながら進んだ図書室で、アドルフはそう言っていた。

 同情が欲しい訳でも構って欲しい訳でもない、自らを嘲る言葉と目に苛つきを覚えながらも心配もした。ただ甘やかされて思うが儘にいかなくて不貞腐れているだけには見えなかったから。

 図書室でも気になったアドルフの立ち位置への疑問が再び膨れ上がる。だが、口にしていいものかもわからない。

 リーラの口振りとそれに大袈裟な反応を返さないリアムとミックを見れば、周知のことだとわかる。ジンデル王国王家の事情を、隣国からの留学生が知らなくても左程不自然ではない。

 ただ、嫌だった。たったこれだけでも決して善いとは云えないことを他の人から聞くのは。当人ですら嘲られることに慣れている事柄だとしても。


 悶々と眉間に皺を寄せて考え込んでいると、アドルフの足元から小さな魔力の固まりが見て取れた。掌に収まってしまうくらい小さなそれは、次第に足元に広がる小さな埃や砂を巻き込みながら駒の頭を広げていき、やがて等身大のおどろおどろしい渦をなす風となった。

 原理としては旋風(つむじかぜ)の筈の其れは、とてもじゃないが春の長閑(のどか)な陽気を思わせるような暖かさは感じない。雑ざらざるを得ない汚れが色と質に重さを乗せ、一見すると小ぶりな竜巻のようだった。

 その竜巻もどきはアドルフの背を超えたところで渦の増大自体は止まった。だが、増大が止まった途端に回転速度が大きく上がった。うっすら見て取れていた渦の流れはすっかりわからなくなっている其処に、アドルフが茶色の球体を緩やかな曲線を描きながらポーンと投げ入れた。渦の中にゆっくりと落ちていく其れは一般的な果実だが、コツを知らないと刃物や金槌を使っても割ることはできない硬度を誇る。他に比べれば辛うじて柔らかい部位に一刀だけ入れることで割ることができ、全体に力を加えても力を無駄に消費するだけだ。それなのに、落ちていく先は渦の中。

 飲み込まれて他の汚れと同化するか、はじき出されるかの筈だった。原型を保ったまま。それなのに、渦の中に入った瞬間、軽い――だが圧縮された破裂音。乾いた木がぶつかりあい、大きかった木片がどんどん小さくなり消えていく音がした。

 乾燥した木材――正しくは果実の皮が粉々に砕け、もうその音さえ聞こえなくなったところで渦は回転速度を一気に落とし、駒の頭を狭めて縮小していった。まるっきり逆再生を見ているようだが、渦の濃さは今のほうが果実分増えている。

 そして渦が消えたそこでは、中心にびちゃびちゃと鮮やかな色の果肉が。そこから白く塵一つない枠を置いて塵埃が積もり、また同じように白い枠を置いて、見比べなければわからない程度の汚れ。その境目は、明確(・・)だった。


(へぇ……)


 自分の目が開かれるのを感じながら、手は無意識にたたき合わせて賞賛を送っていた。それにつられるようにして、最初は小さかった拍手がどんどん大きくなっていく。見学者たちの興奮も。


 それは、オフィーリアの友人も例外ではなく。


「すげぇっ……! やっぱり殿下すげぇよっ! さすが王家の血を引く御方だな。あんな見事な竜巻をいともたやすく作るなんて」


 アドルフから目を離さないまま頬を紅潮させているミックに、リーラが水を差した。


「残念ながら、あれは竜巻じゃないわ」

「へ」

「天候の変化は元より、気温も湿度も変わっていなかった。確かに威力は凄かったけど、あの魔法を基礎として竜巻を展開していたらこの競技場を埋め尽くすくらいは行ってしまうでしょうね」


 貶したい訳ではなく、あくまで淡々とした批評にミックは少し気分を害したようだ。固くなった声でアドルフが魅せた魔法が何なのかをリーラに尋ねる。一呼吸置いてから、リーラは頭を横に振った。


「偉そうなことを言ったかもしれないけど、わからないわ。風魔法自体詳しくないし、見てすべてを取れるほど単純でもなかったから。ただ、今の魔法は私なら最低でも水魔法の使い手と共同するわ」


 釈然としないながらも、ミックは黙った。リアムが苦笑しながらミックのフォローにまわり、リーラは小さく呟いた。


「戦場で使えない魔法で競ってどうするつもりかしら」


 少しだけ、黒く淀んだ瞳で。

 見るつもりはなかったものの、見てしまったら見なかったことにはできない。オフィーリアは一瞬、その台詞と瞳に戸惑ったもののすぐに理由に思い至った。

 リーラとリアムは、既に現場にいる人間だ。表向きは研究職となっているが、属性だけでも特異で理論もあるとなれば、実践に使われずにいられるのだろうか。そもそも、彼ら自身が自らの手(・・・・・・・・・)で実践せずにいられるのだろうか。

 近隣諸国と友好関係ないし支配関係を結んで長いジンデルでは、ここ十年で大きな戦争はない。だからと云って内外問わずに水面下の小競り合いがない筈がない。

 気付いたときにはいつもの明るい笑顔に戻っていたリーラはニヤリと口角を上げてオフィーリアにウインクを投げる。


「さって、次は私とフィアだよ」

茶色い果実のイメージはココナツです。

果肉はとても鮮やかな色とは言えませんが。


竜巻発生には積乱雲が必要以外はよくわかりません。

難しい話は読むのは好きでも書くのは無理だと学んだ真夏日。

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