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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
エシャロットの森編
61/89

それぞれのエピローグ



 夕日を受けて、歪んだ森が赤く染まる。

 超人同士の戦いで、その面積を大きく減らし、大半がむき出しの地盤になってしまったエシャロットの森を、綾は眺めていた。何もない草原に、体育座りで。

 その傍らには、ジャリーがつけてくれた紅派閥の超人が複数名、護衛の為に控えている。

 上空から観察したアルトエレガン曰く、元の形状は楕円状だったらしいが、今日の戦いで中央部がごっそり削られ、左右の端部を残して全てが砂塵に還ってしまったそうだ。

 結果、森の向こう、丁度北側にあるカーウァイ連邦の都市まで地平線が続くことになったわけだ。遠くから俯瞰すれば、左右を緑で飾られた大きな街道に見えなくもない。


「何も……無くなっちゃいましたね」


 背後に気配を感じた綾は、その気配の持ち主――闘に語り掛ける。

 闘は、手振りでジャリーの派閥の人間に下がるように指示し、綾の隣に座り込んだ。

 そして、簡潔に謝罪した。


「すまん」

「何が、ですか……」

「土方の事だ。仕留めそこなった」

「謝らないでくださいよ……」


 律儀な闘の姿に、綾は苦笑をひらめかせた。


「それを言ったら、私は何なんですか?」

「…………」

「何も、出来ませんでした。

 何も……」


 膝の間に顔を埋めて、言葉を続ける。


「私、ジャリーさんに言いました。土方……あの男がやった事、私が見た事を全部。

 ジャリーさん、教えてくれました。

 私の証言に、意味はないって……錯乱してて、証言として取り扱ってもらえないって」

「ああ、その通りだ」


 土方の派閥の力は強大だ。エコテロリスト被害に基づく反亜人思想は地球系列世界で賛同者が多く、土方のバックボーンとなっている。

 その権力の前に、少女の証言など大した力にはならない。文字通り、蟷螂の斧だ。


「問えて精々、円卓からの除名って、何なんですか?

 いつもの事だから、大したことじゃないって……あの子達は、あの子達の、親は……」


 自警団員たちに引き取られていった子供達を思い出す。

 あの子達と、恐怖にかられていただけのその親に、何の罪があったというのか。


「正直に言います。私、いい気になってたんですよ……」

「…………」

「人間無限動力に、有名人のお知り合い! みんなが私を狙ってる! 物語に出てくるようなスーパーヒロインになっちゃったかも、って……」


 綾の声が、歪んでいくのを、闘は黙って聞いていた。


「今考えたら、大笑いですよね……! 私なんかが、ヒロイン気分出して、悦に浸って、変な夢見て……!」

「…………」

「私、何もできなかった……!」


 大粒の涙が、滴っては草に落ちて土に吸い込まれて消えていく。

 それを、闘は五感で感じながら、黙っていた。


「何もできなかった……! あの子達の親が殺されてる時も、あの子たち自身が殺されそうになった時も! 何もできなかったんですよぅ……!

 無限動力なんてもてはやされて! いい気になってたくせに! 何も……!」

「…………」


 膝に顔を埋めた綾の後頭部から、闘のトレンチコートが被せられた。深く、誰にもその下が見えないくらいに……

 トレンチコートの上から、綾の頭を乱暴にかき回し、闘は言った。


「別に、だれも止めやしない。

 泣きたきゃ、好きなだけ泣け」

「ううぇ……」


 思わぬ優しさに、涙腺が決壊しそうになるも、堪えた。

 今の自分に、その資格はないと、綾はそう思ったから。

 綾は闘の腕を振り払い、勢いよく立ち上がると、闘と向かい合って、宣言した。


「私、超人になります……!」

「そうか」

「乙種超人テスト、合格して見せます!」

「そうか」

「もう二度と、今日みたいな事にならないように! もう二度と、あの子達みたいな被害者が出ないように! 無限動力を使いこなして、超人になって見せます!!

 そして! 土方に! 今日の選択を! 後悔させてやります……!」


 受け身ではない、自分の意志で。

 寺門 綾の中に、固い決意が宿った瞬間だった。

 闘はその決意を、笑わなかった。かといって、無責任な応援もしなかった。

 ただ一言。


「……なら、俺も出来る限りの事はしよう」






 綾が見ていたのと、同じ風景を、イザベルも眺めていた。

 こちらは、町の外壁の上部。自警団が見張り台として使っている塔の上だが――

 見える風景は、同じだった。

 きれいさっぱりえぐり取られたエシャロットの森の姿……


「何もかも、消えてなくなってしまいましたわね……」

「ああ。悪いな、イザベル嬢ちゃん」


 誰に向けた訳でもない呟きに、イザベルの背後、見張り台の天井の上から、蝙蝠のようにぶら下がって、アルトエレガンが答える。


「お前ら以外に、生き残りはいなかった。そりゃ、森の中にはぽつりぽつりと人がいたがね。生きた知性体を、優先して救助させてもらった」

「…………」

「見捨てた。俺の判断でな」


 暗に示すのではなく、アルトエレガンははっきりと口にした。

 その言葉の中に、ある種の優しさを感じ取ったイザベルは、かすかに笑みを浮かべた。


「恨むなら、アルトエレガン様を恨めと……そう言いたいのですね?」

「そんな御大層なもんじゃねえよぅ。俺ぁ、あれだ、事実を言ったまでよ」

「事実というのなら、全ての事実を教えてくださいませんか?

 ……森を見捨てた理由、それだけではないのでしょう?」

「こりゃ、釈迦に説法だと思うがね……」


 昼間の戦闘で、かきむしりすぎて痛くなってきた頭を摩りながら、アルトエレガンはイザベルの求めに答えた。


「結界の強度は、魔方陣の面積に比例するもんだ。そして、術式の展開難易度は魔方陣の中央であればある程下がる。

 闘と土方の戦闘に耐えられる結界を即座に張るには、どうしても、土方のいる位置――集落の部分を中心にしてやる必要があった。それと、生存者の救助に葬送用の死体の確保も、遠隔でやる必要があって……要するに、そうやって、必要な事を先にやって、後回しにした結果だ。集落が消し飛んだり、蘇生が間に合わなかったのは」

「蘇生!?」

「死後一時間以内ならな」


 この救いようのない事態に、唯一の希望の光を見たイザベルの声に、アルトエレガンは無粋とわかっていながらも事実を冷淡に告げる。


「無論、俺以外には使いようがない高難易度術式で……あの規模の結界を張りながら、片手間にできる術式じゃなかった。

 諸々やってるしてるうちに、タイムオーバーしちまったよ」

「そう、ですか……」

「ああ、だから、闘の奴が戦闘を切り上げてたら、一部は間に合ったかもしれんのだ」

「けれど」


 アルトエレガンの、自分達を八つ当たり先として用意する優しさを、あえて無視して、イザベルは言葉をつないだ。


「それをしてしまえば、今度は私たちの身が危うかった。

 土方を止めるには、戦うしか選択肢はなかった。違いまして?」

「お前さんは、もうちっと、八つ当たりする事を覚えるべきだな」


 イザベルが見せた年不相応の気丈さに、アルトエレガンは嘆息した。

 泣く事さえ自信を律して許さないその姿を、見ていられなかった。


「それに、集落を見捨てたのは俺の思惑もある」

「思惑?」

「エシャロットの集落は、ない方がいい――とまではいわんが、あそこの立地はない。

 イザーク坊やは頑張ったつもりなんだろうが、立地が悪すぎだ。せめて監視の目が行き届く場所にするべきだったんだよ……お前の兄貴みたいな馬鹿が出ないようにな。

 だから、いっぺん跡形もなく消し飛ばして、町の近くに移住させるべきだと思った」

「……アルトエレガン様、それは」

「ああ、わかってるさ。人と隣り合って住めない弱い奴等がいるって言うんだろ? 知ってるさ、その位。

 俺が言いたいのは立地だよ。もう少し、目の行き届く場所――そいつらにとっては厳しい所をついてもいいんじゃないかってな。

 言い方は悪いが、そいつらを全力で甘やかした結果が、これだろ?」

「…………」


 それを言われては、返す言葉がない。

 そして、幸か不幸か、そういった重度の人間恐怖症に陥った人々は、今回の一件で全員死んだ。次の集落をディンブルゲンに近づけるのに、障害はない。


「すまん。ちょっと、卑怯な言い方になっちまったな。

 憶えときな、イザベル嬢ちゃん。イザーク坊やだって人間だ。間違いを犯すこともあれば、考えが及ばない事だってあるんだぜ。俺が今言ったやり方だって、100%正しいわけじゃないんだからな。

 ……回収した死体は、一応『修復』しておいたから、型通りの葬式は出来るぜ」

「兄は……」


 イザベラは、一瞬、言い淀んでから、問うた。


「兄の死体は、ありましたか」

「なかった。少なくとも、死体と判別できる範囲には」


 が、生きていないだろう、とアルトエレガンとイザベラは共通の見解を抱いていた。

 死体がないのは、単に光速で消し飛ばされたからであって……何かの間違いで生きていたとしても、生き続けられるほどの活力はもはやないだろう。

 自分の行動が引き金になっての、この惨劇だ……そしてその罪の意識は、兄を止めきれなかったイザベルにものしかかる。


「私が、兄を止めていたら……」

「あいつに関しちゃ、妹のお前さんに、俺から言う事はない。

 反吐が出るほど嫌いだからな」


 落ち込むイザベルに対し、断言してのけた。


「どうあがいても、悪口誹謗中傷しか言えんから、お前さんの前じゃとてもじゃないが詳しいあれこれは口にできん。

 なので、そういう事は俺にじゃなくて、イザーク坊やに相談なさい!」

「なんですの? それ……」


 その口調に奇妙なユーモアを感じて、イザベルは小さく笑った。

 笑いの衝動は、だんだん大きく、歪んだものになっていく。笑い、大笑い、泣き笑い……そして、号泣へと姿を変えていった。

 ようやく、イザベルは泣けた。

 年相応の少女として、泣けたのだ。

 アルトエレガンは、無言で指を鳴らし、遮音の結界を張って見守った。

 泣き崩れるイザベルを、アルトエレガンは慰めたりはしなかった。






 がれきさえ残らなかった北門跡地に、アイリーンを伴って佇み、イザークは嘆息した。


「……終わってみれば」


 今の今まで、事態の後処理に追われ、ようやく一息付けたところだった。

 一連の報告を、アルトエレガンにしようとやってきたのだが……二人の視線が、イザベラとアルトエレガンのいる見張り台に向けられる。

 不自然なほど音がしない事実に、高度な遮音結界の存在を看破し、踏み込まないでいるのが、二人の気遣いだった。


「負傷者多数だが、自警団員からは死者は出ず、被害はこの北門の消滅のみ、か」

「大金星じゃにゃいですか。その割には、浮かにゃい顔ですね、団長」

「当り前さ。損害軽微といっても、それはディンブルゲンに限っての事だ」


 エシャロットの森は、わずかな面積を残して消滅。

 集落の者達は皆殺しにされ、しかも一連の犯人が明らかであるにもかかわらず、手も足も出ない……ディンブルゲンの自警団を預かる者として、一言では言い表せない思いがある。


「エシャロットの森の消滅に、集落の、全滅か……私の失策が、こんな大事態を生み出すとはな」

「団長……失策だにゃんて」

「失策だよ。彼らをエシャロットの森に安易に追放せず、もっと別の道を模索していたら……らちのない想像だという事は、わかっているのだが、どうしても考えてしまうんだよ。

 挙句の果てに……自分を慕ってくれる少女を、慰める手段も思いつかない……勇者が聞いてあきれる」


 肩を落とすイザーク。アイは偉大な勇者、尊敬する自警団団長の、思わぬ弱弱しい姿に、失望を抱いたりはしなかった。

 ただ、漠然と思った。この人も、人間なのだと。


「にゃぐさめる、なんてしにゃくてもいいんじゃにゃいですか?」

「……?」

「こういう時は、親しい人がそばにいてくれるだけで、心が軽くにゃる……かも、しれないです」


 後半やや失速しつつ、アイは持論を展開した。その言葉に籠った、自分への気遣いを感じ取り、イザークはふっと笑って……


「アイリーン・ストラフォス君。君は、優秀な自警団員だな」

「は、はい」

「だが、それ以上に、善良な人間だ……ありがとう」


 感謝の意を示してから、見張り台を見上げる。正確には、そこに展開された、不可視の遮音結界を。


「さて……音が聞こえないせいで中の様子がわからないから、タイミングがな……

 ま、当たって砕けるとするか。

 行こう、アイリーン君」

「……団長、そういえば、アルト達に何の用事があるんですか?」


 進むイザークに追随しながら、アイは問いかける。

 ――緊急の案件が発生したので、私と一緒に来てほしい。

 事後処理に追われていた自警団員の中から、そう言ってアイを連れ出したのは、イザークその人である。

 面倒な仕事から逃げられたのはいいが、ここに至るまで、肝心の要件に関しては一言も言及されていない。

 イザークは足を止めないまま、声を潜めて答えた。


「寺門さんの事について、少々ね。君にも、関係のある話さ。

 早速私の所に、彼女の魔術の師になってもいいという申し込みがあったんだよ」

「いい事じゃにゃいですか……!」

「ああ、本来ならいい事なんだ、問題は――私はまだ、その件で誰にも打診はしていないんだ」


 イザークの言葉に、アイは凍り付いた。

 考えてみればその通りだ。イザークと綾が知己を得て、協力を約束したのは、今日の昼間の事。その直後に事態がこのような動きを見せた以上、誰かに師事を打診する時間などある訳がない。

 イザークが動いていないにも拘らず、そのような打診が来たという事は……


「申し込みをしてきたのは、誰もかれもがアハトベルンでは高名な魔術師ばかりだ。間違っても、一人の小娘の為に出張ってくるようなお歴々じゃない。

 君には、念のため、彼女の護衛についてもらう事にした。

 寺門さんの詳しい事情は知らないが、情報が広範囲に漏洩しているのは確かのようだ……!」


 その言葉は、綾の前途にとって不吉な内容を含んでいた。






 『アハトベルン』で発生した、異世界転生テロを、超人組合が一部のエルフの協力を得て、先んじて鎮圧に成功した事は、大々的に報じられた。後発の紅佳丽ホン・ジャリーを含めると、円卓のメンバーを四人もつぎ込んだ大捕り物であった。

 ……ただし、称えられるに値する働きをしたのはアルトエレガンのみであり、草間 闘及び土方マルコシアスは、同士討ちの件も併せて功罪相半ばするものとして、褒賞は見送られる。

 特に土方マルコシアスは『ハックラッシュ』で行われた殺戮と合わせて過激な行動が多すぎる事が咎められ、円卓から追放処分を受けた。

 土方マルコシアス、累計25回目の円卓追放であった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 曇らせ回は趣味ではないので、盛り上がり的にはあんまり。 お話的には甲乙対照的な立ち位置と対立点を出してきたとこだと思う。 [気になる点] 敵方登場回なのはいいけど、相手は想定通りの状況で終…
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