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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第9章 月下の光芒編
216/240

scene:213 復讐の決意

 俺は海を漂っている男の近くにグレーアウルを着水させ、男に近寄せる。

 ディンとマポスの二人が、その男をグレーアウルに引き上げた。

 男は気を失っているだけのようだ。

「ニムリスではないか。起きろ、しっかりするのだ」

 男はモルガート王子の護衛である魔導師ニムリスだった。ディンは気絶しているニムリスの身体を揺する。

「……うっううう」

 ニムリスが目を覚ました。

「ニムリス、分かるか」

「み、水……」

 ミリアが水を持って来て、ニムリスに飲ませる。

「……シュマルディン殿下。何故ここに?」

「兄上たちを探しに来たに、決まっている」


 何かを思い出したのだろう。ニムリスが目に涙を浮かべた。

「も、申し訳ありません。殿下をお護り出来ませんでした」

 ニムリスが殿下というのは、モルガート王子の事だろう。静かに涙を流すニムリスが落ち着くまで待った。

 しばらくしてから、ニムリスが当時の状況を語り始める。


「偶然、我々がオラツェル王子の空巡艇を見付けなければ、こんな事にならなかったのです」

 モルガート王子が空巡艇二号を着水させ、オラツェル王子と話をした後、空巡艇二号が飛び去ろうとした。

 その時、爆発音がして不時着したらしい。

 原因はオラツェル王子の攻撃である。

「そんな……」

 ディンが思わず声を上げた。

「本当の事でございます。それに気付いたモルガート殿下が怒りの声を上げ、空巡艇一号に<雷槍>を放たれたのです」

 俺は顔を顰めた。これは兄弟喧嘩の範囲を超えている。何故そこまで憎しみ合わなければならなかったのか。


 ニムリスによれば、最初の攻撃はオラツェル王子が竜炎撃を使ったと言う。

「竜炎撃は、王城で管理しているのでは、なかったのか?」

 俺が確認するとディンが。

「たぶん、オラツェル兄上が持ち出したのです。昔から権威を笠に着て王家で所有するものを持ち出していましたから」

 オラツェル王子は昔から問題児だったようだ。

 最後にオラツェル王子が竜炎撃で空巡艇二号を吹き飛ばし、ニムリスは海に投げ出されたという。

「それでモルガート王子とオラツェル王子はどうなったのです?」

 俺が話を促すと。

「モルガート殿下は、竜炎撃の攻撃で致命傷を負われ海中に沈んでしまいました。オラツェル王子と空巡艇一号はしばらくの間、海を漂っていたのですが、魔導飛行船が現れオラツェル王子と空巡艇を引き上げ、飛んで行きました」

 ニムリスは波間を漂う空巡艇二号の残骸に隠れて見ていたようだ。その時は、オラツェル王子と一緒に助けられた場合、命の危険があると判断し助けを呼ばなかった。

 これが三日ほど前の事だと言う。


「おかしいではないか。オラツェル兄上が救助されたという話は聞いていないぞ」

「あの魔導飛行船に乗っていた者の中に、ムアトル公爵の部下らしい者がいました」

 俺はムアトル公爵の顔を思い出し、不愉快な気分となっていた。

「あいつ、オラツェル王子の事は一言も言わなかったぞ」

「カザイル王国は同盟国ではにゃかったのでしゅか」

 ミリアたちが当然の疑問を抱いたようだ。

「魔導先進国の奴らは、空巡艇の技術を知りたがっていたんだ。それを調べる為に空巡艇一号を回収し、ついでにオラツェル王子も連れて行ったのだろう」


「戻って、ムアトル公爵に抗議しましょう」

 ディンが怖い顔で声を上げた。

「待て、他の者の捜索は打ち切るのか?」

 モルガート王子が死んだのは、ニムリスが目撃しほぼ確定している。だが、他の者は生きて漂流している可能性もある。

 話し合い、暗くなる直前まで捜索を続ける事になった。

 結局、見付からずカザイル王国の首都ベリオルに戻る。

 ベリオルに戻った俺とディンは、捜索本部が設置された建物へ行き状況を聞いた。

 ムアトル公爵は居なかったが、担当の役人らしい人物から発見の連絡は届いていないという情報を受け取る。


「ムアトル公爵は、どちらに居られるのですか?」

 俺が尋ねると役人が。

「屋敷に戻られました。明日また来られるそうです」

 ムアトル公爵の屋敷は、ベリオル城の近くにあるらしい。

 捜査本部を出た俺たちは、グレーアウルへ戻る。

 カザイル王国の役人が、ディンの為に宿泊施設を用意していると言っていたが、断った。砂浜に着地させたグレーアウルの中で休む事にしたのだ。


 翌朝、ムアトル公爵から連絡が届く。

 オラツェル王子が発見されたという連絡である。俺とディンが発見されたと聞いた海岸へ行くと、オラツェル王子とその部下二人の遺体が待っていた。

 ムアトル公爵が暗い顔をして、ディンに話し掛ける。

「誠に残念な結果だ。オラツェル王子の遺体は、海岸に打ち上げられていたのを漁師が発見したそうだ」

 ディンが唇を噛み締め、返事をしないままオラツェル王子の遺体を見ている。

 俺が代わりに。

「そうですか。残念です」

「遺体は捜査本部の方へ運ぶ予定だが、それでよろしいか?」

「はい、お願いします」

 ムアトル公爵の部下たちが、オラツェル王子たちの遺体を運び去って行く。残った俺とディンは、海を見ながら。

「ミコト、何故オラツェル兄上は死んだのだ。ムアトル公爵の部下が助けたのではなかったのか?」

「分からない。何か不測の事態が起きたとしか思えない。初めから殺すつもりなら、空巡艇一号だけを奪い、オラツェル王子は海に落とせば良かったのだから」

 俺の想像だが、空巡艇一号の調査を始めたカザイル王国の者を見て、オラツェル王子は文句を言ったのではないだろうか。その揉め事がオラツェル王子の死という悲劇に発展したのでは。


 その日の昼頃、マウセリア王国の魔導飛行船が到着した。驚いた事に、船には宰相クロムウィード侯爵も乗っていた。

 マウセリア王国の一行は、オラツェル王子の遺体と対面し悲嘆に暮れる。特にオラツェル王子の母親である第三王妃は大声で泣き始めた。

 俺とディンは宰相をグレーアウルの所まで連れ出し、ニムリスと会わせた。

 ニムリスがもう一度、レース終盤の出来事を語ると、宰相が苦虫を噛み潰したような顔になる。

「それは本当なのか?」

「神に誓って偽りは申しません」

「な、なんと愚かな。一国の王子同士が殺し合うとは……」

 ムアトル公爵の部下らしい男が乗る魔導飛行船が、オラツェル王子を救助したとニムリスが証言する。

「それは確かな情報なのか。本当にムアトル公爵の部下だったのか?」

「体力が尽き果て朦朧とした状態で見ておりましたので、確実だとは申せません」

 クロムウィード宰相は、あやふやな証言で同盟国であるカザイル王国を非難するような事は出来ないと判断したようだ。


 ディンが不服そうな顔をする。

「殿下、国の舵取りをする者が私情に流され、軽率な行動をすれば、国が不利益を被るのですよ」

「判っている。だが、このまま見過ごすのか」

「いえ、ニムリスの話が本当なら、ムアトル公爵は空巡艇一号の残骸を所有しているはず。それを確かめます」

「どうやって?」

「……王家にも、それなりに人材は居ます」

 人材というのは、諜報員という意味だろう。

 宰相は暗い表情を浮かべながら、モルガート王子とオラツェル王子の親族が待つ捜査本部へ戻って行った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 同じ頃、ムアトル公爵の所へ部下の一人が報告に現れた。

「公爵様、マウセリア王国の動きを探っていた密偵から、知らせが届きました」

「何だ?」

「シュマルディン王子が、モルガート王子の空巡艇に乗っていた者を発見し救助したようなのです」

「まさか、当家の魔導飛行船がオラツェルの奴を拾い上げたのを、見ていたのではないだろうな」

「その可能性が有ります」

 ムアトル公爵は両目を半眼にして考え、裏の仕事を頼んでいる配下を呼んだ。

 報告に来た部下が。

「シュマルディン王子を始末なさるのですか?」

「馬鹿者。救助された男だけだ。その男さえ始末すれば、証人は居なくなる」

「ですが、シュマルディン王子が、すでに話を聞いているかもしれません」

「生き証人さえ始末すれば、マウセリア王国の奴らも強く追求出来んはずだ」


 間もなく、一人の男が姿を見せた。

「お呼びですか」

「マウセリア王国のシュマルディン王子が、海で救助した男が居る。そいつを始末して来るのだ」

「何者でございます?」

「モルガート王子の部下だった男だ」

「承知致しました」


 男は『夜走衆やそうしゅう』と呼ばれる暗殺集団の一員である。

「さて、どういう手筈で殺るか」

 夜走衆の武器は暗器である。特に猛毒を塗った針型手裏剣を得意としていた。

 男は、海岸の砂浜まで行き見慣れない魔導飛行船を監視する。猫人族のハンターが警護しているのを確認した。


 救助されたモルガート王子の部下は、魔導飛行船の中で休んでいるようで姿を見せない。

「標的を誘い出すか」

 男は役人の格好に変装し、シュマルディン王子の下へ行く。

「シュマルディン殿下、捜索隊の者です。確認したい件があり、参りました」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺がグレーアウルの中でディンと話をしている時、外で声がした。

 ディンと二人で外に出ると、この国の役人がよく着るサーコートを着た人物が立っている。

 その役人は、海上で見付かったモルガート王子の上着らしい服を持って来たと言う。

「これが誰の服か分かる方は、いませんか」

 ディンがニムリスを呼んで来ると言って、グレーアウルに入った。

 ニムリスがグレーアウルの扉から姿を現す。その時、ただの役人だと思っていた男から、微かな殺気が漏れ出た。

 それを違和感として感じ取った俺は、役人の動きに注目する。


 ニムリスが近付き、役人が持つ上着を手に取った。

「これは……」

 役人が奇妙な動きをした。何気ない仕草でニムリスの腕に触ったのだ。

 腕にチクリとした痛みを感じ、ニムリスが顔を顰めた。その身体がゆらりと揺れ、砂浜に倒れた。

「ど、どうした、ニムリス」

 ディンが倒れているニムリスに近寄り抱き起こそうとする。


 俺はニムリスの腕にポツリと小さな血の痕が有るのに気付いた。そして、その部分の皮膚がシミのように赤黒く変色していくのを確認する。

「毒なのか!」

 俺は腰の魔導ポーチから毒消しの魔法薬を取り出し、ディンに渡そうと腕を伸ばす。

「毒消しだ、飲ませろ」

「私が飲ませましょう」

 役人が毒消しの魔法薬を取り上げようとした。

 俺は役人の顔に裏拳を叩き込んだ。

 役人の身体が砂浜を転がる。口から血を流した役人が起き上がり。

「何を……」

「下手な芝居は止めろ。お前、殺し屋だな」


 その瞬間、身を翻した暗殺者が逃げ出した。

 目を丸くしているディンに毒消しを渡し、飲ませるように指示する。

 キャッツハンドのメンバーが暗殺者を追い駆けようと動き出したのを見て止めた。

「待て、ミリアたちはディンの警護を頼む」

「了解でしゅ」

 一〇メートルほど離れた場所を逃走している暗殺者を追って、全力で駆け始める。

 暗殺者はオリンピック選手ともタメを張れるほどの脚力を持っていた。だが、俺が追い駆け始めるとすぐに追い付き、その背中に飛び蹴りを食らわす。

 暗殺者は砂浜を転がりながら、俺に向って毒針を投げた。

 慌てて飛び退き躱す。その隙に暗殺者は立ち上がり、続けざまに毒針を投げる。俺は<遮蔽結界>を張り、毒針を撥ね返した。

 それを見て攻撃を諦めた暗殺者は、逃げるという選択肢を選んだ。

 暗殺者の背中を睨みながら、『流体統御の神紋』の応用魔法<旋風鞭>を発動し、風の鞭を振り下ろす。渦巻く風の鞭は、スルスルと伸び暗殺者の肩の骨を砕く。


 暗殺者が砂の上に倒れ動かなくなった。気を失ったのかと思い、注意しながら歩み寄り確かめる。

「チッ、死んでいる」

 即効性の毒を飲んだようだ。口から吐瀉物を吐き出し白目を剥いていた。その死に顔を見て、背中に寒気が走り嫌な気分になる。

「こんな奴ら、相手にしたくはないな」

 ニムリスの所へ戻ると、毒消しの魔法薬が効いたようで容体は安定していた。この毒消しの魔法薬は、地獄トカゲの毒にやられた経験から、魔導ポーチに常備するようになったものだ。

 後数分、毒消しの魔法薬を飲ませるタイミングが遅かったら、ニムリスは死んでいただろう。

「ミコトが毒消しを持っていたから助かったけど、本当なら確実に死んでいた」

「誰が殺し屋を寄越したと思う?」

「決まっているムアトル公爵だ」

 ディンは、普段見せた事のない怒りの表情を浮かべている。

「宰相も言っていたが、感情に任せて動くなよ」

「判っている」

 その後、モルガート王子の遺体が発見され、二人の王子が亡くなった事が確定したので、俺たちはマウセリア王国へ帰国した。

 帰国後、宰相が言っていた者たちが、空巡艇一号の残骸が隠されている場所を突き止め、それがムアトル公爵の関係している場所だと判明する。

 ただカザイル王国の国王が、この件に関与しているかどうかまでは判らなかった。

 周辺諸国から慎重な性格だと評価されている国王ウラガル二世が、密かにムアトル公爵を暗殺するように命じた。その命令の一ヶ月後、ムアトル公爵が急死したという情報がマウセリア王国へ届く。


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