後始末編
言っちゃなんだが、ロージィ兄さまはまるまると太った《満月の君》だ。いくら地位と魔力が高くとも、女性受けするような外見ではない。
これまでに例の伯爵令嬢が洗脳して誑かした彼等を見ても、兄さまが彼女の好みでないことは一目瞭然だ。
にも拘わらず。
思わぬ展開で一同ぽかんとしてしまった中、真っ先に我に返ったのはトプセル嬢。伯爵家の養子がこれ以上次期《黒竜公》に近付けないように、彼女を押さえ込む。
それはそれとして、どういうことですか。
さっきクレア嬢が発動させた洗脳解呪が、変に作用しちゃったのかな……?
「……メイリオン侯爵令嬢……」
兄さまが頭を抱えながらも、低い声で。
と言うことはやはり、先程のあれが原因か。
名指しされたクレア嬢は、びくりと身を震わせたけど。
とりあえず、立たせてあげようかな。僕がエスコートを引き受けたわけだし。
震えながらも僕の手を借りて立ち上がったクレア嬢は、心底呆れ果てたようなロージィ兄さまの視線から隠れるように、僕の背中にしがみついた。
無駄だと思う。僕、小さいし。
「メイリオン侯爵令嬢、それが何か知った上で使ったね? どう言う条件で作動させたか、説明したまえ」
「あ、あの……ドラゴネルさま……? 流石に、もう、場所を変えても……?」
「手遅れだろう、最早。むしろ君達の茶番に巻き込まれた無関係な生徒達も、ここまで見せられたのに結論だけは知らされないと言うのは、納得が行かないんじゃないかな」
ヤケクソドラゴネルの言に、一拍の間を置いてから、万雷の拍手。
そうだよなぁ……パーティーを楽しんでいたら、いきなり喧しくなったんだもんなぁ、彼等のせいで。むしろ野次馬根性でこの騒ぎを楽しんでいた者もいると思うけど、そーいう人間なら尚更煽るだろう。
侮っていた相手からの圧と周囲の煽りに、クレア嬢は困惑しきり。しばらく言葉にならない声を途切れ途切れに発していたが、やがて顔を覆って呟いた。
「……シナリオと違う……」
だとしても、ライエンス子息が始めて、君が乗っかった物語だからね。
ロージィ兄さまの圧に負けたクレア嬢は、僕の背中にしがみつきながらも、観念して喋り始めた。
曰く、婚約破棄を突き付けられることは前々から予想していた——だから従弟とは言えペンドラゴンたる僕はおろか、ドラゴネル生徒会長も巻き込んで返り討ちにする計画だったと言う。
「……ヒロインが持つ魅了のペンダントのことも、それを何とかするアイテムも、知っていたから……ドラゴネルさまにも証言して戴こうと……」
ヒロイン呼ばわりは、美貌の貴公子達を傅かせていたことへの皮肉だろうか。
で、兄さまを巻き込んだ結果、証言どころか尋問を受ける羽目になっているけど。
でもいくら兄さまの逆鱗に触れたとは言え、こんな公開処刑のようなことになるとは。これまでドラゴネルを軽視して来た者達への、見せしめもあるのだろうか。
「これが魅了のペンダントと言う考えは、合っている。実際にホリンシェット伯爵令嬢は、これで彼等を洗脳してその心を奪ったのだからね。
だがね、メイリオン侯爵令嬢。そも、君が持つそちらは、解呪の魔道具じゃない」
そうなの?
思わず兄さまの顔を見れば、いきなり妙に疲れたような表情になっていて。目がドラゴンのままだから、ちょっと違和感がある。
「うちの人間が作った魔道具だぞ、そんな可愛いもんなわけないだろう。このシリーズはまず洗脳と、それを変に捻じ曲げる物と、全部纏めて無効化する物、三つある」
洗脳と無効化の二つで一対じゃないんかい。
「メイリオン侯爵令嬢が入手した物は、洗脳を変に捻じ曲げる魔道具だ。まあ、解呪も出来なくはないが、発動させた術者の意に応じて洗脳を上書きしたり、あるいは洗脳の術者を逆に洗脳することも出来る」
「そちらの方が余程危険ではないか」
ライエンス子息が愕然と呟く。
この様子だと、クレア嬢が彼等の洗脳を解くだけではなく、洗脳の術者である例の伯爵令嬢に何かしたことも、容易に察せられる。
「意趣返しのつもりかな。それで、メイリオン侯爵令嬢——ホリンシェット伯爵令嬢に、どんな命令を下したんだ?」
「……………………」
これまで《満月の君》を軽んじていたクレア嬢も、完全に圧し潰す竜気を浴びた今となっては、素直なものだ。
躊躇うような沈黙を挟むも、やがて観念したように口を開く——
曰く。
「……こ、これまで洗脳をかけた相手とは、違うタイプの……その……み、見目麗しいとは言えない殿方に、夢中になるように……」
「は?」
トプセル嬢が低い声で。
解る、うん、解るよ。
クレア嬢は婉曲に濁したけど、要はこれまで例の伯爵令嬢が美男子共を侍らせていたから、意趣返しとしてその対極に位置するような不細工を宛てがった、と言うことだろう。
そりゃあ兄さまはこの通りの真ん丸だから、あまり女性受けするようなタイプではないけれど。
だとしても、とんでもなく失礼だ。
「まあ、そんなところだと思った」
「すんなり受け入れないで下さい」
「そうだよ、兄さまっ。これは失礼だよ、怒っていいよ!」
貴族たるもの足元を掬われぬよう、必要以上の感情は見せぬようにと言われているが、僕もトプセル嬢も苛立ちを隠せない。
ただでさえ兄さまの圧で縮こまっていたクレア嬢は、今まで盾のように使っていた僕からも睨まれて、泣きそうな顔になったけれど。
「……クレア嬢」
「……っ……あ、あの、ベンジャミンさま……」
「君とは従姉弟同士だからね、相応に情はある——だから今回はこうして同行を引き受けたけど、僕にとってはロージィ兄さまも従兄だよ。それにはっきり言って、君よりも親しく付き合っていると思う。
そりゃあ兄さまは真ん丸だし、彼をよく知らない君が偏見の目で見たとしても、面に出さない限りは見過ごしていたけれど。
でもこれは、流石に、ない」
「ベンジャミンさまっ!?」
泣きそうな顔のクレア嬢が、悲鳴を上げて手を伸ばして来る。
いくらか哀れだとは思うけど、僕にはもう、その手を取ることは出来ない。
ドラゴネルを虚仮にしてペンドラゴンに睨まれたとなれば、クレア嬢は進退窮まったも同然だ。愕然とへたり込む彼女に、ライエンス子息達からも可哀想なものを見る目が向けられる。
哀れだとは思うけれど。
さて、そちらは追々、家同士で処理して貰うとして——僕も怒られるのかな——今ここで残る問題はもう一つ。
トプセル嬢に羽交い締めにされたままの、恋する乙女。
「お嫁さんにして下さいっ、ドラゴネル会長っ♡」
「正気に返ってもまだその台詞が言えるなら、考えなくもないけど」
ないんかい。
「若!」
「そう睨まないでくれよ、ジェイン。私が令嬢方にどう思われているかなんて、今のメイリオン侯爵令嬢の行動が物語っているじゃないか」
「でも兄さま、もっとマシな女の子達の中にも、真ん丸が好きな子とか、中身をきちんと見てくれる子とかもいるかも知れないよ」
「さて、どうかな……まあ、ホリンシェット伯爵令嬢も君には何故か手を出さなかったし、人の好みはそれぞれだろうけど」
「? 何故かも何も」
単に小柄で童顔だから、男として数えられなかっただけだと思うけど。
兄さまは僕のことを「可愛い顔立ちをしていると思う」と言うけど、所詮は身内の台詞、兄さまの主観に過ぎない。周囲のご令嬢が上げる黄色い歓声も、まずペンドラゴンの家名ありきだ。騎士科の訓練を見に来る子達にとって、華奢で小柄で筋肉が付きにくい僕は、本来なら対象外のはずだから。
「何にしても私としては、血を継いでくれる女性なら誰でもいいんだよな。そも、そんな奇特な人間がいるかどうかだけど——」
いる。
絶対にいる。
幼い頃からまるまるころころで上位貴族からは侮られがちなロージィ兄さまは、男としての自己評価と女性への理想が低い。
今の『誰でもいい』発言で騎士科や魔術科の女子生徒がざわついたことも、兄さまは特に気にしていない様子。次期《黒竜公》の諸々の力量を知って一目置いている彼女達なら、本気で狙って来ても可怪しくはない——
「落ち着いて下さい、若」
「婚期を逃して焦っているのは事実だけど」
トプセル嬢もそんな兄さまに呆れ顔だけど。
「どうしても見つからない場合は、わたくしが次代さまを産みますので」
何言ってんだこの人は。
ロージィ兄さまもきょとんと目を瞬かせ、例の伯爵令嬢を羽交い締めにしたままのトプセル嬢を見つめる。羽交い締めにされる相手も、「何それぇ!?」とじたばた暴れるが、それはそれ。
きょとんと瞬かせた一瞬でドラゴンの蒼が冷めた灰碧は、もう幾度か瞬きをしてから、眉を寄せて首を捻った。
「……常々思うのだが、君達親子は我が家への忠義が過ぎやしないか」
「ドラゴネルあってのトプセルですので。
お許し戴ければ若のお子を産み育て、未来の《黒竜公》として立派に養育してみせます。かと言って、公爵夫人や生母の地位が欲しいとまでは申しません」
「それはそれで怖い」
「……そうですか」
首をぷるぷる振る兄さまに、トプセル嬢は素直に引き下がった。
引き下がりはしたけれど、ちょっと寂しそうにも見える……かな?
……ふむ。
「トプセル嬢」
「何でしょうか、ペンドラゴンの若君」
「兄さまを陥とすなら、忠義で押すより情を見せる方が効くと思うよ」
「ベンジャミン?」
「ご忠告痛み入ります」
淡々と返しつつもトプセル嬢は「一理ある」と言わんばかりの顔をしたので、あとはまあ、大丈夫だろう。
大丈夫じゃないのは、未だ術中にある、例の伯爵令嬢。
「ふっっざけんな! 会長のお嫁さんはあたしなんだからぁあああっっ!!」
自身を押さえ付けるトプセル嬢の公開プロポーズに目を剥いて歯噛みして、じたばた暴れている。
怖い。
洗脳が解けたライエンス子息達もこの姿に引いているし、さっきは「血を継いでくれるなら誰でも」と言った兄さまも、ちょっと後悔した顔になった。
「……『誰でもいい』と言ったが、撤回したくなって来たな……まあ、いい。術を解いて正気に戻れば、彼女の方から断るだろう」
と言うわけで、魔術科の生徒達がわらわらと集まって来る。
サマーパーティーに大人の目は入らないから、トラブルが起きても、余程のことがない限り自分達で処理するのが通例だとか。
しかし。
「あ、無理だ。これはうちらには無理だ」
「先生呼ぶ?」
未来を嘱望される魔術師の卵達は、早々に匙を投げた。
「まあ、出来なくはないけど、二日か三日はかかるんじゃないかなー」
「あと人手も結構要るな、これ。きっちり分担しないと」
「そんなに難しいかな……確かに煩雑ではあるが、原因である魔道具はここにあるんだし」
「や、僕らもそれ込みで見積もってます」
「ドラゴネルの物差しで測らないで下さい」
「これだから魔術の英才教育を受けて育った人間は」
「学院の魔術科なんぞで学ぶようなことはないからって別の学科に行くような魔術師は、歴代のドラゴネルだけです」
「嫌味か」
「こっちにいたらいたで嫌がらせかて思うけど」
「最早荒らしじゃん」
「天才で天災で荒らしで嵐だな」
「何にも面白くねぇよ、これだからドラゴネルは」
「そのつまらない冗談も私のせいなのか」
集中砲火。
彼等も次代の公爵に対して随分と気易いが、高位の術者への敬意はあるようだ。
魔術科の生徒曰く解呪に「数人がかりで二〜三日はかかる」らしいが、兄さまはクレア嬢から回収した魔道具と術にかかった相手とを見て。
「……一時間かかるかどうか、てとこじゃないかな」
『これだからドラゴネルは!!』
一斉砲火。
先程は竜気で一同を圧したロージィ兄さまが、数の暴力に気圧された様子を見せる。元来穏やかで謙虚な次期《黒竜公》の日頃の姿は、むしろこちら。
僕には魔術のことはよく解らないが、下手に他の人間が手を出すより、兄さまが一人でやった方が早いと言う結論にはなったようで。
「でも会長の解呪の手際は、見学したいですわ」
なんて言い出したのは、王立魔術師団長のご令嬢だったか。
他の魔術科の皆も同意したため、兄さまはパーティー会場から場所を移動せずに、中央で椅子に腰掛ける羽目になった。魔術のことは解らなくとも、次期《黒竜公》が実際に術を行使するなら、ちょっと見てみたい気持ちはあるものね。
「まさかこんな、衆人環視の中でやることになるとは……まあ、いい。
ホリンシェット伯爵令嬢、君も掛けたまえ。解呪が終わるまで、そのまま出来るだけ落ち着いて、静かにしているように」
「はーい♡」
数分前はトプセル嬢に押さえ付けられながらも大暴れしていたが、兄さまに言われれば彼女も素直なものだ。
術をかけられた相手がメロメロになっていると、やりやすそうでいいね。
「さて、ああは言ったが、なかなか面倒な作業であることは事実だ。脳に糖分が要るな——ジェイン、何か軽く摘める甘味が欲しい」
「ただ今お持ちします」
「ありがとう、頼むよ。さて、では——」
静かに目を閉じた兄さまが、魔力を煉り始める——
「——始めようか」
そして再び開かれたのは、蒼いドラゴンの眼。
魔術科の彼等は感嘆の声をあげるが、こっちは何がどうなっているのかさっぱり解らない。
「すげぇ……早い……」
「あんなに複雑に絡まっているの、よく綺麗に解いていけるな」
「どこがどうなっているか、ちゃんと視えてるってことよね。……ドラゴンの瞳あってのものかな」
こっちは何がどうなっているのか、まるで解らない。
見ている限りだと、ロージィ兄さまは術の媒介となった魔道具を、患者の額に当てているだけだ。それでも真剣な面持ちで、時折溜息を挟み、また時にはトプセル嬢から受け取った水分やクッキーを摂取している——けど、何がどうなっているのか、やっぱりさっぱり解らないよ!
向かい合って座る患者は、始めこそ兄さまの顔をにこにこ眺めていたけれど、やがて瞼を閉じてそのまま動かなくなってしまった。僅かに肩が上下してはいるから、呼吸はしているようだ。
如何せん何も視えないので、飽きて来た人間も少なくない。輪から離れて、各々歓談に戻る者も出て来るほどだ。何人かはこれまでの顛末を外に知らせに行ったようで、ことの発端であるクレア嬢やライエンス子息達は、先生方に連れ去られて行った。
そして一緒に来た魔術科の先生方は、兄さまの解呪の補佐に入ったり、生徒に混じって見学したり。
「患者の鎮静は私が引き継ごう」
「お願いします」
「解析は……君が続けた方が早そうだ。我々の経験を以てしても、ドラゴンの眼には敵わん」
「……うん、今ので負担が減った分、より解呪そのものに集中出来るようになったね。
ねえ、視て。絡まった結び目を解いて行くあの手順。どこから手を付ければいいか、瞬時に正確に判断出来ているからこそだよ」
あれ、兄さまの解呪、教材として使われてる?
そして魔術のことは門外漢である僕達にも、やがて目に見えて来る変化——
「……会長……しぼんでない……?」
気のせいと言えば、気のせいかも知れないけど。
真ん丸体型の《満月の君》が、居待月くらいになって来たような。
「ドラゴネルくんは……ドラゴネル一族だけあって魔力の使い方が上手だけど、でも、下手だねぇ。
多過ぎるのが逆に悪いのかな、例えば私達が十の魔力で済むところでも、百の魔力を使ってしまっている。それでも、その百の魔力が十の術式の枠組みに綺麗に収まっているのは、流石と言うか……逆にわけが解らないな。
十で済む所に収まっていると言うか、固めていると言うか……加えて潤沢な魔力で余さず構築したその分、強固な術式に組み上がっている」
「一本取りで波縫いする所を二本取りで本返し縫いしているようなもんですか」
「縫い物しない人には解りにくい例えだけど、大体そんなとこかなぁ。操る針が丈夫だからどんな分厚い布にも刺さるし、縫い目も正確だし糸の縒れもないから、緻密に縫い上がるわけだけど」
縫い物の例えはよく解らないけれど。
「そう言えば兄さま、魔術は不得手だって、常々……」
『ドラゴネルなのに?』
ふと思い出した僕の呟きに、周囲は目を丸くする。
そりゃあそうだろう。何せ大陸随一の魔術師一族で、既に同世代最強の魔術師と知られるアンブロシウス・ドラゴネルだ。そう言われたところで、むしろ謙遜も度が過ぎた嫌味だと受け取られる。
でもこの先生の「魔力の使い方が上手いけど下手」とか言う矛盾した説明が事実なら、兄さまの自己申告もただの謙遜ではないのかも知れない。まあ、不得手と言うのもどうせドラゴネル基準なのだろうし、魔術科の生徒達も自分達より遥か上と見做しているわけだけど。
「あの体型も、燃費の悪さのせいなのかな」
先生はそう言うけれど、真ん丸満月の兄さまは今では半月ほどの——つまり普通サイズにまでなってしまっていて。
こんな短時間で一気に痩せてしまえば、兄さまの健康が心配になるけれど。
これまで身を覆っていた肉がなくなって現れたのは、今も縦長の瞳孔を爛と輝かせる吊り目がちの蒼と、すっきりと通った鼻筋——月女神にも例えられる母君によく似た、冷艶な美貌。
……ちょっと待て。
義伯母上に似てはいるんだろうとは思っていたが、まさかここまでとは。ふわり掃かれた甘さは、恐らく伯父上譲り。
なので、術が解けた相手が目を開ければ。
「……さて、これでもう、問題はないはずだが」
彼女の目の前には、解呪でカロリーを燃焼して激痩せした結果予想外に整った顔面が。
目を開けた例の伯爵令嬢は、分厚い肉の下から出て来た氷菓をぽかんと見つめて。
「……え、好き……」
「ん……?」
「やっばい、マジ好み……♡」
「どうして!?」
いや、どうして、って、兄さま。
いきなり飛んで、あれから数日。
まず発端となったライエンス家とメイリオン家の婚約は、継続と相成った。誑かされた子息も公爵家を侮り利用しようとした令嬢も双方等しく愚かだったので、最早揃って始末してしまおうとの魂胆で。
メイリオンの義叔父はライエンスの不義理を察し、僕を引き込もうとしていたようだけど、そこはうちの親が許さない。……僕自身もしこたま叱られたけど。
他の誑かされ集団も、それぞれ処分を受けたと言う。彼等に糾弾された婚約者達は、クレア嬢の目論見を知っていたか否かで、明暗は分かれたようだ。
して、諸悪の根源である例の伯爵令嬢がどうなったかは、聞いていない。……聞いてはいないけど、まあ大体の察しは付く。
で、だ。
巻き込まれたロージィ兄さまは、と言えば。
「両親とも話し合った結果、ジェインとの婚約が決まった」
だと思った。
恐らくトプセル嬢は、忠義を抜きにしても兄さまを憎からず思っている。そしてトプセル男爵家は、代々ドラゴネル公爵家に仕えて来た家系だ。当代が我がペンドラゴンと縁を結んだのだし、次代が派閥内の男爵家から娶っても問題はないだろう。まあそこら辺を抜きにしても、ドラゴネルは政略的な繋がりに頓着しない傾向はある。
で。
あの時、魔術科の先生が解説していた通り、ドラゴネルの割に魔力の使い方が下手な兄さまは、行使する術式によっては必要以上に魔力を消費してしまうようだ。その衰弱を防ぐため、肉体が筋肉と脂肪を溜め込みやすくなっていると、当人も最近になって知ったそうで。
「動いても痩せないなとは思っていたんだ。……まさか脂肪を燃やした分、筋肉に変換されていたとは」
「けッ」
騎士科や練兵科でなくとも腕に覚えがある生徒なら、体を動かしに鍛錬所を利用することがある。ロージィ兄さまもその一人で——そして一対複数の組手で僕を含む騎士科の面々をあっさり転がした兄さまは、自身の二の腕を掴みながら不服げに漏らした。
寝転がったまま舌打ちする僕に、兄さまは顔を顰めるけれど。
「ずるいずるい、ずるいよー。僕なんて何やっても筋肉付かないのにー」
「……最後まで食い付いてたのに……」
「その体格であれだけ動けたら充分だろ」
「逆にここから筋肉が付いたら、どれだけ……」
「これだからペンドラゴンは」
同じく地面に伏した先輩達が口々に。
え、何で僕に矛先が向いてるの?
まあ、一年生の割には結構戦える方だとは思うけど、如何せん僕は小柄で非力だからなぁ。跡継ぎではないにしても、《白竜公》の他にも《剣聖》や《ゴドディン王国の剣》の異名でも知られるペンドラゴンの人間が、これでは格好が付かない。
一方のドラゴネルは《黒竜公》以外に《聖賢》または《ゴドディン王国の盾》と呼ばれている。何にせよ本来彼等が得意なのは、剣でも体術でもなく、魔術のはずなので。
「すっご……素手で、あれだけ……」
「やっぱり強過ぎでしょ、会長」
「本当に魔術使ってないの? 嘘でしょ?」
見学のお嬢さん方も呆気に取られて。
あれから数日、ちょっとぽっちゃりは戻って来た兄さまだけど、義伯母上譲りの美貌はまだ肉に埋もれていない。
元々ロージィ兄さまの外見よりも才能や家格に目を付けていた彼女達だが、この化物じみた圧倒的な暴力を目の当たりにすれば、黄色い歓声どころではないらしい。
それに、だ。
「お疲れさまです、若。軽食をお持ちしました」
「ありがとう、ジェイン」
正式に婚約が決まったとあらば、その相手を差し置いて近付くこともままならない。
……いや、場合によっては「私の方が相応しいのに」と、その存在も無視する人もいるけれど。
「多めにご用意しましたので、よろしければ皆さんも」
バスケットを掲げるのは、垂れ目に泣きぼくろが色っぽい、巨乳美少女。
そう、眼鏡を外したトプセル嬢である。後れ毛一つなくまとめていた鋼色の髪も、今は少し崩して、蒼いリボンでふわりと束ねている。
こんな気怠げな色香の男爵令嬢、いくらドラゴネルの庇護下にあるとは言え、高位の子息から変に目を付けられかねない——と危惧した彼女のご両親が、敢えてきっちりまとめ髪と眼鏡とで武装させたんだとか。
そしてロージィ兄さまとの婚約が決まった今、地味なままだと今度はご令嬢方に舐められるからと、素顔を出すことにしたんだそうで。
つまり痩せたら美人と眼鏡を外したら美少女のカップルが、ここに爆誕したわけだ。
なんだそれ、出来過ぎじゃないか。
さて、他の見学者からの差し入れもあるのだし、お茶にしよう。
練兵科はともかく僕達騎士科は士官候補生だし、高位貴族の人間も多い。だから余計なものを摂取させようとする不届きなお嬢さんもいるけれど、そこは受付で弾いてくれる。
ロージィ兄さまから分捕ったキッシュは、トプセル嬢の手製。元々兄さまと彼女は幼少時からの付き合いだし、主従関係ではあるが仲はいい。
なので実際にお互いどう思っているかはさておき、外野から見ればただのいちゃいちゃ。バターではなく植物油で炒めたと思しき、あっさりしたきのこキッシュも、兄さまの好みに合わせたのだろう。
けっ。
まあ僕もいずれは、父か姉辺りが適当な女性を紹介してくれると思うけど。
「ペンドラゴンと縁が出来るなら、婿がねとして引く手数多だろうがよ」
「相性ってもんもあるでしょ。いくら僕がペンドラゴンでも人として気に入られるかは別だし、家風や立ち位置によって僕は適さないかも知れないし。
逆に向こうが乗り気でも、クレア嬢みたいなのは僕が嫌」
『ああ……』
後から知ったんだけど、ライエンス侯爵子息との婚約破棄を予測していた彼女は、これに乗じて彼との縁を切り、僕と縁付く計画だったらしい。
何でだよ。
メイリオン侯爵家は彼女の兄が継ぐし、ペンドラゴンを継ぐのも僕じゃなくて姉だよ……。
そこを抜きにしても、次期《黒竜公》に対するあの認識は、ペンドラゴンとしては軽視出来ない。夫人同士が姉妹と言うことでメイリオン侯爵家との繋がりはあるけど、今後の付き合い方を考える必要はあると、母本人も溜息を吐いていた。
何せ我がペンドラゴン公爵家は、建国神話にも出て来る白いドラゴンの末裔にして、ゴドディン王国の剣——黒いドラゴンの血を引く王国の盾ことドラゴネルとは、一対になる存在である。
祖母をドラゴネルから迎え、伯父をドラゴネルに嫁がせた現状、これ以上の繋がりを作らなくてもいいけれど。
あの家とは今後も良好でありたいし、向こうもそう考えているはずだ。
王国の剣と王国の盾の関係が悪化したら、冗談でなく国が割れるからね。
あらすじに書いた通り、2018年の作品が今更ランキングに載ったことから「そういうことなら書いちゃおうか……」となって、こうなりました。




