閑話 敗走
私の名はダンケル・D・クレイン。二十二歳。博士のお目付け役として、この遠征に同行している。
他種族――エルフとドワーフと会敵して以降、博士は深く思索に沈み、こちらの話をほとんど聞かなくなった。研究室ではいつものことだ。考え込めば周囲の音を遮断する。それには慣れている。
だが、ここは戦場だ。
私は小さく溜息を吐き、博士が使い物になるまで一時放置することに決めた。
侍女のカティに、妹のティアとケイティを呼ぶよう頼む。博士の代理として、父より一時的に指揮権を預かっているのは私だ。兵士達への指示を滞らせるわけにはいかない。
やがてカティが二人を伴って戻ってきた。父や博士が不在の時は、この四人で動くことが多い。私のやり方を理解しているため、ティア以外は動きが早い。
「博士があの状態だ。一時的に私が指揮を執る。ティアとケイティは捕縛用の網とトラップの作成を急げ。長命種の捕獲が目的だ。カティは私と共にスコルピオン部隊の会議へ。各部隊を招集してくれ」
「お姉ちゃん、私いま弓じゃなくてボウガンなんだけど……。トラップはケイティに任せてるし、そっちにお願いするね」
「はい、ティアお嬢様。お任せください」
丸投げされたにも関わらず、ケイティは涼しい顔だ。
思わず溜息が零れる。軍属時の愚妹はどうしてこうも緩いのか。社交界では完璧な令嬢を演じるというのに。軍にいる間だけは目を瞑っているが、出来れば悩みの種は増やしてほしくない。
「クレインお嬢様、各部隊へ招集をかけました。間もなく集まります」
さすがカティだ。テントの外から、次第に足音が増えていく。
「ありがとう。トラップ関係はケイティに一任する。ティアは……目立つな。兵士達の集中が削がれる」
「は~い」
気の抜けた返事を背に、私は外へ出た。
既に兵士達が整列している。
「諸君、先ほどエルフとドワーフと会敵したな。我々の目的は殲滅ではなく捕獲だ。無闇な反撃は控えよ。現在、捕縛用トラップを準備中だ。完成までは既定のローテーションで警戒を続行すること。以上、解散!」
兵士達が散っていく。
指示を終えた途端、僅かな眠気が押し寄せた。小一時間の仮眠では足りなかったらしい。
「お嬢様、お疲れが顔に出ています。少しお休みになっては?」
カティの気遣いを断れず、テントへ戻る。
中ではティアが既に寝息を立てており、その傍らでケイティが黙々とロープを編み、網を作っていた。
私は再び溜息を吐き、自分の寝床に横たわる。
ほんの少し、目を閉じるだけのつもりだった。
「ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
耳を裂く叫び声で飛び起きる。
テントには私一人。外へ飛び出すと、全員が同じ方向を見上げていた。
視線の先、樹上でエルフの少女が叫びながら手招きをしている。明らかな挑発、そして罠。
兵士達は博士と私を交互に見ている。
私は博士へ歩み寄った。
「博士。罠です。どうしますか?」
「分かっている……だが未知の土地での罠は危険だ。スコルピオンや兵を失えば将軍に申し訳が立たぬ。クレイン、君の意見を聞こう」
まだ思考の霧が晴れていない声音だ。
「地の利は向こうにあります。守っても攻めても条件は同じ。それに兵は覚悟の上で軍に入っています。あのエルフの少女は俊敏ですが、同行していたドワーフを押さえれば交渉材料になります」
兵士達が静かに頷く。
「加えて、彼女達は人間より明らかに強い。実戦データとしても価値があります」
博士は短く目を閉じ、やがて顔を上げた。
「よし。スコルピオン半数を南へ。陽動と挟撃を試みる。残り半数は追撃だ。追跡隊は人工魔石を最小限に抑える。私達はイグナイトヘッドで出る。クレイン、人選を任せる」
「了解しました」
私は即座に兵を選抜する。
選んだのは能力の平均的な者、そして孤児や独り身の者達。
損害は最小でなければならない。
「選抜された者は直ちに搭乗せよ。出発する!」
指示を出した後、兵士達がスコルピオンに搭乗し終わるのを確認し、私もイグナイトヘッドへ搭乗する。私が最後だったのでコクピットの蓋を閉めると、博士がボタンを操作し、スコルピオン部隊が次々と森に向かって前進していく。
エルフの女の子はお尻をペンペンしたりして、一定の距離を保ちながらこちらを挑発している。彼女の先には、前に一緒にいた年配のドワーフが見守っていた。
彼女達の後をついていくと、拓けた場所に出た。奥に見える森の手前には、ドワーフ達が武装した格好で待ち構えていた。ちらほら女性も見える。その形相を見るに、かなり怒っているみたいだ。
エルフの女の子と年配のドワーフは、その中心に逃げ込んだ後、踵を返して、それぞれの武器を手にしていく。どうやら、彼女達も戦う気満々のようだ。
「博士。どうしますか? 罠が仕掛けてある可能性もあります。ここは様子見で前衛に先行してもらった方が宜しいかと思われますが……」
「あぁ。前衛十機、中衛十機、後衛五機の編成で行こう。まずは前衛を先行させ、少し距離を置いて中衛も移動させよう。後衛はここで待機だ」
「了解しました」
声が揃うのを博士は確認した後、ひじ掛けにあるボタンで指示を出していく。
前衛がドワーフの集団を囲うように包囲陣形を取り、ジリジリと追い詰めていく。もう少しで尻尾の火が射程範囲に入るという距離で、ドワーフ達がいきなり武器を投げ捨て始めた。
降参するのかな? と思っていると、茂みの中から縄に括り付けた岩を取り出した。その岩は人間の頭より一回りも大きかった。そんな岩を片手で易々と持ち上げるとか、兵士達でも出来る者は少ない。
そんなことを考えていると、ドワーフ達は見慣れぬ投げ方で岩を投げつけてきた。
投げつけられたスコルピオンの何機かは、コクピットのガラス部分が貫通したようだ。音を立てて崩れ落ちていく。
助かった他のスコルピオンは鋏で防いでいるが、動きが止まってしまった。
すると、森の奥の樹々が横にスライドしていき、奥から樹の妖精達が人の背丈を優に超える岩を次々とスコルピオンに向かって投げ始めた。
スコルピオンが次々と岩に押し潰されていく。完全に、あちら側の流れが出来上がっていた。前衛は瞬く間に壊滅した。
「博士。撤退しましょう。こちらに勝てる要素はなくなりました。中衛も手遅れでしょう。私達だけでも撤退を」
博士はビクビク怯えながらボタンを操作し、撤退の合図を送っている。中衛には撤退までの時間稼ぎの指示を、震える声で伝えている。
軽いパニックを起こしているみたいだが、仕方がない。博士は兵士ではないのだ。のほほんとしている貴族達も現場にいたら、同様の結果になるだろう。
反転する前にガラス越しから敵を見ると、樹の妖精達が投げた岩を拾い、また投げているのが見えた。あれを繰り返し行いながら攻められたら、一溜りもない。
早く樹々を盾にして逃げなくては。
「カティ、ケイティ。急げ!あれに追い付かれたら一溜りもないぞ」
「お姉様、私まだ死にたくないよ~」
ティアが泣きべそをかきながら抱き付いて来る。頭を撫でて落ち着かせつつ、声をかける。
「よしよし、森に入れば樹々が盾になってくれる。ほら、もうすぐ森だ。安心しろ」
その矢先、ドカァンと音がしたのと同時に、強い衝撃で席から体が投げ出された。
天井にぶつかった後、床にドスンとティアと一緒に落ちる。体の至る所に痛みが走るが、呆けている場合ではない。
「クレインお嬢様。イグナイトヘッドが動きません。早く脱出して、他のスコルピオンに乗り換えましょう!」
どうやら攻撃が被弾し、動かなくなってしまったみたいだ。さっきの妖精達との距離はかなり離れていたはずだが、どこから攻撃を受けたのだろうか。
考えている暇すら与えられないまま、私は意識を失っている博士とティアを担ぎ、コクピットを出る。
イグナイトヘッドの尻尾は吹き飛び、後部はグシャグシャに破壊されていた。
それに気付いた近くのスコルピオンが駆け寄ってくる。それぞれの機体に同乗させてもらい、私は同じ攻撃が来ないようにと祈りながら、その場を後にすることに成功した。
森の中を進んで帰る途中、敵が追ってくる気配はなかった。どうやら深追いはしないらしい。
陣に戻ることが出来たのは、後衛にいた四機だけだった。
南側から戻って来ていた兵士達は、皆真っ青な顔をしていた。それもそうだろう。帰ってきたのが、たった四機なのだ。
私も嘘だと思いたい。
そのあとのことは、よく覚えていない。
陣を引き払い帝都へ帰る間、二回の野営をしたが、私達四人と博士は終始、死んだように眠っていたからだ。
帝都に着くと、それを聞きつけた住人達が歓声を上げながら出迎えてくれた。
住民達はスコルピオンの数が減っていることも、こちらが敗戦したことも知らないみたいだった。出撃時は逃げまどう住民もいたくらいだ。当然だろう。
軍部に着くと、将軍である父が厳しい顔で出迎えてくれた。
「どうやら、手酷くやられてきたようだな。博士とティアは休ませなさい。申し訳ないが、クレインと侍女は報告をしてからだ。会議室を取ってある。そこで話を聞こう」
足取りが重い中、必死の思いで父の後についていく。
会議室に入ると、私はすぐに椅子に座らされ、カティとケイティが私達にお茶を出してくれた。
「それで、何があった?詳しく教えてもらおうか。イグナイトヘッドが戻ってこない程のことが起きたのであろう?」
私は出来るだけ詳細に話した。
森の樹々を伐採している際に、エルフの女の子と年配のドワーフに会敵したこと。
明らかな挑発に乗って追いかけたところ、ドワーフ達が待ち受けていたこと。
そのドワーフと樹の妖精達が、スコルピオンのコクピットを破壊する程の岩を投擲してきたこと。
そして、私達が撤退している最中、何らかの遠距離攻撃でイグナイトヘッドが破壊されたことを――。
「なるほどな。恐らくその攻撃は、人間では難しいだろう。相手に地の利があったにしても、用意周到過ぎる。こちらの動きを予測していた可能性も視野に入れるか」
父は腕を組み、低く呟く。
「そんな心配そうな顔をするな。最悪の場合も想定して派遣をしているのだ。これくらいは想定の範囲内だ。全滅せず、情報を持ち帰ってきたのだ。あとは私に任せて、少し休みなさい」
涙目になっていた私の目を、父が指で拭ってくれる。
私はカティとケイティに連れられ、軍部にある自室へ戻った。
カティの計らいで、すぐに湯浴みをさせてもらう。
体はさっぱりしたが、気持ちは少しも和らがなかった。
ベッドに潜り込み、悔しさと自分の情けなさ、そして戻らぬ兵士達への申し訳なさに胸を締め付けられる。
そのまま考え続けているうちに、私はいつの間にか深い眠りへと落ちていた……。
4連続クローヴィス視点はないなと思い。クレイン視点にしてみました。




