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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
199/240

scene:196 見習いハンターの森

 迷宮から戻った俺たちは、ハンターギルドへ向かった。

 すでに日が沈み、暗くなっていた。スヴェンとイルゼはヘロヘロになっていたが、顔だけは明るい。

「スヴェンとイルゼの家は近くにあるのか?」

 俺の質問にイルゼが答える。

「……旧教会の建物に住んでいます」

 旧教会というのは三年前に教会が移転した時に打ち捨てられた建物で、四〇人ほどの孤児が住み着いているそうだ。一日一日を生きていくだけで大変な環境のようである。


 ハンターギルドへ到着すると買取カウンターへ移動する。

 この国には迷宮ギルドが存在せず、国に依頼されたハンターギルドが迷宮を管理していた。

 その為、迷宮で取れた素材はハンターギルドで買い取るシステムになっている。

 カウンターは少し混んでいて三組のパーティが並んでいた。

「これで全部でしょうか?」

 美人の受付嬢が確認した。

 迷宮に潜り始めたばかりらしい少年二人少女一人のパーティが「そうです」と返事をする。


 後ろで待っているベテランらしい二人のハンターが待たされてイライラしているらしく。

「おい、早くしてくれ。そんなガラクタ適当でいいだろ」

 受付嬢が困ったような顔をして。

「規則が有りますので、きちんと確認しない訳には……」

 カウンターに並べられている素材は、陰狼や跳兎の毛皮や肉が多い。どれもポーン級の魔物から取れたものだ。

 それを見たベテランハンターの眉毛が三角の男がブツブツ文句を言う。

「チッ、全部合わせても銀貨一枚にもならねえじゃねえか」

 三角眉毛が少年たちを睨んだ。


 山崎さんが諌める気になったようで、前に出て。

「大人げない事は止めろ。君たちだって、彼らみたいな時があっただろ」

 不機嫌な顔になった三角眉毛が山崎さんを睨み怒鳴る。

「横から口を挟むな」

 その時、三角眉毛の相棒が止めた。

「止せ、あいつは魔導師のヤマザーキだ」

 相棒は山崎さんの事を知っていたようだ。指摘され、もう一度山崎さんの顔を確認した三角眉毛の顔から血の気が引く。

「だ、だから何だってんだ。俺だって狼牙棒のミュスルと言われた男だ。実力ならこいつにも引けは取らねえ」

 虚勢を張っているとしか思えない三角眉毛の言葉に、スヴェンが反応した。

「狼牙棒のミュスル……聞いた事ない」


 騒ぎを聞き付け集まった野次馬が失笑する。

 怒りで顔を真赤にした三角眉毛がスヴェンを睨み付け。

「ハンターでもないガキは黙ってろ」

 スヴェンは怯えて俺の後ろに隠れた。

 無責任な野次馬が提案した。

「実力を比べるんなら、今日の獲物を比べるのが一番じゃねえか」

「そうだ。どんな魔物を狩ったのか見せてみろよ」

 何だか話がすり替えられたような気がする。実力を競っている訳ではなかったはずだ。


 三角眉毛がニヤッと笑った。自信が有るようだ。

 大きな背負い袋から光沢のある毛皮と牙、魔晶管と魔晶玉を取り出した。

「どうだ。帝王猿の素材だぞ」

 帝王猿は迷宮の第二三階層に住む魔物である。往復するだけで何日も掛かる階層であり、そこで取れた素材は珍重される。

 三角眉毛は荷物運びだと思われるスヴェンとイルゼを値踏みした。深い階層へは絶対に行けそうにないガキだった。こんな荷物運びを連れていたのでは深く潜れなかったに違いない。

 そうなるとヤマザーキは浅い階層で狩りをしていた事になる。三角眉毛は勝利を確信したように薄笑いを浮かべた。


 野次馬たちがガヤガヤと騒ぎ出す。少し驚いたようだ。

「へえー、あいつら帝王猿なんて大物を仕留めていたのかよ。道理で自信が有りそうな態度だ」

 何処の国にも嫌な奴は居るものだと思っていると、山崎さんが困ったような顔をしている。

「どうしたんです?」

「野次馬の中に、我々魔導練館の者と揉めている奴らが居るんだ。わざと騒ぎを大きくしようとしている」

 獲物を比べようと言い出した二人の野次馬ハンターは、この街の名士であるボラン家の配下だそうだ。

 ボラン家は貴族ではないが、迷宮から産出する魔光石を定期的に採取出来るハンターを育て、一つの勢力を築き上げていた。

 この街に山崎が住み着き魔導練館を建てた頃から、ボラン家の奴らと衝突するようになったそうだ。


「ほら、おまえらも出せよ」

 三角眉毛が狩りの成果を見せるように催促した。

 山崎さんが仕方ないという感じで、歩兵蟻とホブゴブリンメイジの魔晶管と魔晶玉を取り出した。

「ふん、歩兵蟻とホブゴブリンメイジか」

 三角眉毛が鼻で笑った。スヴェンとイルゼがムッとする。

 山崎さんは冷たい視線を二人のベテランに向けてから、第五階層で倒したアサシン蟷螂の外殻と魔晶管、魔晶玉を取り出した。

 野次馬がザワッと騒ぐ。

「おい、あれはアサシン蟷螂の外殻だろ。ルーク級上位の魔物だ。ランクとしては帝王猿より低いが、希少さで言えば帝王猿より上だ」

「という事は、勝負は引き分けか」


 例の野次馬ハンターが異議を唱える。

「そいつはおかしいだろ。珍しいものを手に入れたと言うだけなら、運が良かっただけだ。実力は帝王猿を狩った奴らの方が上じゃねえか」

 難癖を付けているとしか思えない論理だった。大体狩りの条件が違うのだから、獲物だけで比較する事自体がおかしい。

「勝手に獲物比べなんか始めるな。狩りの条件が違うんだから、意味がないだろ」

 俺が文句を付けると、先程の野次馬ハンターが嫌な笑いを浮かべ。

「負けそうになったからって、勝負を下りるのは卑怯じゃねえのか」

 どうしても山崎さんが負けた事にしたいようだ。


 どうも口では勝てそうにない。

「ミコト君、あれを出してくれ」

 山崎さんが俺の背負い袋に入っているミノタウロスの素材を出すように言う。

 背負い袋から大きな角と特大の魔晶管、それに魔晶玉を取り出した。

「そ、そいつはミノタウロスの角じゃねえか」

 三角眉毛が驚いて声を上げた。


 見物していたハンターたちが目を丸くする。そして、ギルドの職員が声を上げた。

「ちょっと待って下さい。そのミノタウロスを仕留めた階層は何処なのです?」

 迷宮の門番から、俺たちが今朝早い時刻に迷宮に入ったと言う報告を受けていたので、ミノタウロスが出る階層まで潜ったはずがないとギルド職員は知っていた。

「第一〇階層だ。こいつもハグレだった」

「馬鹿な……ビショップ級の魔物がハグレとなり第一〇階層に出たと言うのですか」

 ビショップ級以上の魔物がハグレとなる事はほとんどないそうだ。

 今回ミノタウロスが現れたのは、特別な状況だったからだと思っていた。『神行操地の神紋』を手に入れた事と関係しているのではないかと推測している。


 ガヤガヤと騒がしくなったギルドの中で、青褪めた三角眉毛と相棒が肩を落としコソコソとギルドから立ち去った。

 この騒ぎをあおっていたハンターたちも舌打ちするとギルドから消えた。

 俺たちは素材を換金し大金を手に入れた。スヴェンとイルゼにも相応の金額を渡す。

「こんなに貰っていいの?」

 イルゼが震える手で金貨を握り締めている。

「遠慮するな。今回は運が良かっただけだ」

 俺はスヴェンとイルゼの背中をポンと叩いた。

 山崎さんと相談しスヴェンとイルゼの二人を魔導練館に泊まらせる事にした。大金を持つ二人が心配だったのだ。


 魔導練館に戻るとアカネさんが鎧豚の肉を使った生姜焼きを用意してくれていた。

 初めて食べるスヴェンとイルゼはもちろん、山崎さんも異世界で食べる生姜焼きの美味さに感激した。

 翌朝、庭の片隅で普段通りに鍛練しているとアマンダが起きて来た。

「おはようございます」

「おはよう」

 時々目では追えないほど速い動きで攻守の型を繰り返しているのを見て、アマンダは目を丸くしている。

 しばらく俺が鍛練している様子を見ていたアマンダが尋ねた。

「一流のハンターというのは、皆ミコト様みたいな動きが出来るのですか?」

「いや、ハンターにもいろんなタイプが有るから一概には言えないよ。でも近接戦闘が得意な一流ハンターはこれくらいの動きは出来ると思う」

「練習したら、あたしも出来ますか?」

 アマンダに見せた鍛練は普通の躯豪術を使ったもので、アカネさんにも可能な動きだった。

「努力次第だな」

「が、頑張ります」


 アカネさんが来て、アマンダの修行を始めた。

 最初は基本の体捌きから教えるようだ。

 修行が終わり朝食を食べた後、アマンダに泊まり掛けで近くの森へ狩りへ行く事を伝えた。

「でも、あたしの実力だと皆の足を引っ張るかも……」

「何を言ってるんだ。その実力を付ける為に森に行くんじゃないか」

「判りました」


 アカネさんとアマンダには後で合流する約束をして別れ、スヴェンとイルゼの二人を連れて魔導寺院へ向かった。

 まずは二人に『魔力袋の神紋』を授かって貰う為である。クノーバル王国の魔導寺院はマウセリア王国とあまり変わらなかったが、『魔力袋の神紋』は少し高かった。

 ふらふらしながら二人が神紋の間から出て来る。

「どうだ、神紋を初めて授かった感想は?」

「何か気持ち悪い。頭が変になったみたい」

 スヴェンは答えたが、イルゼは返事も出来ない様子だ。


 二人が回復するまで待ち、武器兼防具屋を探して入った。

「二人は何か得意な武器が有るか?」

 スヴェンとイルゼは首を振った。

「でも、剣がかっこいいと思うんだよね」

 スヴェンが小さな声で憧れる武器の名を挙げた。

 有名なハンターが剣を得意としているからなのか、武器に剣を選ぶ者は多い。だが、剣は魔物相手に戦う場合を考えると難しい武器である。

「判った。得意な武器がないなら、槍にしよう」

 成長途中である二人のリーチを考えると槍が最適だと判断した。

「エッ、剣じゃ駄目なの?」

「魔物相手に戦うなら、リーチの長い槍から始めた方がいい」

「ふーん、コンラートさんみたいなハンターになりたいんだけどな」

「誰だ、コンラートと言うのは?」

 スヴェンの説明によると街でトップクラスのハンターらしい。剣のコンラート、槍のライマル、魔法のヤマザーキが街のトップスリーと呼ばれているようだ。


「へえ、山崎さんもトップスリーに入っているのか」

 俺が感心するとスヴェンが調子に乗って、山崎さんの強さを語り始めた。

「ちょっと待て。そんな事より、まずは武器を選ぶぞ」

 いつまでも話が尽きそうにないので黙らせると、槍が置いてある場所へ行った。

 腕力のないスヴェンやイルゼが扱える槍は限られている。軽そうな槍の中から四本ほど手に取り、二人に選ばせた。

 武器が決まったので、防具を見に行くと鎧豚製革鎧のいいものが揃っていた。

「防具は鎧豚製革鎧でいいとして、金が有るんだから籠手と脛当ても揃えるか」

 昨日の迷宮でかなりの金額を稼いだ二人は、安い防具なら問題なく買えるだけの金は有った。


 防具と武器を買い揃えた後、魔導練館で待っていたアカネさんたちと合流し、山崎さんに事情を伝えて西に向かった。

 トラウガス市の西には猪豚の森と呼ばれる場所が有り、ここで迷宮に入れないハンター見習いが腕を磨くのだという。

 万里の長城のように長い防壁から外に出ると一〇分ほどで、猪豚の森に到着した。

 猪豚の森の周辺にはテントが幾つか張られていた。

 ハンター見習いたちがテントに泊まり込んで狩りをしているらしい。


「若い子たちが一杯居るわね」

 アカネさんが声を上げた。

 アマンダやスヴェンたちと同じ年頃のハンター見習いたちが森とテントの間を行き来している。

 一組のハンター見習いのパーティが跳兎を仕留めて戻って来た。

「オッ、クルトたちが跳兎を仕留めて来たぞ」

「良かった。今日の晩飯が堅パンだけにならずに済んだ」

 見習いたちは森で取れた獲物を食料にしているらしい。


 森に到着した頃から空模様が怪しくなった。黒い雲が姿を見せ空を覆い始める。

「まずいわ。テントを用意して来なかった」

 アカネさんが空模様を見ながら告げた。

「心配ないよ。俺に考えがある」

 第一階梯神紋『土砂導術の神紋』の応用魔法に<土壁クレイウォール>と言うものがある。魔力で地面から土を盛り上げ防護壁とする魔法で、それと同じ事を『神行操地の神紋』の基本魔法<大地操作>を使って再現出来ると思ったのだ。

 俺はテントから少し離れた場所に移動し、精神を集中する。

 <大地操作>で地脈を探し魔粒子を掬い上げると魔力に変換し地上に導く、目の前に有る地面に魔力を浸透させ土を掻き集め盛り上げるように意識すると、ゴゴゴッと音を立て土が盛り上がり始めた。

 俺は心の中で『アッ』と驚きの声を上げていた。予想していた以上の土が動き始めたからだ。

 何とか意識を集中し大量の土を『かまくら』のような形に形成し、最後に土を圧縮し煉瓦れんがのようなものに変える。

 傍で見ていたアカネさんたちが目を丸くしている。

「何これ、デカ過ぎるわ」

 魔粒子を掬い上げる量を間違えたようだ。その為に膨大な魔力が導かれ、考えていた以上の広範囲に魔力が浸透し大量の土を集めてしまった。

 かまくらは直径二〇メートル、高さ七メートルほどの大規模なものになっていた。


 アカネさんたちの背後にハンター見習いたちが集まりガヤガヤと騒ぎ出す。

「何だこりゃ」

「これ、魔法で作ったんだよな」

「そんな魔法、聞いた事ないぞ」

 アカネさんがジト目で俺を睨んでいる。こんなものを作ってどうするのと言いたいのだろう。

 ハンター見習いたちから、どんな魔法を使ったのか訊かれたら、『土砂導術の神紋』の応用魔法だと答えるつもりだったが、この規模は第一階梯神紋の範囲を超えていた。


作者の同時連載中の作品に下記があります。よろしかったら、そちらもご覧いただけると嬉しいです。

『復讐は天罰を呼び魔術士はぽやぽやを楽しむ』

   <https://ncode.syosetu.com/n8216dt/>

『職人は魔工兵器を持って迷宮に挑み、軍用傀儡は戦場を疾駆する』

   <https://ncode.syosetu.com/n6269cw/>


2017/10/18 修正

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