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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
とあるエルフの話をしよう
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天然理心流


 この近藤という男、マルコがいたく気に入ったらしく、京都までの道中、何かにつけて話しかけてくる。本人曰、


「気組みがいい。大自然の様な雄大な気組みだ!」


 との事だ。

 そして何かにつけて剣の指南をしてくる。

 近藤達に言わせれば、マルコの剣術は基礎が全くなっておらず、


「せっかくの気組みがもったいない」


 のだという。


「むしろ、なんでその程度の剣の腕で、そこまで気組みが出せるんだよ」


 近藤の義兄弟だという土方という男などは、呆れを隠そうともせず、本人に向かって言い放ったものだ。


「はあ……何分、私の剣術は田舎の無名のもので……

 竹刀など、握った事もない程でして」

「なんと。それで総司の三段突きを引き出したのか!? あれは、あいつのとっておきだぞ!」


 事実を織り交ぜて用いている設定を口にすると、えらい驚かれた。やはり、あの沖田総司という少年は、試衛館の中でも頭一つ分抜けているらしい。


(『気組み』、とは……成程、紅佳丽ホン・ジャリーの派閥は生命エネルギーをタオ、神をも殺す争神流は『気』と呼んで、鍛錬を積むという。

 彼等にとっての生命エネルギーの呼称が、『気組み』なのだな)


 そして、その気組みを用いて戦闘能力に変え、戦う流派が……


(天然理心流、か)


 江戸の片隅で細々と食っていた田舎道場らしいが……


(なるほど、この世界では、生体エネルギーを使った身体強化は、一般的とまではいわないが、そこそこ広まっているらしい)


 京都への道中、周囲を改めて探ってみると、近藤達以外にも気組み――生体エネルギーの使い手らしき者達がちらほら見受けられた。


(ある程度一定の武芸者は、生命エネルギーを用いて、身体強化が出来るとみていいな。

 ……尊王攘夷論がこの世界で力を持つ裏には、彼らの存在があるのか)


 マルコが見たところ、この世界の武術家の戦闘能力は高い。近藤などは、剣を教えられる過程で何度も立ち会ったのだが、原始的な仕組みの大砲くらいなら平気の平左で耐えられそうだった。

 少なくとも、身体を強化して放った岩を砕くマルコの一撃を、軽くいなしたのは事実だ。


(そういった自信が、いざとなれば切り込めば何とかなる、という乱暴な結論を導き出したのだ。それも納得モノの戦闘力だ。

 だが――同じ事は、外国側にも言える)


 マルコの頭脳は、冷静に、この国の現状を把握していく。


(同じ世界、同じ物理法則の元ならば、同じような戦闘能力者が外国側にもいる、そう考えるのが妥当だろう……もし、この推測が事実なら、幕府の弱腰外交も、納得がいく。

 突出した個の戦闘能力が互角なら、モノをいうのは衆の力……純粋な、軍事力だ。

 精強な武士を要するこの国が、弱腰外交を取らざるを得ないほど、外国との力関係は圧倒的なのだろう)


「円子さん、またなんか難しいこと考えてますね」


 にこにこと、笑いながら沖田が話しかけてきた。彼も、近藤と同じくらいにマルコを高く買い、話しかけてくる人間だった。その理由が、近藤とは違って物騒だったが。


「三段突きは僕のとっておきだったのに、骨の一本もおれないなんて、悔しいじゃないですか。次の立ち合いでは、骨の一本貰いますからね!」


 ふんす、と鼻息荒く宣言するような事じゃない。


「厄介なのに目ぇ、つけられたな、円子さん。総司はこうなったら、しつこいぞ」


 苦笑したのは、近藤達試衛館の仲間で、井上源三郎という年かさの男だった。周囲は、無言。

 ……沖田、井上以外の試衛館メンバーは、近藤に評価されているマルコが気に入らないのか、時々殺気を感じる事さえあった。


(冗談じゃない)


 マルコとしても、骨を折られるなんて痛い目を見る気はなかったので、自然と、近藤がつけてくる稽古に身が入った。あるいは、沖田はそういった反応を狙って、マルコを鍛えたがる近藤のフォローをしたのかもしれなかった。

 ……そうやって体得した剣が、将来数多の命を奪う礎となる事を、当時のマルコはまだ知らなかった。






 さて、京都に到着し、一息つく間もなく、近藤達を襲ったのは、浪士組の立案者である清河八郎による大ペテンだった。

 一同を宿舎の大広間に集めると、『将軍家の警護は名のみのお題目であり、浪士組の真の目的は尊王攘夷の先鋒となる事である』と、そう発表したのである。

 幕府の金で、人を集めておきながら、のうのうと抜かす清河の姿に、マルコは呆れ交じりに感心させられた。


(こいつは、世紀の大ペテン師だな……最初から、そのつもりで幕閣を利用したのか)


 見ると、浪士組の幹部格……山岡鉄舟などは、蒼白になっている。おそらく、知らされていなかったのだろう。あるいは、立ち位置的に幕閣側だったのか……だとするなら、彼等からすればいい面の皮であった。


「我々は、幕府の召しによって集まったが禄はもらっていない。故に、幕府の命に縛られることはない! 我等は、我等の意思で攘夷を断行すべく、動く所存である!

 一同、まさか異存のある者はおるまいな」


(素直に言え。自分の先兵になれと)


 マルコは、この日初めて顔を見た清河八郎という男が、一気に嫌いになった。

 王権を担う者として、弱腰外交に舵を切らざるをえなかった幕府への同情心と、王族としてプライドが合わさって、心の中で化学反応を起こしたのだ。


(こいつについていくのは、ないな)


 清河には清河の政治的思惑と大義名分があるのだろうが、マルコには関係がなかった。

 ぶっちゃけ、金とこの国の魔術体系へのコネさえゲットできればいいのだが、手段の浄不浄くらいにはこだわりたいのだ。


(金を手に入れるなら押し入りでもすればいい。だが、それはエルフとして以前に知的生命体としてのプライドの問題だ)


 そのプライドが、清河につくことをよしとしなかった。


「ここにいるぞ!」


 同じことを考えていた者が、浪士組の中にいたらしく、静まり返る会場で声を張り上げたものがいた。視線を向けると、そこにいたのは……


(げっ)


 そいつもまた、マルコの嫌いな男だった。


(芹沢鴨……!)


 水戸脱藩……元々武家として水戸藩の家門に仕えていたのを、脱藩して浪士となった者だ。巨躯剛力で、マルコも目を見張る様な生命エネルギーの持ち主だったが……一言で言えば、とんでもない乱暴者だった。

 特に、京都までの道中で見せた無法は、記憶に新しい。

 とある宿場町で浪士組が逗留した際、宿の手配に不備があり、芹沢の宿がないという事態になったのだが……

 へそを曲げて当てつけのように宿場の中心でかがり火を焚いたのだ。この男は……木製の家屋が多く、火の気が嫌われるこの国で、異常な事である。

 しかも、この時宿の手配を担当していたのはマルコと交流のある近藤勇その人だった。

 もとをただせば、宿の手配をしそこなった近藤にも非はあるが……


(あれは、ないわー)


 森と生き、森と死ぬエルフだからこそ、芹沢の凶行にはドン引きさせられていた。


「お題目大いに結構! だが、どう言葉で言いつくろおうと、やっていることは幕府への裏切りであろう! 男がする事では、ないわ!」


 特注だという鉄扇を清河に突き付け、大見えを切って見せる芹沢……それを、冷めた目で眺めながら、マルコは悩んでいた。


(さて、どうしよう)


 正直、どちらにつくのも嫌だった。ペテン師でこちらをどう扱ってくるかわかったもんじゃない清河に、乱暴者で暴走癖のある芹沢……とてもではないが進んで関わりたい連中ではない。

 どうしたものかと視線をさまよわせていると、沖田と目が合った。

 沖田は満面の笑みを浮かべ、視線である方向を指した。そちらにいたのは……立ち上がり、声を張り上げる近藤であった。


「芹沢さんの言う通りだ!! 尊王攘夷に文句はない! だが、我等は恐れ多くも大樹公の警護を仰せつかり、幕府の下命でもって集った者達だ! それを、寝返るだなどと武士の風上にも置けん!」


 ……この時のマルコの判断基準は、実に単純なものだった。


(――どうせどっちも問題のある人物なら、少しでも好ましい人間のいる方に残ろう)


 マルコは、京都に残留することを決めた。






 京都に残留した人間は、マルコを含めて僅か14名。

 三百余名を数えた浪士組の大半は、清河の弁舌と攘夷断行という扇動に惹かれ清河についていくことを選んだ。


(早まったかな)


 あまりの人数の少なさに、自分の判断に後悔しそうになるが、一度決めた事に文句を言っても始まるまい。

 結局、清河につくことを選んだ者達は、尊王攘夷の看板を掲げて、江戸に帰っていった。

 対外港でもある横浜を焼くつもりなのかと思ったが、どうも幕閣からの策謀によるものらしい。

 残留組にとって幸いだったのは、京都守護職――京都の治安を司る司法担当の会津藩に縁のある者が、浪士組の中にいた事だろう。

 佐々木只三郎という男の仲介で、残留組は会津藩の御預りとなり、京都の治安維持を司る司法組織となった。


「名前はどうすんべぇ」

「壬生に住んでる浪士組だから、壬生浪士組でいいのでは?」

「名づけが適当すぎやしませんか?」

「とはいえ、ただ浪士組を名乗るも、清河たちと混同されそうでなあ……」


 近藤達が身内同士でやいのやいのと言い合っているのを、マルコは縁側でぼんやりと聞き流す。


「円子さんはどう思います?」

「壬生浪士組でいいんじゃないか? っていうか、そんなどうでもいい事より、重要な事があるだろ」


 沖田に話の水を向けられて、マルコは素直に自分の思った事を言った。


「屋敷。いつまで八木さんや前川さん家にとどまるつもりなんだ」


 言い忘れたが、彼らは字帯刀を許された郷士の屋敷に、間借りしている状態である。

 ……先にオチを言うと、お二方とも屋敷を全部乗っ取られて屯所移転するまで別の場所で暮らす羽目になるのだが、そんな事を知りもしないマルコは、しぶい顔をしていた。


「あー、屋敷かあ……」


 試衛館組の一人、藤堂平助は頭を押さえて、


「金がないから、なんとも」

「金か」


 そう、金。

 金の為に京都に残ったのに、肝心の先立つものがない。浪士組の募集要項にあった50両は、なんだかんだ数が膨れ上がった事で10両ぽっきりにまで下がってしまうし、京都守護職お預かりとなってからは、月一人頭三両と、べらぼうに安い。


「八木さんや前川さんには悪いけど、しばらくは我慢してもらうしかないねえ」

「……不憫な話だ」


 お上からの一時的なものだという約束で屋敷を徴発されたと思ったら、貧乏浪士の集団の宿舎にされてしまうなど、両家からすればたまったものではないだろう。

 さて、その貧乏浪士の集団――総勢十四名の顔ぶれを見て見よう。

 まずは、近藤派閥……近藤が開いていたという剣術道場試衛館の食客達と門下生の集団だ。

 近藤 勇、土方 歳三、沖田 総司、藤堂 平助、井上 源三郎、原田 左之助、永倉 新八、山南 啓助の八名。

 続くのが、芹沢派閥。芹沢鴨を中心とした、一派である。

 芹沢 鴨、新見 錦、平山 五郎、平間 重助、野口 健次の五名だ。

 そこに、マルコを加えた十四名がこの世界の壬生浪士組の初期メンバーである。

 数だけは近藤派閥が圧倒しているが、内外への影響力という点では、芹沢が勝っている。最近まで田舎の道場で剣を教えていた近藤と違い、芹沢は、天狗党と呼ばれる水戸という地方で発生した政治結社の一員だったという。


(水戸がどこだか知らんが、行動力はある)


 それをまざまざと見せつけられたのは、貧窮にあえぐ現状を何とかするための、金策の際であった。

 なんとこの男、商家に乗り込んで、押し借り――商家から金を無理やり借りる事――働いたのである。

 それも、京都守護職御預りという立場を笠に着たもので、完全な押し込み強盗だ。

 らしい、というのは、これらの押し借りに、マルコは立ち会わなかったからだ。

 その事を立ち会ったという沖田に聞かされた時、彼は思わず言ったものだ。


「いや、止めろよ!」

「止められませんよ。芹沢さんですよ?」


 ただでさえ行動力の塊である芹沢だが、困ったことに、強かった……マルコはこの世界に来てから、この世界の最強は沖田だと信じて疑っていないが、その沖田をして、


「一対一ならともかく、多対一だとむりだなぁ」


 と、言わしめる男。それが芹沢鴨だった。強い人間は仁者であれ、とは力がないものの願望だが、その対極を突っ走っている。


「それで、何両押し借りしてきたんだ……?」

「それを聞いてどうするんです?」

「後で返済計画を立てるんだよ! 借りっぱなしじゃあ会津藩の名前に泥を塗る事になるぞ!」


 ……他の地球系列世界の史実では、借りっぱなしで一銭も返済していない借金関係が、この世界線では返済されたのは、マルコの活躍によるところが大きい。

 会津藩うんぬんよりも、彼自身の知的生命体としてのプライドが、そうさせた。


「円子さん、細かい所に気が利くなあ……合計で、千五百両くらいですかね」

「せんごひゃく」


 この世界に来てから日が浅いマルコにもわかる、途方もない大金だった。

 どんな返済計画を立てれば、これが返せるのか、今から頭が痛くなる。


「まあ、おかげで種銭が出来たんで、隊員の募集もかけられますよ」

「……果たしてそれは、品性をどぶに捨ててまでやっていい事なのか」

「そうは言っても、今の状態じゃあ治安維持もままなりませんよ」

「それはそうだが……」


 隊士の数が14名では、見回りさえおぼつかない。確かに、先立つものがなければ何もできない以上、現状で芹沢の行動を非難するのは難しかった。


「ちなみに、円子さんはどっちにつくんです?」

「どっち、とは?」

「いやだなあ、派閥ですよ。派閥。

 芹沢さんと近藤さん、どっちにつくつもりなんです?」

「……おい。今の俺の話を聞いてて、その質問をするのか?」

「ええ」

「近藤さんに決まってるだろ! っていうか、まだ隊士募集の話も纏まってないのに、派閥の話をするんじゃない! 頭が痛くなってくるだろ!」


 本当にこっちに残ってよかったのだろうか、と今更ながら思うマルコであった。






 マルコに、最初に人を斬り殺した時の記憶は、あんまり残っていない。

 確か、芹沢が用立てた金で新入隊士の徴募を行った後なのは確かだ。

 浪士組としての業務中、見回りのさなかに不逞浪士を斬ったのが最初だ。

 ただ、がむしゃらに戦った結果として相手が死んだため、印象が薄く、言われれば思い出す、程度だ。


(悪いが、元の世界に帰る為だ、許せよ)


 確か、そんな事を思った気がする。

 する程度である。確証ではない。本当に、印象がないに等しい。

 だが、最初の殺人の記憶が残っていない理由だけは、はっきりしている。

 そんなものより、大事な事があったのだ。


「か……」


 一目見て、マルコは自身の情動を抑えきれず、言葉に変えた。


「かっけぇ……!」

「えー!?」


 隣で沖田が、おかしなものを見る目をしても、気にならないくらいに、マルコはそれ――浅葱色の、だんだら羽織に夢中だった。


「いや、かっけぇってお前……美的感覚おかしいだろ」

「ああ。変だな」

「原田! 永倉! うるさいぞ!」


 声を潜めることなくセンスのいびつさを指摘する声に、マルコは声を大にして反論した。

 そう……芹沢が、大丸屋に頼んで作らせた、隊服が、届いたのである。

 その色彩と模様に、マルコは夢中になった。周囲の評判が最悪だったこの隊服に、マルコだけは全力で賛同した。冗談抜きで、この隊服を作ったという事実においてのみ、マルコは芹沢をお世辞無しで賞賛した。

 隊服の素材である、この世界でいう所の、『上質な布地』が、オープンワールドでいう所の、生態繊維である事も、その思いを加速させた。

 誰に何と言われようと、この隊服が素晴らしいものだと頑として譲らず、


「……私、もう、これ一生着る! 普段使いする!」

「一緒に巡回するのが恥ずかしくなるんでやめてくれませんかね」

「おう。それに目立ってしょうがねえしな。普段使いはなしだ」


 沖田と土方の二人に揃って言われて、ようやく普段使いを諦めたが……以降、彼はここぞという修羅場には必ずこのだんだら羽織を着て動くようになる。


「変な人だなあ」


 沖田などはしきりに不思議がっていた。

 ……つまり、マルコの初めての殺人は、だんだら羽織との出会いのせいで印象が彼方に吹っ飛んでしまっているのである。

 実に現金な話であった。




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