劣等生は劣等生なりに
その日の放課後。
私はキクリ先生に相談して、今日習ったばかりの蛍火の補習をしてもらっていた。
ヒルコちゃんや月依、サクヤちゃんも一緒に残ろうかと言ってくれたけど
さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないので、私とキクリ先生の二人きりだ。
「それじゃ陽花ちゃん。もう一回、蛍火を試してみてくれないかしら」
「はい」
そう答えて私は小さな光を思い浮かべながら、かざしたカードに力を籠めていく。
カードに淡い白色の光が灯り、私の目の前に小さな光がぼんやりと現れる。
ここまでは順調だ。
けれどそう思ったのも束の間、授業の時と同様にバチンと大きな音を立てて、その光が弾け飛ぶ。
「うーん……また失敗ね」
「すみません……」
「じゃ、もう一回試してみて」
「はい」
再び私は小さな光を思い浮かべながら、かざしたカードに力を籠める。
が、結局結果はさっきと同じく。
小さな光がぼんやりと現れた瞬間、バチンと大きな音を立てて光が弾ける。
その後、何度試してみても結局その結果は変わらなかった。
「んー……蛍火がこんな風になるなんて見たことも聞いたこともないのよねぇ」
キクリ先生は自分の長い髪を指でくるくると巻き上げる仕草をしながらそう言う。
「そうなんですか?」
「だって、蛍火って仮ライセンス取れた子は皆一発で成功しちゃうんですもの」
「あう……」
「たぶん、こんな事例は学園始まって以来かもしれないわね」
うう……ということは私はそこまで劣等生なんだろうか。
「とは言っても、蛍火の仮ライセンス申請はしっかりパスしてるんだから、適正がないはずはないのだけれど……」
だからおかしいのよねぇ、とキクリ先生は続ける。
「私がこっちの世界に馴染めてないとか、そういうのが関係あったりしますか?」
ヒルコちゃんが言ってたことが気になり聞いてみる。
「ん~…それもあるのかしらねぇ。でも今までも陽花ちゃんみたいに何人か高千穂の人を受け入れているのだけど、こんなことなかったから何とも言えないわねぇ」
「そうですか……」
「まぁあまり気にしないことかしらね。一応、蛍火の光自体は現れてるんだから、きっとそのうち上手くいくようになるわよ」
「はい……」
「ほらほら、そう落ち込まないの。補習はこれでおしまい」
そう言ってパンパンと手を鳴らすキクリ先生。
「そうね。この前の話の続きをしましょう。陽花ちゃんのマイブームの話」
「植物を擬人化したゲームについてですか?」
「そうそう。どんなゲームなのかなぁって気になってたのよ」
「えっと。そんな御大層なゲームでもないですよ。社会的ブームなゲームってわけでもないし」
「ふむふむ」
そう言って相槌をうつ先生。
「極端に言えば、そうですね。植物を擬人化した女の子を育成してニヤニヤするだけのゲームです」
と言ってからしまったと思うけど、時すでに遅し。
「あら……そ、そうなのね」
あ、やっぱりちょっとひかれてる……。
「ちょーっと確認したいんだけど、陽花ちゃんって女の子が好きなの?」
やっぱしそうきますよねー……。
「や、そういうんじゃなくてですね!可愛い女の子は愛でたいとか……そういうのです!決してやましい気持ちがあるわけでもなくてですね!ちゃんと男の子も好きですよ!」
慌てて否定になってるような肯定になっているようなよく分からない答えを返す。
「そうかー。こっちの世界もまぁアレだけど日本も似たようなもんなのねぇ」
しかしそれで納得したのか、うんうんと頷くキクリ先生。
「??。どういう意味です?」
「ん?まぁその辺はこっちの世界に慣れれば、おいおい分かるから気にしないでいいわよ」
「はぁ……」
「それでそれで、他にはどんなゲームが日本では流行ってるの?」
「そうですねぇ。私は手を出してないんですが、昔の英雄をモチーフにしたキャラを育成して戦わせるゲームがすごく流行ってますね。それはもう、オタクの人はほぼ皆やってるんじゃないかってくらい流行ってます」
「そうなんだ。でもなんで陽花ちゃんはやってないの?」
陽花ちゃんもオタクなんでしょ?と付け加えて。
「いや、そのゲーム、欲しいキャラを手に入れるのにガンガン課金しないといけないみたいで。だから、ちょっと資金的に手を出すのが怖くてですね……。そういう意味では私のやってる植物のゲームも同じなんですけど、こっちはハードルが結構緩めだから……良いかなぁ的な感じですね」
「そうかぁ。確かにお金は大事よねぇ」
「ですです。その当時は学生で一人暮らししてたからなおさらですよ。あとは、好きなアイドルを育成するゲームとかそういうのが流行ってますね」
「なんだかキャラクターもののゲームが流行ってるのねぇ」
「そんな感じですね」
「それじゃアニメや漫画なんかは今何が流行りなの?」
「そうですねぇ。アニメはここ最近やたらと異世界で主人公が無双する話が増えましたね」
「異世界って、タカマガハラみたいな?」
「いえいえ、全然そんなんじゃないですよ。なんていえばいいんだろう。主人公がいた世界は都会で最先端の技術を持ってたとすると、その異世界は超が付くほどド田舎で文明が遅れてるような世界ですね。そんな異世界に主人公が行ってそこで活躍するってのがだいたいです」
「それって今の日本とタカマガハラの関係みたいね」
確かにタカマガハラの科学に比べたら、日本の科学水準はかなり低いみたいだから似たような関係かもしれない。
「そういう意味だと、タカマガハラの人が日本に行って活躍してる話が流行ってるっていえば、先生には分かりが良いのかもしれないですね」
「なるほど。それはわかりやすいかも。ふーんそっかー。最近はそうなのね。私が日本に居た頃は部活ものがはやってたわねぇ」
「女の子が音楽やったり、変な部活動したりするやつですか?」
「そうそう、それそれ」
私も見てたなぁ。
音楽部で音楽活動を頑張るものだったり、
部活ものなんだけど実際はよくわからない漫才しかしてないものだったり。
すごく面白くて毎週楽しみにしてたなあ。
「そういう部活アニメ見てるとなんか若い頃の事、思い出しちゃってね。それでついつい見ちゃってたのよね」
そうは言うけどキクリ先生は私達と歳もそんなに変わらないんじゃ。
当時だったら尚更だ。
「部活といえば、この学園にも部活動とかあるんですか?」
「あるわよ。何を隠そうカフェ神楽耶の顧問は私なのですよ」
「え゛。あそこ部活だったんですか?」
「そうよ?何か変だったかしら」
「えっと……」
何て言おう。
何もかもが変っていうのもアレだし…。
と、とりあえず。
「なんであそこの店員さんは皆うさ耳メイド服なんですか?」
「ちょうど日本のアニメでそういうの見かけて流行ってるのかなーと思って採用したの」
「へ、へー……そうなんですね」
「そしたら、びっくり。店員さんをうさ耳メイド服にした途端、客足が爆発的に伸びてね。赤字続きだった部費も今じゃ黒字の月が多い位」
「そ、それはよかったですね」
「日本のアニメ様様よねぇ」
「ははは……」
キクリ先生のその言葉に私はただただ苦笑するしかなかった。
因みにうさ耳メイド服になる前は神楽耶の名の通り、シックな和服の喫茶店だったらしい。
月の神楽耶様、ごめんなさい。
悪かったのは日本のアニメでした。
―――
「そっかー。でもお姉ちゃんならすぐ上手くつかえるようになるよ、きっと」
部屋に戻って、補習の結果を月依に報告するとそう慰めてくれる。
「そうだといいんだけどねぇ」
「それにしても結構遅かったけど、ずっと補習してたの?」
……。
長時間、先生とオタク話に花を咲かせていたなんて妹には絶対に言えない。
あまりにも楽しすぎてついつい放課後の時間まで話し込んでしまっていた。
「ま、まぁそんなとこかな……あははは」
「そっかー。さすがお姉ちゃんだね」
……嘘つきなお姉ちゃんでごめんね、月依。
「夕食、私はもうサクヤちゃん達と食べてきちゃったから、お姉ちゃんも早くいってきなよ」
食堂の閉店時間過ぎちゃうよ、と付け加える。
「そうだね、ちゃっちゃと行ってくる」
そう言って私は部屋を出て食堂に向かい、少し遅めの夕食をとった。
そして部屋に戻ってからは、お風呂に入って眠るまでの時間の間、
カムイの教科書とにらめっこして過ごす。
明日こそは上手くできますように。
ぼんやりとそう願いながら。