タカマガハラと言う名の異世界の国
1話を分割しました。
旧1話目の後半です。
「姶良那直、タカマガハラ課の部長だ。よろしくね」
「な、那直兄さん……」
私の目の前に立っている背の高い若い男の人。
彼の名前は姶良那直。私の家のご近所さんだった人。
小さい頃から妹と一緒に遊んでもらった仲の良い幼馴染のお兄さん。
那直兄さんが高校に進学してからはめっきり会うこともなくなったけど、また背が伸びたのかな……。
「そういえば君たちは幼馴染なんだったね。それじゃ説明は姶良君に任せるとしようか」
そう言って課長さんは席をはずし、奥の部屋(たぶん作業場?)へと入っていく。
いやいやいや確かに私達は幼馴染ですけれども。
那直兄さんがこの会社に勤めてるなんて初めて聞いたんですけど。
それに兄さんに会うこと事態、ものすごく久しぶりだし……。
「聞きたいことがたくさんあるって顔だね」
「う……はい」
まずどんな顔をして兄さんの顔を見ればいいのか分からない。
だって兄さんは……。
私の。
……憧れの人だったし……。
うー……。
「とりあえず、ここでは堅苦しいのは抜きで昔みたいな呼び方でいいよ」
「……な、那直兄さん」
「何かな、陽花ちゃん」
昔のように、にこやかに優しい笑顔で返される。
あー……なんか顔が真っ赤になってるのが自分でもわかる。
だめだだめだ。ちゃんとしないと。
私は社会人になったんだ。
いつまでも学生気分じゃいけない。
公私の区別はキッチリやらないとね。
頭を振り振り心機一転させる。
「えっと、ここ、どこなんですか?それになんで那直兄さんはここにいるんですか?」
「なんでここにいるかって、それはここが僕の職場だからだよ」
さも当然というような口ぶりで那直兄さんはそう答える。
「そう、なんですか……」
「そしてここ、タカマガハラは異世界だ。課長からも聞いたかもしれないけど」
「ここが異世界って言われても、なんだか実感わかないです」
ここは東京の新都心だよって言われた方がまだ実感がわきそうな気がする。
「そうかもしれないね」
そう言って那直兄さんは窓の方に移動し降ろしてあったブラインドをスイッチ一つで上げて、私を手招きする。
それにつられて私はトコトコと那直兄さんの横に移動し窓の外に広がる光景に目を移す。
そこには周囲を高い壁のようなものに囲まれた街並みが広がっていた。
「見ての通りこの街は高い防護壁に周囲を囲まれてる。こんな場所や技術、今の日本にはないよね」
遥か遠くに見えるのはこのビルよりも更に高い壁。
その壁の周りには鬱葱とした緑地があって。
そしてそこから隔離されたように乱立するビル群。
私達がいるこの場所はそのビル群の一角だった。
「はい……」
目の前の異様な光景にちょっと圧倒されながらそう呟くしかない私。
確かにこれを見せられたらここは異世界だって納得せざるを得ない。
「この世界の科学技術は今の日本の数段上を行っている。それに加えて魔法みたいなんてものまで存在してる世界だ」
「魔法……ですか」
「そう。魔法。正式にはカムイっていう」
「例えばそうだね。ライセンスさえあればこんな事ができるようになるよ」
那直兄さんは胸ポケットから何かカードみたいなものをとりだし力を籠めるとカードが淡く白い光を発し始める。
そして私の目の前に小さな光の塊が現れた。
「これがカムイ。このカードを使って発動する力だよ。これはごくごく簡単な力だけどね」
「ふえー……すごい……」
なんか種もしかけもない手品を見せられ気分だ。
「カムイは認可制でね。正式なライセンスをこのカードに登録しないと発動できない仕組みになってるんだ」
「ライセンスですか」
魔法かぁ……アニメ好きな私としては一度はそういうものを使ってみたいと思ったけど、
ライセンスがないと使えないんじゃ私にはますます関係ないかなぁ。
「それで私は、この会社のこの部署で何をすればいいんでしょうか」
「簡単に言えば、世界を救ってもらう準備をしてもらいたい」
「は?」
何を言われたのか一瞬よくわからなかった。
世界を救う?私が?どういうこと?
キョトンとしている私に向かって那直兄さんは続けて言う。
「このタカマガハラで世界を救うカムイのライセンスを取ってもらいたいんだ」
「私が、ですか?」
「そう、陽花ちゃん、キミが、だよ」
「私はどこにでもありふれた普通の一般人ですよ」
結構オタク入ってるのを一般人っていえるのかは謎だけど。
「そうだね。ついでに言えば、成績も普通よりよくないね」
澄ました顔でそういわれる。
成績がよくないのは自分でもわかっちゃいたけど、幼馴染の、しかも憧れだった那直兄さんに言われると尚更傷つく。
う゛ーーーーーーーーー。
そんな私の様子を知ってか知らずか那直兄さんは続ける。
「世界は今までタカマガハラの人間がカムイでコッソリと救ってきたんだよ」
那直兄さんは私にも分かるようにとゆっくりと言葉を紡ぐ。
「例えば大きなとこでは隕石の衝突やら、細かいとこでは疫病の蔓延やら、そういうものからコッソリ人類を救ってきた。神話に出てくる神様とか、世界のあちこちに残ってる救世主の伝説っていうのはここの人達の祖先のことなんだ。だけどその役目をこれからは、こちら側の人間が担っていこうという話になった。その理由はちょっとここでは話せないけどタカマガハラの上層部でそういう話になったんだ。で、そのためにはここタカマガハラでこちらの人間がカムイのライセンスをとらなければいけない。そのための組織がこの会社、高千穂のタカマガハラ課」
「そう……なんですか」
それでも私は話の半分も理解できなくて、そんな言葉しか出てこない。
「で、そのために選ばれた人員が陽花ちゃんというわけだね」
「それがなんで私になるのか全然わかんないんですけど……」
私は成績も良くないただの一般人ですよ。
ほんとに何の力も何もない普通の無力な人間なんです。
「まぁものは試しってやつかな。知り合いの陽花ちゃんがたまたま我が社に願書を出してきたんで採用した。それだけの話だよ」
「いや、それで何で私が世界を救うとかっていう話になるのは話が飛躍しすぎなんですけど」
「んー……その辺はおいおいとわかるよ」
あれ……?なんか今はぐらかされた?
ちょっと気になるんですけど!
「とりあえず、今後の事について話そうか」
そう言って那直兄さんは応接室のテーブルの椅子に移動し席に座る。
私もそれにうながされて反対側の椅子の方へ移動し座る。
「それじゃ、陽花ちゃんには今日からこの街の天御中学園で寮生活ということで」
机に学園に関する資料を広げながら那直兄さんはそう言う。
「はい?」
「カムイのライセンスをとってもらう為に、この天御中学園に通ってもらうのがお仕事だと思ってくれていいよ」
「え……私、ここに勤めるんじゃないんですか?」
てっきりこの事務所でライセンスとやらを取るための勉強をするのかと思っていた。
「月一でここに報告はしてもらうけど基本的に学園で生活しながらカムイの勉強をしてもらうことになるね」
えー……。
折角学園での勉強生活も終わりだー!と思ってたら学園生活にまた逆戻りなんて。
「因みにその生活ってどれぐらい続くんですか?」
「さぁ?それは陽花ちゃんの才能次第としかいいようがないんだけど」
「え……。それってどういう……」
「早ければ二年もあれば必要なライセンス取って日本の部署に配属されるし、長いと十年とか二十年とか」
に、にじゅうねん……!?
私、永遠に日本に帰れない気がしてきた。
そこらのブラック企業も真っ青なブラック企業ぷりな気がする。
「まぁ学園の長期休暇はあるから、その間は日本には帰れるよ」
ホ……。それを聞いて少し安心した。
でも裏を返すとそれ以外の事では日本に帰れないってことでは……。
「さすがにそこまでブラック企業じゃないから安心していいよ。どうしても日本に帰りたかったら申請すれば帰れるし」
那直兄さんは私に笑いながら言う。
「そういえば気になってたんですけど。この世界の言葉って日本語で通じるんですか?」
「その辺はこの通訳機があればなんとかしてくれるよ」
そう言って、動画の配信とかでよく使われてるような小型のヘッドセットを渡してくれる。
「こんな便利なものあるんですね」
「あとこの眼鏡を通せば文字も読むことができるから安心していいよ」
「ほえー……」
タカマガハラの科学技術ってすごい。
「学園の始業式は六日からだから、その間は自由に過ごしてていいよ。とりあえず、今日は一度日本に戻ってこっちで暮らすための準備をしてきた方が良いかな。学園寮には家財用具は一式揃ってるから基本的に着るものと生活必需品だけかな?必要なら漫画本も持ってきてもらっても良いから」
「わかりました」
なんか寮生活とか堅苦しいのかと思ったけどゆるゆるだなぁ。
そうして私の社会人生活一日目は過ぎていった。