表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第9章 月下の光芒編
218/240

scene:215 注目されるマナ研開発

 俺と薫はR再生薬を早めに売りたいと考えていた。

 リアルワールドの薬にも使用期限が有るように、異世界の薬にも使用期限がある。特に魔法薬は時間が経つに従い劣化するのが早い傾向がある。

 材料に魔物の魔晶管内容液や血清など使っているからかもしれない。

 オークションでは、R再生薬に二〇歳ほど若返る効果があると保証しているが、時間が経過し薬が劣化すると二〇歳が一五歳、一〇歳と若返り効果が薄れる可能性が高い。


 なるべく高く売りたいと思っているのに、若返り薬の詐欺事件の所為で、R再生薬にもマイナスイメージが付いてしまった。

 こういうマイナスイメージはオークションの競りにおいて、足を引っ張る原因となる。オークションに参加する者が減れば、競りが盛り上がらず落札額が上がらないかもしれない。

 黒翼衛星プロジェクトに莫大な資金が必要なのは分かっているので、R再生薬で少しでも多く稼いでおく必要がある。

 そこで世界に向け、R再生薬の効果を実証すると称し、大々的にデモンストレーションを行う事にした。

 研究が完成したらノーベル賞は間違いないと言われる研究者夫婦とハリウッドで有名なアクションスター、それに世界的な歌姫。彼らは老いを理由に活躍が鈍っており、R再生薬の広告塔となってくれるように交渉すると承知してくれた。

 特に研究者は、昔のようにアイデアが湧いて来ないと悩んでいたようで、即座に快諾した。


 デモンストレーションは成功した。

 詐欺事件がなければ、考えもしなかったデモンストレーションだが、若返った研究者・アクションスター・歌姫を見た世界中の資産家が、R再生薬は本物だと目の色を変えた。

 三回目と四回目のオークションが無事に終了。

 最終日の四回目オークションでは、R再生薬が薫の予想以上の落札額となり、黒翼衛星プロジェクトを一気に加速させるだけの資金を得た。


 オークションが終わった頃、世界各国では特許法の改正が行われた。

 魔粒子や魔法を使った特許が認められるようになったのだ。

 マナ研開発は大量の特許を出願した。但し核となる技術だけは特許出願せず、その周辺技術だけ特許の取得を行う。

 核となる技術の特許を出願しなかったのは、出願すると一定期間後に内容が公開される事になり、技術が流出すると恐れたからだ。

 それでもマナ研開発の魔法に関する特許出願数は世界一となった。


 その頃からマナ研開発の技術者を外国企業が引き抜こうとする動きが始まった。

 だが、マナ研開発の技術者で、ヘッドハンティングを受ける者はいなかった。マナ研開発における技術開発は、薫が作り上げた神紋術式解析システムを中核ツールとして使い開発が進められている。

 その神紋術式解析システムのない会社へ移っても、マナ研開発と同じように開発が続けられるとは思えなかったのだ。

 それにマナ研開発の研究者への待遇は、一流企業と遜色のないものだった。

 諸外国の魔法を研究している企業は、マナ研開発の技術者と交渉している過程で、神紋術式解析システムの存在を探り当て、どうにかして手に入れられないかと考える所も現れた。


 マナ研開発に韓国企業から技術提携の話が持ち込まれた。

 持ち込んだのは、与党の政調会長を努めた事もある国会議員である。社長である薫の父親三条吾郎は、議員の顔を立てる為に話だけは聞く事にしたようだ。

 三条父娘は韓国企業の鄭専務と話し合いの場を持った。

 相手の企業は韓国でも有名な大企業で、従業員数の規模でみると一〇〇倍ほど違う。そんな大企業の専務がわざわざ中小企業でしかないマナ研開発に技術提携を申し込んだのは、魔法関係の特許出願数が驚異的だったからだろう。


 鄭専務は日本語が得意らしく通訳を通さずに話が可能だった。韓国側は鄭専務の他に二人の部下を連れて来ていた。どちらも日本語が分かるらしい。

「マナ研開発の技術開発力は素晴らしいですな」

「ありがとうございます」

「そちらのお嬢さんは、三条社長のご息女ですか?」

 高校生になったばかりの若い女の子が一緒に話を聞いているので、鄭専務は奇異に思ったようだ。

「はい、次期社長にと考えておりますので一緒に同席させる事にしました」

「ほう、すでに帝王学が学び始めているという事ですか。将来が楽しみなお嬢さんですな」


 鄭専務は技術提携の内容について説明を始めた。

 韓国側企業の技術社員をマナ研開発に派遣し学ばせ、その代わりにマナ研開発の社員を韓国企業の先端技術研究所に受け入れるという提案だった。もちろん、それは手始めであり、最終的には協力して科学技術と魔導技術を組み合わせた最先端製品を開発したいと言う。

 韓国企業側は自社技術に自信を持っているようで、アメリカにも負けないだけの技術が有ると断言する。


 マナ研開発でも科学技術と魔導技術を組み合わせた製品の開発は考えていた。

 日本企業との技術提携も検討した事もあり、全く興味がないという提案でもなかった。だが、韓国企業側の目論見もくろみは明白である。

 マナ研開発が持つ魔導技術を学び取ろうと考えているのだ。

 日本企業も欧米先進国から技術を学び企業を成長させた歴史があるので、韓国企業の思惑も当然の企業方針だと薫は考えた。

 だが、マナ研開発の魔導技術は開発を始めたばかりで底が浅い。この段階で技術的にキャッチアップされると資本力の有る韓国企業に技術だけ取られ、マナ研開発が下請けのような立場となる可能性さえあった。

 三条父娘は提案を断った。


「何故です。御社にとっても利益となる話なんですよ」

 確かに先端技術を学べるというのは魅力だが、科学技術と魔導技術の融合という場合、先端技術が必要かどうか。

 鄭専務は色々と好条件を出して来たが、きっぱりと断わった。

 帰り際に。

「この日の事を後で後悔しなければいいんですがね」

 鄭専務が捨て台詞を吐いて帰って行った。



 その数日後、薫はマナ研開発の研究所で遅くまで研究をしていた。

「もうこんな時間か」

 端末の時刻表示を見ると午後九時を過ぎていた。

 机の周りを片付けてから、端末をシャットダウンする。

 スマホでタクシーを呼んでから、研究所を出た。研究所の前で少し待つとタクシーが来たので乗り込む。

 自宅の場所をタクシーの運転手に伝え、タクシーが走り始めたのを感じて目を閉じた。

 ちょっと疲れていると感じ。

「高校生なのに、働きすぎかな。でも、ミコトだって頑張っているからねぇ」


 その時、タクシーの運転手が急ブレーキを踏んだ。

 薫の身体が前に飛び出そうとするが、シートベルトが受け止める。

「何っ!」

 薫が声を上げた瞬間、タクシーに衝撃が走り薫の身体が激しく揺さぶられた。

 衝撃で、薫は少しだけ意識を失っていたようだ。誰かがタクシーのドアを開ける音がして変な臭いを嗅いだと同時に意識が遠のいた。


 頭と腰が痛い、薫の意識が戻り痛みを覚え呻いた。

「おい、お嬢ちゃんの意識が戻ったようだぞ」

 誰かの声がした。だが、目の前は真っ暗である。どうやら目隠しをされているらしい。身体は椅子に座らされ、ロープか何かで縛られているようだ。

「誰なの、何でこんな事を?」

 どこかの部屋の中らしい。人の気配が二人、先程の声は男だったので、もう一人は女性らしい。化粧の匂いがする。

「あんたは誘拐されたんだよ。大人しくしときな」

 やはり女性のようだ。それより誘拐とは……何が目的だろうか。薫は頭の中で推理を展開する。

「あんたはそろそろ電話してきな。余計な事は言わず、言われた通りの事を伝えろよ」

「五月蝿えな。分かっているよ」

 男が出て行く気配がした。残った女性が薫に近寄り。

「タクシーに車をぶつけた時、やりすぎたかと思ったが、あんたは案外丈夫なようだね」

 タクシーが受けた衝撃はこいつらの所為なのか。タクシーの運転手は大丈夫だっただろうかと薫は心配になった。

「何が狙いなの。お金?」

「まあ、そんな所さ」

 薫は女の言葉に引っ掛かった。目的はお金じゃないかもしれない。

「大人しくしていれば、家に返してやる。いいね」

 女も部屋から出て行った。


 薫は縛られたまま誘拐犯たちの目的を考えた。

 数日前に会った韓国企業の専務の顔が頭に浮かんだが、否定する。大企業の幹部が誘拐のような成功率の低い犯罪を企てるとは思えない。

 薫は、自分を縛っているロープに意識を向けた。

 思いっきり暴れれば切れそうである。だが、それでは誘拐犯たちに気付かれてしまいそうだ。薫は『錬法変現の神紋』の<爪剣>を使い小さなナイフを作るとロープを切った。

 自由になった薫は目隠しを取る。

 そこは廃棄された民家の一室のようだった。板張りの床には埃が積もっており、窓ガラスは割れていた。窓の外には森が広がっており、地面が少し下に見えるので二階だろう。

 薬で眠らされていた時間はかなり長かったようで、外には朝日が輝いていた。


 身体を動かすと腰に痛みが走った。タクシーが事故に遭った時、痛めたようだ。

「イタタッ……こういう時は、伊丹師匠の<治癒>魔法が羨ましい」

 普段なら窓から飛び降りるのも可能なのだが、ちょっと腰に不安がある状態ではやりたくない。ドアに近付いて向こう側の気配を探る。

 気配はない。ドアを開け廊下に出た薫は、下の階で物音がするのを聞いた。


 階段の上まで来て、気付かれないように下の階を見下ろす。

 リビングのような場所に三〇代後半の女性と危険な香りのする五人の男が話をしていた。

「あの娘の親は承知したのか?」

「承諾した。但し娘の安否を確かめてからでないと駄目だそうだ」

「よし、娘の写真を録って親に送れ」


 男の一人がスマホを持って階段を上がって来る。

 薫は先程まで居た部屋に戻った。そして、ドアの前で待ち構える。

 男がドアを開け部屋の中に一歩足を踏み入れた時、薫の右フックが男の脇腹に当たった。

 無様な呻き声を発した男は、手に持っていたスマホを取り落とし膝を突く。そのタイミングで薫の左フックが男の顔面を捉えた。

 男は見事にノックアウトされ倒れる。

 薫は痛みで顔を顰めた。痛めている腰に負担が掛かったのだ。

「こいつ、どうしよう」

 傍にあった梱包用の紐を使って、男を縛り上げた。それから男の身体検査をする。

 気絶した男はナイフを持っていた。


 薫は落ちていたスマホを拾い上げる。

「私のじゃない」

 誘拐犯たちは薫のスマホを使って両親と連絡していたようだ。

 スマホの地図アプリを立ち上げる。

「あれっ、自分の位置情報が表示されない」

 設定を調べてみると位置情報サービスがオフになっている。オンにして自分の現在地を表示させた。

「お父さんに現在地を連絡して、警察が来るのを待つかな」

 メールで情報を送った後、残りの誘拐犯たちをどうするか考えた。


 こいつはナイフしか持っていなかったが、他の誘拐犯がそうだとは限らない。特に拳銃などを持っていた場合、戦うのは危険だ。

 魔法を使って奇襲するというのも考えたが、警察が来た時にどう説明するか思い付かず却下する。

「逃げるしかないか」

 薫が迷っているとドアの外から足音が聞こえる。

「遅いぞ。何やっている」

 ドアが開いて、ゲタ顔の男が勢い良く入って来た。

「小娘が逃げ出そうとしているぞ!」

 薫を見るなり、ゲタ男が怒鳴るような声で叫ぶ。

 ゲタ男が薫に向かって突進して来る。ゲタ男の手をギリギリで躱した薫は、腰を落としゲタ顔に拳を叩き付けた。鼻血を出しながら吹き飛んだゲタ男は一発で意識を刈り取られる。

 薫の拳にはそれだけの威力が有るのだ。


 あの女と下の階にいた三人の男が部屋に入って来た。

 女は鼻血を出して床に倒れている男と縛られている男の姿を見て。

「な、何これ。どうなってるのよ」

 男三人は顔を顰め。

「おいおい、こんな小娘にやられたのかよ」

「油断したんじゃねか」

 誘拐犯は薫の事を普通の少女だと思っていたようだ。


 男の一人がナイフを取り出した。

「おい、大人しくしろ。でないと綺麗な顔を切り刻んでやるぞ」

 薫は無言で、最初に倒した男から取り上げたナイフを見せた。

「危ねえな。ナイフの使い方なんか知っているのか」

 ナイフの男はナイフをひらひらとさせながら近付き、ナイフを無造作に突き出す。そのナイフを持つ腕を、薫の持つナイフが切り裂いた。

 男が無様に悲鳴を上げ、ナイフを落とした。

 薫はアドレナリンが身体中に溢れ出るのを感じた。腰の痛みも消えている。

 薫は一瞬で間合いを飛び越え、左の拳を相手の脇腹に減り込ませた。

「ぐはっ」

 男は呼吸困難にに陥ったかのように喘ぎながら両膝を突いた。その首に薫の回し蹴りが叩き込まれる。

 残るは男二人と女一人。

 薫は持っているナイフを男の一人に投擲。ナイフは男の太腿に命中する。

 その時、薫の目は獲物を狙うハンターの目になっていた。


 誘拐犯の女は薫の目を見て怯えた。自分たちは勘違いをしていたと悟る。誘拐した少女はただの金持ちのお嬢様ではなく、全く違う存在だったと知ったのだ。

 最後に残った男は、持っていたナイフを取り出すと滅茶苦茶に振り回した。

 薫はナイフを躱して踏み込むと、ローキックを男に膝上に叩き込んだ。相手の足の骨がミシッと鳴るのを感じた。ヒビが入ったと分かる。

 薫は止めとして肘を相手の胸に叩き込んだ。今度は確実に骨が折れる手応えを感じた。


 薫は残った女を睨む。誘拐犯の女は空気が抜けるような短い悲鳴を上げ、腰が砕けたように座り込んだ。

 その頃になって、薫の腰の痛みが戻って来た。

 薫は誘拐犯を見張りながら椅子に座り。

「後は警察が来るのを待てばいいか」

 しばらくしてから刑事と警官が雪崩込んで来た時、誘拐犯を制圧した少女が椅子に座って誘拐犯を見張っている姿を目にする事になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ