血風
ウーンファース達が現場に到着した時、そこはすでに血の海になっていた。
「な……!?」
ツリーハウス地帯の一角――エシャロットの森からツリーハウス地帯に入る為の、入り口の梯子付近。そこには、森から侵入してくる獣に備え、常に三人の見張りが張り付いているはずなのだが……
「全く、随分、迷わされた……」
その三人が、三人とも、切り捨てられていた。
それも、ただ切り捨てられているのではなく――
「う――」
ウーンファースの側近の一人が、吐き気をこらえきれずつり橋の淵に駆け寄り、未消化の昼食を森に向かって吐き戻した。見ると、辺りには、同じように箸の淵に寄りかかり、腰を抜かしているエルフが多数見受けられた。
三人――エルフ、虎の獣人、蟲人のチームは、人間の原型を、とどめていなかった。
「そのうえ、あれだけ迷わされてきた先が、これか――」
加害者と思われる、だんだら羽織の男は、はあ、とため息をつき。
「見たところ、100にも満たない限界集落じゃないか。
よくもまあ、無限動力確保など思いつけるものだ」
「貴様……土方ぁっ!」
ウーンファースは、叫びと共に魔法陣を虚空に描いた。
魔方陣から振れた光が、槍となって土方の体に襲い掛かるが――
「ふん」
土方は、それを鼻で笑って――受けた。
数十条の光の槍を、その身で受けてた上で、嘲笑った。槍がはじけ、周囲に光の粒子をまき散らし、つり橋の一部を散弾の様に粉砕したが、土方は無傷であった。
「おお、助かるよ奴隷商人殿。丁度、服についた埃を落としたいと思っていたところだ」
「貴様っ……!」
ウーンファースの表情が、驚愕に固まった。
今の一撃は、ウーンファースが対超人用に開発した必殺の攻撃――この世界の最高速、光速による攻撃だ。打てば必中、当たれば必殺の一撃を連発する奥の手。使えばエシャロットウルフさえ殺せるウーンファースの最強の攻撃魔術だった。
回避される可能性は予想していた。防がれる可能性も脳裏にあった。しかし……
当たっても効かない、というのは想定の範囲外であった。
「光速の攻撃か……超人にあらがおうとする馬鹿は、決まって同じ発想に行きつくな」
そんなウーンファースの内心を見透かしたかのように、土方は嘲笑う。
「光速にさえ到達すれば、どうにかなると本気で思っているとはお気楽な話だ……私に言わせれば、光速などというものは、文字通り、拘束されているようなものだ。
超人の中には、物理法則が許せば、光速の何倍もの速さで動き回れる者達がいる……私のように、な」
刀に滴る血を、一振りで払い、切っ先をウーンファースに突き付ける。
「ああ、一応、聞いておかねばならんな……
『貴様らが攫ったVIPの小娘を差し出せ』……さもないと」
「……!」
息を呑むウーンファース達に土方は言葉の途中で困ったように頭に手を当てた。
「さもないと……あー、すまん、忘れてくれ、奴隷商人君。
君らは」
言葉の半ばで土方の姿が掻き消えた。
「がぎっ……!?」
同時に、後方で悲鳴が上がる。振り返ると、逃げ出そうとしたのか……背中を斬られ、うつぶせに倒れこむエルフが一人と、それを見下ろすように佇む土方の姿があった。
倒れたエルフに向かい、土方はさらに刀を振り下ろす。
「どの道、皆殺しだ」
血が、しぶきを上げてツリーハウスを汚す。
それがきっかけだった。
パニックが、集落を包み込んだ。
恐慌状態に陥った亜人達が、我先にと逃げ出そうとする姿に、土方は笑いながら、
「あまり、時間をかけていられんのでな」
「うわあああああああああ!?」
発狂したウーンファースの部下が、強化魔法で自身の周囲に壁を作るも、
「あ――」
「適当に殺させてもらう」
次に土方が消えた瞬間に、壁ごと左右に両断されて、二つに分かれて崩れ落ちた。
「本当なら、一人ひとり丁寧に……」
「おあぁぁああああああっっ!!」
激高した獣人からの投石を見ることなく躱し、再び姿を消し――
「なます切りにしてやりたいところなのだがね」
投石をした獣人の背後に現れた。そして、獣人は……首がずるりとズレて、倒伏する。
姿を消し、離れたところに現れる。人ごみの中の一人が倒れて血を吹き出す。土方が姿を消すその度に、人が一人ずつ、切り捨てられて血の海に沈む――そんな事が幾度も繰り返されるうちに、ウーンファースは確信した事がある。
土方の、攻撃手段だ。
ウーンファースのような、瞬間移動ではない。
単純に、速さ故に、動きが見えないのだと。見えないほどの速さで、間合いを詰め、切り捨て、立ち止まっているだけなのだと。
これでは――気づいたところで対処のしようもない。
「……くそっ!」
弱気になるな、と自分を奮い立たせるウーンファース。自分が、父や妹に背を向けてまで立ち上がったのは何のためか!
踏みにじられ、傷つけられた同胞たちの無念を晴らすためだ!
その前提が――踏みにじられた無念云々が、致命的なところで間違っていることに気づかず、ウーンファースは魔術を組んだ。
土方の動きを見て思いついた、即興の魔術である。魔方陣を展開し、辺りの木々に魔力の糸を張り巡らせる。土方の周囲にのみ、集中的に。
触れれば切れる強度の魔力の糸。これで動けば、うまくすれば自爆を狙える――
「ふん」
対する土方の動きは、全くの無警戒だった。
無警戒のままに、姿を消す――否、高速で、逃げ出そうとするエルフに向かってとびかかる。
魔力の糸に、激しい手ごたえがあり。
ぶちぶちぶち、と音を立ててすべての糸が切られた。
「――!」
断ち切ったのではない。無理やり、力づくで、引きちぎった……否。
本人は、引きちぎる、と言う意図すらなかったのだろう。ただ、無防備に跳んだだけ。
たったそれだけで、ウーンファースの浅知恵を打ち破って見せた。
斬り殺されたのは、若い、エルフの母親だった。その手の中には、母親にすがる子供が。そんな光景にさえ、土方は無造作に刀を振り下ろした。
血が、しぶく。
ウーンファースの視界が、かっと赤く染まる。
子供……それは、ウーンファースとイザベルの兄妹が唯一喧嘩にならず語り合える対象であり、この集落で最も尊ぶべきものだった。
即ち……大人たちの因縁を、この子達の世代にまで引き継がせてはならない。
兄はそのための手段に闘争を求め、妹はイザークの理想に希望を見出した。
この兄弟の仲たがいは、ただそれだけの話だった。
それを、この男は――!
「……っ!? 子供を……! 貴様、正気か!?」
「うん? ああ……」
なじるウーンファースの側近に、土方は何でもない事の様に答えた。
「来世は人間に生まれられるといいな、下等生物」
あまりの言い草に、言葉を失う一同。
無論、一連の凶行を、ウーンファース達は黙ってみていたわけではない。各々が、各々の最強の攻撃手段――魔術、弓矢、投石、斬撃等を用いて、土方に雨あられと攻撃を仕掛けているが……
そのすべてが、意味がなかった。
躱されているのではない。土方はそれらを、躱す素振りすら見せずに受け止めて、その上で凶行を止めようとしないのだ。
それでいて、ウーンファース達には一切手を出さずに、周囲の、逃げ出そうとする非戦闘員ばかりを切り捨てている――弄ばれている、とウーンファース達が自覚するのに、時間はかからなかった。
「た、助けて! 助けてくださいウーンファー……ぎゃっ!?」
ウーンファースに助けを求めたエルフが、また一人斬り殺された。ウーンファース達を見る住民たちの目に、猜疑心が混ざっていくのが嫌でもわかる。
何故、ウーンファース達だけが切り捨てられずに済んでいるのか――と。
「いい加減にしろ! 土方ぁっ!」
そんな空気に耐えられず、ウーンファースは声を張り上げた。光線の魔術で、土方の体を焼きながら、叫ぶ。
「貴様も、エルフだろう!? 誇り高き、森の民だ!!」
その言葉に、土方の動きが止まった。
(これは――)
その反応が、現状を打破するきっかけになるかもしれないと、ウーンファースの胸に淡い期待が灯った。
だが。
「……毎回思うのだが、お前達にはテンプレートでも出回っているのか?
この間といい、さっきの娘といい、お前といい、毎回同じような事を言う」
はあ、と呆れた様子を隠そうともせずに、土方は頭を振った。
その目は、処置のしようがない、馬鹿を見る目をしていた。
「だからどうした、としか言いようがないんだが」
「何を……」
「私が下等生物だという事実は貴様らの生物としての格を上げてくれるわけではないぞ?」
真正面から見据えられた状態で、そう断言されて。
完全に、ウーンファースは言葉を失った。
思い知った。思い知らされてしまった。
目の前の男が、エルフと言う種族に抱く蔑視と……自身がエルフであるという事実を受け入れたうえで、それを成立させてしまう狂気を。




