浪士組
さて、ファーストコンタクトで斬りかかられるという憂き目にあったマルコ。並のエルフなら、『これだから人間という種族は野蛮なのだ』と人間嫌いを拗らせそうな目にあっても、めげてはいなかった。
逃げ延びたマルコは、竹林や茂みに身を隠し、時に切り殺されそうになりながら、自身が追いかけまわされる理由を探っていた。
マルコにとって第一の幸運だったのは、マルコが購入した異世界の教科書が日本製であり、それを読み解く過程でマルコが日本語をある程度理解できた、という事だろう。
(訛が強いが、これは日本語だな……だが、私の知る日本とはずいぶんと風景が違う。
これは、ひょっとすると、相当『古い』地球系列世界に飛ばされたのかも……)
ある時は橋の下、ある時は屋敷の屋根の裏と、様々な場所に隠れ潜みながら、情報を抜き出して整理していく。
「幕府の腑抜けが――!」
「黒船、何するものぞ!!」
(幕府? 要するにこの国の政府か……
黒船というのは、語感からして外国からの船の事を指すのか……随分と、反感を買っているようだ。
つまり、私が狙われたのは、この金髪碧眼のせいか。ふむ――)
並のエルフならば、ここで、『種族の誇りを覆い隠すなどもってのほか!』と意固地になって自滅していただろう。
だが、マルコはその手の固定観念とは無縁の、自由な発想の持ち主だった。
生体の例外性――体内でのみ使用可能な魔法を用い、髪の色と瞳の色を、日本人と同じ黒に変えて、ある夜、外を出歩いてみた。
服装は、もともと着ていたローブの着方を変えて、それらしく見せたうえで、だ。
すると、嘘のように切りかかられることがなくなった。
マルコにとっての第二の幸運は、彼の顔が比較的彫りが浅く、色を除けば彫りの深い日本人で通じる容貌だった事だ。
並のエルフならば、人間の浅はかさをあざ笑うだろうが、マルコはそういった蔑視とは無縁なエルフであった。
(聞き集めた情報が確かなら、日本人が外国人に害意を持つのも、無理はない。黒船で乗り付けて、武力で開港を迫るとは……
砲門外交など、国家として受け入れるべきではないというのに……あるいは、受け入れざるを得ないほど、諸外国との力関係が圧倒的なのか)
王子としての政治観が、幕府側の窮地を見通してしまう。
改めて見まわす、のどかな田園風景と触れた文化は、エルフとしてみると、これ程の者はないと言い切れるものだ。
(不便だが、自然を破壊しすぎず、調和がとれている。まあ、そのうち機械文明に飲み込まれるか……いや、その前に魔法文化で何とか出来れば……
こんな世界ばかりなら、エルフと人間の調和も楽だろうに……)
だが、風景ののどかさにのんびりもしていられない。
(情報を収集して分かった。ここは、相当に古い地球系列世界だ……化学文明など、見る影もない! これで元の世界の戻るのは、相当に苦労させられるぞ……!
マナの感触は若干だが、ある。この世界に、ある程度の魔術の存在は期待していいい筈だ。
化学文明よりも、そちらに優先して探すべきかもしれないが……)
マルコの第一目的は、あくまで元の世界に帰る事である。
その為に、必要なのは……まず、お金だった。
(何をするにしても、先立つものは必要だという事か……)
何せ、今のマルコは最低限の身なりこそ整えているものの、実態は素寒貧のホームレス。これでは、元の世界に戻る為の手段の探索すらおぼつかない。
まず、何よりも、金。後は居場所だ。
(さて、どうしたものか)
悩みながら、日課になっている人ごみを眺めながらの情報収集中、その情報は入ってきた。
「おい、例の檄文を見たか? 清河が……!」
「ああ、浪士をもって浪士を制するとかどうとか……」
マルコの第三の幸運は――この時代、この時期、この場所に巡り合った事だろう。
文久三年二月。浪士組の募集に参加する事で、この世界における衣食住をすべて解決できたのだった。
浪士組とは、清河八郎という浪士の計画で、時の将軍――幕府の最高権力者を京都まで護衛するという名目で結成された組織だ。
実態は、毒を以て毒を制す、の思想の元作られた組織である。
(要するに、江戸にいる過激派尊王攘夷志士が邪魔だという事か)
尊王攘夷。それは、この時代に追って重要な意味を持つキーワードである。誰に詳しく説明されたわけでもなく、除法収集の過程で理解していた。
まあ、非常にざっくりとしたものだったが。
(要するに、この国には将軍の上に、天皇という存在がいて、その下に公家という臣下がいて、これをひっくるめて朝廷と呼ぶ。朝廷と政治権力が分離しているから、おかしなことになった、と。
天皇を敬う事を、尊王、外国人を打ち払う事を攘夷と呼ぶ。
弱腰の幕府を倒して、政権を朝廷に返上し、攘夷……外国人を倒して国の独立を守ろう、という考え方か。
思考としては正しいが、手段がな。どうやって外国と戦うのか、深く考えてる奴はいなさそうなだ……)
この連中が、天誅と称して行う人斬りの類が、問題なのだ。
(私も天誅されそうになったからわかるが、あれはだめだ。
単に、悪い奴を斬れば何とかなると、思考停止して動いてるだけだ)
要するに場当たり的なテロリズムだ。そんなものを法治下で連発されては、国家としてはたまったものではないだろう。中には、高度に政治的な思惑を含んだ暗殺もあるのかもしれないが、殺人行為である事には変わりがない。
その『天誅』が最も盛んなのが、朝廷のある京都、その次が今マルコがいる土地――花のお江戸だ。
(要するに、江戸の過激派浪士を京都の過激派浪士にぶつけて大人しくさせよう、という組織なのだな。
とんだペテンだな)
思いついた奴は、切れ者だろう。良くも悪くも。
並のエルフというか、マルコの故郷の反人派閥のエルフなら、『これだから人間は下等生物なのだ!』とでも吐き捨てそうなものだが、マルコはその辺、割とドライな感想を持っていた。
(うちも、似たようなテロリスト大勢輩出してるしなあ。
纏めて処分したいという気持ちはわかるぞ幕府の皆さん)
……エルフが起こすエコテロリズムの余波を、一番被っている融和派の代表だからこそ、真に籠った感情を抱いてしまう。
特に、人間の国との通商条約が成立する直前に、大規模なエコテロリズム――負傷者千人を超える大規模な奴を引き起こされ、全てが水の泡になった事を思い出すと、何というか、犯人たちをぶっ殺して回る妄想に駆られる。
(だが、この浪士組の募集案件――私には理想的だ)
基が危険な浪士……無位無官無職の武士達を集めようというのだから、その募集要項は適当なものにならざるをえなかった。腕に覚えがある者ならば、年齢身分問わずに参加できるというのだ。しかも、一人当たり50両はもらえるという。素寒貧ホームレスで戸籍もないマルコにとっては渡りに船であった。
腕に覚えがある――これも、条件に合致している。
生体の例外性……彼は、己の体内で、故郷の身体強化魔術を用いる事で、人の範疇を超えた動きが可能だ。さらに言えば、王家のたしなみにという事で、剣術の心得も多少はあった。
(ここで種銭身分を得て、しかる後に魔術の有無を探索し、高名な魔術師に渡りを取るとしよう)
気になる事は、どの程度まで身体強化を用いるかだが……
(まあ、常人の枠は超えないようにしよう。目立つと困るし)
先に結果から言おう。
このマルコの前提は、全く持って、サッカリンよりも甘ったるいものだった。
「お名前は?」
集合場所である小石川伝通院で係りの者に名前を聞かれ、マルコは一瞬、言葉に詰まった。
(名前か)
まさか、ド直球に王族としての名を名乗るわけにもいかず、悩む。その素振を見た係りの者が、いぶかしげに問うた。
「あの……? どうかなさいました?」
「いや、自分の元の名前が……ダサくて嫌いでね。
これを機に、変えるのもいいかなと」
怪しまれるのも何なので、それっぽい理由を並べ立て、マルコは新しい自分の名を並べた。
どうせすぐに逃げだす組織だ。適当な名前でいいだろう。
「マルコ――円子 太郎」
さて、小石川伝通院に集まった人間の数、おおよそ300余名。その人脈を前にして、責任者らしき紋付袴の男達が、何やらあわただし気に動いている。
(ははぁ……さては、想定の数を超えたな?)
集まった人数が、である。であるならば、これから行われるのは何らかの理屈をこじつけたふるいかけだ。
(こいつは、早速暴れる事になりそうだな)
いかめしい顔つきで、山岡鉄舟を名乗った大男が、一同に宣言した。
その名前はマルコも知っていた。収集した情報が確かなら、浪士組の取締役で、一角の武芸者らしい。
「各々、その武名を見せてもらおう」
集まった中でも、身振り手振りが怪しいもの……明らかに、実力があると思えない者を中心に、近場の道場を間借りして武芸者たちと一対一での立会という形でふるいにかけられた。
マルコも、ふるいにかけられた一人だった。
(まあ、身なりが明らかに汚くて怪しいし、仕方がないか)
何せ、元が高級品とはいえ、洗濯もおおざっぱにしかできず完全に傷んでしまったローブを、それらしく加工して着こなしているだけである。しかも、他の者達が薙刀やら刀やらで武装してるのに、何も持っていない。傍から見れば、顔の作りがいいだけの小汚い浮浪者、完全な不審人物であった。
立ち会う相手も、自分をそう見ているのだろう。構えからは、明らかにやる気が感じられない。
(……わかってはいたが、手を抜かれると腹が立つな)
少しばかり苛立ちつつも、全身に魔力を漲らせ、さっさと終わらせてやろうと考えた。竹刀を手渡されたので、見よう見まねで構える。適当に小突けば、悲鳴を上げて逃げるだろう。
その甘い目論見は、審判の開始の合図と共に打ち砕かれることになる。
――マルコという青年は、柔軟な発想の持ち主である。故に、目の前の現実を、素直に認めた。
(甘かった――!)
踏み込めない。
魔力で強化した五感をもってしても、目の前の少年は、隙が欠片も見当たらない。
(出られない……!)
「…………」
相手が自分より高い戦闘力を持つ、という可能性を全く考えていなかった。間の抜けた話だと、自嘲する……考えてみれば、当然の理屈なのだ。
マルコが今使っている魔術は、エルフが太古から語り継いできた魔術を、世代と共に磨き上げたものであり……その研鑽に、オープンワールドは関連性がない。世界の開放とは無関係に、閉じた世界でも魔法の発達、進化は行われてきた。
マルコの世界でオープンワールドと魔法技術の発達が無縁である以上、他の世界にも同じことが言えるのは当然の事だった。
すなわち――
(馬鹿か! 私は!? なぜ、考えなかった!? 未開の世界で――我等の魔法と同じように、独特の戦闘技術が発達している可能性を!)
少なくとも、目の前の少年は、そういった技術の使い手だ。
(地球系列世界はマナが少なく、魔術も未熟というが、この相手はなんだ……!? 滾るマナが、目に見えるようだ……! これは、一級の使い手だぞ!)
生半可な打ち込みでは、即座に反応されて手痛い反撃を喰らうだろう。
ならば――
(全力の一撃を打ち込んで、終わらせる……! 私はこんな所で挫折するわけにはいかないのだ!)
「エエエエエエエイッ!!」
気合と共に反垂れた一閃を、少年は平正眼で迎え撃った。目にもとまらぬ速さの切り払いで、竹刀の刀身を弾かれ、手から竹刀がすっぽ抜ける。
(しま――!?)
とっさに、体に魔力を漲らせて衝撃に備える。魔術で施された防御を突き抜けて、鮮やかな三段突きがマルコの意識を刈り取った。
次にマルコが目を覚ました時、マルコが思ったのは、その後の展望だ。
敗北した事で、浪士組に入る目論見はついえた。ならば、次の手段を模索せねばなるまい……素早く頭を切り替えて、元の世界への帰還に頭を巡らせるマルコだったが……
敗北したマルコに、意外な沙汰が下ったのだ。道場の片隅に横たえられていたマルコの元へ、山岡鉄舟がやってきて、
「円子君。君は、十分に浪士組に入れる資格ある。君が、あの立ち合いで見せた踏み込み……見た事もない型だったが、一角の武芸者と見た」
山岡が語ったところによれば、試合で見せた動きに着目され、十分に資格を満たしているとみなされたらしい。そもそもが、最低要項さえ満たしていない奴らをふるいにかけるための形式的な試験であり、そこまで厳しくするつもりはなかったのだろう。
「気を落とすな。あれは――相手が悪すぎた」
何故か、慰めるような言葉までもらってしまった。
そんな山岡鉄舟の様子に、マルコは安堵した。やはり、あの少年の腕は、この世界の武芸者であるという彼からしても、尋常なものではないらしい。
あれが平均クラスだったら、マルコ程度ではこの世界ではお話にすらならないだろう。
「あの少年何者です……?」
「さあ……あれほどの使い手ならば、洛中で評判になっていてもおかしくないのだが」
まったくの無名だ、という。
「聞いた話によると、多摩のあたりの道場を畳んでやってきた連中の、一人だよ。
道場も、聞いた事のないようなな田舎道場だが……いや、あの様子だと、風評は抜きで考えた方がいいな」
「どこのあたりにいるか、わかりますか?」
「……? 道場の入口辺りにいるが、どうしたのかね」
「話を、したいと」
マルコは、目が覚めたその足でその少年に会いに行った。純粋な、知的好奇心からだった。
その少年は、大柄な男達に囲まれて、談笑している最中であった。
改めて見てみると、色白でかなりの美少年であった。月代をそり上げ、残った髪を後頭部で束ねている。周囲の反応に合わせて笑う姿には奇妙な愛嬌がある。
(あの人たちが、山岡殿の言っていた、道場の同門か)
ふと、こちらに気づいたらしい少年が、周囲に声をかけた。
「あ、あの人ですよ、円子太郎」
「む」
「ほう……」
少年と談笑していた男達が、一斉に男を見た。
瞬間、マルコの体がこわばる。
(これが、田舎道場だと……!? この国の道場の評価は、どういう基準で決められてるんだ!?)
全員が、マルコよりも強いのは確実だった。
その中でも上位の実力を持つであろう、特にいかめしい顔つきの男が、大股でマルコに歩み寄ってきて、
「総司の三段突きをもろに食らって、生きていたとは! 見事な立ち合いだったぞ!」
なんか、凄まじい声のかけられ方をした。
(え? 何?? 死ぬとこだったのか、私は!?)
「酷いなあ、近藤さん。僕だって手加減くらい出来ますよ……!」
「明らかに殺す気で突きに行っといて、何を言いやがる」
男達の中の一人……目鼻立ちの整った、色男とでもいうべき男が、苦々し気に吐き捨てた。
少年は、その言葉に頬を膨らませて、
「土方さんまで……しょうがないでしょう。だってこの人、最初から明らかに手を抜いてたんですもん」
マルコの背筋に冷たいものが流れる。見抜かれていた――
「明らかにこっちを舐めてかかられちゃあ、むかっ腹も立ちますよ!」
「それは、申し訳ない……」
「だが、その後は素晴らしかった! あの一撃は、総司でなければ防ぎきれなかっただろう!
何を差し置いても、あの気組み! 総司の攻撃に耐えきった気組みが素晴らしい!」
「は、はあ……」
「君の様な烈士が一緒なら、心強い!」
いかめしい男は、哄笑してマルコを褒めたたえ、バシバシとその背中を叩いて、つづけた。
「私は、近藤勇という! ここにいるのは、私の道場……試衛館の仲間たちだ。
君と戦った若いのが、沖田総司! これなるは、我が義兄弟の土方歳三……!」
これが、マルコの運命を決める事になる、試衛館の面々との出会いだった。




