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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
197/240

scene:194 悪意の迷宮

 『悪意の迷宮』へ向かう途中、山崎さんが古代魔導帝国時代の古書に書かれていた中身を尋ねて来た。

「迷宮の第一〇階層に神紋が隠されていると言っていたが、あそこは二つの山があるほど広大なエリアだ。何か手掛かりがないと探し出せないぞ」

「古書には、『三つ目の山の頂に入口あり』と書かれてました」

 山崎さんが首を傾げた。

「三つ目の山だって……あそこには二つの山しかないぞ」

「でも、古書には三つ目の山と書いて有りましたよ」

「ふむ、直接行って確かめなければならないようだ」


 『悪意の迷宮』はトラウガス市に隣接する場所にあり、七メートルほどの高さが有る防護壁で囲まれた通路で繋がっていた。この通路は『探索者ロード』と呼ばれ、迷宮に行く者が必ず通る道だった。

 探索者ロードの入り口には分厚い鋼鉄製の扉が有り、八人の門番が警備している。

 クノーバル王国の迷宮はハンターギルドの正式メンバーなら入れるらしい。マウセリア王国のように三段目以上という制限はないそうだ。

 扉の周りには荷物運びの者たちが集まっていた。勇者の迷宮とは違い猫人族などは居なかった。全部が人族の子供や若者たちだった。

 魔導先進諸国は過去に猫人族を迫害した歴史が有り、全ての猫人族は周辺国へ逃亡していた。


「どうする。荷物運びを雇うかね?」

 山崎さんの問い掛けに、俺は荷物運びを希望する子供たちの顔を見た。キラキラした眼でこちらを見ている。

 その中にやせ細り顔色の良くない少女と少年が居た。

「そこの二人を連れて行きましょう」

 山崎さんは二人を見て笑う。

「ミコト君は優しいね」

 選ばれた二人は何度も何度も礼を言った。余程嬉しかったのだろう。少年はスヴェン、少女はイルゼという名前だそうだ。

 スヴェンとイルゼは背負子を担ぎ、俺たちの後ろを歩き始めた。


 門番にハンターギルドの登録証を見せ扉を潜り、探索者ロードを歩き出す。朝の早い時間なので迷宮から戻って来る者は少ない。だが、一組だけ疲れ切ったパーティが戻って来た。

「パーセルじゃないか。何処まで潜ったんだ?」

 山崎さんが声を掛けた。

「おう、ヤマザーキか。第二五階層で翔岩竜を狩って来た」

 ちょっと変な発音で山崎さんの名前を呼んでいるが、知り合いらしい。

 山崎さんはパーセルから少し情報を仕入れた。それによると第五階層にアサシン蟷螂が出たそうだ。アサシン蟷螂は人間大の蟷螂でカメレオンのように体表の色を変える事が可能であり、薄暗い迷宮の中だと眼では発見出来ない。

 アサシン蟷螂の攻撃手段は背後からこっそりと忍び寄り、ハンターの首を狩るというものでハンターからは恐れられている。


 山崎さんが先頭に立ち進み迷宮に入る。第一階層は草原エリアだった。

 ここで遭遇する魔物はスライム、跳兎、陰狼である。小さな丘が点在する地形で広さは三キロ四方ほどある。

 そんなエリアにハンターたちが狩りをしている姿が見える。若く未熟なハンターたちのようだ。

「アマンダを鍛える為に、連れて来るのもいいな」

 俺の独り言が耳に入ったのか、山崎さんが忠告する。

「連れて来るのはいいが、ここは『悪意の迷宮』だ。思わぬ魔物や罠が仕掛けられている事もあるから、気を付けるように注意するんだな」

 ここの迷宮も階層ごとに遭遇する魔物の種類が固定されている。だが、『悪意の迷宮』にはハグレと呼ばれる魔物が居た。ハグレは階層に関係なく出る魔物なので、第一階層なのにナイト級の魔物と遭遇する危険が有るのだ。


 山崎さんは慣れた場所なので迷いなく進んで行く。所々に『悪意の迷宮』らしい辛辣な罠が有ったが、ベテランである山崎さんの警告で無事に切り抜けた。

 一〇分ほど進んだ頃、陰狼の群れに遭遇した。五匹の陰狼が近付いて来るのを見て、スヴェンとイルゼが怯える。

「心配するな。私の魔法で全滅させてやる」

 山崎さんが頼もしい言葉を発し神紋杖を抜いた。俺は慌てて止める。

「陰狼くらいなら俺だけで大丈夫です。無駄に魔力を使うのは止めましょう」

「ほう、自信が有りそうだ。お手並みを拝見させて貰うよ」

 俺は邪爪鉈を抜き陰狼目掛けて走り出した。出会い頭に先頭の狼に一撃を加える。狼の頭がかち割れ血飛沫が上がる。

 二匹目が襲い掛かって来た。舞うように攻撃を躱し、そいつの首に回し蹴りを叩き込み骨を折る。三匹目は邪爪鉈を右に薙ぎ払い首を飛ばす。四匹目は邪爪鉈を狼の顔面に叩き込み切り裂いた。

 最後の陰狼が脇をすり抜けてスヴェンたちのほうへ行こうとする背中に邪爪鉈の刃を滑り込ませ撫で切った。

 数秒の間に戦いは終わった。

 スヴェンとイルゼが呆気に取られたような顔をして、こちらを見ている。


「さすがだね。次は私が倒すよ」

 山崎さんが腰に吊っている小剣を叩いた。

 その小剣を使って魔物を倒してみせると言っているらしい。だが、その小剣は魔導剣であり、使うと魔力を消費するそうだ。

 それを聞いた俺は小物の始末は、自分が行なうと申し出た。

「このくらいの魔力消費なら問題ない」

「いや、通常なら前衛に任せているのでしょ。俺が始末します」

 陰狼程度なら何匹だろうと問題ない。ただ襲って来る魔物が多過ぎて剥ぎ取りが面倒だった。

「山崎さん、ポーン級の魔物は剥ぎ取りなしで進みませんか?」

「私はいいが?」

 山崎さんは後ろを歩いて来るスヴェンとイルゼを見た。スヴェンとイルゼの収入は剥ぎ取った素材の価値に直結している。

「スヴェンとイルゼには剥ぎ取った素材に関係なく銀貨一枚ずつを保証する。どうだ?」

「銀貨一枚……」「本当ですか?」

 俺が約束すると二人は承知した。


 第一階層を最速で攻略した俺たちは、第二階層に下りた。この階層に住み着いている魔物はゴブリンと鬼熊ネズミである。この階層も邪爪鉈だけで魔物を倒し駆け抜け、第三階層、第四階層では鎧豚や赤目熊を薙ぎ倒して抜けた。

 第五階層に下りた俺たちは慎重に進み始めた。この階層は通路が迷路のようになっているエリアで、薄暗い通路を山崎さんの案内で右へ左へと進む。

 ここに居る魔物はホブゴブリンと歩兵蟻である。ホブゴブリンの中には魔法を使う奴もいるので、これから先は山崎さんにも戦闘に参加して貰う事にした。


「やっと出番が来たか」

 山崎さんは見守るだけの戦いに物足りないものを感じていたらしく張り切り始めた。

 五分ほど歩き、十字路に辿り着いた時、歩兵蟻と遭遇した。山崎さんは呪文を唱え<氷槍>を放ち歩兵蟻を仕留めた。

 山崎さんが呪文を唱えるのを聞き、彼が『竜の洗礼』を受けていないと判った。この迷宮の第三八階層にビショップ級中位の雷鋼竜が居ると聞いているが、まだ攻略していないのだろう。

 だが、山崎さんの攻撃魔法には見るべきものが有った。完全に制御された魔法は必要最小限の魔力で発動し歩兵蟻を倒した。彼の魔力制御は自分以上だと感じる。


 それからの山崎さんは凄かった。遭遇した魔物のすべてを一撃で仕留め、魔晶管だけを剥ぎ取った。因みに剥ぎ取る係りが俺である。

 ホブゴブリンの中にはメイジも混じっており、メイジの魔晶管の中には魔晶玉が存在した。

「ヤマザーキ様、凄いです」

 スヴェンとイルゼの尊敬を山崎さんは勝ち取ったようだ。

 気分を良くした山崎さんは快進撃を続け、階層の半分ほどまで進んだ時、何かを感じたのか皆を止めた。

「何か居る……アサシン蟷螂かもしれん」

 俺は<魔力感知>を使ってチェックした。通路の一部に崩れた箇所が有り、そこにアサシン蟷螂が潜んでいた。

 俺は邪爪鉈を握って近付き一閃する。人間ほどの蟷螂の頭がポロリと落ちた。通路の色と同化していた体表が元の緑色に戻り倒れた。

「ワッ!」

 イルゼが驚いて声を上げた。

 山崎さんが近付いて来て、アサシン蟷螂の死骸を確かめる。

「よく判ったな。私でも正確な場所は分からなかったのに」

「修行の賜物です」

「そうか、君も伊丹氏に鍛えられたのだな。私も彼に会いたくなったよ」

 会うのは自由だが、修行したいとか言わない方がいいですよと忠告した。伊丹さんは熱中すると限界を超えた所まで鍛え上げるからだ。


 アサシン蟷螂から魔晶管と背中の上翅と呼ばれる外殻を剥ぎ取った。アサシン蟷螂の外殻は特殊な防具となるので高い値段で換金出来る。

 その後は問題なく進み、第五階層を攻略し下へ降りる階段を見付けた。

 第六階層は乾燥した荒野が広がっており、スケルトンとグールが襲い掛かって来た。

 スケルトンは問題なく倒したが、グールには参った。腐臭が酷く近付くと吐気がするほど臭かったのだ。

 ここは山崎さんに期待する。俺の<缶爆>や<魔粒子凝集砲>だと腐肉が飛び散りそうで嫌なのだ。


「<炎池>を使うから離れて」

 山崎さんが左手で鼻を摘んだまま言う。勇者の迷宮でもグールと遭遇したが、ここまで臭わなかった気がする。『悪意の迷宮』の特徴なのだろうか。

 『紅炎爆火の神紋』の応用魔法である<炎池>が放たれた。グールは炎に包まれ消し炭となった。

 山崎さんの攻撃魔法は派手さはないが、的確で効率的だった。


 第五階層を攻略した俺たちは、第六階層、第七階層、第八階層、第九階層と攻略し第一〇階層に到達した。

 この階層は草原の中に二つの山が存在するエリアである。魔物は足軽蟷螂や斑熊、オーガが棲息しているそうだ。

「ミコト君、見てみたまえ。山は二つしかないだろ」

 山崎さんの言う通り、山は二つしかなかった。

「そうですね」

「どうする。あの山を調べるか?」

 古書には三つ目の山とあった。元々有る二つの山は関係ないだろう。

 周囲の地形を一つずつ確認する。

 山と山の間にキラキラと輝くものが有った。

「あれは?」

 山崎さんに尋ねた。

「湖だ」

「あの湖には何かないんですか?」

「真ん中に島があるくらいで、他には何もないぞ」

 何故か湖が気になった。

「湖が気になるな。あそこに行ってみましょう」

「探しているのは山じゃないのか?」

「そうだけど、気になるんです」

 取り敢えず、湖に向かった。

 湖の畔まで来ると周りを調べた。湖は直径二〇〇メートルほどで澄み切った水で満たされていた。

「やっぱり、何もないじゃないか」

 山崎さんが湖を見回して言った。


 俺は湖の中央にある島に目を向けた。山とは言えない小さな島だった。

 水面に目を向けると近くの山が映っていた。

「山か……ん……もしかして」

 俺は水面に顔をつけ水中を見た。───山が有った。水中に聳える山だった。


「三つ目の山を発見した」

 その言葉に反応した山崎さんが水面に顔を突っ込んだ。

「なるほど……三つ目の山だ」

 三つ目の山は見付かった。問題はどうやって山の天辺である島まで行くかだ。

 その問題は、山崎さんが解決した。『凍牙氷陣の神紋』の基本魔法である<凍結>で水面を凍らせ道を作ったのだ。

 氷の道を歩いて島に渡る。

「きゃあ、滑る」

「アタッ、尻打った」

 騒ぐスヴェンとイルゼの二人と一緒に島に上陸する。


 湖の島は縦三〇メートル、横十五メートルの楕円形をしていた。中央には大きな岩があり、文字が刻まれているのを発見する。

『力を見せよ』

 岩にはそう刻まれていた。

「どういう意味だ?」

 俺が首を傾げていると。

「動かしてみろという意味じゃないのか」

 山崎さんが大岩に両手を添え押し始める。

「ウオオーッ」

 山崎さんが全力を出したようだが、大岩は一ミリも動かなかった。


「ふうう、やっぱり無理だな」

 俺はジト目で山崎さんを見て。

「いやいや、やってみる前に駄目だと判っていたでしょ。どう見ても三トンぐらい有りますよ」

「まあな……私の<爆炎弾>を叩き込んでみようか?」

「いえ、俺の攻撃魔法でバラバラにします」

 山崎さんが興味津々という顔で見守る中、俺は呪文の詠唱付きで<渦水刃>を発動する。詠唱なしでも発動出来るが、詠唱した方が魔力消費が少ないようなのだ。

 魔力が湖の水を吸い上げ回転させ円盤状の形状を作り上げた。結界が水に渦を包み込むと中の水が音速を超えて回転を始め渦水刃が完成する。その渦水刃を自在に動かし大岩をバラバラに切り刻んだ。


「ほう、凄い攻撃魔法だ。それがミコト君の切り札か」

 山崎さんはいいものを見たというように感心する。

 バラバラになった大岩をどけると地面に金属製の扉が現れた。扉の取っ手を持って開けると地下へ繋がる階段が姿を現す。

「行ってみましょう」

 俺は階段を下り始めた。


2017/9/26 誤字修正

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