24話、親として。師匠として
~魔人さん視点~
「戻ったよ! グレンは!?」
家に入ると、そこには両親とルーシェ、それに竜人族の男が待っていた。
「待っていたぞアザトゥース」
「あんたは……ガイナス?」
そこに居たのはガイナス、竜人族の族長を務める男、僕を除けば亜人領最強の戦士だ。
「グレンは今、竜人族の里に居る。俺が保護した」
「竜人族の里……なんでそんな場所に……」
竜人族の里はここから北に数時間飛んだ山の上に存在する。
グレンはどうして北に?
「俺が見つけた時、死にそうな面で海を眺めていた。声を掛けても反応しなかった」
それからガイナスはここ数日のグレンの様子を語ってくれた。
グレン……ごめんよ……そこまで悩んでいたなんて……
あの時の自分を思い切り殴り飛ばしたい。
あの時僕は、グレンから離れるべきではなかったのだ。
「今朝、ようやく話してくれたよ。アイツは、お前に失望されることを何よりも恐れている」
「失望なんてするわけ……」
するわけが無い。
例え戦いの才能が無くたって、グレンは大切な子供なんだ。
「まぁそうだろうな。けど、アイツは恐れている。そこでだ」
ガイナスが姿勢を正す。何かを言うつもりなのだろう。
「半年。半年でいい。アイツを俺に預けろ」
「なにを……」
何を言ってるんだ。グレンは今すぐ僕が迎えに行くんだ。
「今の終わったアンタにグレンを育てることは出来ない」
「なっ……!?」
何が言いたい……僕にグレンを育てることは出来ない?
こいつ……殺してやろうか?
「落ち着け。すげえ魔力漏れてるぞ。まぁ言い方が悪かった。アイツには俺がアイツに合った戦い方を教えてやる」
「それは僕が……」
「だからそれが無理だって言ってるんだよ」
ガイナスの強い言葉に、返す言葉が見つからない。
「アイツはアンタの弟子になってすぐ、事故で他人に剣を向けることを本能的に怖がるようになった。違うか?」
「……合ってるよ」
それは僕のミスだ。落ち度だ。
だからそれを治す義務は僕にあるはずだ。
「剣はダメでも、ゴブリンとの戦闘でアイツはゴブリンに魔法で攻撃をしている。ならば魔法でならこうけは可能、違うか?」
「可能性はあるけど、グレンの魔法は効果範囲が……」
それが彼の特性。
どんな属性の魔法でも得手不得手なく使えて、威力も高い。
だけど、効果範囲が恐ろしく狭い。
故の『半径1メートルの賢者』……
その制限さえなければグレンは歴史に名を残せる魔法使いになれたはずなのだ。
「そこまで分かっていてなんで答えに辿り着けない?」
「答え……」
分からない。ガイナスは何が言いたいんだ?
「グレンが立つべきは最前線。前衛よりもさらに前だ」
「でも、攻撃が出来ないんじゃあ……」
「魔法で攻撃をすればいい。タンクとして前に立ち、傷を負えば自分の治癒魔法で回復も出来る。剣で敵の攻撃を捌きつつ隙を見て目の前の敵に魔法を叩き込めばいい」
「それは……」
考えもしなかった。
魔法は遠くの敵を攻撃する手段。
剣は目の前の敵を攻撃する手段。
全くの別物だと考えていた。
「そこだよ。アンタがアイツを育てられない理由だよ。アンタは強すぎる」
「うっ……」
反論出来ない。
昔、全種族同盟を結んだ時にガイナスのことも叩きのめしちゃってるし……否定は出来ない。
「半年だ。半年で俺がアイツを人間の中でも指折りの戦士に育ててやる。もう一度言う。半年の間グレンを俺に預けろ」
もう、何も言い返せなかった。
半年、たったの半年でグレンをそこまで強くすることは僕には出来ない。
「……分かった」
「よし、話は決まったな。それじゃあ」
「待って!」
話を進めようとするガイナスに待ったをかけたのはルーシェだった。
「半年も離れ離れなんて嫌だよ! あたしも、あたしも行く!」
「ダメだ。嬢ちゃんは今まで通りアザトゥースから学べばいい」
「でも!」
バン! と両手でテーブルを叩きながらルーシェは立ち上がる。
「嬢ちゃん。嬢ちゃんの戦い方はアザトゥースの戦い方そのものだ。嬢ちゃんが俺のところに来ても強くはなれない」
「そんなこと!」
ガイナスの言う通りだ。
ルーシェの戦い方は距離がある相手には魔法、近寄ってくる敵には剣で一撃離脱をするスタイルは僕と同じものだ。
相手の魔法をその速度と耐久性で突っ切りどんな相手にも腰を据えての超接近戦を挑むガイナスのスタイルとは合わないのだ。
ルーシェには出来ないが、グレンにならそれが出来るということなのだろう。
ならば……
「ルーシェ」
「魔人さん!」
激昂しているルーシェに声をかける。
前回はお嫁さん作戦で宥めたが、今回はどうしようか……
「ルーシェはガイナスのところに行っても強くなれない、これはわかるかい?」
「それは……」
どうやら頭ではわかっているようだ。
おそらく産まれてから今まで、一日も離れたことがなかったから精神的に不安定になってしまっているのだろう。
今こそ独り立ちさせる時なのかもしれないね。
「いいのかい? グレンはきっとガイナスの指導で強くなる。ルーシェはそこでは強くなれない……グレンに置いていかれちゃうかもしれないよ?」
「それは……嫌だ! あたしはグレンと一緒に戦いたい!」
この言い方はずるかったかもしれない。
けど、感情の昂りに方向をつけるのならこれがベストだろう。
「なら強くなろう。グレンに負けないようにね」
「うぅ……分かった……」
どうやら理解して貰えたようだ。
「話は済んだな? ならグレンの装備を預かりたい」
「わかった。すぐに用意する」
立ち上がり、グレンの部屋へ。
テーブルの上に置かれたままのグレンの装備を木箱に入れてガイナスに手渡す。
「たしかに。これで用事は済んだ。じゃあ俺は帰るぞ」
「ガイナス、ちょっと待ってくれ」
グレンの部屋の窓から飛び出そうとするガイナスを引き止める。
これだけは言っておかなければならない。
「なんだ?」
「伝言を頼むよ」
「ふむ、何と伝えればいい?」
ガイナスの問いにほんの少しだけ間を開けて答える。
「失望なんてしない。頑張れ。愛してる。これを伝えて欲しい」
「愛してるか……かつては魔王を名乗って高笑いしていたアザトゥースが愛してるか」
ガイナスが笑いをこらえるように伝言を復唱する。
やめて……
「用はそれだけか? なら……」
「あとひとつあるよ」
「また伝言か?」
「いや、キミに」
首を傾げるガイナスに向けて姿勢を正す。
「グレンを助けてくれて本当にありがとう」
腰を直角に曲げて頭を下げる。
「アザトゥース……」
ガイナスが何かを言おうとするが、遮るように言葉を続ける。
「グレンは僕の大切な子供なんだ。どうか、どうかグレンの望むように強くしてやって欲しい。よろしくお願いします」
言い切った。
思えば、ここまで人に深く頭を下げたのは初めてかもしれない。
他人に何かを頼むことも。
今までは、全部1人でこなせてきた。
何をやっても、人に頼むより自分でする方が早くて確実だった。
でも今回、グレンを育てるのは僕よりガイナスの方が適していることに気が付いた。
初めて、人に頼ることを決めた。
その気持ちが僕の頭を下げさせた。
「頭を上げてくれアザトゥース。グレンは面白そうなやつだ。だから俺も育ててみたくなった。それだけだ」
「それでも……」
「構わない。どうしてもというのなら……そうだな、貸一つだ。そのうち返してもらおう」
「分かったよ。何でも言ってくれ」
ふふ……と2人で笑いあった。
「じゃあ俺は行く」
「ああ。ありがとう。グレンを頼む」
「任せろ」
そう言ってガイナスは夜の闇に溶け込んでいってしまった。




