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【完結】無自覚転生令嬢の物理魔法  作者: 深谷 汎
番外編

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番外編 愛情表現の反作用②

わたくしは、敗北した。


セドリック様を照れさせるために考えた愛情表現が、実はプロポーズだったと判明し、その場で結婚式を早めることまで決まってしまったのである。


王太子殿下の行動は、恐ろしいほど速かった。


王立物理学交流夜会が終わる前に両家へ使者が送られ、翌日には結婚式の日程について話し合いが始まった。


式場。


招待客。


衣装。


必要な手続き。


通常であれば長い時間をかけて決めるはずの事柄が、王太子殿下の指示によって次々に処理されていった。


そして春が終わる頃には、わたくしとセドリック様は結婚式を挙げ、夫婦となっていた。


その結果、わたくしは毎朝、目を覚ますたびに、


『隣にアリスがいることが、今でも夢のようです』


と言われるようになった。


研究所から同じ家へ帰れば、


『アリスと同じ場所へ帰れるのは幸せですね』


と言われる。


少し帰りが遅くなっただけでも、


『無事に帰ってきてくれて安心しました』


と抱きしめられる。


婚約者だった頃でさえ一度も勝てなかったのに、夫婦になってからは、セドリック様の愛情表現の出力が明らかに増大していた。


これでは、ますます不均衡が広がってしまう。


一度の敗北で諦めるわけにはいかない。


わたくしは、再実験の機会を虎視眈々と狙い続けていた。


◇


夏が過ぎ、秋も終わった。


王都に雪が降り始め、わたくしたちが夫婦になってから初めての新年を迎えた。


その日の朝。


わたくしは医師の診察を受けていた。


数日前から、体の中を流れる魔力に、僅かな変化を感じていたためである。


体調が悪いわけではない。


むしろ変化しているのは、わたくし自身の魔力ではなかった。


下腹部の奥。


そこに、ごく小さな魔力が存在していた。


わたくしの魔力と重なってはいるものの、同じものではない。


まだ形すら定まっていないほど微弱でありながら、確かに独立した流れを持っている。


診察を終えた医師は、穏やかな笑みを浮かべた。


「おめでとうございます。新しい命を授かっておられます」


予想していた答えだった。


それでも、実際に言葉として聞いた瞬間、胸の奥に温かなものが広がった。


わたくしとセドリック様の子供。


以前は、遠い未来の出来事としてしか考えていなかった存在が、今、わたくしの中にいる。


このことを知れば、セドリック様はどのような反応をするだろう。


きっと、心から喜んでくださる。


いつものように、何の躊躇いもなく愛情を伝えてくるに違いない。


そこまで考えたところで、わたくしの思考に一つの可能性が浮かんだ。


今夜は、王宮で新年を祝う舞踏会が開かれる。


王太子殿下たちも出席する。


セドリック様は、まだこのことを知らない。


そして、この小さな魔力は、魔力視認を使えば確認できる。


内容。


タイミング。


環境。


全ての条件が揃っている。


わたくしは、医師へ顔を向けた。


「このことは、まだセドリック様へ伝えないでいただけますか?」


「それは構いませんが……ご自分でお伝えになるのですね?」


「はい」


わたくしは、自分の腹部へそっと手を当てた。


「できる限り効果的な方法で、お伝えいたしますわ」


今度こそ、必ず勝つ。


◇


その夜。


王宮の大広間では、新年を祝う舞踏会が開かれていた。


高い天井から下げられたシャンデリアが、広間を昼間のように明るく照らしている。


磨かれた床へ光が反射し、色鮮やかな衣装をまとった貴族たちが、楽団の奏でる音楽に合わせて踊っていた。


「アリス。体調は悪くありませんか?」


隣を歩くセドリック様が、心配そうに尋ねる。


「問題ございませんわ」


「いつもより歩く速度が遅いように感じました」


「舞踏会の会場で急いで歩く必要はございませんでしょう?」


「それはそうですが」


セドリック様は、まだ何か言いたそうに、わたくしを見つめた。


相変わらず、変化へ気づくのが早い。


だが、わたくしの腹部にある魔力までは分からないらしい。


魔力視認を使わなければ、気づくことは難しいほど微弱なのである。


「もし疲れたら、すぐに教えてください」


「承知しておりますわ」


「アリスは、研究へ集中するとご自分の体調を忘れますから」


「今日は研究をしておりませんわ」


「研究をしていない時でも、興味深いものを見つけると同じです」


否定できなかった。


「私にとっては、舞踏会よりもアリスの方が大切なのですから、無理はしないでください」


またである。


何の前触れもなく、当然のように愛情を伝えてくる。


今すぐ仕返しを実行したい。


だが、まだ観測者が足りない。


わたくしは逸る気持ちを抑え、王太子殿下たちがいる場所へ向かった。


そこには、王太子殿下。


カイル殿下。


レオナルド様。


マクシミリアン様とリリィ様。


そして、エレノア様が集まっていた。


前回の実験と、ほぼ同じ観測者である。


条件としては申し分ない。


新年の挨拶を交わした後、しばらく全員で話をする。


やがて楽団の演奏が止まり、次の曲までの短い休憩へ入った。


周囲の会話も途切れている。


今である。


「セドリック様」


わたくしは、隣に立つセドリック様へ呼びかけた。


「どうしました、アリス?」


「お願いしたいことがございますの」


「何でしょう?」


皆の視線が、わたくしたちへ集まった。


ここまでは計画どおりである。


わたくしは、可能な限り平静を装って告げた。


「わたくしを、魔力視認で見てくださいませ」


セドリック様が、不思議そうに瞬きをした。


「今、ですか?」


「はい。今すぐお願いいたしますわ」


「何か、魔力に異常があるのですか?」


声に心配が滲む。


「異常ではございません」


「では、なぜ?」


「説明するよりも、実際に見ていただいた方が早いと思いますの」


セドリック様は僅かに首を傾げた。


それでも、わたくしが理由なくそのようなことを頼まないと考えたのだろう。


「分かりました」


セドリック様の瞳に、淡い光が宿った。


魔力視認が始まる。


わたくしの体を覆う魔力。


体内を巡る流れ。


胸の奥にある魔力の中心。


セドリック様の視線が、それらを一つずつ確かめていく。


最初は、何も変わらなかった。


だが、彼の視線が腹部へ移った瞬間、その表情が止まった。


瞳が、大きく見開かれる。


呼吸さえ忘れたように、微動だにしない。


予想以上の反応だった。


わたくしは、内心で大きな手応えを感じた。


セドリック様は、わたくしの腹部を見つめ続けている。


そこには、わたくしとは異なる魔力が存在している。


非常に小さい。


けれど、決して消えることなく、独自の周期で揺らいでいる。


わたくしの魔力に守られ、その内側で少しずつ力を増している、新しい魔力。


「……これは……」


セドリック様の唇が、僅かに動いた。


しかし、その先の言葉が出てこない。


「何が見えた?」


カイル殿下が尋ねた。


セドリック様は答えなかった。


ただ、わたくしの腹部を見つめたまま、固まり続けている。


その様子を見て、周囲の者たちも異常を疑ったのだろう。


王太子殿下の瞳に光が宿った。


続いて、カイル殿下。


レオナルド様。


マクシミリアン様たちまで、つられるように魔力視認を使い始める。


本来であれば、本人の許可なく魔力を詳しく見るのは礼儀に反する。


かつては、魔力視認を使った浮気調査が効果的だという噂が広まり、配偶者や恋人の同意なく相手の魔力を覗き見る者が相次いだ。その結果、私生活の侵害や誤解による争いが多発し、社会問題となったのである。


そのため現在では、本人の同意なく魔力視認で相手の体内や魔力の状態を詳しく見ることは、正式に禁止されている。


だが、わたくしが自らセドリック様へ見るよう求めたことと、彼が言葉を失うほどの何かがあることに、全員の意識が引き寄せられていた。


そして、わたくしの腹部にある小さな魔力を見つけた者から、次々に動きを止めていく。


カイル殿下が、口元へ運びかけていたグラスを下ろす。


レオナルド様の目が、普段より僅かに大きく開かれた。


王太子殿下は、わたくしとセドリック様を交互に見てから、何かを納得したように頷いている。


最後に状況を理解したマクシミリアン様が、震える指でわたくしを示した。


「お前、その魔力は……まさか……」


マクシミリアン様は何度か口を開閉した。


そして、まだ言葉を失ったままのセドリック様へ視線を向ける。


「おめでとう!」


マクシミリアン様の声が、広間へ響いた。


周囲にいた貴族たちが、一斉にこちらを見る。


「声が大きすぎますわ!」


「仕方がないだろう! お前、……子供ができたのだろう!?」


「まあ」


リリィ様の瞳に、みるみる涙が浮かんでいく。


「アリス様とセドリック様のお子様ですのね!」


「はい。そのようですわ」


「そのようですわ、ではない!」


マクシミリアン様が叫んだ。


「なぜ、お前は自分のことなのに、研究結果を報告するような言い方をするんだ!」


「本日、医師の診察も受けましたもの。観測結果だけでなく、専門家による確認も済んでおりますわ」


「そういう意味ではない!」


マクシミリアン様の声が再び広間へ響く。


だが、セドリック様はまだ動かなかった。


魔力視認を解くことすら忘れたように、わたくしの腹部を見つめ続けている。


仕返しは、間違いなく成功している。


以前の実験でも、セドリック様の思考を一時的に停止させることはできた。


しかし、今回は停止している時間が明らかに長い。


しかも、わたくしはまだ一言も、子供ができたとは伝えていない。


セドリック様自身に観測させ、答えへ到達させたのである。


実験方法としても、前回より洗練されている。


「セドリック様」


呼びかけても、返事がない。


「いつまで魔力視認を続けておりますの?」


ようやくセドリック様が顔を上げた。


魔力視認の光が消え、普段の瞳へ戻る。


だが、その表情には、まだ強い驚きが残っていた。


「アリス……」


「はい」


「今、見えた魔力は……」


声が震えている。


「わたくしとは別の者の魔力ですわ」


「ですが、アリスの中から……」


「はい」


わたくしは、自分の腹部へ手を当てた。


「わたくしたちの子供ですわ、セドリック様」


再び、セドリック様の動きが止まった。


先ほど魔力を見た時点で、答えは分かっていたはずである。


それでも、言葉として伝えられると、また処理が追いつかなくなったらしい。


わたくしは満足した。


二度目の停止である。


今回は、完全にわたくしの勝利と言ってよいだろう。


そう考えた直後。


セドリック様が、わたくしの前へ一歩踏み出した。


両腕が伸ばされる。


しかし、触れる直前で、その動きが止まった。


「抱きしめても……大丈夫ですか?」


「なぜ、そこで確認なさいますの?」


「強く抱きしめて、アリスや子供に何かあってはいけませんから」


「普通に抱きしめる程度であれば、問題ございませんわ」


答えた瞬間、セドリック様の腕が、わたくしの背へ回された。


今までとは違う、驚くほど慎重な抱擁だった。


まるで、僅かな力でも壊れてしまう宝物を扱うように、優しく包み込まれる。


耳を寄せた胸から、速い鼓動が伝わってきた。


「ありがとうございます、アリス」


声が震えている。


「わたくしに感謝するだけでは不公平ですわ。セドリック様の子供でもありますもの」


「それでも、ありがとうございます」


背へ回された腕へ、僅かに力が加わる。


「私たちの子供が、アリスの中にいるのですね」


「先ほど、ご自分で確認なさったでしょう?」


「はい。ですが、まだ信じられません」


セドリック様は、わたくしを抱きしめたまま、小さく息を吐いた。


「嬉しくて……何を言えばよいのか、分からないのです」


あのセドリック様が、言葉を失っている。


普段は何の躊躇いもなく愛情を伝えてくるのに、今は声を震わせ、わたくしを抱きしめることしかできない。


これは、明確な勝利である。


「どうやら、今回はわたくしの仕返しが成功したようですわね」


「仕返し……?」


セドリック様が、ゆっくりと腕を解いた。


「はい。以前の交流夜会では、セドリック様を照れさせるつもりが、わたくしの結婚式まで早められてしまいましたでしょう?」


「そうでしたね」


「その敗北を挽回するため、最も効果的な方法でお伝えいたしましたの」


わたくしは胸を張った。


「今回は、セドリック様が二度も完全に停止なさいました。わたくしの勝利ですわ!」


「妊娠の報告を勝負に使うな!」


マクシミリアン様の声が飛んできた。


「使ったわけではございません。伝達方法へ工夫を加えただけですわ」


「それを勝負だと言っているのは、お前自身だろう!」


「ですが、マクシミリアン様もセドリック様と一緒に固まっておりましたわね」


「突然、友人の腹に別人の魔力が見えれば、誰でも固まる!」


「つまり、実験の再現性も確認できましたわ」


「確認する必要はない!」


マクシミリアン様が頭を抱える。


その隣で、リリィ様は涙を拭いながら微笑んでいた。


「本当におめでとうございます、アリス様。きっと、とても可愛らしいお子様ですわ」


「ありがとうございます、リリィ様」


「アリス様とセドリック様のお子様でしたら、物理学にも魔法にも優れた方になりますわね」


「まだ生まれてもいないのに、勝手に進路を決めるな」


マクシミリアン様が呆れたように言った。


「もちろん、本人が何へ興味を持つかを尊重いたしますわ。ただ、物理学の基礎については、幼い頃から教える予定です」


「既に教育計画を立てているのか!?」


「当然ですわ」


「何が当然なのだ!」


「その前に、今後のアリスの予定を見直す必要があるな」


王太子殿下が口を挟んだ。


その手には、いつの間にか小さな手帳が開かれている。


以前と同じ光景だった。


「何の予定ですの?」


「研究所での勤務だ。体調が安定するまでは負担を減らし、危険を伴う実験から外す必要がある。移動についても、身体への負担が少ない馬車を用意させよう」


「お待ちくださいませ。わたくしは今のところ、体調に何の問題も――」


「今は、だろう」


「ですが、研究は続けられますわ」


「研究をやめろとは言っていない。続けるために、環境を整えるのだ」


王太子殿下は当然のように答えた。


「明日、医師と研究所の責任者を呼び、今後の予定を調整させる」


「新年を迎えたばかりですのに、明日から動かれるのですか!?」


「重要なことだからな」


「兄上は、こういう時だけ普段以上に行動が早いですね」


カイル殿下が苦笑する。


「必要と判断したことへ、すぐに対応しているだけだ」


「既に、研究所へ送る指示の内容まで考えておられますね」


レオナルド様が指摘した。


「当然だ」


王太子殿下は即答した。


嫌な予感が現実になりつつある。


「私も、明日から可能な限りアリスと行動を共にします」


セドリック様まで口を開いた。


「なぜですの?」


「何かあった時、すぐに対応できるようにするためです」


「これまでも、ほとんど一緒に行動していたではありませんか」


「これからは、さらに一緒にいられるよう予定を調整します」


「必要以上に増やすことはございませんわ!」


「必要です」


セドリック様は真剣な表情で答えた。


「アリスと子供の両方を守らなければなりませんから」


その言葉に、わたくしの胸が大きく鳴った。


セドリック様は、わたくしの腹部へ視線を落とした。


「触れてもよいですか?」


「先ほどから、なぜ一つずつ確認なさいますの?」


「大切なことですから」


「……構いませんわ」


セドリック様の手が、わたくしの腹部へそっと触れた。


まだ、外見には何の変化もない。


触れたところで、子供の動きが分かる時期でもない。


それでもセドリック様は、そこにいる小さな命を確かめるように、手を添え続けていた。


やがて、その顔に穏やかな笑みが広がる。


「来年の新年は、この子と三人で迎えられるのですね」


「そうなりますわね」


「今から、とても楽しみです」


セドリック様が、わたくしへ視線を戻した。


「アリス」


「何ですの?」


「私と結婚してくださって、ありがとうございます」


「それは、以前にも聞きましたわ」


「私たちの子供を授かってくださって、ありがとうございます」


「それも先ほど聞きました」


「私を、父親にしてくださってありがとうございます」


予想していなかった言葉に、何も返せなくなる。


顔の温度が、一気に上昇した。


「そして――」


セドリック様が、わたくしの手を取る。


「これから先も、アリスとこの子を、誰より大切にします」


またである。


仕返しに成功したはずなのに、わたくしの心拍数まで急激に上昇している。


「今、そのようなことを皆様の前でおっしゃる必要はございませんわ!」


「本心ですから」


「本心であっても、伝える場所とタイミングを選んでくださいませ!」


「アリスも、皆様の前で妊娠を知らせたではありませんか」


「それは、セドリック様を驚かせるためですわ!」


「では、私もアリスを驚かせられたのですね」


セドリック様は嬉しそうに微笑んだ。


「やはり、同じだけお返しできたようです」


「同じではございませんわ!」


「同じです」


わたくしが反論しようとした時、周囲から拍手が上がった。


いつの間にか、近くにいた多くの貴族たちが、わたくしたちの会話を聞いていたらしい。


魔力視認によって何が見えたのかまでは分からなくても、マクシミリアン様の大声で、事情は十分に伝わっている。


「皆様、聞きましたね」


王太子殿下が周囲へ確認する。


「今夜のうちに両家へも知らせよう」


「今夜のうちですの!?」


「慶事を遅らせて伝える理由がない」


「以前も同じようなことをおっしゃっておりましたわ!」


「以前は結婚式、今回は懐妊の報告だ。内容が違う」


「そういう問題ではございません!」


エレノア様が、楽しそうに笑った。


「ですが、アリス様。今夜のうちに皆様へお知らせできるのは、よいことだと思いますわ」


「エレノア様まで……」


「セドリック様が、これほど喜んでいらっしゃるのですもの」


そう言われ、隣を見る。


セドリック様は、今まで見たことがないほど幸せそうな顔で、わたくしを見つめていた。


その表情を見てしまうと、これ以上の反論は難しい。


「アリス」


「今度は何ですの?」


「もう一度、魔力視認で見てもよいですか?」


「先ほど、十分にご覧になったでしょう?」


「何度でも見たいのです」


「魔力視認は、見世物ではございませんわ」


「分かっています。ですが、今はまだ、私がこの子を見ることのできる唯一の方法ですから」


その言葉に、再び何も返せなくなる。


「……少しだけですわよ」


「ありがとうございます」


セドリック様の瞳へ、再び淡い光が宿った。


視線が、わたくしの腹部へ向けられる。


そこにある小さな魔力を見つめながら、セドリック様は静かに微笑んだ。


もう、先ほどのように固まってはいない。


代わりに、これまで見たどの笑顔よりも、柔らかく幸福そうな表情を浮かべている。


「……結局、また一番赤くなっているのは、アリスではないか」


マクシミリアン様が呆れたように言った。


「ですが、今回はセドリック様を二度も停止させましたわ。明確にわたくしの勝利です!」


「妊娠を知らせて夫を停止させた回数で、勝敗を決めるな!」


「セドリック様も、わたくしの勝利だと思いますでしょう?」


そう尋ねると、セドリック様は魔力視認を解き、穏やかに頷いた。


「はい。今回は、完全に私の負けです」


「聞きましたか、マクシミリアン様!」


「だが――」


セドリック様が、わたくしの手の甲へ口づける。


「これほど嬉しい敗北なら、私は何度でもアリスに負けたいと思います」


顔の温度が、さらに上昇した。


「その一言は必要ございませんわ!」


「勝者への感想を述べただけです」


「感想の出力が大きすぎます!」


「結局、仕返しをされているではないか」


マクシミリアン様が深く息を吐いた。


「今回は、わたくしが勝ったことに変わりはございませんわ!」


「顔を真っ赤にしながら言っても、説得力がない!」


マクシミリアン様の声が、再開した音楽の中へ響いた。


今回の再実験によって、いくつかの事実が明らかになった。


魔力視認を利用すれば、セドリック様の思考を完全に停止させることができる。


その効果は再現可能であり、周囲の観測者にも同様の反応が生じる。


しかし、停止から復帰したセドリック様が返してくる愛情表現の出力までは、制御することができない。


したがって、最終的な勝敗については、今後も継続して検証する必要があるだろう。


もっとも、次の実験からは、わたくしたち二人だけではない。


まだ名もない、小さな観測者が一人増えることだろう!


これにて、『無自覚転生令嬢の物理魔法』は、番外編を含めて完結となります。

婚約破棄から始まったアリスの物語を、最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました。

最後までお付き合いいただけたことを、とても嬉しく思います。

物語はここで終わりますが、アリスの研究と、彼女たちの賑やかな日々は、これからも続いていきます。

最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。


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