たまには真面目に円卓会議
リッターホルン、『超人虎の穴』の向かいに、『超人組合本部』は存在していた。
『超人組合』と言っても、構成員の全てが超人というわけではない。バックアップの為の人員の大半は普通の人間である。
バックアップ、と一言に行ってもその範囲は多岐にわたる。ウォールブレイカーの整備員や、10000を超えるオープンワールドの情勢を見極め、要点を超人達に伝達する情報管理部、超人達の武器を管理する装備部等……
そんな超人組合の一般人の中でも最も嫌がられる仕事が、意外な事にお茶くみだ。
暴力を振るわれる? そんな事はあり得ない。超人から一般人への暴力沙汰は最悪死刑までありうる犯罪行為とされているし、超人側の理性のある人間。人によってはいたって紳士的に応対してくれる。超人組合本部内部ともなれば、なおのことだ。
しかも、お茶を出す相手は長者番付に載るような者達ばかりである。過去には、チップとして、家一つ買える額をポンともらえた事があったらしい。
やる事はお茶くみ。得られるリターンは、安定はしないものの莫大。身の安全も保障されている。これだけの好条件がそろってもなお、お茶くみが歓迎されないのは……
本人達いわく、『寿命がいくらあっても足りないから』との事。
「どうぞ……」
持ちまわりの罰ゲームを押し付けられた女性が、震える手で、湯気の立つティーカップを置いた。注がれているのは、コーヒー。ミルクと砂糖は、小瓶に入れて添えられていた。
「おう、ありがとうお嬢さん」
バンダナをしめ、髪を逆立たせた男が、気楽に手を上げて答える。ミルクと砂糖をドバドバ入れて――入れすぎじゃないか、というくらいに入れてから、グイっと一気飲み。
超人組合会員番号6番、ギャラクシア・ロード・オブ・ロード……長くて、中二病臭い名前を本人が嫌がるので、通称でギャランと呼ばれている男である。
「入れすぎよ。ギャランちゃん。
貴方が甘党なのは知ってるけど、もう少し加減なさいな」
先にコーヒーを受け取っていた女性が、静かにカップを傾けながら、苦言を呈する。こちらは、ブラックだ。
超人組合会員番号8番、紅佳丽。他人にお婆ちゃん呼びをねだる事が多い、超人組合でも最大派閥の長である。
「別にいいだろ、ジャリー姐さん。コーヒーはこうやって飲むに限らぁ」
「……太る心配も、糖尿も気にしないでいい体質って、うらやましいわぁ」
「どうぞ」
「おう、ありがとう。お嬢さん」
続いてコーヒーを受け取ったのは、身長の低い老人だった。老人とはいっても、その肉体はスーツの上からでもわかる程に引き締まっており、年齢を感じさせない活力がある。
超人組合会員番号4番 ノワール・ハードロック。超人組合でも数少ない……希少種と言っていいドワーフであり、ジャリーに対抗できる第二派閥の長でもある。
「そんな、緊張しなくてもいいんだぜ、お嬢さん。
取って食ったりしないんだし」
「無茶を言わんでください、ギャラン様。
一般人に、わしらの話し合いは刺激が強すぎるというもの」
女性の緊張をほぐそうと、軽口をたたく男に、ノワールがため息と共に小言を言う。
「そういう意味でも、今日の話し合いは――あー……」
それでもなお、女性をリラックスさせようと、材料を探すが……いくら探してもポジティブな材料が見つからず、諦めたように手を振った。
「ごめん、お嬢さん。退席したほうがいいわ。多分、殺気が乱れ飛ぶ」
「……! は、はい! ありがとうございます!」
殺気。
その一言に、女は弾かれたように踵を返し――それでもきっちり器具の片づけはするあたり、流石である――部屋を退室する。
それこそが、超人達へのお茶くみが嫌がられる理由。簡単な言葉の応酬に乗る剣呑さだけで、常人ならば心臓が止まりそうなほどの殺気怒気が乱れ飛ぶ場に、茶を出しに行かねばならない……戦場に、ティーセットを片手に乱入する様なもんである。嫌がられるのは、当然だった。
真っ青な顔で退出する女の背中を見送り、後で心ばかりのチップを渡しておこうと決意したのは、四人目の男……角刈りのビジネススーツの男だった。精悍な顔立ちに。敏腕ビジネスマンを思わせる空気をまとう男は、最も円卓の業務に忠実な男――超人組合会員番号12番中条 守である。派閥は、純粋な超人組合……組合そのものと言っていい派閥である。
……円卓のメンバーからの評価は、『会議の進行役』だの、『胃に優しいもの以外食べてなさそう』だの『組合の使いっ走り』だの散々なものだが、円卓にふさわしい能力は持っているのである。一応は。
さて、と中条は立ち上がり、辺りを――円卓に座した四人の人間達を見回した
「それでは――只今より、円卓会議を開催いたします。
発言の際は、挙手をもって――」
「はーい、議長」
「……なんでしょう、ギャラン殿」
「円卓会議って、こんなほいほい開催していいもんじゃないだろ……?
出席を義務付けられてる方の身にもなってほしいんだけど」
なんせ、前回の開催がたったの一週間前である。異世界間を飛び回るのが仕事である超人に、一つの世界で開催される会議に出席し続けるのは、かなりの負担だった。
現に、今回の会議に出席しているのは、12人中たったの四人……派閥の関係で出席せねばならない二人と、『後ろ盾』から出席を強制されているギャラン、会議進行役の中条の四人のみだ。
いや、より正確には……もう一人、出席者は存在する。
『同感だな。些細な問題で円卓会議を招集するのは、いかがなものか』
円卓に並ぶ空席の一つから、声がした。人の姿はなく、その代わりに、ノイズで輪郭も定かではない立体映像が、デスク上の空間に映し出されている。
浅葱色の髪を総髪にまとめ、だんだら羽織を羽織った人影は、超人組合会員番号3番、土方マルコシアスのものであった。
「……些細な問題? そういう事は、政治的な立ち回りを完璧にこなしてから言ってほしいものですな! 土方殿!」
『政治か……』
いら立ちを隠そうともせず、詰問する中条に、土方は何でもない事の様に返した。
『『ハックラッシュ』の国々に対しては十分すぎるほどに慎重に立ち回ったつもりだが……』
「十分であろうな……エルフの王国に対するそれを除けば、だが」
ノワールが、ミルクを少々コーヒーに垂らしながら、口を開く。
「相手の面子を完膚なきまでに叩き潰しおってからに。
土方よ。お主、ちとやりすぎではないか? エルフの労働組合から、悲鳴が儂の所に届いておるのじゃが」
『知った事ではありませんな……それこそ、私に一任してくださればいい。
人擬きの労働組合、などというふざけたもの……貴方方が私に、ゴーサインさえくれれば一瞬で血祭りにあげられるものを』
「無茶を言うでない。無茶を」
エルフをはじめとした亜人達と彼等との融和路線を打ち出す政治家達をバックボーンにした派閥の長は、土方の過激な発言に眉をひそめた。
『して……議長。私は、そんな中身のない説教を聞かされるために招集されたのですかな?』
「……まあ、いいとしましょう。『ハックラッシュ』のエルフの王国へのアフタフォローは、ノワール殿にお願いいたします」
「おう、任されよう」
ノワールは鷹揚に頷いて、コーヒーをマドラーでかき回した。黒い水面に、白い筋が混ざって茶色に染まっていく。
「今回の議題は――アハトベルンからの通報についての是非であります。
この度、エルフの手による大規模な転生テロが行われようとしているとの通報があり……」
ざりりっ、と奇妙な音を立てて、土方の立体映像が揺らいだ。
何が起きたのか、と問う者はいない。大体の想像がつくからだ。
(土方ちゃんの殺気に、周りが動揺したのね)
異世界越しの立体映像投射には、物理法則的な無理をいくつも重ねねばならない。地球系列世界同士ならある程度共通する化学法則を使えば何とかなる。魔術世界同士でも魔力の波長を合わせればなんとかなる。これが、全く異なる物理法則の世界同士となると話は変わってくる。
魔術の世界と地球系列世界のやり取りとなると、物理法則のすり合わせの為に、かなり大規模な術式や機械を用いねばならず、所によっては生身の人間の手によって直接リアルタイムで変動する数字に修正を入れねばならない。それこそ、被写体につきっきりで。
つまり――土方が今いる世界がまさに、映像投影に人の手が必要な魔術世界であり、立体映像を投射するための人員は、土方の殺気をもろに浴びる羽目になる。
見れば、土方の形相は、粒子の荒い立体映像越しでもわかる程に凄まじいものになっていた。目はかっと見開き、口は禍々しく笑みの形をうかべている。
『失礼。わかっていても、殺気というのは漏れてしまうものだなぁ。
転生テロ……エルフによる……今のタイミングで……』
「嬉しそうだねえ、土方」
『嬉しいさ。決まっている。
エルフを、絶滅させてもいい、滅多にないケースだ』
呆れを含んだギャランの声に、自身の感情を取り繕う事さえせずに、土方は嗤った。嗤いながら、手を上げて、
『議長、発言を』
「許可します、土方殿」
『それで? 俺はどこに切り込めばいいんだ? 敵の規模は?
百か。千か。万か。それとも、億か!』
「土方殿。事態の解決には、既に草間殿とアルトエレガン殿が動いている」
『――は?』
上がり切っていた土方のテンションが、急激に下がる。
『今、何と言った? 中条……?』
「既に、人を送っていると、そういったのですよ、土方殿。
なので、貴殿は今回の一件において、する事はない」
『…………』
土方の立体映像が、その動きを止めた。気付いたのだろう。何故、自分が円卓会議の場に呼びだされたのかを。
(大方、『ハックラッシュ』の一件でお灸をすえられるだけ、だと思っていたんでしょうけどね)
ジャリーはブラックコーヒーを傾けながら、土方の内心を推察した。
今回の会議の本当の開催理由は、事態に対する対策を話し合う事ではない。暴走する事が容易に予想できる、土方――反エルフ派閥への釘差しが主な理由なのだ。
(ちょっと、おいたが過ぎたわね、土方ちゃん)
最近の土方の派閥の動きは、亜人と特に深い関わりのないジャリーからしても、度が過ぎるというものであり……その動きをけん制したいから協力してほしいという、超人組合側とノワール派閥からの要請にジャリーは応じざるを得なかった。
どちらとも縁のないジャリーに言わせれば、過去の因縁を引きずる反亜人派閥も、いまだにエルフ達のエコテロリスト化を止められない亜人派閥も、どっちもどっちといった所なのだが。
(今回は、私はこちらにつくわ。悪いわね。つるし上げみたいになっちゃって)
『……エルフの討伐には、私……いや、我が派閥が率先して行ってきた、業務の筈ですが』
「業務って言ったっておめー、やる事って言ったら皆殺しだろ。み、な、ご、ろ、し。
俺ぁ、『ハックラッシュ』の女神さまから直々に苦情喰らったんだがねぇー。うちの子達になにすんだー、って。泣き入ってたぜ、かわいそうに」
『神』担当窓口であるギャランが、不満を並べる土方に、不満を投げ返した。
『エルフに加護を与えるような、物好きな神の言う事など、放っておけ』
「お前ね。向こうは人間換算で言えば10歳にもならない幼神だぞ?
あいにく、俺は放っておくわけにもいかんのだ。それがお仕事だからな。
今回の仕事は、テロの事前防止と当該エルフの捕縛――殺しが専門のお前の出番は、ないよ」
『捕縛なら私もできるがね』
「あいにくだがな土方よ。両手足を切り取って、縄で縛りあげた状態は、捕縛とは言わん。生け捕りというんじゃ」
土方が行った捕縛の前例を上げ、ノワールが兎に角、と言葉を放つ。
「もののついでじゃ、今回の一件に関して、お主の関与を禁ずる。
儂としては、これを、改めて提案したいのじゃが……かまわんじゃろう? 中条」
「発言の際は、挙手をもってお願いしたい。ノワール殿」
「失礼した。中条殿」
事前に決めていた通りに、話が流れていた。
わかり切った事を、いけしゃあしゃあと抜かす二人に、土方は……
(……?)
土方の反応を見て、ジャリーは肩眉をはね上げた。土方は、自身の派閥からすれば屈辱的な命令を強制されているにもかかわらず、薄く、笑っていた。
『禁止……と、来ましたか……』
「おうとも。今回の目的は、テロを未然に防ぐ事。生け捕りではなく捕縛……現地の司法機関による刑の執行も含めたものじゃ。
異世界には異世界の法があり、それを破れば裁かれる。超人組合の力等無くとも、な」
言葉にこそしなかったが、ノワールが土方達をこの件に関わらせたくない理由は、別にあるとジャリーは推察していた。
土方が事態の制圧を担当した場合、テロを未然に防ぐことは、不可能なのではないか、という事だ。
すなわち、世論を味方につけ、エルフ撲滅へと持っていくために――意図的に敵を見逃して、テロを引き起こさせる可能性がある。
人がこの考えを聞いたら、考えすぎではないか、と言うかもしれないが――
(既に似たようなことを、やっているのよねえ、この子)
『ネビールー』で引き起こされた、転生トラックテロ。土方派閥は、あの一件を、かなり早期に察知しておきながら、放置して意図的に引き起こした可能性が濃厚だった。
何せ、現場に居合わせて事態を無血で終わらせたという超人は、土方の派閥――どころか、土方の子飼いの超人の一人だったのだ。
つまるところは、マッチポンプである。エコテロリストの計画を利用して、自身の派閥に追い風となる世論を作り、人気取りにも成功したわけだ。
(人死にが出ない様に、っていう最後の一線らしきものは見えるんだけど……逆に言えば、人死にさえ出なければなんだってする、危うさがあるわ。この子には)
相手が行ってきた策略の癖を見切った上で、ジャリーは土方を見た。
相変わらず、その顔は、薄く笑っていて……
「もののついでじゃ。お前さんは、生け捕りと捕縛の違いを、あの二人に習うといい」
『……生け捕り捕縛の違い、ですか。
では、見物くらいは許されると?』
「うむ、構わんよ」
「むしろ、後学の為に推奨したいところですな」
『ああ、それはよかった……ところで、中条』
「なんでしょう、土方殿」
『この会議の内容――議事録には、残るのだろう?』
薄く、薄く、嗤う土方の姿に、ジャリーの背筋に冷たいものが走った。思わず、立ち上がって声を張り上げる。
「まって、ノワールちゃん! 中条ちゃん!!」
「てめ――土方ぁっ!」
同じ予感を覚えたのか、ギャランも声を張り上げる。
二人の脳裏によぎったのは、土方の、現在地である。てっきり、『ハックラッシュ』からの通信だとばかり思っていたが――
「土方ちゃん……貴方、今、何処にいるの?」
返答は、哄笑でもって行われた。
『残してもらわねば、困るなぁ』




