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禁色の闇姫  作者: ときおう慧実
二章 駿才の第一王子
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6

 入学式の翌日。今日から授業が始まる。

 そう、今朝やっと明確にクラス編成が発表され、これから同じクラスで親しい友を作るべきところ。にも拘わらず、教室に入った途端、周囲は明らかに目を逸らした。声をかけても必要最小限しか話していない。


 ……なんで授業始まる前から私はぼっちなんだろう……


 溜め息を隠せないまま席に着くと、担任が入ってきた。






 一年生共通で所属する教養科では、基礎魔法と一般教養、マナーの授業が行われる。

 一般教養では言語学、数学、社会学の中で細々と少しずつ。マナー講義は、特にクラスによって内容が大きく違うらしい。

 当然であろう。マナーは一朝一夕に身に付くものでもないし、そもそもが身分によって必要とされるものが違う。伯爵位であろうと、王族との晩餐ともなれば今から大慌てで王室のマナーを仕込まなければいけない者が殆どであろう。


 そんな訳で、基礎クラス――通称【平民クラス】という、センスの欠片もない平民ばかりが揃っている教室でクラス担任が簡単に注意事項を述べ、早速マナーレッスンが始まった。

 残念ながらオフィーリアには遥か昔に習ったものの復習ばかりだったが、他のクラスメイトの多くは苦戦していた。


 初日に習うのは、意図せずしては会わない他クラス――貴族階級と遭遇してしまった場合の対応だ。

 手は体の線に沿わせるか腹部で重ねるかして、腰から礼。――と聞くだけなら簡単だが、それ自体が本人の体から微妙にずれただけでも美しくないので問題になってしまう。シチュエーションによって異なる体や足の捌き方で四苦八苦している周囲を見てつい口が出てしまいそうになるがぐっと堪える。


 何故かは知らないが、クラスメイトはオフィーリアと関わりたくないようだ。だとすると、此方からも必要最小限しか接しないほうがいいのであろう。


 手持無沙汰になったが、講師が気を使って図書室の使用許可をくれた。


「ジェリドフさんはレッスン以外の立ち居振る舞いを見ても、なにも問題ありません。流石に必修科目ですので受講不要とは言えませんが、図書室で自習をどうぞ」


 何をするわけでもない中での提案に素直に頷いて教室を出る。重厚なドアを押し開けると、冷たい空気が広がる廊下。先は見えるか見えないかと云った長さがあり、今回の目的地はそもそも階が違うので見える筈がない。


 膝下まであるワンピースの裾を翻さずに捌く。足音を鳴らさないように踵から柔らかくブーツを下す。

 胸元に階級を示す紋章が飾られている重く暗い褐返うちかえし色の上着には、首元と手首とに土器かわらけ色の幅二センチほどのラインが入っている。上着を脱ぐと体のラインがはっきりわかってしまう、胸から膝までしっかりと覆う薄群青色のワンピース。軍靴と同じ黒い艶のある革ブーツ。


全体的に体にフィットするよう作られた制服は、この国が【魔法国家】であることの表れだ。

この世界が創られたときから魔法はあるというのに、その大きな使用目的は争いに他ならない。【魔法国家】とは【軍事国家】のことであり、当然のように【魔法学校生】は【軍事学校生】である。ジンデル王国の高等部生は、学生であると同時に予備兵でもあるのだ。

この国に限らないが、成人すると兵役義務がある。基本的には男女ともにであり、そこで国の礎となるべく経験を積んだ上で好きな道を歩くことができる。


溜息を隠せないでいると、いつの間にか図書室に着いていた。耳で聞いていただけの情報で迷わなかった自分を褒め、重たい扉を開く。

途端、目を焼くほどの光が差し込んできた。


「……!?」


 反射的に【壁】を作り、体を丸めて【探知】する。が、なにも出てこない。

 訝しみながらも魔法を解いて辺りを見渡すと、数えきれないほどの本棚に自習机、それでも足りないとばかりに一角に積み上げられている眩暈がしそうな量の本――そこは予想よりはスケールが大きいが普通の図書館だった。

 今のはなんだったのだろうかと訝しみながらもそこ(・・)へ向かって歩く。【探知】魔法を使ってしまったときに、意図せずして見つけてしまった(・・・・・・・・)もの。すぐに害はないが、叶うことならば避けて通りたかった()


 青みがかった黒髪は目にかかるほど長く、対して側頭部と後頭部は短め。伏せて本を読んでいる瞳は純粋な黒。まだ十二歳ということも踏まえ、オフィーリアと左程変わりない身長。

 それだけ聞けば普通の少年だが、身にまとっているものが違った。

 重ね折りに加え極細の刺繍が施された制服は、一見して今まで見てきたものとは違った。この世界で最高の技術が施された、まさしく一品ものであろう。そう、それこそ王族でもなければ身に着けることなど不可能な――


「アドルフ・レギィ・ジンデル殿下……」


 ジンデル王国第一王子――オフィーリアの、異母兄。


 ぽつりと呟くと、目の前の少年はゆっくりと顔を上げた。不機嫌そうなその顔は随分と幼い顔立ちだった。


「何の用だ」


 苛立ちを隠そうともしない声音に、喜ばしいようなもどかしいようなと云った不思議な感覚は消えうせた。

見開いていた目を通常に戻し、軽く一礼する。


「いえ、ご高名な殿下にお会いして己が身の貧しさでお目汚しをしたのではないかと。御目に次いで御耳まで汚されるは不快でありましょう。お許しください」


 さっさとこの厄介な――オフィーリアの心中限定だが――場を抜け出して図書室の奥深く人目につかなところで蔵書を読み漁るべく心にもないことを述べると、鼻で笑う声がした。

 頭を下げたまま眉を顰めていると、アドルフは勝手にペラペラと口を動かし始めた。


「随分盛大な嫌味だな。側妃の息子でありながら王子と認められていない第一王子に『高名』とは……平民風情に舐められるほど落ちぶれてはいないつもりなのだが」


 ――嗚呼、此奴莫迦だ。


 カチリ、とスイッチが下りた。相手をするまでの相手でもない、と。

 頭を下げているのもバカらしくなって踵を返し背を向けると、「おいっ!」と戸惑いながらも怒りが混ざった声で呼び止められた。


 はぁああああ、と深い溜息を吐いた。心底面倒に思いながらも顔だけ振り向く――有り得ない無礼だということはすっかり忘れていて――愚かすぎて気の毒な目の前の人物に、人としての情けをかけてやる。

 眉間に皺を寄せたまま口を開き始めると、特別考えるまでもなくペラペラと言葉が紡がれた。


「自分を卑下する割には王族ということに拘るのね。王族ではないと自分に言い聞かせながら縋っているのはみっとも無いわ。捨てれば身分に一番拘る人間はいなくなる。捨てられないのならば名ばかりでなく実まで得れば善い話よ。――貴方にとっての正解が名を捨てているつもりで捨てられないことならば余計なお世話だろうけど。自虐して可哀想な王子様とでも酔いしれたいようにしか思えないわ。そんな人間が救われるのは物語の中だけよ」


 まだまだ続きそうな言葉を、それでも断ち切る。


 ……やっちゃった。


 入学二日目にしての暴挙に自分で自分に呆れる。心の中で二人の保護者に謝るが、面倒な王子様をスルー出来なかった己が一番憎たらしい。


 怒りが浮かんでいたアドルフの顔からは、怒りの代わりに戸惑いが増えていった。呆然自失と云った体のアドルフを残して図書室を出るところで、余計なひと言だとわかりつつも口を開いてしまった。


「因みに母君の身分が正室だろうと側室だろうと妾であろうと、ジンデル王家に限っては関係ないと思うけど」


 どうせなので言いたいことは全て口にしてしまった。ここまで来たらあと一つくらいのお節介は変わらないだろう。

 その言葉によってどのような反応をするのかは見ないで扉の向こうに消える。通ったばかりの廊下をそのまま戻るのも忍びなく、人目が気になるが昨日振りの食堂棟に向かう。その中で、アドルフが自分の母が側妃ということに優越感を覚えようとして出来ていなかったことが引っ掛かった。


 ジンデル国王は、正室一人と側室三人を妻として持たなければいけない(・・・・・・・・・・)。その他に妾を何人持とうが自由だが、四人の妻帯は義務だ。妃として称されるのは正室と側室のみ。

正室と側室の子は王位継承権を持ち、生涯王族として遇される。対し、妾の子は所謂庶子として扱われ、成人までは王子並びに王女と称されるがそれも一時のものである。

例外は、翠玉であることのみ。


にも関わらず何故、第一王子であり側妃の子であるアドルフがあんなにも卑屈なのか。

考えても出ない答えに首を捻り、週末の予定が決まった。

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