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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
エシャロットの森編
56/89

血に酔って候


 ツリーハウス地帯全体を包み込んだパニックは、すぐに綾達のいる小屋にも届いた。

 様々な種族の悲鳴のオーケストラが、薄暗い小屋の中に響き渡ってきた。


「え――」

「これは……何事ですの!?」


 慌てて、窓の隙間から外を覗き込む二人。そこから見えたのは――地獄絵図、だった。

 血がまき散らされ、倒れていく人影。響く悲鳴と怒号。そして……


「……!」


 むせ返る様な血臭が小屋の中にまで届いて、ようやく綾達は事態を把握し、顔を見合わせた。

 何者かと、集落の人間達が戦闘になっている……!


「これは……!」


 脱出のチャンスと見るべきか、命の危機と見るべきか。

 一瞬、迷う綾だったが、血しぶきの中に子を抱いた女性の姿と、土方の姿を見つけて、決断する。


「イザベルさん! 外へ出ましょう……!」

「綾様!?」


 震えそうになる体を叱咤して、綾はイザベルに詰め寄った。

 綾は、自分が修羅場慣れしている自覚がある。子供の頃催眠で植え付けられたスプラッター映像のおかげか、彼女は死体にめっぽう強い。エーテルボムをめぐるごたごたで修羅場に巻き込まれ、その傾向はさらに強くなった。

 今の彼女には、万人が吐き気を催すグロ画像を前にしても、平気の平左でいられる耐性がある。

 だが。

 胃の内容物がこみ上げ、顔が青くなるのがわかる程、綾は動揺していた。

 同じ死でもここに満ちている死は、今まで自分が見てきた死とは質が違う……! そう、綾は感じていた。

 今、目の前で起こっている事態は、綾の許容できる範疇を超えていた。事故による大量死亡ではない。圧倒的強者に対し戦闘を仕掛けた結果による一方的殺戮でもない。純粋な強者による、戦闘する意思のない弱者に対する……虐殺。


「今、ちらっと、土方さんの姿が見えました!

 多分、目的は――私の身柄です!」

「……!!」


 この殺戮を終わらせるために、一刻も早く綾の身柄を、加害者に確保させる……! 綾からは土方の思惑が見えず、危険な行為に思えるが、捕らえられている身の上では出来る事は少ない。これが、綾達にできる精一杯だ。

 綾の言わんとすることを了解し、イザベルは急いで扉の前に立ち、魔術を放った。炎の礫が、爆音と共に扉に突き刺さり……


『な……!?』


 焦げ跡一つつかず健在な姿を見せる扉に、狼狽する。


「な……何が何でも逃がさない、そういうつもりですわね! お兄様!!

 綾様! 伏せてください!」

「え……!?」

「こうなったら、四方八方全部の壁に、今の魔術をぶち当てますわ!!

 耳をふさいで、伏せていてください!」


 慌てて綾が指示通りにすると、すぐにイザベルは行動を開始した。有言実行。部屋を囲む四方の壁をぶち抜くべく、四つの魔術が解き放たれ、爆炎をまき散らす。

 ちりちりと肌があぶられる感触に小さく悲鳴を上げて、綾はイザベルの反応を待った。


「な――お、お兄様ぁっ!!」


 耳をふさいでいても聞こえるイザベルの大声に何事かと顔を上げれば。

 そこには、伏せる前と何一つ変わらない風景があった。否、小さな隙間の空いていた窓をふさいでいた板が、魔術で吹き飛ばされて室内が幾分か明るくなっていた。

 だが、その唯一の窓は、子供が一人、ようやく通れるか通れないかと言う大きさで、綾達が脱出に使うには苦しいだろう。

 イザベルは、顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいた。


「こんな強化魔術……そこまでして……私達を閉じ込めたいんですの!?」

「い、イザベルさん、落ち着いて……!」


 魔術の火力を上げる事は、出来るにはできる。だが、今でさえぎりぎりのラインを攻めたのだ。これ以上魔術の火力を上げたら、内部にいる綾達の身が危うかった。

 壁は破れたけど衝撃で自分達も死んだ、ではお話にならない。

 立ち尽くすイザベルの瞳には涙が浮かんでいる。悔し涙では、なかった。


「このままじゃ、集落が……みんなが……!」

「……!」


 窓の外で、血しぶきがまた上がった。悲鳴もさらに大きくなり、室内によりリアルに、外部で引き起こされている殺戮を伝えてくる。

 もはや、一刻の猶予もない。綾は、何とか事態を打破できるものはないかと、自身の記憶をひっかきまわし……一つの可能性に行きついた。

 先程とは正反対に、顔を真っ青にして震えるイザベラの肩を掴み、綾は顔を寄せた。


「――イザベルさん!」

「!? な、なんですの、綾様……」

「拡声器――みたいな魔法、使えますか!?」






 呆然としつつも、ウーンファースは住民を守る義務を怠りはしなかった。

 例え無駄であろうとも、必死で魔術を構築し、土方に向かって放ち、一人でも住民を救おうと足搔く。

 ――その声が、集落に響き渡ったのは、ウーンファースのそんなやり取りが数度、繰り返されたあたりだった。


『あー! マイクテストマイクテスト! 聞こえますかー!? 聞ーこーえーまーすーかー!?』


 ツリーハウス地帯全体に反響する声は、間違いなくウーンファースが捕らえた、あの小娘のものだった。魔術で無理やり音量を上げたらしいその声は、一部音割れして聞くに堪えないものになっている。


『私はここにいます! 聞こえますか!? ここにいます!!

 だから、早く助けに来てください!!』


 わざわざ、声を魔力で拡張してまで、求める事が、それか……

 思わず、肩に入っていた力が抜けてしまうウーンファース。一体、何をしているのかと思い視線を小屋の方向にやり――異変に気付いた。

 血しぶきの発生が。

 土方からの攻撃が、やんでいた。

 辺りを見回してみると、土方の姿はすぐに発見できた。少し離れたツリーハウスの上に、いつの間に浚ったのか、ウーンファースの側近の一人の頭を鷲掴みして佇んでいた。側近も至近距離で魔術を放つなど必死で抵抗しているのだが、土方は揺るぎもしない。

 揺るぎもしないまま、無表情で音の発生源――綾達のいる方向を見つめている。


(――! そうか……!)


 土方は言っていた。

 『無原動力娘を渡せ』と。相手の目的が、あの娘なら……あの娘を確保すれば、土方が集落を攻撃する理由は、なくなる。

 ウーンファースの悲願からは遠ざかる事になるだろうが……状況が状況だ。やむを得ないだろう。あるいは、自身の命はないかもしれないがそれでも……この殺戮が続くよりはよほどましだ。

 この機を逃せば、集落の皆が生き延びるすべはない。ウーンファースは、憎悪に煮えたぎった内心を抑え込みながら、両手を上げた。


「降参だ。土方マルコシアス!」

「何?」


 周囲の住民が、側近たちが、信じられないものを見るような目でウーンファースを見た。なおも身構える側近たちに向かい、ウーンファースは叱責を浴びせる。


「お前達も、魔術を収めろ!」

「し、しかし――」

「代案があるなら聞こう! これ以外に、この殺戮を収める方法があるのならばな!」

『…………』


 側近たちも沈黙し……結局、両手を上げて土方に降伏の意を示した。土方に頭を掴まれている男でさえ、抵抗をやめて両手を上げている。

 対する土方は――


「今……何か聞こえたか?」


 無造作に。

 ぐしゃり、と側近の頭を握りつぶして、言った。


「俺の耳には、何も聞こえんなあ」


 絶望が、ウーンファース達の心を覆った。






『私はここです! 早く――! 早く!!!!』


 口元に、一メートルほどの魔方陣を浮かび上がらせながら綾は、必死に声を張り上げていた。

 最初は、いいアイデアだと思った。

 アルトエレガンが、講義で使った拡声魔術を使って、居場所をアピールして無意味な争いを終わらせる――戦いに、闘やアルトエレガンが参加してくれているのなら、真っ先に駆けつけて、事態を終わらせてくれるはずだ。

 それがなくとも、自分の居場所が知られれば、戦う意味はなくなるだろう、と。

 なおも悲鳴はやまず、血しぶきは上がり続け、殺戮が終わる気配はない。聞こえていないはずがない。現に、土方はこちらに視線を向けているのが見えたし、集落の亜人達も綾達の小屋を見ている。

 叫びながら、綾は、土方マルコシアスと言う男に関する情報を思い出していた。


 ――あの馬鹿――とびきりの狂人――皆殺し――エルフ絶殺主義者――


 さらに、実際にあった時に見せた、亜人への隠そうともしない殺意。


(まさか……!)


 それらの情報を吟味して、綾は、一つの可能性に行きついた。


(聞こえないふりをして……集落の人たちを皆殺しにしようとしてる……!?)


 こうまで声をまき散らし、居場所をアピールしても、助けが来る気配も、殺戮がやむ気配もないというのは……そういう事、なのだろう。

 イザベルも、同じ答えに行きついたのか真っ青な顔で綾の横顔を見ている。

 土方にとって、綾の存在は、救出対象ではなく、エルフ殺戮の為のお題目でしかない……ならば、自分達にできることなど、もう、何もない。

 絶望で、目の前が真っ暗になったその時。


「――ざん――!!」


 子供の、泣き声が聞こえた。


「――おかあざん! おがあざん!!」


 涙声で、母親の名前を呼ぶ、幼い声……

 それを聞き、真っ暗になっていた綾の視界に、光が灯った。

 まだ、自分には、出来る事がある……!






 女の居場所を把握し、降参の意を示してもなお、土方は殺戮を続けた。

 もはや、統制も糞もなかった。ウーンファースの側近達も、魔法を放ち抵抗するもの、悲鳴を上げて逃げ出す者、泣き崩れるもの……てんでばらばらの行動をとっていたが、共通することが一つだけある。

 逃れられぬエルフの形をした死を前にしては、全ての行動に意味がない……!

 森の方へ逃げ出そうとする者達も大勢いた。だが、このツリーハウス唯一の出入り口である梯子には、スーツ姿の超人が立ちふさがり、その刀を血に染めている。

 あるいは、命の危険を顧みず、つり橋から飛び降りて逃げ出そうとした者もいた。だが、その体は結界のセキュリティの効果でつり橋の上に放り投げられ、土方の餌食となった。

 森の獣たちから身を守るため、出入り口を一つに限定したセキュリティが、完全に裏目に出ていた。

 ただの一人も逃がしはしない……そんな執念が、土方の、人々を切り刻む姿からは感じられた。

 ウーンファースを襲っていたのは無力感だけではない。

 罪の意識が、彼を内側から責めさいなむ。

 自分が、この死神をこの集落に招いた。

 自分の行動が引き金になって、集落は滅ぶ。

 自分が! 自分の! 自分のせいで!!


(あるいはイザベル――お前が、正しかったのか)


 裏切り者の理想論。20年前の暗黒時代の被害者を無視したきれい事に、従っておけばよかったのか……!

 そうすれば、この死神を、集落に招き入れる事もなかったのか。

 きれいごと、理想論と妹とイザークのいう事を切り捨てて突っ走った結果が、これだ。無情な現実を前にして、ウーンファースは自分の理想を支える屋台骨が、きしんで崩れ落ちそうになっているのがわかった。


『子供達を!! 子供達をこっちに!!』


 挫け掛けたウーンファースの心を立ち直らせたのは、皮肉にも集落の現状を作った元凶ともいえる、少女の声だった。


『子供なら! 子供な小屋の中に入れます! もし、土方さん――その男が!! 私を言い訳にここにきてるのなら――ここは、最後になるはずです!!』


 ウーンファースは見た。

 少女の拡声された声を聴き、土方の肩眉が跳ね上がるのを――


『私を見つけたら、ここの人たちを殺せなくなるから! 私を最後に見つけなければならないはずです!! だから――!! お願いします!! 子供を――子供達だけでも!!』


 ウーンファースの精神が、音を立てて立ち直った瞬間であった。

 言われるまでも、ない!


「総員、その男達を抑え込めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


 土方が何かをし始める前に、ウーンファースは咆哮し、自ら率先して土方に魔術を放った。

 無数の糸――今度は、殺傷能力ではなく拘束能力を極限まで突き詰めた糸を、土方の全身に絡みつける!

 超人の力ならば、障害にもならない糸だろう。案の定、土方は気にした様子さえ見せずにぶちぶちと引きちぎったが――目的は、そちらではない。


「光よ!!」


 糸の拘束はフェイント。本命は、こちらだった。土方の眼前に、魔法陣を展開し、発光させる。

 攻撃力など持たせていない、ただただ強烈なだけの光だ。ただし、常人なら、網膜が焼け失明するであろう光量だ。いかな、超人と言えども――


「――!」


 この集落に来て初めて、土方の表情が苦痛に歪んだ。


(五感への攻撃は、通用する!!)


 次は、耳――土方の耳に向かい魔方陣を展開。音を炸裂させた。これも、攻撃力は持たせていない。だが、ひたすらに喧しいだけの、高周波だ。


「――っ!!」

「俺が時間を稼ぐ!! 今のうちに、子供達を人間のいる小屋に!! 急げ――ぇっ」


 ウーンファースは叫ぼうとしたが、言葉にならなかった。同時に、胸にこみあげてくる灼熱の感触――

 見ると、自分の胸から、一本の刀が生えていて……


「一番最後に殺してやろうかと思ったが――」


 そして、背後から……忌々しい男の声。周囲の驚愕の視線が、自身の背後に集中していくのがわかる。

 どうやら、自分は背後から刺されたらしい。

 自分の状況を知ったウーンファースは――


「『瞬き間の一風よ』――!」


 会心の笑みを浮かべて、魔術を完成させた。瞬間、ウーンファースの周囲の光景が、切り替わる。惨劇のツリーハウス地帯から、森林のど真ん中へと。

 周囲が変わったのではない、ウーンファース達があの場から消えたのだ。ウーンファースが、土方の体ごと、その身を森の中へと転移させたのだ。

 自身が森全体に張った結界の影響で、あまり長距離は飛ばせなかったが……

 この男は、森の中を『迷わされた』と言っていた。しかも、律儀に入り口から集落に入ってきたという事は……

 土方に、森の結界を無視する力がないという証明であり、森に放り出せば、十分に時間が稼げるという事でもある……!


「貴様――」


 自身がはめられた事に気が付いた土方は、憎しみを込めた目でウーンファースを見下ろした。衝動の赴くままに、斬撃が振り下ろされて――

 それが、ウーンファースが見た末期の光景だった。




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