scene:195 新しい神紋
人間一人がやっと下りられるくらいの狭い階段だった。
二〇メートルほど下りると岩をくり抜いて作った広い部屋に辿り着いた。広さはテニスコートほども有る。
部屋に入ろうとした時、山崎さんが止めた。
「ここは『悪意の迷宮』だ。慎重に進んだ方がいい」
ベテランの山崎さんが言うのだ。ここは従った方がいいだろう。
三歩進んだ所に落とし穴の罠が有った。七歩進んだ所には天井から槍が落ちて来る罠が有り、十三歩進んだ所には炎が吹き出す罠が仕掛けられていた。
「罠の数が多いな」
山崎さんがボソッと呟いた。
「それだけ貴重な神紋が、あの向こうに有るんじゃないですか」
階段の反対側には魔導寺院の神紋の間にある扉とそっくりのものが有った。近付いて扉を調べてみる。
『大地の上級神メラニクス』と書かれていた。思わず顔に笑みが浮かんだ。
「第四階梯の神紋なのか」
「何だと……それは本当か」
山崎さんは第四階梯神紋と聞いて驚いたようだ。第四階梯の神紋を手に入れた者は異世界の歴史でも多くは居ないのだから無理もない。
「扉に、大地の上級神メラニクスと書かれています。上級神ならば第四階梯の神紋である可能性が高い」
その言葉を聞いて、山崎さんは眼を輝かせ扉に手を当てた。しばらく待っていたが、扉は何の反応も返さなかった。残念ながら山崎さんに適性はなかったようだ。
「……駄目だったか。私もまだまだという事だな。ミコト君も試してみろ」
俺は扉に近付き、少し躊躇ってから手を伸ばしそっと触れた。その瞬間、扉の文字が輝いた。
「は、反応した」
山崎さんが一瞬悔しそうな顔をした。自分が駄目だったのに年下の俺が反応したのが悔しいのだろう。
「神紋を手に入れろ。そして、詳細を教えてくれ」
「判りました」
扉を開け中に入った。その時、自分の魔力が吸われるのを感じた。真っ暗だった六畳ほどの部屋の中、左側の壁が輝き始める。そこに神紋について説明しているエトワ語の文字が見えた。
この神紋は『神行操地の神紋』と呼ばれているらしい。
大地の深くには地脈と称するものがある。天から降り注いだ魔粒子が大地に染み込み、地下水のような流れ形成しているもので、それは膨大なエネルギーとなる。
『神行操地の神紋』は大地を流れる地脈を探し出し、その地脈に流れる魔粒子を魔力に変換し吸い寄せる事が可能なようだ。しかも、その膨大な魔力を使って地形を操る事さえ出来るらしい。
光っていた壁が暗くなり、反対側の壁が光り始めた。その壁には基本魔法と応用魔法が刻まれていた。
基本魔法は<大地操作>である。術者がイメージした通りに大地の形を変えられる魔法だった。時間さえ掛ければ平地に山を造れるだろう。
応用魔法は<地槍陣>、地面から岩で出来た槍が瞬時に突き出て敵を串刺しにする攻撃魔法である。地槍は一本だけではなく魔力次第で広範囲に無数の地槍を出現させる事も可能だ。
俺は壁に刻まれている説明文と付加神紋術式を記憶した。
右側の壁から光が失われていき刻まれている文字が見えなくなると、今度は正面の壁が輝き始めた。
そこに浮かび上がったのは神紋付与陣。見た瞬間、身体が金縛りとなり動けないようになった。
神紋付与陣を形成している神意文字と神印紋が輝くと眼を通して頭の中に飛び込んで来た。『神行操地の神紋』が頭の中の神紋記憶域に刻まれる。
頭がギシギシと痛む。
少しの間だけジッとしていると痛みも和らぎ動けるようになった。
少しふらふらしながら外に出ると山崎さんが待ちくたびれたという顔で扉の前に座っていた。
「どんな神紋だったんだ?」
素早く立ち上がった山崎さんが興味津々という様子で尋ねた。
「中に有ったのは『神行操地の神紋』というものでした」
「古書に書いて有った通り、第三階梯神紋だったのか。それとも第四階梯神紋だったのか?」
神紋の階梯を決める基準は、時代により変化している。古書が書かれた時代には地脈に流れる魔粒子を魔力に変換し吸い上げる技術は一般的に存在していたので、第三階梯神紋となっていたが、現在においては失われた技術であり、『神行操地の神紋』は第四階梯に分類される。
神紋の特徴を説明すると段々興奮して来るのが判った。
「とんでもない神紋だぞ。地脈の魔粒子を魔力に変え地形を変化させられるのなら、魔法で地震や津波、土石流なんかの自然災害も再現出来るという事じゃないか」
山崎さんは『神行操地の神紋』の基本魔法<大地操作>を攻撃魔法として使う事を想像しているようだ。
俺は何か建設的な事に使えるんじゃないかと考えた。
一休みしてから階段を登って湖の島に戻った。
扉から出て周りを見渡した時、辺りが嫌に静かなのに気付いた。
「何か様子が変だ」
「ミコト君も気付いたかね。もしかすると大物が近くに居るのかもしれん」
「どういう意味です?」
「この感じに覚えが有る。第一五階層でハグレの首長黒竜が出た時と同じだ」
「首長黒竜と言うとナイト級上位か……ワイバーンと同じだな」
動揺した様子のない俺を見て、山崎さんが首を傾げる。
「首長黒竜と聞くと大概のハンターは驚くか怯えるものなんだが、倒せる自信が有るのかね。……そう言えば、やけに切れ味のいい鉈を使っていたね。あれはワイバーンか何かの爪を使ったものなのか?」
俺は邪爪鉈を取り出した。
「こいつはバジリスクの爪で作った鉈です」
「バジリスクを倒した実績が有るのか。だが、その落ち着いた様子からすると……まさか、『竜の洗礼』を受けた案内人が居るという噂が有ったが、君なのか?」
俺が灼炎竜を倒した事実はJTGの理事クラスにしか知らされていないはずだ。それに理由は知らないが、『竜の洗礼』を受けた事実はJTGの機密事項にすると注意されていた。
取り敢えず、誤魔化す。
「まさか、俺も話を聞いた覚えが有りますが、単なる噂でしょ」
「……そうだな。『竜の洗礼』を受けた案内人が居るとすれば、豪剣士の伊達さんじゃないかと予想していたからな」
山崎さんの勘は鋭いようだ。
「取り敢えず、向こう岸に戻ろう」
山崎さんが水面を凍らせ、氷の上を渡って向こう岸に渡った。
「嫌な予感がしますね。早めに帰りましょうか」
俺がそういった時、凄まじい咆哮が山の背後から響いた。
「おいおい、この咆哮は首長黒竜じゃないぞ」
左側にある山の背後から巨人が現れた。
「ミノタウロス?」
俺は自信なさげに呟いた。
ミノタウロスとは身長五メートルの巨躯に牛頭を乗せた魔物である。トロールの一種だとかオーガの上位種なのではないかと言われる。
よく見ると迷宮のミノタウロスは金棒を装備しているようだ。
スヴェンとイルゼは泣きそうな顔で地面に座り込んでいた。
山崎が青褪めた顔でミノタウロスを見ている。
「ミノタウロスのランクは何だった?」
「ビショップ級下位ですね。バジリスクなんかと同じですよ」
「逃げられると思うか?」
「俺と山崎さんだけだったら可能だと思います」
その時はスヴェンとイルゼを見捨てる事になる。……俺が選んで連れて来た子供たちだ。そんな事が出来るものか。
山崎さんは一度目を閉じ心を決めたように声を上げる。
「ミコト君、出し惜しみは無しだ。全力で戦うぞ」
「おう」
ふと『神行操地の神紋』が使えるか試してみようと思い付いた。
迷宮の近くには地脈が必ず有ると言われている。俺の頭の中には新しいトリガーが存在した。『神行操地の神紋』を使う為のものだ。そのトリガーに意識を集中し地下を探してみると今までは分からなかった地中の魔粒子分布が分かるようになっていた。
そして、迷宮の構造が頭の中に浮かび上がる。この迷宮は第七二階層まで存在するようだ。
迷宮の下にまで探索の手を伸ばすと地脈を見付けた。大河のような魔粒子の流れである。
その魔粒子量は一分間でも制御可能なら富士山並みの山を造れるほどの量があった。
初めての応用魔法なので、念の為に呪文を詠唱する。
呪文により発動された<地槍陣>は、地脈の流れから魔粒子を掬い上げ魔力に変換し引き寄せた。膨大な魔力が地下から近付いて来るのを感じる。その魔力はミノタウロスの足元へと導かれ魔法効果が現れる。
ミノタウロスの足元から十数本の地槍が現れミノタウロスの下半身と胴に突き刺さった。ただの石槍だったならばミノタウロスの頑強な皮膚で跳ね返されていただろうが、地槍は魔力によりコーティングされ鋭く硬かった。
牛頭の鬼が痛みに叫び声を上げた。とは言え、初めて放った<地槍陣>は威力が今ひとつだった。皮膚は突き破ったが、筋肉で止められ与えたダメージは少ない。
初めての攻撃魔法を眼にした山崎さんが尋ねる。
「今のが『神行操地の神紋』の魔法かね?」
「慣れていないので失敗です」
ミノタウロスは体に突き刺さっている地槍を金棒でへし折り、凄まじい怒りの咆哮を上げた。
咆哮は衝撃波となって、俺たちの身体を叩く。
耐えられなかったスヴェンとイルゼが気絶してしまった。
近付いて来るミノタウロスの傷が見ているうちに回復している。オーガ以上の回復力だ。
今度は山崎さんが攻撃魔法の準備を始めた。
「時間稼ぎでもするか」
俺は絶烈鉈を取り出すと魔力を込めた。一五〇センチほどの絶烈刃が作り出され赤紫の光を放ち始める。
ミノタウロスに向かって駆け出す。
傍まで近付いた時、俺目掛けて金棒が振り下ろされた。ギリギリで躱し踏み込もうとした時、金棒が地面で爆発した。
いや、爆発したと言うのは間違いで、金棒が叩き込まれた地面が爆発したように吹き飛び、土砂を周りに振り撒いたのだ。
俺は反射的に飛び離れ距離を取る。それでも小石が身体に当たりそうになり<風の盾>で弾いた。
俺が無傷なのを知ったミノタウロスが、俺目掛けてゴルフスイングのように金棒を振り回した。俺は飛び退くのではなく、奴の足元に飛び込み絶烈刃を丸太のような足に叩き込んだ。
十分な手応えが有り、ミノタウロスの足を半ばまで切断した。
ミノタウロスが絶叫を上げ地面に倒れた。止めを刺そうとしたが、巨大な魔物が地面を転げ回りながら暴れ始めたので近寄れない。
一旦距離をとって見守っていると、一声吠えてから起き上がった。切ったはずの足を見ると傷口が塞がり治り始めている。
「タフな奴だ」
背後で山崎さんの声がした。
「……<渦雷嵐>」
魔法を放つ声だ。全速で退避する。
次の瞬間、ミノタウロスを中心に竜巻が起こり、竜巻の中で稲妻が走った。それも一本や二本ではなく十数本が連続で走り、ミノタウロスの体に流れ込んだ。
竜巻が消え、満身創痍のミノタウロスが地響きを立てて倒れた。
俺は駆け寄り絶烈刃をミノタウロスの首に滑り込ませ刎ね切った。
仕留めたのを見た山崎さんが近寄って来て、死骸から放出される濃密な魔粒子を吸収する。
「久しぶりに濃密な魔粒子を浴びたよ」
山崎さんが嬉しそうに声を上げた。
ミノタウロスを解体し魔晶管と角を剥ぎ取った。角は精力剤の素材となるらしい。もちろん、魔晶玉も有り高額で換金出来るだろう。
スヴェンとイルゼの様子を見に行き揺り起こした。
「アレッ、ミノタウロスは?」
スヴェンが慌てて周りを見回す。そして、ミノタウロスの死骸を見付けるとホッとした顔をする。
ミノタウロスが息絶え、迷宮の様子が普段のものに戻った。
スヴェンとイルゼが少し辛そうにしているので、ここで休んでから戻る事にした。
俺と山崎さんは、草地に横になり休息しているスヴェンとイルゼから少し離れた場所で話を始めた。
「山崎さん、お願いが有るんだけど」
「何だね」
「『神行操地の神紋』の事はJTGにも秘密にして欲しいんだ」
「えっ、何故だ? 自分の切り札にしたいというのは、同じハンターとして判るが、JTGにまで秘密にする必要が有るのか?」
「あれは地中深くを流れる地脈を見付けられる神紋なんですよ。その情報をJTGが知れば必ず政府に報告します。そうなれば、情報戦が得意な国が嗅ぎ付けるでしょう。そして、リアルワールドの諸外国がここの神紋を手に入れようと動きますよ」
マナ研開発が活性化魔粒子の販売を始めて以来、世界各国の政府と企業が魔粒子を採取出来る場所を探していた。彼らが『神行操地の神紋』を知れば、何としてもこの神紋を手に入れようと躍起になるだろう。
「だが、『神行操地の神紋』を手に入れてもリアルワールドでは魔法を使えないだろ」
「例外的な人間が居るじゃないですか」
山崎さんがハッとしたような顔をする。
「まさか、竜殺しの強者たちが『悪意の迷宮』に集まると言うのかね」
「案内人としては儲かるようになるかもしれませんが」
「馬鹿を言うな。そんな奴らが集まれば、迷宮が荒らされる」
一年前、イタリアが管理する転移門から行ける迷宮で、若返りの秘薬が作れる薬草アルラウネが発見されたという情報が世界に流れ、大勢の地球人が押し掛けた。
そのあまりの熱狂ぶりに迷宮が荒らされ、現地人とも問題が起きた。最後には迷宮近くの町から外国人のハンターすべてが追放されるという騒動にまで発展した。
当然、イタリア人たちも町から追い出され大変だったらしい。
「どうです。秘密にして貰えますか?」
「なるほど……ここの神紋は秘密にした方がいいのかもしれんな」
後はスヴェンとイルゼだが、二人に内緒にしてくれと頼むとハンターになる為の手助けをしてくれと言われた。この二人はハンター志望だったようだ。
「駄目ですか?」
イルゼがすがるような目で頼むので、俺は手助けする事を約束した。
「ミコト君、あまりモテないだろ」
突然、山崎さんに指摘された。
否定出来ないのが悲しい。
「女の子の頼みだからと言って、ほいほい承知していたら苦労するぞ」
「アマンダを少し鍛えるつもりだったんで、一緒に鍛えてやればいいかと考えただけですよ」
「……そういう事にしてやるよ」
山崎さんは経験豊かな大人という感じである。戦闘以外では勝てそうになかった。
2017/10/3 神紋階梯に関する説明文の追加
2017/10/18 修正




