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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
とあるエルフの話をしよう
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真相の明かし合い


 池田屋事件は終わり――新選組は、威風堂々と市中を凱旋した。

 返り血にまみれただんだら羽織をこれでもかと見せつけて、今日の大通りを練り歩き、屯所に到着。マルコは、気を取り直して髪と目を染め直し、その一団に加わっていた。のだが。

 傍から見れば恐怖の新選組の一員として肩で風を切っていた円子太郎は、内心はそれどころではなかった。


「ほら、僕達の天然理心流って気組みが見えるじゃないですか」


 事の後処理も終わり、試衛館組だけが集う奥座敷で、沖田が何でもない事かのように、とんでもない事を言い放った。


「だから、最初に小石川伝通院で会った時に、わかっちゃったんですよ。

 あ、この人、僕達と同じ人間じゃない、って。もちろん、近藤さんも、土方さんも気づいてましたよ」

「……わかっていたのなら、何故、その場で言わなかった?」

「いやあ、言葉で説明出来るもんじゃないじゃないですか、気組みって。

 だから、誰かに言うよりも、人知れずに……それこそ、稽古っていう体で始末しちゃった方がいいかなって」

「…………」

「それで、殺す気で三段突きを放ったら……後はまあ、わかるでしょ?」

「成程」


 ファーストコンタクトだったあの試合で、沖田は本気でマルコを突き殺すつもりだったのだ。それを、マルコが防いで見せた事で……


「近藤さんが、いったん様子を見よう、なんて言い出したんですよ」

「は?」

「いや何、何というかな」


 近藤は、開き直って豪快に笑い飛ばした。


「気組みが気に入った!」

「気組みて」

「いや、本当の事だぞ? 私は、大抵の相手は気組みを見れば人となりがわかる自信があるが、君の気組みは、性根の腐った人間が出せるものではなかった!

 例え異人といえどもあれほどの気組みを出せる人間に、悪い奴はいないと思ってな!」

「俺が言えるような事じゃあないが、それはそれでどうなんです……?」

「勿論、それだけじゃあねえさ」


 土方は、酒の肴の沢庵を齧りながら、マルコを指さした。


「手前が近藤さんの信頼を裏切る様なら、いつでも切り殺せるよう、俺達が控えてた」

「……成程。あの頃時折感じていた殺気は、そういう事でしたか」


 言われて初めて、マルコは己の大ポカに気が付いて、

 近藤に気に入られている、という事実に対する嫉妬なのかも、とあの当時は思っていたが……冷静に考えてみれば、この時点で気付くべきだったのだ。

 自分がこの一年で知った、土方達の為人は、嫉妬で人を殺そうとするような狭量なものか……答えは、否である。彼らは、そんなちゃちな理由で刀を抜くような愚か者では断じてない。

 殺意を向けられるからには、相応の理由があると考えるべきだった。


「そうやって身構えてたらお前……全然全くそういうそぶり見せねえしよ」


 永倉に続いて、左之助がうんうんと頷いて、


「仕事は真面目にするし、芹沢の野郎には逆らうしで、近藤さんの期待をいっこも裏切らなかったからな! 俺は信じてたぜ! 円子!」

「よく言うぜ。真っ先に切れ切れって連呼してたのは誰だよ」


 呆れて窘めたのは、藤堂平助。その隣では、山南が朗らかに笑っていた。


「爪に火を点す様な生活を送りながら、貸費には一切手を付けない。並の隊士でも逃げ出す隊規を前に、怖気づかずに後始末までして見せる。

 そして、ふりをすればいい所を、決して尊王攘夷とは口にしない、誠実さ。

 そんな君の様子を見ているうちに、私達も見事に感化されたという訳さ」

「感化……ですか」


 そんな、簡単なものではなかっただろう。この国難の元凶である、異人を前にして、なぜそのような発想の転換に至れたのか……思い悩んでも仕方がないので、ストレートに聞いてみた。


「そんな簡単なものではなかったでしょう。俺のような存在は、尊王攘夷からすれば宿敵もいい所だ。何故、俺を受け入れる気になったんです?」

「うむ……実をいうとな……我ら試衛館一同は、とある男と知己を得て、尊王攘夷論を叩き潰された経験があるのだ。

 君もよく知っている、山岡鉄舟殿の紹介でな。

 勝海舟。聞いたことはないか?」

「勝」


 この世界に飛ばされたばかりの頃、情報収集の過程でよく聞いた名前だ。

 主に、過激派攘夷志士達の口から、『天誅』の対象として、だが。


「確か、幕臣で、講武所砲術師範の……」

「そう、その勝殿だ。

 その方に、我々が百人いても海外には勝てぬ、などと言われてな……

 我等の様な輩は、海外にも数え切れぬほどいるのだと」


(やはり、か)


 予想していた通りの答えを得て、マルコは内心で納得した。海外にも、近藤達の様な超人予備軍が大勢いるのならば、後にものをいうのは数の力だ。


「無論、我等とて言われっぱなしではない。

 戦になれば、我々だけで百人力の働きをすればいい、鉄砲大砲など物の数ではないと……実際に、大砲を受けて、実証もして見せた」

「……何気にとんでもない事してますね、近藤さん」

「まあ、大したことはなかったよ。服が吹っ飛ばされてふんどし一丁になっただけだ。

 だが、その後になぁ……」


 近藤は、その時の事を思い出したのか、肩を落としてつづけた。


「我等は大丈夫でも、我等の後に続く兵士が大丈夫ではない、と言われて、言い返せなんだ。

 我等は異国を知らなさすぎる、まずは開国し異国を知るべきだ、と。

 攘夷云々はそうして力をつけてからの話だと……」

「開国攘夷論……道理、ですな。

 そして、今まさに、幕府はそうしようとしている所……」

「うむ。その通りだ」

「勝の野郎の言い草には、腹が立ったがな。近藤さんの気組みを見て、他の幕臣が腰を抜かす中、変わることなく啖呵まで切って見せやがった」


 土方もまた、当時の事を思い浮かべ、舌打ちと共に吐き捨てた。


「言ってること自体は一本筋が通ってる。

 大樹公の、将軍様のやろうとしてる開国攘夷を、邪魔するなんてもっての外ってな」

「そう言われて、自分の中の尊王攘夷に迷っていた。そんな折に……君に、出会ったわけだ」

「俺」

「そう、君だ。私達の知らない、異国の烈士……

 勝殿は、我等が、海外を知らぬといった。ならば、知ればいいと考えたのさ」


 ……勝海舟の言葉で尊王攘夷への迷いが出来ていたところへ、マルコが出ていったわけだ。そして、マルコの存在が、近藤達の攘夷思想を変えていった。


「いやあ、君を通して、私は自分の狭量さを知ったよ!

 我等神州の人間にも浄不浄がある以上、異国人にも浄不浄があってしかるべきだと!」


 ばんばんと、マルコの背を叩きながら、近藤はつづけた。


「円子君、君の様な誠実な異人と手を組むことが出来れば、幕府は安泰だ!

 要するに、相手をよく見極めていけばいいのだ!」

「いえ……それは、近藤さんが、寛大なだけですよ」


 言葉を絞り出すのが、やっとだった。

 自分の中の、ちっぽけな罪悪感など、この人達はとうの昔に関係のない領域に到達していたのだ。マルコは己を恥じた。自分の心の中のどこかに、やはり、彼らを見下す心があったのだろう。だから、あんな偉そうな罪悪感を抱くことになったのだと。

 存在そのものが己の信念に反する相手にさえ、道理の通りに接する。しかもそこに二心はなく、嘘などひとかけらもなし。これを誠と呼ばずして、他に何と呼ぶのか。

 その誠の対象に、自分を選んでくれたことが、マルコにはたまらなくうれしかった。

 マルコは気づいていなかったが、彼らがマルコに誠実であり続けたのは、マルコの側もまた、彼らに誠実であったからだった。悪く言えば不器用、よく言えば生真面目な彼の生き方そのものが、近藤達の心に響いたのである。

 崩壊しそうになる涙腺を必死で抑え、マルコは言葉をつなぐ。


「狭量なのは、私も……私の種族も、同じです」

「そうかそうか! …………………………………………………………………………うん? 種族??」


 彼ら彼らなりの誠意をもって自分に接してくれていた。

 ならば、自分も、誠意をもって彼らに応じねば名が廃るというものだろう。

 マルコは、己の総髪をほどき――隠し通してきたエルフ耳を、衆目に晒した。


「騙して悪いですが、俺、人間じゃないんです」

『はい……?』






 原田が、永倉が、藤堂が、井上が、沖田が。

 試衛館の面々が、かわるがわる己の耳をつつきまわすのに耐えながら、マルコは全てを語った。そう。すべてを。


「あー、つまり、こういう事か……?」


 あんぐりと口を開けて呆けている近藤に代わり、土方がマルコに問い返した。


「おめーは、こことは全く別の、陸続きですらない桃源郷みたいな世界から来てて」

「桃源郷というほど理想世界ではありませんが、その通りです」

「そこには、お前みたいな耳長の種族が栄えてて、国を作って」

「エルフです」

「えるふ。えるふな……で、お前はその、えるふの王族だと」

「そうなります」

「……………………………………………………………………………………マジか」

「マジです」


 必死で信じたくない気持ちはわからんでもない。だが、土方の前には、マルコの耳という動かしがたい証拠があるのだ。


「土方さん、土方さん。偽物じゃないですよこの耳」

「んなもん、見りゃあわかる」

「ええい、いい加減にしろ、お前ら!」


 なおも耳を突っつきまわす奴らを怒鳴り散らして、マルコはひとつ咳ばらいをして、


「ともかく! 俺は人間ですらなく、近藤さんの言う『善良な異人』に相応しいかは疑問が残ります! つながる相手を見極めたい、というのならば、私ではなく、別の異人を探すべきでしょう!」

「なんでそれをいまさら言うんだい?」


 耳触り祭りには参加せず、腰をとしたまま……ただ、手が何かを掴みたそうにうずうずしていることをマルコは見逃さなかった……山南が問い、マルコがきっぱりはっきりと答えた。


「俺を異人だと錯覚したまま時勢に向かっては、近藤さんに不利益が生じるからです。

 近藤さんは、最初に会った時から、不誠実な私に対して誠実に、正面から向き合ってくださいました。ならば、私の方も同じように誠実に、正面から向き合わねば、無作法というものです」

「そ、そうか……なんというか……」


 近藤は、やっと自分を取り戻したのか、居住まいを正して、嘆息して見せた。


「わかっていた事だが……円子君。君は、生真面目だな」

「……不誠実であることに、耐えられないだけです」


 損な性分だとわかっていても、目の前の男達を裏切るくらいなら、損をした方がマシだった。とにかく、異人どころか、人ですらなかったマルコを、この男達は受け入れたのだ。

 その事実が、たまらなく、うれしかった。


「ああ、そんな君だからこそ、私達は受け入れる気になったんだ。

 しかし、王族という事は、あれだなあ」


 近藤は、名案だと言わんばかりに体を乗り出して――


「いっその事、我が国と君の国で、通商条約を――」

「それ、やめた方がいいです」


 相手の不興をかう事を承知で、マルコは言い切った。そこだけは、はっきりとさせておく必要がある。


「そもそも、今の時点で行き来する方法がない、というのもありますが――出来たとしても、お勧めしません。

 私の国は、なんというか、対外貿易を行うには、やばい国なので。この国で言う尊王攘夷派がそのまま政権をとったような国になってるとお思い下さい」

『え゛』


 複数の声がハモった。マルコの言う様な国が、実在するならどう行動するか――反幕派攘夷志士を相手にしてきた彼らが、一番よくわかっていたからだ。


「なんせ、融和派最先鋒だった私が抜けてしまいましたからね。

 今、故郷はどんな有様になっている事やら……」


 怖くて考えないようにしてきた、故郷の政治体制に思いをはせる。果たして、融和派として発言力を取り戻しつつあった父は、無事だろうか?

 長兄達が国のかじ取りをしているのならば、さぞやエルフ至上主義が幅を利かせている事だろう。


「……それ、急いで帰らないとやばいんじゃねえか」

「やばいんだよ。ただ、こればっかりは、焦ってどうなるものでもなし」


 左之助の言葉に、重いため息をもって、マルコは答えた。


「この世界の魔術法則がどうなってるかはわからんが……一応、陰陽寮と言われる公的機関に探りは入れてるんだが……反応がいまいちなあ」

「いまいち、何なんだよ」

「時空境界線を観測できるほどの技術があれば、私が飛ばされてきた時に異常に気が付いて何かしら動くはずなんだが……全然そんな様子ないし……」

「つまり、あてにはならんと」

「そういう事……いっその事、化学文明がある程度発達するまで、仙人みたいに暮らすかなあ」


 はあ、と嘆息して将来を悲観するマルコに、土方がふと疑問を抱く。


「……仙人みたいにって、そういやあ、お前の種族長生きなんだったか。

 お前、今、いくつだ?」

「四百九」

『よんひゃく!?』


 一同の声が完全にそろった。まさかの江戸幕府よりも長生きだった。


「あ、違った。四一〇だ。こっちで一才年取ってるから」

「四一〇って……室町幕府時代生まれか!?」

「時間の流れが世界ごとに違うんで、正確なところはわからんが、そうなる……のかな?」


 首をかしげるマルコを見て、井上は感心したようにつぶやいた。


「まるで天狗だな……」

『…………』


 その呟きを聞いた土方とマルコは、顔を見合わせて――


『それだ、源さん』

「ん?」


 声を揃えて、井上のアイデアを褒めたたえ――その後、剽窃した。

 土方は思わぬ爆弾染みた真実に頭痛を覚えながら、マルコは思わぬ相手方の誠実さに感激させられながら、それぞれ感情面で揺さぶられてはいたが、厄介な問題を忘れてはいなかったのである。


 新選組に、異人がいる……!


 この一件は、既に洛中に知れ渡ってしまっている、そう考えていいだろう。仮にも尊王攘夷を掲げる集団に、異人が紛れ込むなど、大スキャンダルもいい所である。

 過激派攘夷志士の側からすれば、他言しない理由がない。広がれば広がる程相手の看板を汚せる情報なのだから。

 それを、どうするべきかに、土方とマルコはひそかに頭を悩ませていたのだが……

 それらを一手に解決する手段が、これである。

 翌日の屯所の廊下にて、ハチの巣をつついたような騒ぎが起きていた。

 騒ぎの中心にいるのは、マルコだ。


「ま、円子先生……!? その髪は、一体……!」


 一般隊士に咎められ、マルコは己の髪……真っ赤に染まった髪を指で弄び、


「これか? ああ、気分だ。気分」

「き、きぶっ……え!? 気分で!?」

「ああ、変えられるぞ。何せ――」


 隊士の目の前で、髪の色を浅葱色に染め変えながら、マルコは笑った。


「俺は、天狗だからな」


 円子太郎。名前を円子天狗に改名す。

 髪の色が金色なのも、耳の形が変なのも、全て天狗だからで片付ける。池田谷事件? たまたま金髪の気分だったんだよ。

 以降、マルコは己の耳を一切隠すことなく、髪の色も堂々と人前で変えるようになった。理由を問われても、天狗だからで押し通す。

 話を聞いた沖田は、しばらく爆笑して床を転げまわってから、


「あははははははは! そりゃあいい! 酷いペテンだ! 円子さん! 清河を超えましたよ!」

「比較対象がうれしくない」


 勘定役の仕事をこなしながら、マルコは憮然として言い放った。


「というか、お前は笑ってる場合か。

 聞いたぞ……労咳なんだって?」

「ええ、はい。そうみたいですねえ」


 労咳。この世界においては、不治の病ともいえるそれに身を浸していながら、沖田という青年は屈託なく笑って、


「お医者さんがびっくりしてましたよ。『なんでこの患者は生きて動けるんだ』って……」

「気組みで無理やり体を動かしてるからだろ、馬鹿め。

 ……いいんだな?」

「ええ。いいんですよ。僕は、この命の使い方で」


 二心のない、透き通った笑みを浮かべて、沖田は続ける。


「無理をすれば、長生きは出来るんでしょうけど、それじゃあ駄目なんです。

 僕は、近藤さんと土方さんの役に立って、戦って死にたいんです」

「…………」


 他人からすれば、バカのような理由だと笑うのは簡単だ。

 だが、マルコは沖田がそれを本気で願い、自身に誓っている事を、この一年ちょっとの付き合いで嫌というほど思い知らされていた。

 近藤土方からは嘆かれようとも、彼がそれを変える事はない。ならば、マルコから言う事は何もない。


「もし、万が一……お前が生きている間に俺の世界とのゲートが開通したら」

「?」

「首に縄をひっかけてでも、俺の世界に連行して、健康体にしてやるから、覚悟しておけよ」

「あはは。期待しないで待ってますね」

「期待しておけ、と言いたいんだがな……」


 苦笑して、マルコは話を打ち切った。

 ともかく、紆余曲折を経て、マルコはこの世界でありのままの自分を晒し、人という種族と向き合う事になった。


(人との協和、か)


 マルコが夢見てきた物の真価は、これから問われるのだろう。

 障害は多いだろう。天狗だから、で押し通すには、無理もあろう。

 否、実際に悪影響は出てしまっている。近藤は、マルコの事で会津藩から呼び出しを受け、隊からは脱走者も多数出た。


(七難八苦、とこの国の言葉では言うが、果たしてそれで収まるのかどうか……)


 だが、乗り越えねばならない。自分を信じてくれる試衛館の仲間たちの為にも。





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