第四十八話 新しい通り
最近忙しくて、投稿頻度が下がり気味です
なるべく保ちたいと思ってます
カラカラと、車輪が石畳を転がる音が響いた。
町の入口から、荷馬車が一台入ってくる。
荷台には木箱がいくつも積まれていて、御者の男性が手綱を握りながら、ゆっくりと中央広場へ向かっていた。
その反対側からも、別の荷馬車がやってくる。
少し前までなら、どちらかが道の端へ寄り、相手が通り過ぎるのを待たなければならなかった。
けれど、今日は違う。
二台の荷馬車は速度を落としながらも、互いに道を譲り合い、そのまますれ違っていった。
石畳の上を、車輪が軽快に転がっていく。
「…………」
僕はその光景を、少し離れたところから眺めていた。
そして。
「……おお!」
思わず声が出た。
「フィオナ、見た!? 今、普通にすれ違ったよ!」
「はい。どちらも道を外れることなく通れましたね」
「すごいなあ……」
いや、別に荷馬車がすれ違うこと自体は、それほど珍しい話じゃない。
帝都のような大きな都市なら、立派な通りはいくらでもある。
でも、ここは辺境の小さな町だ。
少し前まで、雨が降ればぬかるみ、荷車が行き交うだけで渋滞していた道。
それが今では、きれいな石畳の通りになっている。
……いやあ。
これは、ちょっと感動するね。
「殿下!」
通りの向こうから、バルトが歩いてきた。
その背後では、職人たちが使い終えた道具や余った資材を片付けている。
「最後の確認も終わりました。これで、町の入口から中央広場までの工事は、ひとまず完了です!」
「おお、ついに!」
僕は改めて通りを見渡した。
工事を始めてから、さらにひと月ほど。
途中で石材が足りなくなったり、天候に恵まれなかったりと、色々あった。
特に、地面の低い場所は大変だったらしい。
水が溜まらないように排水路を整え、土台を十分に固めてから石を敷く必要があった。
僕も何度か作業を見に来たけれど、職人たちの苦労は相当なものだったと思う。
その成果が、今こうして目の前に広がっていた。
「いやあ、お疲れさま! 本当にありがとう!」
「いえいえ。我々も、これほど大きな道を造る機会はなかなかありませんからな」
バルトは嬉しそうに笑った。
「それに、新しく加わった職人たちにも随分助けられました。おかげで、予定より大きく遅れることもなく進められましたよ」
「そっか。じゃあ、みんなにもお礼を伝えておいてね」
「承知しました!」
バルトが職人たちのもとへ戻っていく。
僕はその背中を見送り、改めて通りへ目を向けた。
町の入口から中央広場へ。
まっすぐ、というわけではない。
既存の建物や土地の形に合わせて緩やかに曲がっている部分もある。
それでも、道幅は以前よりずっと広くなった。
両端には水を流すための溝が設けられ、その外側には歩行者が通れる場所もある。
何より、地面が石で覆われているおかげで、轍を気にせず歩ける。
「……ちょっと歩いてみようよ」
「はい」
フィオナと並んで、できたばかりの大通りへ足を踏み出した。
◇
新しい通りを歩くのは、想像以上に気持ちがよかった。
足元は平らで、靴の裏に石の硬さが伝わってくる。
道の端には、昨日まで置かれていた資材がほとんど残っていない。
そのおかげで、広場までの見通しもよくなっていた。
「なんかさ、同じ町なのに全然違って見えるね」
「ええ。道が広くなっただけで、こんなに印象が変わるのですね」
フィオナは周囲の建物を見上げた。
「建物そのものは、以前とほとんど変わっていないのですが……」
「そうそう! なのに、何だか立派になった感じがするんだよね」
僕らの横を、商人らしい男性が荷車を引いて通り過ぎていく。
少し離れたところでは、子供たちが道の端を歩きながら、楽しそうに話していた。
以前からある露店も、通りに面した側へ商品を並べ直している。
布を張った屋根の下には野菜や果物が並び、その隣では日用品を売る商人が客と話していた。
先日、僕らが場所を考えた食事の露店も、すっかり周囲に馴染んでいる。
どうやら、あの場所は使い勝手がよかったらしい。
「……お」
僕は足を止めた。
通りの先で、荷馬車が中央広場へ入っていく。
そのまま市場の近くへ進み、荷物を下ろし始めた。
以前なら、広場へ入るところでもたつく荷車が多かった。
今は、御者が大きく回り込むこともなく、自然に曲がっていく。
「あそこも、ちゃんと広げておいてよかったね」
「はい。工事の前に、荷車の通り方を確認しておいて正解でした」
「だよね。実際に使ってみないと、分からないことも多いし」
僕は何となく足元を見た。
石と石の間には細かな隙間があるものの、表面はきれいに揃えられている。
あの小さな試験施工から、よくここまで広がったものだ。
「そういえば、フィオナ」
「はい?」
「最初に石畳を造った時、荷車がちょっと段差に引っ掛かってたじゃん?」
「ありましたね。石畳の入口が少し高くなっていた時ですね」
「あれ、覚えてる?」
「もちろんです。カイル様、とても気にしていらっしゃいましたから」
「いやあ、あの時は本当に大丈夫かなって思ったんだよね」
僕は笑った。
今では試験施工した場所も、新しい道路に繋がっている。
あの時に気になった段差も、すっかりなくなっていた。
職人たちが少しずつ手を加え、実際に使える道に仕上げてくれたのだ。
「……よし、広場まで行ってみようか」
「はい」
再び歩き始める。
やがて視界が開け、中央広場へ出た。
石畳の通りが、たくさんの人で賑わう広場へ自然に繋がっている。
荷車が行き交い、商人が声を上げ、店先では客が商品を選んでいた。
その光景を見た瞬間、思わず足が止まった。
「……うわあ」
さっきまでは、完成した道路そのものを見ていた。
でも、こうして端から端まで歩いてみると、少し印象が違う。
新しい道が、町の入口と市場を一つに繋いでいた。
そして、その道を人々が当たり前のように使っている。
……これだよ、これ。
僕が見たかったのは、こういう景色だったのかもしれない。
「カイル様?」
フィオナがこちらを見た。
「……うん。いい道ができたね」
「はい」
フィオナは通りを振り返り、静かに頷いた。
「私も、そう思います」
◇
ところが。
広場から少し離れた道へ入ったところで、足元の景色は一変した。
「……あれ?」
そこには、見慣れた土の道が続いていた。
場所によっては地面が凸凹していて、端には乾ききっていない泥が残っている。
まあ、当然といえば当然なんだけど。
今回整備したのは、町の入口から中央広場まで。
それ以外の道まで、全部きれいになったわけじゃない。
「……なんか、急に前の町に戻った感じがするね」
僕が呟くと、フィオナも足元へ目を向けた。
「こちらは以前のままですからね」
「うん。……でも、こうして並んでると、ちょっと気になるなあ」
僕は後ろを振り返った。
数歩戻れば、きれいな石畳の大通り。
目の前には、昔から使われている細い土道。
どちらも同じ町の道なのに、その差はかなり大きい。
「せっかく広場まではよくなったんだし、ほかの道も整えたくなるよね」
「そうですね。私も、いくつか気になる場所があります」
「お、例えば?」
「茶の加工場へ向かう道です。雨が降ると、荷車が通りにくくなる場所があったと思います」
「ああ、あそこか!」
言われて思い出した。
加工場には毎日、茶畑から茶葉が運び込まれている。
商品を出荷する時にも荷車を使うし、最近は以前より人の出入りも増えている。
確かに、あの道も整備しておいた方がよさそうだ。
「それなら、ちょっと見に行ってみようか」
「はい。私も、今の様子を確認しておきたいです」
そうして僕らは、茶の加工場へ向かうことにした。
……まあ、今日は新しい大通りの完成を見に来ただけだったんだけどね。
でも、せっかく思いついたんだし。
こういうのは、忘れないうちに見ておいた方がいい。
◇
茶の加工場へ続く道は、広場から少し離れたところにある。
以前から荷車が使っていた道だけれど、新しく整備した大通りほど広くはない。
両側には家や小さな建物があり、場所によっては荷車が一台通るだけで道幅のほとんどを使ってしまう。
「……うーん。やっぱり狭いね」
僕が呟くと、フィオナが頷いた。
「ええ。特に、向こうの曲がり角は通りにくそうです」
その先では、ちょうど荷車が加工場へ向かっていた。
大きな籠をいくつも積んだ荷車だ。
御者は慎重に手綱を引きながら、道の端にできた轍を避けて進んでいる。
車輪が小さな窪みに落ちるたび、荷台の籠が揺れた。
「……あれ、荷物が多いと大変そうだなあ」
「そうですね。茶葉を傷めないように運ぶ必要もありますし」
「道がよくなれば、運ぶ方も少し楽になりそうだね」
僕らは荷車の後ろを歩きながら、加工場へ向かった。
建物が近づくにつれて、どこか香ばしい匂いが漂ってくる。
茶葉を加工しているのだろう。
作業場の外では、何人かの住民が籠を運んでいた。
別の場所では、木箱を積み上げている。
建物の脇には、新しい作業用の台も置かれていた。
「……あれ、あんなところにも作業台が増えてる」
「最近、荷造りをする場所を広げたそうです」
「へえ。そうだったんだ」
僕は加工場の周囲を見渡した。
最初は、茶葉を加工するための小さな場所だった。
それが今では、茶葉を運び込む場所、加工する場所、商品を詰める場所と、少しずつ役割が分かれ始めている。
忙しそうだけれど、皆それぞれの仕事をこなしていた。
「……なるほどね」
僕は道へ目を向けた。
茶畑から運ばれてきた葉が、ここで商品になる。
そして今度は、商人たちの荷車に積まれて広場へ向かう。
つまり、この加工場と中央広場の間は、かなり頻繁に荷物が行き来する場所なのだ。
「ここまで石畳の道が繋がってたら、結構便利になりそうじゃない?」
「はい。加工場への荷物の出し入れも、今より楽になると思います」
「だよね。……それにさ」
僕は加工場の隣にある空き地を見た。
「加工場がもっと大きくなったら、あっちにも建物が増えるかもしれないよね」
「そうですね。今でも荷造りの場所が増えていますし、今後は保管するための建物も必要になるかもしれません」
「そうなると、ここに通じる道も今のままじゃ足りなくなるか」
僕は少し考えた。
今ある加工場へ道を繋ぐ。
それだけでも十分意味はある。
でも、道ができたら、その周りに新しい建物を増やすこともできる。
加工場の近くに倉庫ができたり、別の加工施設ができたり。
そうなれば、ここは今よりずっと賑やかな場所になるかもしれない。
「……あ、ちょっと待って」
「どうしました?」
「これ、加工場だけじゃなくて、ほかの仕事場も同じじゃない?」
フィオナが少し考え、顔を上げた。
「……工房なども、でしょうか?」
「そうそう! 木工とか鍛冶の工房にも、毎日材料を運び込んでるでしょ?」
「はい。完成した道具や商品を運び出すこともありますね」
「だったら、そっちにもちゃんとした道があった方がいいよね」
思いついたら、何だか急に気になってきた。
僕は加工場から続く道を見渡す。
今までは、建物を増やすことばかり考えていた。
でも、建物が増えれば、そこへ人や物を運ぶ道も必要になる。
それなら。
最初から、仕事場同士を繋ぐ道も考えておいた方がいいんじゃないかな。
「……フィオナ」
「はい?」
「今日、もう少し歩いてもいい?」
「もちろんです。次は工房の方でしょうか?」
「うん。そっちも見ておきたいなって」
フィオナは小さく頷いた。
「では、こちらの道から向かいましょう。少し近道になります」
「お、そうなの? じゃあ案内お願い!」
二人で加工場を後にする。
……さて。
今度は、どんな道があるんだろう。
◇
工房が集まる一角へ近づくと、周囲の音が変わった。
木を削る音。
金属を打つ音。
何かを切り出しているような、乾いた音。
道端には木材が積まれ、建物の軒先では職人が作業をしていた。
加工場の周辺が茶の香りに包まれていたのに対して、こちらは木の匂いが強い。
「……やっぱり、こっちは雰囲気が違うね」
「はい。扱っているものも、随分違いますから」
僕らの前を、木材を積んだ荷車が通り過ぎていく。
その先では、職人たちが新しい建物の柱を運んでいた。
少し離れた場所では、木箱をいくつも並べて乾燥させている。
茶の加工場とは違って、こちらでは重たい材料を扱う仕事が多い。
そうなると、道も丈夫な方がいい。
「ここも広げられると便利そうだなあ」
僕は周囲を見回した。
ただ、建物が近い場所もある。
今ある道をそのまま広くするのは、少し難しいかもしれない。
「……あっちの空き地を通せないかな」
僕が指したのは、工房の裏手にある広い土地だった。
今は資材の一部が置かれているだけで、建物は少ない。
「そちらでしたら、今の建物を避けて道を通せそうですね」
「だよね。もちろん、土地の使い方は確認しないといけないけど」
「はい。それに、資材を置く場所も必要ですから」
「うん。そこは職人たちと相談してみよう」
そう答えて、僕は少し離れたところに目を向けた。
今、作業をしている職人たち。
その隣には、まだ使われていない土地がある。
もしここへ大きな道が通ったら。
その道沿いに、また新しい工房を建てられる。
木工の工房。
鍛冶の工房。
石を加工する場所。
それぞれが近くにあれば、材料や道具のやり取りもしやすそうだ。
……おお。
何だか、だんだん形が見えてきた。
「フィオナ、これさ」
「はい?」
「今ある工房を中心にして、周りにもっと工房を増やしていくのもよさそうじゃない?」
「そうですね。近くに同じような仕事をする方々が集まっていれば、協力もしやすいと思います」
「そうそう! 道具を借りたり、材料を融通したりもできそうだし」
僕は少し身を乗り出した。
「それに、ここに大きな道を通しておけば、あとから建物が増えても使いやすそうだよね」
「ええ。今のうちに道を考えておけば、建物を建てる場所も決めやすくなりますね」
フィオナは周囲を見渡しながら続けた。
「ただ、住む場所とは少し距離を取った方がよいかもしれません。こちらは作業の音も大きいですから」
「……ああ、確かに」
木を切る音や、金属を打つ音。
今は工房がそれほど多くないから問題になっていないけれど、これがもっと増えたら、近くの家では少し騒がしいかもしれない。
「じゃあ、住宅を増やす場所とは分けて考えた方がよさそうだね」
「そうですね。仕事場と住まいを完全に離す必要はないと思いますが、ある程度は考えておいた方がよいかもしれません」
「なるほどなあ……」
僕は頭の中で、町の地図を思い浮かべた。
中央広場。
茶の加工場。
工房が集まる場所。
住宅地。
それぞれの場所を、大きな道で繋いでいく。
そして、その道を境目にして、建物を増やしていったら……。
「……ねえ、フィオナ」
「はい?」
「これ、帰ったら地図に描いてみない?」
僕がそう言うと、フィオナも少し表情を明るくした。
「いいですね。私も、少し考えてみたいことがあります」
「本当? じゃあ、屋敷に戻ろうか!」
「はい」
僕らは工房の一角を後にした。
……ああ、そうだ。
屋敷へ戻る道も、ついでに見ておこうかな。
せっかくなら、そっちも整えておきたいしね。
◇
屋敷へ続く道は、町のほかの場所に比べれば、それなりに整備されている。
ただし、もちろん石畳ではない。
長い間使われてきた土の道で、場所によっては砂利が敷かれている程度だ。
「……ここも、もう少しよくしたいなあ」
僕が足元を見ながら言うと、フィオナがこちらを向いた。
「屋敷への道ですか?」
「うん。別に今すぐ困ってるわけじゃないんだけどさ」
僕は屋敷の方へ視線を向けた。
「人が増えれば、屋敷へ来る人も多くなるでしょ? それに、物資も運び込むし」
「確かにそうですね。今でも商人や町の方々が訪れることがありますし」
「だったら、広場から屋敷までの道も繋げておきたいよね」
フィオナが頷いた。
「ただ、加工場へ向かう道ほど荷車が多いわけではありませんから、工事の順番は考えた方がよいかもしれません」
「うん。僕もそう思う」
僕は軽く肩をすくめた。
「自分の家への道だけ先に立派にしても、あんまり意味ないしね」
「そうですね」
「……でも、雨の日に泥だらけにならずに帰れるのは、ちょっと魅力的かも」
つい本音が漏れた。
フィオナがこちらを見て、少しだけ口元を緩める。
「では、そのためにも早く町の道を整えなければなりませんね」
「いや、そこまで急がなくてもいいんだけど……」
僕が笑うと、フィオナも小さく笑った。
……うん。
まあ、工事は少しずつでいい。
でも、こうして考えてみると、繋げたい場所は本当に多いなあ。
屋敷。
中央広場。
茶の加工場。
工房。
住宅地。
それから、町の外側に広がる畑。
どこも、人や物が行き来している場所だ。
……だったら。
その行き来を、もっと便利にできたらいい。
そう考えると、何だか急に町全体が一つの大きな建物みたいに思えてきた。
道が廊下で、建物が部屋。
……いや、ちょっと違うかな。
でも、何となくそんな感じ。
さて。
地図に描いたら、どんな形になるだろう。
◇
「……よし、これでどうかな!」
屋敷へ戻った僕は、早速机の上に地図を広げていた。
以前、町の配置を考えた時に使ったものだ。
すでに何度も書き込みをしているので、余白には小さな印や線が増えている。
その上へ、改めて新しい紙を重ねた。
まず描くのは、今日完成した大通り。
町の入口から中央広場まで続く、太い一本の線だ。
「ここは、もう完成した場所だから……」
僕は線をなぞり、少し濃くした。
そして、その先へ視線を移す。
「で、広場から茶の加工場へは……この辺りかな」
既存の道を参考にしながら、細い線を引いていく。
最初は大通りから分かれ、途中で緩やかに曲がりながら加工場へ向かう形。
その先は、さらに畑へ続く道と繋がっている。
「……これ、畑の方まで繋がれば結構便利そうだよね」
「はい。茶葉だけでなく、ほかの作物を運ぶ時にも使えます」
「そうだよね。だったら、途中までは荷車が通りやすい幅を取っておきたいなあ」
僕は線を少し太くした。
次は、工房が集まっている場所。
既存の細い道を避けるようにして、先ほど見た空き地の方へ線を伸ばす。
「こっちは……こうかな」
「カイル様、そちらですと、少し遠回りになるかもしれません」
「ん? ああ、そうか」
フィオナが地図の一角を指した。
「こちらの道から分かれれば、工房の裏手へ出られると思います」
「……あ、本当だ。こっちの方がよさそうだね」
僕は新しい線を引き直した。
そうして、二人で地図を囲みながら、あれこれ考えていく。
もちろん、まだ実際の距離や地形を細かく調べたわけではない。
だから、今は大まかな位置を決めるだけだ。
けれど。
「……あれ?」
何本か線を引いたところで、僕は手を止めた。
地図の中央にある広場。
そこから、いくつもの道が伸びている。
加工場へ。
工房へ。
屋敷へ。
さらに、その先の畑や住宅地へ。
……ああ。
そういうことか。
「フィオナ、ちょっとこれ見て」
「はい?」
僕は地図を指した。
「ここに道を通すとさ、こっちとこっちの間に結構広い土地が残るよね?」
「そうですね。今は建物が少ない場所です」
「で、その向こうが工房の集まってる場所でしょ?」
「はい」
「だったら、ここの土地も、将来は工房を増やす場所にできるんじゃない?」
フィオナが地図を覗き込んだ。
「……なるほど。今ある工房の近くですし、道も繋がりますね」
「でしょ?」
僕は少し身を乗り出した。
「ほら、こっちは加工場の近くだから、倉庫とか別の加工施設を増やせるかもしれないし」
加工場の周辺に印を付ける。
「広場の近くは店が集まりそうだし、住宅はもう少し静かな場所に増やしたいよね」
「そうですね。それなら、こちらの道を境にして考えると分かりやすそうです」
「……境?」
フィオナが、地図に描かれた道を指でなぞった。
「はい。例えば、こちら側には工房が集まり、その向こうには住宅が増えていくとしたら、間に大きな道があった方が分かりやすいと思います」
「……ああ!」
僕は思わず声を上げた。
「なるほど! 道が場所を分ける目印にもなるんだ!」
そう考えると、地図の見え方が変わってきた。
今までは、ただ建物を繋ぐための線を描いていた。
でも、その線は町をいくつかの場所に分けている。
広場を中心とした、商店が集まる場所。
加工場を中心とした、茶や食品を扱う仕事場。
工房を中心とした、職人たちの働く場所。
そして、その周囲に広がる住宅地。
それぞれが道で繋がりながら、少しずつ特徴のある場所になっていく。
「……これさ」
僕は地図を眺めながら呟いた。
「もしかしたら、将来は町の中でも、場所によって全然雰囲気が変わるかもしれないね」
「雰囲気、ですか?」
「うん。例えば、広場の近くには店がいっぱいあって、工房の方へ行くと職人がたくさん働いててさ」
僕は指で地図を辿った。
「加工場の近くには倉庫とか作業場が並んでて、住宅地の方へ行けば静かな通りが続いてる……みたいな」
「……それは、少し楽しそうですね」
フィオナが、地図を見ながら言った。
「それに、初めて町へ来た方にも、どこへ行けばよいのか分かりやすくなりそうです」
「ああ、確かに!」
僕は笑った。
そうなれば、仕事を探す人にとっても便利そうだ。
職人の仕事を探すなら工房が集まる場所へ。
茶の加工に関わるなら加工場の近くへ。
買い物をするなら中央広場へ。
もちろん、すべての店や仕事場をきっちり分ける必要はない。
住民たちの暮らしやすさも考えなければいけないし、どこに何を建てるかは実際に住む人たちが決めることも多いだろう。
でも、大きな道を先に考えておけば、町が広がる方向も少しずつ見えてくる。
「……なんか、すごくない?」
僕は地図を指した。
「最初は広場まで道を造っただけだったのに、今度は町全体を考えることになっちゃった」
「そうですね。ですが、カイル様」
「ん?」
「こちらの道も、最初は加工場へ荷物を運ぶために考えたものでしょう?」
「うん」
「でしたら、ほかの場所も同じなのかもしれませんね」
フィオナは地図へ目を落とした。
「今、皆さんが必要としている道を整えていけば、その周りに新しい建物が増えていく。そうして、自然と町の形が決まっていくのではないでしょうか」
「……ああ、なるほど」
僕はしばらく地図を眺めた。
確かに、最初から全部を決める必要なんてないのかもしれない。
今ある仕事場を便利にする。
そのために道を造る。
道ができれば、そこに新しい建物を建てやすくなる。
そして建物が増えれば、また道が必要になる。
……そっか。
それを繰り返していけば、町は少しずつ大きくなっていく。
「……うん。いいね、それ」
僕は頷いた。
「だったら、まずは今ある場所をちゃんと繋いでいこうか」
「はい」
「全部を一気に造るのは無理だしね。石も人手も足りなくなっちゃう」
「そうですね。工事の順番も考えなければなりません」
「うん。まずは加工場への道かな。荷車も多いし、あそこは早めに整えておきたいよね」
「私も同意見です」
「で、工房への道も少しずつ広げて……屋敷への道は、その後でもいいかな」
僕は地図に小さな印を付けていった。
まだ決定ではない。
実際に工事を始める前には、土地の状態や費用、それから住民たちの意見も確認する必要がある。
でも、どこから進めるかは見えてきた。
「畑へ続く道も、荷車が通りやすいようにしておきたいね」
「はい。あちらは町の外まで続きますから、今ある道を生かして整備するのがよさそうです」
「そうだね。全部石畳にしたら、とんでもない量の石が必要になりそうだし」
僕は苦笑した。
町の中でも、交通量の多い場所は石畳。
それ以外の道は、砂利を敷いたり、水はけをよくしたりするだけでも随分違うだろう。
大切なのは、見た目をきれいにすることだけじゃない。
毎日使う人たちが、ちゃんと通れることだ。
「……よし!」
僕はペンを置いた。
地図には、いくつもの新しい線が引かれている。
完成した大通りから枝分かれし、町のあちこちへ伸びていく道。
その周囲には、将来建物を増やせそうな場所が残されていた。
……うん。
なかなかいい感じじゃないかな。
◇
「……カイル様」
「ん?」
「こちらの道は、まだ少し考えた方がよいかもしれません」
そう言って、フィオナが地図の一角を指した。
住宅地の近くを通る予定の道だ。
「この辺りには、今も住んでいる方々がいらっしゃいます。道を広げるのであれば、家や庭に影響がないか確認したいです」
「ああ、そうだったね。じゃあ、ここは一度見に行ってから決めようか」
「はい。その方がよいと思います」
僕は線の横へ、小さく印を付けた。
まだ確認が必要な場所。
これで、明日見に行くところが一つ増えた。
「……あ、そうだ。こっちの道も、少し曲げた方がよさそうかな」
僕が別の場所を指すと、フィオナも身を乗り出した。
「そちらでしたら、今ある道を利用できるかもしれません」
「本当? じゃあ、こう繋いで……」
二人で地図を見ながら、さらに線を引き直していく。
最初は、今日完成した大通りから、いくつか道を伸ばすだけのつもりだった。
それが気づけば、町全体の配置を考えることになっている。
……いやあ。
これは、なかなか終わらないな。
でも、何だか楽しい。
道を一本描くたびに、町の中に新しい場所ができるような気がする。
その周りに建物を増やして、人が行き交うようになったら。
きっと、今とは随分違う景色になるんだろう。
「……カイル様」
「ん?」
「少し、お腹が空きませんか?」
言われて、僕はようやく顔を上げた。
窓の外を見ると、いつの間にか日が傾いている。
「……あれ、もうこんな時間?」
「はい。そろそろ夕食の時間だと思います」
「うわ、本当だ」
僕は思わず笑った。
気づけば、随分長い間地図を眺めていたらしい。
「じゃあ、今日はここまでにしようか」
「はい」
フィオナが頷き、机の上の紙を整え始めた。
僕もペンを片付けようとして、ふと地図へ目を向けた。
中央広場から伸びる、いくつもの線。
その先にある加工場や工房。
さらに、その周りに残された土地。
……そういえば。
「ねえ、フィオナ」
「はい?」
「この地図、完成したらどんな感じになるんだろうね」
フィオナは少し考えた。
「……今より、ずっと大きな町になるのでしょうね」
「うん。僕もそう思う」
僕は地図を見つめた。
今はまだ、ほとんどが紙の上の線だ。
でも、今日完成した大通りだって、最初は同じだった。
何もなかった場所に線を引いて、職人たちと相談して、少しずつ石を敷いていった。
そして今、その道をたくさんの人が歩いている。
だったら。
この地図に描かれた道も、いつか本当に造れるはずだ。
「……よし。明日は加工場へ続く道から、もう一度見てみようか」
「はい。必要な場所を確認しておきましょう」
「それで、工事の人たちにも相談してみたいな。どこから進められそうか、聞いてみようよ」
「分かりました」
フィオナは地図を丁寧に畳み、机の端へ置いた。
「では、その前に夕食ですね」
「あ、そうだった」
僕は椅子から立ち上がった。
「危ない危ない。夢中になって忘れるところだったよ」
「もう少しで、お呼びに行こうかと思っていました」
「それは助かったかも。たぶん、一人だったらまだ描いてたと思うし」
そう答えると、フィオナは少しだけ笑った。
僕らは並んで執務室を出る。
廊下へ出たところで、ふと今日の大通りのことを思い出した。
朝、荷馬車がすれ違っていた、あの石畳。
町の入口から中央広場へ続く、最初の大きな道。
あそこから、今度は別の道が伸びていく。
加工場へ。
工房へ。
屋敷へ。
そして、町の外側に広がる畑へ。
その道を中心に、新しい建物が増えていく。
いつか加工場の周りにたくさんの仕事場が集まり、工房の周りには職人たちが集まるようになるのかもしれない。
そうなったら、町の中でも、それぞれの場所に違う特徴が生まれていくだろう。
……なんだか、想像するだけで楽しくなってくる。
「……フィオナ」
「はい?」
「明日も、ちょっと忙しくなりそうだね」
「そうですね」
フィオナは隣を歩きながら答えた。
「ですが、今日はとても楽しそうでしたよ」
「うん。だって、やっと大通りが完成したんだよ? そしたら、今度はほかの道も繋げたくなっちゃってさ」
「私も、地図を描くのは楽しかったです」
「本当?」
「はい。今まで何となく歩いていた道も、こうして考えてみると、色々な役割があるのですね」
「そうそう。今日、僕もそれが分かったんだよね」
僕は頷いた。
道は、ただ人が歩くためのものじゃない。
荷物を運んで、仕事場を繋いで、そこに新しい人を呼び込んでいく。
そして、その周りに店や家が建つことで、町そのものが少しずつ大きくなっていく。
……なるほどねえ。
最初は、荷車が通りにくいから道を広げようと思っただけだった。
それが、こんなに大きな話になるとは思わなかったなあ。
「……あ、そうだ」
僕は足を止めた。
「フィオナ、明日さ、地図を持っていこうよ。実際の景色と見比べながら歩いた方が、もっと色々思いつきそうじゃない?」
フィオナも立ち止まり、こちらを向いた。
「はい。でしたら、今日確認できなかった住宅地の方も見ておきたいです」
「いいね! じゃあ、そっちも回ろうか」
「分かりました」
僕は満足して頷いた。
……よし。
明日の予定も、これで決まりだ。
さあ、次はどんな道を造ろうかな。
そう考えながら、僕はフィオナと一緒に食堂へ向かった。
机の上に残された地図には、中央広場から伸びるいくつもの道が描かれていた。
まだ名前もない、細い線ばかり。
けれど、それらは確かに、この町の未来へと続いていた。




