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ジェマは書状を胸に抱いて深く息を吐きだした。夢に、スレートの背中に近付くための大きな1歩が目の前にある。
「すぐに返事を書く。なるべく早く試験を受けたいから」
「分かった。帰るついでに届けておいてやる。だから、その……ジェマ、俺の足に絡みついているこいつについて教えてくれ」
ペンを執ったジェマはきょとりとした目でラルドの足元を見る。ラルドの足元に妙にねちゃねちゃと擦り寄っているもちもちした塊。
「ああ、その子はモアレ。グラトニースライムで、私の契約魔獣」
「グラトニースライム?」
ラルドの眉が顰められた。学園に通っているラルドにとって、その名前は国1つを壊滅させた伝説上の恐怖の魔物だ。ハリスはラルドの足元にしゃがんでモアレを抱き上げる。そしてそのぷるぷるした身体をそっと撫でた。
「モアレは、良い子。ジェマの力になってくれる。ね?」
「ああ。危険はないと騎士団も保証する」
ハリスとカポックの言葉にモアレはゆらゆらと身体を揺らす。その気恥ずかしそうな感情が伝わると、ジェマは思わず小さく笑ってしまった。
「ラルド、この子は大昔にジャスパーとやり合った凄く強い子なの。でも、今のモアレは私の魔力欠乏を抑えてくれる大切な家族だよ」
「大昔? いや、ジャスパーってそんなに長生きだったのか」
ラルドは精霊が見えない。けれど知識は豊富。大昔にグラトニースライムと戦った精霊といえば。太古の精霊のひと柱、土の大精霊黒豚のトン。叫びだしたい気持ちをグッと堪えて、ラルドは咳払いで誤魔化した。
「そ、そうなんだな。モアレ、よろしくな」
「きゅきゅう!」
もちもちと飛び跳ねるモアレから伸びた腕のような身体の一部。ムニムニとしたそれと握手を交わしたラルドは、何とも言えない表情で考え込む。
「これ、この触感を再現したぬいぐるみは作れないか?」
「それ、良い! モアレの手触りのぬいぐるみなんて、世界救うくらい幸せなものになるに決まってる!」
ラルドの発案にすっかり虜になったジェマ。その思考がぬいぐるみ作りに傾倒する前に、ラルドは慌ててその手を握る。
「ジェマ。まずは魔道具師認定試験のことを考えろ。試験では魔術の扱いが基本になる。魔道具を作る練習をしておいた方が良いだろ? うちのお抱えの魔道具師に監督役を頼んである」
「それは、有難い。他に頼れる人もいないし」
道具師が魔道具の制作を行うには2年以上の経験を積んだ魔道具師の監督下でなければ違反行為とみなされる。スレートを亡くしてから他に頼れる魔道具師が近くにいなかったジェマは、道具師として登録をして以来魔道具を作ることはなかった。魔道具師の資格が必要ない魔石付与魔道具やそれ以上に危険な魔力入りの道具は作っていたけれど。
「ジェマがうちで練習する間、ハリスもうちで教養を身に着けるならここで1人残されることもないだろう。急ぎたいかもしれないが、ハリスの方の準備ができるまでは待っていてくれるか?」
「うん。その間に作りたい魔道具を考えておく。それから、店を開ける間の商品の補充もしておきたいし」
「そうか。それなら〈エメラルド商会〉に卸す分も作っておいてくれ。うちの在庫もそろそろ乏しくなってきたからな」
ラルドはジェマの頭を雑に撫でると、どこか安心したように肩の力を抜いた。
「ジェマ。ここからが勝負だ。魔道具師になって、所有者固定魔道具師を目指すんだろ?」
「うん。お父さんを超える所有者固定魔道具師になる」
ジェマはその小さな拳を握りしめた。決意と覚悟が溢れてしまわないように。
「それなら、うちはその成長を見守りながら儲けさせてもらおうか。国1番の所有者固定魔道具師と取引したがる商会を今から出し抜いておいてやる」
ラルドはニヤリと笑うとジェマの拳に自分の拳をコツンとぶつけた。共に商売をする2人。まだ子どもの枠を抜け出しきれない2人の夢は、どこまでも広がっていく。
「そのためにも、とにかく生きなきゃね」
「そうだな。そっちの問題があるんだったか」
ジェマとラルドの渋い表情に、カポックは胸を叩いて1歩前に出た。その堂々とした姿は国の光と言われる騎士の姿そのものだった。
「俺たち第8小隊がジェマを守る。相手が強者の騎士だろうが、国だろうが。俺たちは守るべき民のためにある」
理不尽に奪われることが当たり前な世界。それを覆したい。その反発心と誰かを守りたいと強く願う気持ち。力と血統が重視される騎士団の中で戦い続ける第8小隊の絆は強固で不屈。強大な敵が現れようが、それすら叩き斬る覚悟が決まっている。
「シヴァリーもそうだが、理想の騎士だよな、第8小隊は」
ラルドの言葉には妙に棘が含まれる。商人として街の中層で生きてきたラルドにも、国に、国に従うだけの騎士に思うところがないわけではなかった。
「ジェマ」
ずっとどこかに行っていたジャスパーの声に、ジェマはパッと笑顔で振り向いた。黒い毛並みに埃を付けたジャスパーは、埃を被った冊子を持っていた。
「ジャスパー、倉庫に行っていたの?」
「ああ。これ。スレートが我に遺した手記だ。これをカポックに。シヴァリーに届けさせろ」
ジェマは中身が気になる様子で躊躇いながらも、カポックにスレートの手記を手渡す。
「これを、シヴァリーさんに渡してください。ジャスパーからと」
「分かった。必ず届ける」
手記はカポックが腰から下げる【次元袋】に仕舞われた。どこか不安げな空気を断ち切るように、カランカランと軽妙なベルの音と共に【チェリッシュ】の入り口が開かれた。




