20話、家出
自室の窓から抜け出してすぐ、飛翔魔法を使って空へと舞い上がり、そのまま北の方角へと向かって飛んで行った。
深い理由は無い。特別な理由もない。
ただなんとなく、海が見たい気分だったような気がする。
頭を空っぽにしてただただ進む。
時折、おじいちゃんに教えてもらった通りに星を見て方向だけ確かめる。
ただ飛んだ。ひたすら飛んだ。
どれくらい経っただろうか、いつの間にか日は昇っていた。
太陽の光が辺りを照らす。
俺の心はまだ晴れない。
それからも飛んだ。真っ直ぐ飛んだ。
太陽が真上を過ぎた頃、ようやく海が見えてきた。
そのまま海を目指して飛んで行き、ちょうどいい岬を発見したのでそこに降りた。
魔力はもう枯渇寸前だった。
岬の先端に、ちょうどいい大きさの岩があったので腰掛けて海を眺める。
何も考えずに海を眺める。ぼーっとしながら波の音を聞いている。
しばらくそうしていると、景色はオレンジ色に染まっていた。
ただ眺めていた。何かを見つけたいわけではない。
いや、もしかすると俺は「俺」を見つけたかったのかもしれない。
そんな意味の無いことを考えながら眺めていると、何かが近付いてくる気配を感じた。
敵意はない。ただ、近付いてくる。
「何を見てるんだ?」
声を掛けられた。どうやら男のようだ。
魔人さんの優しげな声とは違い、低くしゃがれた声。
俺はその声を無視して海を眺め続ける。
「聞こえてねーのか?」
気配は更に近寄ってくる。
俺のすぐ後ろで、気配は足を止めた。
「お前、昼からずっとここに居るだろ? 何を見てるんだ?」
真後ろからの質問。俺は無視を続ける。
「お前、人間か? 人間がどうしてここに?」
質問を重ねてくるがひたすら無視をする。
放っておいて欲しい。
「おい、聞こえてんのか?」
気配は俺の隣へと移動して俺の顔を覗き込んできた。
その顔は、まるで竜だった。
おじいちゃんに見てもらった本に書いてあった竜によく似ていた。
竜人族の男のようだ。
「ようやく俺の方を見たな……ってその顔立ち……お前もしかしてまだ子供か?」
竜人族の男が俺の正面に立った。
海が見えない。俺は顔を逸らして海を見ようとするが、男は俺の顔の動きに合わせて移動して視界を塞ぐ。
「……どいてよ」
「やっと喋ったな。何を見てるんだ?」
「……海」
どうやら放っておいてはくれないらしい。
渋々ながら質問に答える。
「歳は?」
「13」
「人間族の13ってガキだろ? 1人で来たのか?父ちゃんか母ちゃんは?」
「1人だよ。父さんと母さんは死んだ。殺されたよ」
そう答えると、竜人族の男は息を飲んだ。
「そうか、悪いことを聞いた」
「別に……昔のことだし」
父さんと母さんのことはあまり覚えていない。
ただ、一緒によく海を見ていたような気はする。
「そうか……それで、どうしてここに居るんだ?」
「海が見たくて」
「振り出しに戻ったな……」
竜人族の男は呆れたようにそう言った。
満足したのならそのまま帰って欲しい。
「どうやって来たんだ?」
まだこのやり取りは続くようだ。
「空飛んできた」
「空? お前飛べるのか?」
「うん」
「ガキなのにすげえな。どこから来たんだ?」
「南」
「人間の国からか?」
「違う」
いつまで続くのだろうか、いつになったら諦めて帰ってくれるのだろうか。
「ならどっかの里に住んでるのか……ここから南なら……全部南だな」
ここは大陸の北の果て、当然だろう。
「で、どこの里だ?」
「言いたくない」
魔人族の里に俺の居場所はない気がする。
魔人さんにも、ルーシェにも失望されただろうし……
「ふーん、家出か」
「……」
言葉を返せなかった。
家出……家出になるのか?
「図星か。なら帰るとこも無いんだろ?」
「……」
「沈黙は皇帝と取るぜ。無いんだな」
確かに、無い。当然いくアテも。
「しゃーねーな。よし、お前ウチに来い」
「え?」
いきなり何を言い出すのだろうか。
なんで見ず知らずの人間を家にまねこうとしているのだろうか……
「何不思議そうな顔してるんだよ」
「なんで?」
「なんでって……お前……」
竜人族の男ははぁ……とため息をひとつ。
「たまたま見つけた人間のガキが死にそうな面してるからだよ。このまま死なれちゃ寝覚めが悪くなる。だから助ける。おかしいか?」
「そりゃあ……」
おかしく……ないのか?
「いいから来い。着いて来い。飛んできたなら飛翔は使えるんだろ?」
「使える。けど、魔力が……」
多少は回復しているが、全快には程遠い。
やはりしっかり寝ないと魔力の回復は遅い。
「あんま残ってないのか。30分くらいだがキツいか? それなら俺が担いで行ってやってもいいが……」
「30分くらいなら」
それくらいなら問題無い。
「そうか、なら行くぞ」
竜人族の男は背中の翼を広げて浮かび上がる。
何故かついて行く気になっている俺も飛翔魔法を使って空を飛ぶ。
「遅れるなよ」
そう言って竜人族の男は目の前の山の頂上目掛けて高度を上げていく。
どうしてついて行く気になったのかは分からない。
しかし、この男について行けば何かが見つかるような気もしていた。




