表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禁色の闇姫  作者: ときおう慧実
二章 駿才の第一王子
20/39

5

 パルトロウ公爵公子に次いで、まだ幼い顔つきの少女が登壇してきた。

 女性らしい柔らかさはまだない細身の体。オフィーリアよりも遥かに長い腰まである紫がかった赤髪(ダークレッド)は、ウェーブがかかっている。大きな猫目は、淡い茶色だ。

 深窓の令嬢というイメージに相応しい落ち着いた、どこか寂しげな雰囲気を醸し出している彼女はぐるりと大講堂全体を見回し、ある一点で大きく目を見開いた。が、すぐに顎を引いて一礼する。


「続きまして、同じく新入生代表、セシリア・フラウリーノ=バローノ・カリと申します」


 カリ男爵令嬢セシリア。そう名乗った少女は、朗々と新たな学び舎に対する挨拶を始めた。兵役の前課程の自覚を謳った内部生の|公爵公子(ロベリド=ドゥーコ)とは違い、あくまで実りのある学生生活を、と外部生かつ女性らしい挨拶だった。

 パルトロウ公爵公子ほどではないが、カリ男爵令嬢にも大きな拍手が送られた。男爵令嬢は穏やかな笑みで応えるが、それはオフィーリアにはどこか白々しく映った。

 彼女は真っ直ぐに視線を前に見据えながらも、その眼に映っているものはわからない。






 なんとも微妙な気持ちで、入学式は終わった。ざわめく大講堂で、まずは王族が席を立つ。すぐに授業は始まらないので、どこかで休むのであろう。


 子爵位の子どもの番になって、リーラは小声でオフィーリアの耳元に囁いた。


「食堂棟の入り口で待っているわ。お昼にしましょう」


 止める間もなく言い逃げの結果になった提案に、内心で首を傾げる。寮、クラスと身分で分けられているというのに、食堂は同じなのだろうか。


 疑問はすぐに解消された。


 食堂棟()であり、建物の中に食堂がいくつも入っている。そしてその殆どは明確には身分分けされてはいないが、実際は生徒が自ら別れているようだ。


 なかなかの徹底ぶりに逆に関心していると、なにを食べたいかを訊かれる。


「あまりお腹は減っていませんので、軽いものがいいです」


 因みに食堂棟の前で合流してから、自然にお互い敬語に戻していた。小声で話せた大講堂の隅とは違い、ここは人目が多すぎる。


 オフィーリアの言葉を聞いて、リーラは少し困った顔をした。お腹が空いていたのだろうか、と考えていると、重たそうな口が開かれた。


「私もですわ。……ですが軽食で種類があるものとなりますとカフェになるのですが、其方は様々な方がお使いになられるので。種類の少ないデザート等で宜しければ其々の食堂にもあるのですが」


 成程。だが、問題はない。お貴族様方に侮蔑の目で見られることよりも、食べられる距離に食べたいものがある(かもしれない)のに食べられないほうが辛い。


 婉曲的にそう伝えると、リーラは頬を引き攣らせながら案内してくれた。多分、笑い転げたいのを必死になって堪えているのだろう。


 唯一様々な身分が日常的に混合しているカフェは、成程それでも下位貴族が圧倒的に多いように思える。脳内のデータと合わせられるものだけでも、八割が子爵位、男爵位だ。


 給仕の方に席に案内してもらうと、そこには既に一人の少年が座っていた。


切り揃えられた、肩に付くほどの真っ直ぐな栗色の髪。曇り空のような灰色の瞳。健康的な日焼けした肌。


 紹介されずとも誰かはわかったが、それでも相手が立つのに合わせてリーラの言葉を待つ。


「フィア様、此方は私の弟のリアムです。リアム、此方は同じ寮のフィア様」

「初めましてフィア嬢。リアム・フィロ=ヴィクグラーフォ・コイブサーリと申します。姉が御迷惑をかけていなければいいのですが……」

「迷惑なんて……フィア・ジェリドフと申します。お先に名乗らせてしまい、申し訳ございません」

「いえいえ、姉がまだ世間知らずなもので」


 周囲が聞き耳を立てていることが、否応なしに解る。

 内心苦笑しながら注文して着席すると、当然ながらお互いの話になった。


「フィア嬢は公国出身なのですね。其方の教育制度には興味があります」


 目の前で深く頷く双子は、前以て知っていなければ女の双子かと思うくらいそっくりだが、目だけが違う。

 つり目のリーラは凛とした、たれ目のリアムは柔らかな印象を与える。


 リアムが既に嫡子(フィロ)を名乗っていることに少し驚いたが、コイブサーリは長男相続主義の家だ。双子の上に子どもはいない筈。ならば、生まれたときから嫡子(フィロ)を名乗ることを許されているのだろう。


 運ばれてきた料理を口にすると、リーラとリアム、二人の目が軽く瞠っていた。


「……どうかしまして?」


 ナイフとフォークを置いて尋ねると、リーラが感嘆の溜息を吐いた。


「公国ではマナーまで上級のものを学ばせてもらえるのですか? まるで王族の方の食事風景でしたわ」


 しまった、と心の中で舌打ちをする。出身については細かく決めたつもりだったが、そこまでは誰も意識していなかった。

 だが、改めて考えてみればオフィーリアにマナーを仕込んだのは王族三人だ。当然そうもなるだろう。

 ここはリーラの勘違いを利用させてもらう。


「えぇ。ベッケンバウアーの方々は皆さん素晴らしいマナーを身に着けおられるそうですから、お手を煩わせることのないように、と」


 途端、双子の肩が軽く揺れた。


 王族相当のマナーを当たり前に仕込まれている平民を嘲笑えるほどのなにかを持っているのか?


 ついでに含ませた意味に、周囲の不躾な視線と聞こえてくる言葉に怒りを滲ませていた二人はすぐに気付いた。口を堅く引き結び、肩を揺らしながら必死に頷く。


「恐縮です。公国とフィア嬢の素晴らしい気づかいに感謝します」

「どうぞフィアとお呼びください。貴族のご令嬢ではないのですから。敬語も必要ございません」


 そつのないリアムの言葉に別の話題を返すと、リアムはクスッと笑った。


「では有難く。――フィアも僕のことをリアムと。勿論敬語は不要ですよ」


 眉間に皺が寄ってしまったのを、周囲に悟られないうちにすぐに戻す。だが、目の前の二人は気付いてしまったようだ。


 ――なに言ってんのよこのお坊ちゃんは!


 ここはジンデル王国ベッケンバウアー魔法学園。周囲に嫌ってほど人目があるその中で、未来の子爵が平民に対等であることを許した。

 勿論、リアムとはリーラ同様人目がないところでは親しくさせてもらうつもりだった。ほんの少し一緒にいただけでも、彼は確かにリーラと同種の人間だったから。


 そこまで考えてやっと気づく。ハッと目を見開き、大きなため息を吐きたいのをグッと堪えて頭を下げ、ゆっくりと上げてから口を開く。


「では、お言葉に甘えまして身に余る栄誉を受けさせて頂きます。――宜しくね、リアム」


 ざわっと確かに食堂の中がざわめく。だがオフィーリアたち三人は気にすることなく食事を続け、リーラとも同じようなやり取りをした。


 そう。今日は新たな環境での初日。幸いまだそこまで人間関係の構築が進んでいない。その日のうちに周囲に【コイブサーリ子爵家の双子と公国からの留学生は友人】と広めてしまえばいい。内部生が多いから難しいかもしれないが、一か月二か月と経った後にいつの間にか平民が生意気な口を利いているよりは善い。

 そしてお昼時の食堂。ましてや一番多くの階級が集っている場所。多くの耳があるときに聴かせられる(・・・・・・)に越したことはない。

 新しい環境に自ら飛び込んで二日目にして、なかなか面白い友人が二人出来た。






 一方その頃、フィア(・・・)とよく似た色を目と髪に宿している少年は人目に付きにくいテラスから中の様子を伺っていた。


「コイブサーリの双子が、素性も知らぬ留学生に懐いたか……」


 留学生は知らないようだが、周囲が彼らに目を集めていたのには他にも理由がある。

 コイブサーリの天才双生児は研究分野にて活躍しており、既に現場に立ってその実力を発揮している。にも関わらず面倒なことは嫌い組織には属さず、また親しい人間も作らない。基礎学部入学当初からその片鱗を見せていた彼らは、当然媚び売られたが相手にもしなかった。だがそれでも今なお、子爵位に反して侯爵家からも縁談を持ち込まれている。


「要観察、か」


 少年は自身に告げ、人目を避けたままその場を去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ