新たな日常
あの体育祭から一週間がたった。
私のあだ名は『歩く人間災害』から『歩く人間凶器』に大幅にランクアップしていた。
まぁあんな風に鉄の塊をスパスパ気持ちよくぶった切っている姿を見せつけたら、そう言われてもしょうがないといえばしょうがないよね。
でもそんな悪いことばかりではなくて。
こんな私にも気さくに話しかけてくれる奇特なクラスメイトも増えた。
「陽花は今日も補習なの?」
私に話しかけてきたのは赤い髪を上の方でポニテにした、スタイルの良い美少女。
名前はアカリ=マスミダ。クラスの委員長を担っている女の子。
何事も進んでやっていくようなリーダータイプの子だ。
「うん。皆がいるとこじゃ危なくてしょうがないしね」
クラスの皆がいるとこで鉄をスパスパ切り刻んでしまうようなカムイをほいほい使えるわけないしね。
「それは確かにそうかもしれないけど」
「しょうがないよ。いまだにカムイの正式ライセンスを一個もとれてないんだもん。アカリは優秀で羨ましいよ」
「いやいや。あんたの妹に比べれば全然たいしたことないよ?」
まぁそれは確かにそうかもしれない。
月依は今学期中に申請できるカムイの申請を済ませてしまい、かつ、その全ての正式ライセンスを取得しているのだから。
学園内でも学園始まって以来の秀才だと噂になっている。
そしてその姉は学園始まって以来の問題児だということも。
「優秀すぎる妹を持つと苦労するよ……」
本当に心からそう思う。
「まぁまぁ。陽花は陽花で今学期中のカムイの申請は全部通ってるんだし、それはそれですごいことだと思うよ」
そのうちの一個も成功した試しはないんですけどね。
一個くらいは成功してくれたっていいのになぁ。
神様はいじわるだ。
「先生から聞いてるかもしれないけど家系的に何かしら苦手な分野のカムイってのがあるんだよ、普通は。だから全ての系統のカムイの申請が通るなんて尋常じゃないことだよ」
確かアカリの家系は雷撃系のカムイが使えないって言ってたっけ。
「ところでいつもの三人はどうしたの?」
いつもの三人というのはもちろん月依にサクヤちゃんにヒルコちゃんのことだ。
「今日はテラスちゃんと遊ぶんだーって言ってさっさと帰ったよ」
私もすごく行きたかった。
行きたかったんだけど、補習をしないといけないのだからしょうがない。
それに補習の後には、秘密のお楽しみタイムもあるのだから。
「ふーん。仲いいんだね、皇帝陛下と」
「皇帝陛下って本人の前で言うと怒るよ、テラスちゃん」
「そっかぁ。はぁ……私も一度で良いからお話をしてみたいな」
「今度テラスちゃんと会う時に誘おうか?」
「ほんとに?だったらお願いしてもいいかな」
「テラスちゃん、間近でみるとほんと超可愛いよ」
「へー……陽花がそう言うのなら間違いないね」
因みにアカリには、私が小さくて可愛い二次元ぽい女の子が大好きだっていうのはバレている。
いったいどこからそんな情報が漏れたのやら。
アカリ曰く、クラス全員の情報を完全に把握するのはクラス委員長の務めだとか。
クラス委員長の情報網恐るべし、だ。
聞いたことはないけれど、月依やサクヤちゃんが好きな人の事すら把握しているのかもしれない。
「と、長々と引き留めて悪かったわね。それじゃまたね陽花」
私に手を振ってアカリは教室から去って行く。
「私も訓練室に行こっと」
そう独り言ち、荷物をまとめてキクリ先生の待つ訓練室に向かうのだった。
―――
何故補習が教室ではなく訓練室で行われるようになったかというと。
私のカムイの失敗度合いが複雑なカムイになるにつれて、
とんでもない暴発の仕方になっていっているからだ。
教室でやろうものなら教室が荒れ放題になってしまうっていうのも理由の一つだ。
そして言うまでもなく防護服は完全着用しないといけない。
で、今日も今日とてカムイの発動は失敗の連続だった。
はぁ……なんでこんなにうまくいかないかなー。
「基本的なとこは全部上手くいってそうなのよねぇ」
同じく防護服に身を包んだキクリ先生は言う。
「ちゃんとカムイを使った時のカードの光は正常な光だし、根本的な所は間違ってない。
でも、威力が高すぎて暴発したり、似たような別の物を呼び出したり。
陽花ちゃんのカムイって何かがおかしいのよねぇ」
私の失敗カムイの数々を見て考え込むキクリ先生。
なんか申し訳ないなぁ。
私の為にこんなに時間とってもらっちゃって。
「もう諦めちゃった方が良いんですかね」
そんなことを言ってみる。
「それは駄目よ。私にだって教師としてのプライドがあるもの」
「ですか……」
ほんと、ありがたいやら申し訳ないやら。
「とりあえず学園の上層部もこの事を重く見て色々調査してるみたいなんだけど。全然答えが出ないみたいなのよね」
「え゛……そんな大事になってるんですか」
し、知らなかった。
学園の上層部まで知れ渡っちゃってるんだ、私の事。
「それはそうでしょ。あんなめちゃくちゃな暴発の仕方をする暴風刃を目の当たりにしたらそれは大問題になるわよ」
「そ、そうですね……」
ていうか、そんな大問題になってたんだ私のカムイのこと。
あははは……やっぱ使わなきゃよかったかも。
「まーこうやって定期的に補習してるけど、一向に改善が見られないっていうのも、
何かしら根本的な所に原因があるんじゃないのかしらねぇ」
言いながらキクリ先生はため息をつく。
「そうですね……蛍火なんてもう百回近くやってるのに全く同じですしね」
「そうねぇ……。ま、今日はもういい時間だし、あがりにしましょうか」
部屋においてある時計を指さしながら先生は言う。
「はい。わかりました」
―――
「で、これからまた高千穂に出社するの?」
防護服からいつものスーツ姿に着替えているキクリ先生にそう問いかけられる。
「はい。そのつもりですけど」
最近は週に一回、学園帰りに高千穂に寄るようにしている。
理由は欲しいアニメや漫画の通販をする為だ。
あともう一個大事な用事もあるのだけれど。
「じゃあ、このアニメの円盤お願いしちゃっても良いかしら。お代は日本円で払うから」
ゴソゴソと手さげ袋から取り出した一枚の紙切れを先生から受け取る。
「あー……これって女の子の間で流行ってる刃物のやつですよね。良いですよ」
私もちょっとこのゲームは興味あってやってたんだけど、
思ったより時間をとられちゃうからやめちゃったんだよね。
そういえばアニメ化もしてたんだっけ。
私もついでに買っとこうかな。
「やったー。こっちの取り寄せルートだと審査とかあって色々めんどくさいのよ。陽花ちゃんがいてくれてホント助かるわ」
「いえいえ、こちらこそカムイの補習につき合わせちゃってるんで……」
「そんなの職務の範囲内なんだから全然構わないわよ。こっちのほうがホントありがたいくらい」
「あはは……そう言ってもらえてうれしいです」
「それじゃ、お願いね」
そう言ってキュッとネクタイを締めたキクリ先生の姿は先程までオタク話をしていたとは
思えない程しっかりと社会人だった。
―――
そして、高千穂のタカマガハラ課の作業部屋。
「お疲れ様です」
言いながら制服を翻し部屋に入るといつもの如く那直兄さん一人きり。
受付のお姉さん以外、相変わらず他に人を見たことがないや。
「お疲れ様、陽花ちゃん。今日もゲーム?」
そう。私のもう一つの大事な用というのはゲームのことだ。
「それも有るんですけど、今日は先生から買い物も頼まれたんで」
「そうなんだ」
「ふーん……最近はこういうのも流行ってるんだねぇ」
私が開いた通信販売サイトを後ろから見ながら那直兄さんは呟く。
「色々擬人化したものが流行ですね」
「まぁ僕はもうあがるから戸締りして帰ってね」
那直兄さんはあまり興味はなかったのか手を振って部屋を出ていく。
そういえば那直兄さんの趣味ってなんなんだろう。
よく知らないや。
「はい。お疲れ様です」
そんなことを考えながら私はペコリとお辞儀をするのだった。
―――
「はぅ……癒される……」
毎度の如くゲーム画面にログインして、ディスプレイに表示されたのはクローバーちゃんではなく。
今は、白髪のちょっと強気な表情の少女が表示されている。
この子は、先日好きなキャラを選んで取得できるスペシャルチケットでゲットした
ヨツバちゃんだ。
最近、私はこのヨツバちゃんに浮気中だったりする。
とはいっても、ヨツバちゃんもクローバーちゃんの絵師さんが描いたキャラなんだけどね。
しかしこのヨツバちゃんは髪色もだけどちっこくてしっかりしていて、どことなく雰囲気がテラスちゃんぽいのがポイントが高い。
ツンツンすると拗ねる姿も見ていてとっても可愛らしい。
こうやってると思わずテラスちゃんもツンツンしてみたくなってしまいたくなる衝動に駆られる。
テラスちゃん、ツンツンしたら一体どんな反応が返ってくるんだろう。
「こら。こら。やめぬか、陽花」とか言ってくれるのかな。
想像するだけで思わず口元が緩んでしまう。やばいやばい。
今度ちょっとだけツンツンしてみようかな……。
いやでもさすがにちょっと……。
うーん……。
あ……くだらない事を思い悩んでいて、先生からのお使い忘れるとこだった。
開いていた通販サイトをもっかい開きなおしてっと。
高千穂本社のタカマガハラ課宛に二個ずつっと。
ついでに私の愛読してる月刊誌も一冊ぽちっと。
他になんかあったかな。
と……このシリーズの円盤は買っとこう。ぽちっと。
よし、これでおっけーかな。
それじゃ戸締りして帰ろっと。
―――
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
私が部屋に入るなりそう言って抱き着いてくる月依。
あの体育祭の日から、月依と二人きりの時、目に見えてこういう行動が増えた。
「うん。ただいま月依」
言いながら私は月依の頭を撫でてあげる。
そうするとまた月依はそれはもう幸せそうに微笑んでくれるのだ。
私自身こんな月依を見ていると幸せな気持ちになれる。
少しずつだけど、私自身も月依のことを受け入れられているようになっているのかもしれない。
「夕食はまだなの?」
頭を撫でられ満足したのか抱き着いた私の事を開放してくれて聞いてくる。
「うん、だから着替えたらすぐ行くつもり」
言いながら私は制服を脱ぎ、手早く部屋着に袖を通す。
「そうだね。いってらっしゃい、お姉ちゃん」
こんな風にして、私の新しい一日は過ぎていく。
新章です。
新キャラのアカリは底抜けに明るい子です。
ヒルコとはまた違った味を出せればいいなーとおもってます。
楽しんでいただければ幸いです。




