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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第8章 多忙を極める案内人編
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187/240

scene:184 猫は挟まる

仕事の関係で遅くなりました。


 ここ数日、JTGは大変な騒ぎとなっていた。各支部で盗聴器が発見されたからだ。

 その御蔭で東條管理官は何度も本部に呼び出され対策を話し合う羽目になった。東條管理官は元警察官僚だったので、当然の人選である。

 とは言え、定期的な盗聴器の調査や出入りする清掃員などの身元調査を念入りにするくらいしか打つ手はなかった。それに元々普通のオフィスビルを賃貸して使っているので、防諜上の弱点が幾つかあるのは仕方のない事だった。

 本部から戻って来た東條管理官が俺と伊丹さんを呼んだ。

 二人で東條管理官の部屋を訪ねると疲れた顔で部屋の主が出迎えた。

「どうかしたんですか?」

 俺が尋ねると東條管理官が。

「本部の理事たちに防諜対策を纏めろと言われ、ずっと会議をしていたんだ。疲れたよ」

 弱音を吐く東條管理官というのも珍しい。この姿を写真にとって保存しておきたいが、そんな事をすれば叱られる上に映像を削除されるだろう。

「処で、俺たちを呼んだのは?」

「第三会議室に行って話す」

 第三会議室というのは、防諜対策が施された部屋で清掃員も入れないようになっていた。

 椅子に座った東條管理官が話し始めた。

「高速空巡艇の件だ。本部にアメリカのグレイム中佐が『高速空巡艇の話は聞かせて貰ったよ』と言いながら現れた」

「アメリカが盗聴器を仕込んだのでござるか?」

「いや、違うだろう。イギリスと同じで盗聴器の電波を受信していただけだ」

 俺は何だかやる気が失せた。

「管理官殿は警察の人間だったのでござろう。盗聴器に気付けなかったのでござるか」

「無理を言うな。その道のプロが仕掛けたものなんだぞ。お前らだって全然気付かなかったではないか」

 そう言われると返す言葉もない。盗聴器の中には電波を出さないタイプのものまで有ったそうだ。メモリーに音声を溜め込み後で回収するタイプである。

「清掃員として雇った男が行方不明だそうですね」

「身元調査はちゃんとしたのでござるか?」

「エージェントが本気で入り込んで来たのだ。一通りの調査では見破れなかったようだ」

 JTG側にも隙が有ったのは確かだが、今回はエージェントの方が一枚上手だったようだ。

「それで、グレイム中佐は何と言って来たのです?」

「人選も有るので、すぐにではないが、アメリカも高速空巡艇の開発に参加したいそうだ」

「やっぱり」

 もしかするとアメリカも高速空巡艇の件に気付き、参加を要請するのではないかと予感はしていた。

 次回、リアルワールドに戻った時に話し合う場を設けて欲しいと言われたそうだ。唯でさえ忙しいのに仕事が増えてしまった。

「仕事がどんどん増えているような気がするんだけど、何故だろう」

「要領が悪いからじゃないのか」

 東條管理官に言われた。そうなのかもしれないが、納得出来ない。


 翌日、依頼人と一緒に異世界に旅立つ準備を始めた。

 今回のミッシングタイムでは、白血病の治療を行う二十一歳の女性と仙崎を迷宮都市に案内する予定になっていた。仙崎はリラックスした様子だが、もう一人の依頼人はストレッチャーの上で不安そうにしている。

「あのぉ、大丈夫なんでしょうか?」

 こういう時は、俺が相手をするようにしている。伊丹さんが『大丈夫でござるよ』と応えると余計に心配そうな顔をする依頼人がいるからだ。

「心配ないですよ。俺たちは何度も経験していますから」

 俺は異世界側にも医師が待機していると教え安心させた。

 夕方六時頃、ミッシングタイムが訪れた。ストレッチャーの高さを一番低くし、俺と伊丹さんが患者を支えるような態勢を取る。

 いつも通りの転移だった。一瞬意識が途切れた以外は万全な態勢で異世界に到着した。

 俺と伊丹さんで女性を転移門の外に運び出す。転移門の近くに居た医師のマッチョ宮田が出す指示に従い、患者を簡易寝台に横たえる。すぐにマッチョ宮田が診察を始めた。

「呼吸と脈は正常なようです。心配ないでしょう」

 アカネさんが近付いて、女性の体に毛布を掛ける。

 伊丹さんが服と装備が入っている袋を仙崎に手渡している。俺も服を着て装備を着ける。

 仙崎は本物かどうか確かめるように調べてから鎧を着け、用意した剛雷槌槍の重さとバランスを確かめるように動かす。

「バランスはいいな。初めての魔導武器が廉価版なのは引っ掛かるが、まあいい」

 しばらく仙崎の様子を伺い、その性格が判って来た。どうやら我が強くマイペースな性格らしい。


「夜明けまで三時間ほどあります。少し休んだ方がいいですよ」

 助言すると仙崎が近寄って来て、俺の装備を観察する。

「その鎧は何の革なんだ?」

 灼炎竜の革だと正直に応えると仙崎も欲しいと言い出しかねないので。

「大トカゲの革ですよ」

 デカ過ぎたけど、大きなトカゲだった。角からビームみたいなのを発射していたけど、トカゲだ。

 灼炎竜革鎧は鎧自体に存在感があり、ただの鎧ではない風格が有った。仙崎は疑わしそうな目で見て再び質問した。

「武器は何を使っている?」

 嘘を続けるのは信用を失いかねないと判断し正直に応える。

「バジリスクの爪で作った鉈です」

 背中に括り付けている鞘には邪爪鉈が入っていた。腰に提げている魔導ポーチには絶烈鉈も入っているが、教える気はなかった。

「バジリスクの素材を使っているのは凄いが、鉈なのか……マイナーな武器を」

 相変わらず鉈は人気がないようだ。

 仙崎の興味は伊丹さんの豪竜刀に移り、伊丹さんに使い心地を尋ね始めた。


「ちょっと寒くない。ストーブを使いましょうよ」

 アカネさんが白血病である女性を気遣って提案した。

 先月、この部屋に設置したばかりのストーブに火を点けた。燃料は炭である。薪を使わないのは煙を出さない為である。

 ゆっくりとだが部屋の空気が温まり始める。俺たちはストーブの傍に座り夜明けを待った。

 日が昇るとアカネさんが外に出て改造型飛行バギーに乗って戻って来た。

「エリカさんと宮田さんはこれで迷宮都市に戻って下さい」

 白血病の女性は宮坂エリカ。具合が良くないようで心配だ。

 アカネさんが肩を貸してエリカさんを改造型飛行バギーに乗せる。操縦席にはアカネさんが座り、医師の宮田は最後部の席に座る。

「それじゃあ、先に帰ってますね」

 アカネさんはそう言うと改造型飛行バギーを浮上させゆっくりと迷宮都市に向け飛んで行った。


 俺たちは改造型飛行バギーが見えなくなるまで見送った。

「へえ、あれは魔導飛行船の一種だよな。噂で魔導飛行船を作っている案内人がいると聞いていたけど、あんたたちだったのか」

「どんな噂かは知らぬが、魔導飛行船を作っている案内人というのはミコト殿でござろう」

「あの魔導飛行船はどれくらいで戻って来るんだ?」

 仙崎の質問に、俺は首を傾げた。

「戻って来ませんよ。俺たちは歩いて迷宮都市に行きます」

「チッ……あれは病人用かよ」

 どうやら乗りたかったようだ。


 俺たちは海岸沿いに南へ進み始めた。仙崎は<魔力感知>を使っていないようだ。『魔導眼の神紋』は授かっていないのだろう。

 俺たちは岩山を削って作った狭い道を通って魔導迷宮と迷宮都市を繋ぐ道に出た。俺が先頭を歩き、伊丹さんと仙崎が後に続いて進む。後ろで伊丹さんと仙崎が話している声が聞こえて来た。

「この道はどこに続いているんだ?」

「東に行けば魔導迷宮、西に行けば迷宮都市でござる」

「魔導迷宮か……勇者の迷宮とは別の迷宮なのか」

「勇者の迷宮はもっと西でござる」

「ふーん、まあいい。この辺に出る魔物はどんな奴なんだ?」

「そうでござるな……斑《ぶち》ボアか長爪狼くらいでござろうか」

「ポーン級ばかりじゃないか。もっと手強いのは居ないのか」

 俺は仙崎の反応を見ようと口を挟む。

「北に在る常世の森や巨木の森へ行けばナイト級の魔物と戦えるかもしれませんよ」

 ナイト級と聞いて仙崎は顔の表情を硬くした。仙崎にとってナイト級の魔物は強敵らしい。


 そんな話をしている時、<魔力感知>に長爪狼の群れらしい反応が引っ掛かった。

「魔物が右前方から来ます。数は五匹」

 仙崎は剛雷槌槍を構え、伊丹さんは豪竜刀を抜く。

「相手は長爪狼らしいですが、どうします?」

「この槍に慣れる為に、俺が倒す」

 仙崎が槍をしごきながら前に出ると、俺と伊丹さんは後ろに下がって待機する。

 数秒後に狼の群れが現れた。仙崎は気合を放つと群れを目掛けて突撃する。

「大丈夫かな?」

「長爪狼ならば大丈夫でござろう」

 一匹目の胸に槍の穂先を突き入れ、二匹目の頭を蹴り上げた。一匹目から槍を引き抜くと剛雷槌槍の魔導核に触れ魔力を充填する。

「魔導武器としての性能も試す気でござるな」

 伊丹さんが声を上げた瞬間、仙崎は雷発の槌を三匹目の頭に叩き込んだ。バチッと音がして雷撃が長爪狼の脳に雷撃が流れ込み息の根を止めた。

 次に赤く輝き始めた剛雷槌槍の穂先を四匹目の頭に突き入れた。槍の穂先が狼の頭を貫通した。だが、あまりにも手応えがなく、仙崎は少しバランスを崩す。

 そこに五匹目の長爪狼が襲い掛かった。狼の長い爪が仙崎の脇腹辺りを掠める。ワイバーンの飛竜革鎧は狼の爪を弾き返した。

「チッ、狼ごときが」

 仙崎が剛雷槌槍を振り回しミスリル合金製の刀身を狼の首に叩き付けた。首の骨がゴキッと折れる音がして長爪狼がクタッと倒れた。

 その頃になって蹴り上げた狼が起き上がり逃げ出した。


 一瞬だけ危ない場面もあったが、問題なく長爪狼の群れを撃退した仙崎は息を荒げながら剛雷槌槍が傷んでいないか確かめている。どうやら剛雷槌槍を気に入ってくれたようだ。

「お見事でござる」

「流石、山崎さんの所で修行した方です」

 これがキャッツハンドのミリアたちなら気になった所を指摘し指導するが、依頼人なので褒める。

「剥ぎ取りをしますか?」

 俺が確かめると仙崎が必要ないと告げる。


 仙崎の呼吸が平常に戻った処で再び歩き出した。

 迷宮都市の北門から街に入り、ハンターギルドへ向かった。ハンターギルドでは仙崎を新規で登録させる。但し序二段からである。

 登録が終わり登録証を貰うと依頼票をチェックする。この時間だと残っている依頼は少ない。序二段で引き受けられる討伐の依頼は南の耕作地に出没する赤目熊を退治する依頼だった。

 依頼料が安く残っていたようだ。

 仙崎はミトア語の読み書きも大丈夫なようで、赤目熊の依頼票を剥がすとカウンターに持って行き手続きを行った。


 依頼を引き受けた仙崎は南の耕作地に行きたがった。

「はやる気持ちは分かるけど、今日は俺たちの活動拠点に案内します。狩りは明日からにしましょう。狩りに必要な背負い袋や薬なんかも揃えなきゃならない」

「そうだな」

 仙崎は意外と素直に従った。昨晩は碌に寝ていないので少し疲れているのかもしれない。

 三人は趙悠館に向かい昼を少し過ぎた頃に到着した。


「アッ、ミコト様。大変でしゅ、ルキが居にゃくにゃっちゃったんでしゅ」

 ミリアが泣きそうな顔をして駆け寄って来た。

 話を聞いてみるとルキは趙悠館の中で遊んでいたらしい。それが昼の少し前から姿が見えなくなり、昼食の頃になっても現れないので騒ぎになったようだ。

 ミリアは心配になりネリやリカヤにも手伝って貰い探したが見付からない。普段ルキは昼食の時間になると必ず食堂に戻って来ていたのだ。それが今日だけ戻って来ない。

 ミリアたちの様子がおかしいのに気付いた趙悠館の皆もルキが居なくなったと聞き、探すのを手伝い始めたが見付からなかった。


「よし、俺もルキを探そう。伊丹さんもお願いします」

「承知した」

 仙崎を部屋に案内した後、ルキを探し始めた。趙悠館の使っていない部屋を一つずつ探したが見付からない。隣の道場や道場の持ち主である家族の母屋も探したが居なかった。

 一旦趙悠館に戻ると伊丹さんとアカネさんが話をしていた。

「道場にも居ません」

「趙悠館の周りを伊丹さんと探しましたけど、ルキちゃんは見付かりませんでした」

「何処に行ったのでござろうか」

 その時、アカネさんが俺に視線を向けた。

「<魔力感知>を使ってみた?」

「アッ」

「時差ボケしてるの。一番にしなきゃ駄目でしょ」

 リアルワールドと異世界の一日の時間は異なるらしく、時差が大きくなる時もある。

 俺は慌てて<魔力感知>を使う。感知の風が俺を中心に四方へ広がり始めた。趙悠館で働く人々や依頼人の反応が次々に脳裏に浮かぶ。

「オッ、これか」

 ルキらしい反応が魔導飛行バギーの格納庫の方に有った。

「こっちだ」

 俺はミリアたちも呼び、一緒に格納庫の方へ向かった。

「この格納庫の近くからルキの魔力を感じたんだ」

 俺の言葉でミリアが何かに気付いたのか、慌てて裏の方へ走る。格納庫の裏には塀が有り、格納庫の壁と塀の間にはほんの僅かな隙間しかなかった。

 その隙間には雑草が生い茂っており、人の視界を妨げていた。ミリアは格納庫の屋根によじ登り、屋根の上から隙間を覗き込んだ。

「アッ……ルキが居ました。隙間に挟まってましゅ」

 俺も屋根に登り隙間を確かめる。大人なら絶対に入れないような狭い隙間にルキが挟まっていた。胸が圧迫され大声も出せない状態らしい。

「お姉ちゃん、たちけちぇ」

 疲れた様子のルキが目に涙を貯めて小さな声を出した。

 可哀想な姿なのだが、何だか抱き締めてあげたくなるような可愛いさが有る。

 アカネさんが厨房から油を持って来た。油をルキの身体にかけた後、ロープを使って何とか隙間から引っ張り出した。

 助け出されたルキは姉のミリアに抱き付いて盛大に泣き出す。

 ミリアは泣き出した妹に問い質す。

「何であんな隙間に入ったの?」

 ルキは泣きながら答える。

「あちょこに隙間が有ったかりゃ」

 リアルワールドでも、時々変な所に猫が挟まっているのが発見されるが、ルキも同じで好奇心で入ったらしい。

 ルキの答えを聞いた趙悠館の人々は呆気に取られてから一拍置いて笑い出した。


2017/11/15 誤字修正

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