表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禁色の闇姫  作者: ときおう慧実
二章 駿才の第一王子
26/39

11 魔法展開会

 仄かに赤い風が眼下で揺らぐ。発生した途端、半分は空気と溶けて消えていく中で僅かに残っている風にパラリと粉が混ざる。小瓶から出されたそれが風と混同した後、ぼんやりと視界が曇った。微かに肌が熱い。

 靄よりも薄いが重たい曇りが払われて静まり返る会場。そこに、地を揺るがすような低く重たい打音が轟いた。すると、わぁっ! と少年少女の興奮を隠しきれない声が彼方此方から上がった。


「すげぇ! 流石は風魔法の伯爵家だな」

「あんなに簡単に視界を覆うなんて……」

「色で特性がバレてはしまったが、熱風で視界を塞ぐとは見事だな」


 口角を上げ、目を見開く若人の多い中、黒髪黒目の少女は頬を引き攣らせないように必死だった。






 時は朝の学級連絡に戻る。


「今日の予定ですが、午前中は普通授業、昼休憩を挟んで後は一学年共通の魔法展開会となりまーす」


 登校時から期待と不安を隠しきれない同級生の多さに首を傾げながら、基礎クラス担任のアデル・フラウリーノ=ヴィクグラーフォ・クニピは弾んだ声を発した。

 厚みのある豊かなキャラメル色の髪の毛は腰までだが、かかっているウェーブを直したら下半身にかかるであろうことは明らかなほどの長さである。貴族女性にしても長い。対し髪の毛と同じ色の瞳は大きく睫毛も長いのでぱっちりしている。胸も臀部も目立たない代わりに全体的にスラッと細い妙齢の女性――ベッケンバウアー魔法学園の教師には似つかわしくないが、正真正銘担当クラスを持つ聖職者だ。

 そんな、動物を思わせる子爵令嬢の発言に引っかかる。この一週間で彼女の突拍子もない言動には耐性がついたつもりだったが、それにしても覚えがない。

 それはフィアだけではないようで、ざわついた教室の中で少女が声を上げた。


「クニピ先生、【ショー】は今日だったんですか!?」

「そうですよー」


 少女の驚きと微かな怒りを滲ませた問いに対し、アデルは楽しそうに肯定するだけだ。声を上げた少女だけでなく、途端に教室内の主な空気の比重が驚きから怒りに変わる。周囲の様子から碌なことが起きていないことはわかるが、【ショー】がなにかがわからない。

 怒りを滲ませながらもそれを直接口にしない同級生たちは、どこか諦めたように一呼吸置いた後に近くの友人たちと相談を始めた。言葉の端々からは「どうしよう」「私、今日は媒体持ってきてないよ」「兄貴に訊いてみる」と不安そうなものが伺える。

そんな中、一人呑気な声援を送りアデルは教室を出ていったことを確認してから席を立つ。小さく波紋が広がった気がするが特に動きを止めるでもなく目的の人物のもとへと向かう。教室の隅から隅へと移動すると、恐らく最初から気付いていたであろうに眼前に来るまで目を逸らしていた少年が眉間に皺を寄せながら顔を上げた。


「質問いいかな? アハテーくん」

「このタイミングでかよ……」


 げんなりしているミックの言葉と態度に教室中のざわめきが大きくなった。

 ミック自身も平民クラスの中では異質だ。下手な貴族よりも権力も資産も名もあり、国内外に大きく展開する商家の跡取り息子。初日から持ち前の話術で多くのクラスメイトと交流を持っていた。が、親しげに話しかけた相手が相手だった。

艶やかな黒髪と澄んでいる同じ色の瞳。平民にも係わらずブルィギン公国からの留学生。派手な顔立ちではないが自然と目が惹かれる整った顔とどこか近寄りがたい高貴さを感じさせるフィアは、これまで事務的なもの以外でコイブサーリ子爵家の双子としか話しているところは見た者はいない。

そのフィアが親しげにミックに話しかけた。聞き耳を立てる者の多さに比例して、妙に教室が静かになった。

フィアは気に留めなかったが、ミックは大きなため息を吐いて席を立つ。廊下を指さしてフィアに呆れを隠そうともしない顔を向けた。


「外にしよう。飲み物欲しいし、ここじゃギャラリーが多い」


 最後の言葉にクラスメイトの殆どが慌てて二人から目を逸らす。ちらちらと伺っていた子に関しても大袈裟にそっぽを向いた。






 重いドアを押し開け、足元を捌く。戸惑いと微かな怒りとで騒めいているのはフィアたちの教室だけで、ドアからドアを女性の歩幅で二十歩は歩くとある隣の教室は静かなものだった。普段なら、自分たちの教室も同じ筈である。今がイレギュラーなのだ。


「ここでいいか」


 ミックが選んだのは、いくつかの教室を通り過ぎた先にあった無人の資料室である。資料室と云っても無人かつ施錠もされていないため、見られて困るものは置かれていない。各学年、専攻別に必要とする基礎的な教科書や参考書がそれぞれ二桁ずつ揃っている。本と資料に埋め尽くされているか閑散とした印象はないが、この上なく静かである。時を告げる鐘の音さえ届くか怪しい。

 資料室のドアを開けられ、軽く目を伏せて礼を示す。フィアに次いでミックも中に入ってきたがドアと壁との間は肘から先ほどの長さが開いたままだ。異性と二人きりの際の礼儀だが、真に他者の目や耳を憚るときはそう言ってはいられない。ミックにとって、場所を移動したのは喧噪とあからさまな同級生の目と耳から逃れることが目的であったのであろう。

 魔法基礎学の教科書がずらりと並ぶ、ドア付近の本棚にミックは体重を預けた。腕を組み肩で身体を支えながら尖った視線を送ってきた。


「あんな人目があるところで、なんのつもりだ」

「アハテーくんが一人のときなんてないじゃない。声をかけるタイミングを窺うのは諦めたの」

「誤魔化すな」


 緩まない雰囲気に、小さな笑みが漏れる。ただし顔に出たら目の前の少年が烈火の如く怒ることも分かっているので、表には出さない。真面目な表情を意識して、声もワントーン低くする。


「じゃあご挨拶(スモールトーク)は置いておいて、本題に。――何度目なの?」


 首元を微かに睨みつけながら口にした言葉に、ミックは苦い顔をする。表情を変えてしまったことが不本意で、だがそこから挽回するまでの処世術はまだ知らないようだ。


「……お前、どこまで知っているんだよ」

「いいから、早く吐いちゃいなさい」


 今度は意識して口角をわざとあげると、ミックは逡巡したもののゆっくりと口を開き始めた。


「最初はもう四年前になる。嫌な客が来たけど聖国のお偉いさんっぽいし、聖国人なんてそのとき初めて見たから気にしなかったんだ。それから年単位でなにもなかったし。だけど、二年前には四回来て、去年はその倍だ。しかも昨日は奴隷の斡旋を頼まれた」


 落ち着いて聞いてはいたが、最後の爆弾発言に目を見開いてしまった。この世界の奴隷制度は、一世紀前には終息していたはずだ。

 言いたいことがわかったのだろう。ミックは少年らしい怒りをふつふつと沸かせた。


「確かに闇商人で奴隷を扱っている奴がいるのは知っている。だけどジンデル王国(うち)と隣接している国はとっくの昔に廃止されているし、その隣国だって殆どだ。ジンデル国王陛下のお膝元のアハテー商会に奴隷を頼むなんて、喧嘩を売っているとしか思えない」


 奴隷制度廃止を真っ先に掲げたのはジンデルだった。近隣諸国からのブーイングは凄かったであろうが、ジンデルに喧嘩を売る財力・軍事力・外交力・資源を持つ国は当時も今もない。


「奴隷の件でさすがに俺も親父もキレて追い出したんだ。だけどすぐに商品が無くなっているのに気付いて追いかけたんだ。そこに来て、あの台詞だよ。」


『私は聖女様の傍仕えであり、下々の者に献上の慶びをやったのだ』


 ――あれ?


「奴隷は自称聖女付神官が個人的に欲しがっていたんじゃなく、聖女様が欲しがっていたの? どんな奴隷を欲しがっていたの?」


 方向性が違う問いに、ミックは微かに肩の力が抜きながらあっさりと頷いた。


「あぁ。特別珍しい指定はなかったが、十代前半の武に長けた少女をとのことだった」

「へぇ……」


 そうか。昨日の印象から助平爺が若い()を欲しがっていたのだろうと、無意識のうちにあたりをつけてしまっていた。そうか。


 ふーっと勢いよく息を吐き、背を伸ばす。酸素が体中を駆け巡って、気持ちがいい。

 惜しみない笑顔で豪商の息子に礼を伝える。


「ありがとう。今のところ訊きたいのはこれだけ」

「え、あぁ、そうか。……いや、待て。『今のところ』ってまたなにか訊くつもりか!?」

「うん。【同級生】が訊きたいことがあってもなにも可笑しくないでしょ?」


 にっこりと目を細めると、ミックは疲れたようにため息を吐いた。若いのにだらしない。


「わーったよ、フィア・ジェリドフは意外や意外、探偵志願とはね。って、俺も訊きたいんだけど、どうしてうちが聖国から何度も絡まれているって知っているんだ」

「知らないよ」

「……は?」


 頬筋がヒクつく以外は動かないミックを見て悪戯心がわくが、堪える。ただミックに近い目でたっぷりと一秒かけてウインクをする。


「単純に考えて、大商会の子ども――しかも跡取り息子が万引きを追いかけるなんて危ない真似を周りが容認しているとは思えない。だけど今回が初めてじゃなく、今まではいい気持ちはしなくても危険という危険も感じられない客なら別かなって。怒って追いかけたお坊ちゃんを追いかける人は勿論いたんだろうけど、それほど必死ではなかったんじゃないかなーって」

「……」

「ただ『これしかない』っていう考えではなかったから、『何度目?』って訊いたときの答えは0でも質問の意味を図り取られなくても善かったのよ。それなのに諦めて口が軽くなっていてくれたからさー」


 ふふん、と余裕たっぷりに微笑むと、ミックはがっくりと項垂れた。小さな声で「そんな初歩的な……」とかぶつくさ言っている。


 強く生きろよ、少年。


 自己嫌悪に沈み込んでいる同級生の姿に得も言わぬ充実感を覚え、今度こそ資料室を出ていこうとドアノブに手をかけたところで思い出す。首だけ振り向きそうだったところを身体全体で向き直し、茸でも生えてきそうなミックに尋ねる。


「あ、ごめん。もう一つだけ訊きたいことあった」

「……なんだよ」


 今の疲れを隠せないミックになら、聖国人のことについて聞き出せるだけ聞き出せる気がするがそれは一旦保留だ。軽く首を傾げながら問う。


「【ショー】ってなに?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ