閑話 森への進行開始
二回の野営を経て、ようやく大森林へとたどり着いた。魔素が余程豊富なのであろう。二回建ての建造物より遥かに背の高い樹々が出迎えてくれる。魔素の濃い地域一帯はほとんどの人間が住んでいないので、名前のついていない場所が多い。この大森林もその一つだ。私達貴族や軍に所属する兵士は魔力が高い人が多いので、数日なら魔素の濃い場所でも行動が出来る。しかし、長期間になると二日酔いの様な頭痛と吐き気に催されるのだ。その対策に魔素を防ぐマスクの開発もしなくてはならず、寝る間を惜しんで完成させ、やっとの思いで休養を申請して通ったというのに、将軍ときたら大森林進行の指揮官に任命してきた。まあ、移動時間は女性陣の女子会トークに参加できるはずもなく、横になってぐっすりと寝ることが出来たので心身共に休めてはいるが、私の研究の時間を減らさないでほしい。
大森林の前に陣を構え終える頃には、辺りは薄暗くなっていた。スコルピオンの試運転のため、東西に分かれて森を進行することにした。クレイン達はもうすぐ夜になるから明日から始めたらどうかと進言してきたが、まずは上手くいくか確かめないと明日の予定も立てられない。クレインが渋々了解すると、あとは早かった。私より階級が上なのがクレインとティアだけだからだ。私は手始めに5機ずつ東西に分かれて森の進行をするように指示を出す。
スコルピオンが樹を鋏で掴んでいくと、樹が見る見るうちに枯れ始める。あの鋏には魔力を吸い上げる装置が取り付けてある。そして人工魔石に魔力を供給するのだ。枯れ切った樹は鋏で易々と切り倒せた。切り倒した樹は尻尾に付いている火属性の魔石で火を発生させ、燃やしていく。この調子なら森の進行も容易いだろう。
そう思っていると、樹の妖精と思われる者達がわらわらと襲い掛かってきた! 大きさだけでいうとスコルピオン・イグナイトと同じくらいの大きさはある。しかし、スコルピオンの敵ではなかった。殴られても装甲は壊れず、鋏で掴まれた妖精は樹と同様に枯れていき、最後は朽ち果てていった。そして尻尾の火で焼き払うと、勝てないと見たのか、森に逃げ帰っていく。私は結果に満足すると、森の進行を中止して野営の準備の指示を出す。そして夜通しの見張りのローテーションをクレインにお願いする。
「クレイン。森の進行は一旦中止だ。野営の準備が完了次第、見張りのローテーションを組んでくれ」
「博士、森の進行で樹々を破壊するのは分かりますが、枯れた樹を燃やすのはやりすぎてはありませんか? 目的はドワーフ、及び、エルフの長命種の確保ですよね?」
「あぁ、そうだ。その為、森を破壊して火をつけて相手を怒らせているのだ。先ほどの妖精を見ただろう? 住処を追われるとなれば、相手から何らかのアクションがあるはずだ。いなかった場合は魔力を掻き集める作業となってしまうが、いないことの確認は出来る。どちらにしろ、必要な作業ということは分かってほしい。国王からの勅命でなければ、私もこんなことはしたくないさ」
クレインは真面目な性格だから、こういう姑息なやり方は好きではないみたいだ。唇を噛み締めて血が少し垂れている。私がその血を親指で拭ってやると、血が出るほど唇を噛んでいたことに気づいたのか、頬が赤く染まっていく。恥ずかしがるクレインが珍しくてクスッとつい笑ってしまった。クレインは私のお尻を蹴ったあと、野営の指示のため、陣の奥に向かって歩いていく。
「お姉ちゃんが恥ずかしがるとこ久しぶりに見た! 明日はいいことがありそうね。カティ、ケイティ、行きましょ」
「はい、お嬢様」と声が揃うと、三人共陣の奥に歩いていった。一人になった私は指に着いた血をハンカチで拭き、イグナイトヘッドに向かって移動する。あそこに私の寝具が揃っているので、寝泊りはコクピット内で済ますつもりなのだ。コクピット内に入ると女性特有の余ったる匂いが鼻をついてきた。一緒にいたときはあまり気にならなかったのに、いなくなるとこんなに気になるのはなぜだろうか。深く考えないように頭を左右に振って、寝床を作って早く寝ることにした。
余ったる匂いが良かったのかよく眠れた。ガラス越しから外を見て見ると、日が少し上がってきたのか少し明るくなってきていた。コクピットから出るとクレインと目が合った。どうやら今の時間はクレインが見張りをしていたみたいだ。よく見ると後ろにはカティもいる。彼女はクレイン専属の侍女だから当然か…。彼女の脇に折りたたみの椅子とテーブル、そしてお茶が注がれているティーカップが場違いなのだが、あえて指摘せずに挨拶を交わすことにした。
「おはよう。二人とも見張りご苦労さん。何か進展はあったかな?」
「博士。おはようございます。東側の森から視線を時折感じることはあるのですが、暗くて良く見えませんでした。明るい時に森を進行すれば、その正体を突き止めることも出来るでしょう。いつから再開しますか?」
「そうだな。朝食を取ったら、再開しよう。それまではクレインとカティも仮眠を取ると良い。クレインがいないと視線の相手を見るつけることが出来ないかもしれないからな」
クレインの耳が真っ赤になっていく。どうやら恥ずかしいみたいだ。今度は肩にパンチをさせた後、彼女達は次の見張りに声をかけ、陣の奥に向かって歩いていく。彼女達の代わりにティアとケイティが出てきた。どうやら次の見張りは彼女達らしい。不安でしかない。ケイティはテーブルの上にあったティーカップのお茶を入れ替え、ティアに薦めていく。その様子を眺めているとこの二人はピクニックに来ていると錯覚してしまう。
「クレインから聞いていると思うが、朝食を取った後、進行を再開する。そのあとは魔素を防ぐマスクを着用するように、分かったか?」
「はいは~い。わかってま~す。でも博士。あのマスクもう少し可愛く出来なかったの? 見た目最悪なんですけど~」
「見た目より性能だ。小型化する必要性はあるが、可愛くする必要はまったくない…」
こんなやり取りをしている間にケイティが私の分の朝食も持ってきてくれた。侍女としては優秀なんだよな~と感心しつつ、朝食を受け取る。軍の朝食は食べやすいように基本的にはスープだ。今日のスープは麦とチーズを混ぜた簡単なものだ。麦の触感とチーズのとろみ、そして程かな塩気が体に染みていく。非常にシンプルだが、おいしい。将軍曰く、美味しい料理が出ないと、兵士達のやる気が上がらず、指揮にも影響が出るらしい。それを研究室でも行ったら学者達のやる気が上がり、ドンドンと開発が進んだことには私も驚きを隠せなかった。あのときの将軍の誇らしげな顔は今でも忘れられない。
スープを完食したので、ケイティにお皿を渡そうとすると、「自分で返してください」とそっけない態度を取られた。この侍女達は俺に対して冷たい対応をするのは珍しくないので、自分でお皿を片付けに調理場へ向かった。
調理場に着くとそこにはカティが二人分の朝食を持ってテントに入っていくのが見えた。どうやら朝食を取った後に仮眠をするみたいだ。私はお皿を片付けた後、ポケットから時計を取り出し、時を確認する。丁度6時を回るところだったので、兵士達に「7時に進行を再開する。それまで準備を怠るな」と指示を出した後、技術者達と時間になるまでスコルピオンの整備をすることにした。
スコルピオンの整備が一通り終わると、クレインが「準備完了しました」と呼びに来た。時計で時間を確認すると、7時まであと5分といいうところだったが、顔色を窺うと疲れた様子は見られない。どうやら仮眠はしっかりとれたみたいだ。
「では、スコルピオンの操縦者達は搭乗して待機を、陣に残る者達は見張りを絶やさないように指示を出してくれ。イグナイトヘッドは樹の伐採に参加せず、森の観察だ。クレインが頼りだ。宜しく頼む」
「了解しました!」とはきはきとした返答をした後、踵を返し、各々に指示を出していく。私もイグナイトヘッドへ移動し、コクピットに乗り込む。既にティアとケイティは席についていた。程なくして、カティとクレインもコクピットに乗り込んでくる。私は時計を確認すると丁度7時を回るところだった。
「よし、森の進行を再開する。東西に25機ずつ分かれて森を伐採していく。本機だけは樹の伐採には参加せず、不審な動きがないか後方で観察だ。何か質問はあるかな?」
「ありません」と次々返答が返ってくる。私は右のひじ掛けにあるボタンで全機に指示を出す。スコルピオンが次々と東西に分かれて森に向かって進行していくのを確認したら、カティとケイティに東側のスコルピオン部隊についていくよう指示を出す。
森に到着すると、24機のスコルピオンが横一列に並んで、昨日の要領で樹々を伐採していく。昨日攻めてきた樹の妖精達は今回は攻めてこないみたいだ。樹に似てはいるが、あれだけの図体だ。早々隠れられるものではない。それにクレインなら直ぐに気づく。ドンドンと伐採が進んでいくと、クレインが何かを見つけたようだ。コクピットから顔を出して、目を凝らしている。
「女の子? が走ってきます。それに後方に年配のドワーフと思われる人物が追っていますね。どうやら、博士の読みが当たったようです。どうしますか?」
「樹の伐採を中止して、その者達が何者か確認する。攻撃は出来るだけ控える様にしよう」
私はボタンを押して全機に森から少し離れるよう指示を出すと、森の中からエルフの女の子が怒りを隠せない形相で襲い掛かってきた。とても人間では真似できない身体能力である。鋏に向かって殴りかかると鋏が弾かれるのだ。でも痛かったのか、手をブンブンと振ったあと息でフーフーしている。
「凄い身体能力ですね。軍に欲しい人材ですが、エルフといえども子供を捕獲するのは気が引けますね」
クレインが頬に手を当てて嫌な素振りを見せてくる。私だって子供を捕まえたくはないが、初めて出会ったエルフが子供だったのだ。仕方ないだろう。
「別に捕まえても、拷問をするわけじゃない。寿命を延ばす方法を知るために、体を少し調べるだけだ。仲良くなれば、軍に入れても構わないと思うが…」
「あんな形相の子と仲良くなれるとは思わないけどね~。お姉ちゃんが子供好きでも無理だと思うよ」
確かに、あんなに怒り心頭な子と仲良くなれる気はしないな…。エルフの女の子を庇うように年配のドワーフが出てきた。こちらも凄い形相をしている。近くにあった大きな岩を抱えてはこちらに投げてきた。人間以外の種族はなぜこうも身体能力が高いのか驚かされる。いや、もしかして人間が弱すぎるのかもしれないな。
「博士。考え込んでないで指示を。攻撃を受けたスコルピオンが火で反撃をしていますよ」
あれだけの身体能力は脅威と見たのか、反撃する者達が続出する。そして尻尾の火の攻撃がエルフの女の子に直撃する。エルフの女の子はクルクルとバク転をし、所々燃えた服を見て、地団太を踏んでいた。どうやら気に入っていた服だったらしい。私は年配のドワーフは無視してエルフの女の子を捕獲するよう指示をだす。スコルピオンは人間相手ならそこまで遅くはないのだが、エルフの女の子はひょいひょいと簡単に避けていく。さて次はどうするかなと考えていると、年配のドワーフがエルフの女の子を抱えて森の奥へ逃げていってしまった。
「どうしますか。追いかけますか?」
「いや、エルフとドワーフがいることは確認できたが、今のままでは捕獲するのは難しいな。確か物資の中にロープがあったはずだ。それで捕獲用の網やトラップでも作ってみようか。その方が確実だ」
皆が揃って頷くのを確認すると、一度陣に戻るように全機に指示を出す。戻っている間、初めてみた他種族に気分が高揚していくのを感じた。心臓の高まりが止まらない。陣に戻るころにようやく収まったが、頭の中はエルフとドワーフをどう捕まえるかで一杯で返事を疎かにしていたせいか、クレイン達からは呆れられた。
ここでリンとガイアスと接触しました。クレインは子供が好きなせいで不満たらたらです。




