土方マルコシアスという男
某月某日。剣と魔法の異世界『ハックラッシュ』にて。
森の中にある、小さな集落――エルフ達が住まうその村は、今、戦場になっていた。
「ってぇーっ!」
号令と共に火矢が放たれ、油壷が投げられて、一瞬で辺りは火の海と化す。
彼等に与えられた指令は、見敵必縛。殺害は認められず、すべてを捕獲するようにと厳命されていた。
彼等の装備は、鈍く輝くライトメイルに細身のレイピア……金髪に、ピンと尖った耳。攻める側も、エルフの軍勢。彼らは、この世界に存在するエルフの王国、その兵士達である。
「くそっ……! 『水撃弾』!!」
「『豪水雨』!!」
応戦するエルフの男達は、レザーメイルに木製の弓、そして魔法を駆使して戦っていた。水系統の魔術を用い、戦闘と消火を同時にこなしていく。
陣頭指揮を執っていたエルフの里長の元に、斥候が戻ってきた。
「女子供は!?」
「先に逃がしました! 我等も……!」
「よし……! 総員! 撤退だ!!」
「待て……!! 逃がすな!!!!」
撤退を始めた敵の姿を見て、王国側の指揮官が怒鳴った。心の芯からの、怒りが籠った号令であった。
「あの、エルフの恥さらし共を一人残らずひっとらえろっ!!」
先日、『ネビールー』において行われた、転生トラックテロ。
あの一件で、最も傷つけられたものは何か。轢き殺されそうになった子供達の心の傷? 真面目に働く、エルフ達の体面?
否であると、王国の指揮官は思う。
もっとも傷つけられたもの、それは――被疑者たちと故郷を同じくする、エルフの誇りである、と。
世界を救う? 確かに、魔王軍の脅威の前に、英雄は必須である。エルフ達とて、座して滅ぼされるつもりはなく、様々な取り組みを行っている。
だが、そのための手段として、幼子を殺して勇者に仕立て上げるだと?
自分たちの世界の、自分たちの領地に住むエルフが、そのような愚行に走った。そう知った時の、国王の怒りようを王国の指揮官は目の前で見た。
『この村の者達を余の前に引きずり出せ!』
温厚な王が出したとは思えぬほどの、怒号であった。無理もない。
この一件で、『ハックラッシュ』に住まうエルフの立場は、一気に悪くなった。
魔王軍の脅威に対し、エルフの王国は、時には王自身が頭を下げて、様々な方面に働きかけてきた。勇者召喚の為の交渉も、超人組合との折衝も、人間の国との通商条約も――全てとは言わないが、大半が振出しに戻った。
転生トラックテロは、超人組合の領分。超次元犯罪である。その解決には必然的に超人組合が動く……同時に、魔王軍も殲滅してくれる予定らしいが、明らかにもののついでであり、メインがエコテロリストの鎮圧である事は明らかだった。
事ここに至っては、自らの手で汚名を返上する。自らの手で、この村を……エルフの癖にエコテロリズムなどに染まった馬鹿共を、捕縛するほかに、エルフの王国の体面を保つ方法はなかった。
「野蛮な機械文明に従属した、快楽主義者共め……!」
一方の村の側にも言い分はある。
エルフとは、森と共に生き、森と共に死ぬもの……それを、あんな吐き気を催すような場所に住む、人間達の力を借りるなど。森の民としての誇りはどこに置き忘れたのか。
幼子を殺す、などというが、大義の前には必要な犠牲だと、村の人間達は考えていた。前線で兵士が死ぬことと同じ事である、と……
王国軍の怒号を背に、村の男達は一塊になって、燃える村を駆け抜けていく。
「おのれ、王国……! 我らが勇者を得た暁には、見ておれよ!」
「もうすぐです長!」
「こちらです! 村長、今のうちに――」
村と森の境界線。一同を先導していた斥候が、背後を振り返って――次の瞬間。
その、首から上が、消えた。
「……! 長! お下がりを!」
「新手か!!」
首を失い、どっと倒れこむ斥候の市街に、身構える村の者達。
その前に立ちはだかったのは……この世界ではめったに見られない、異装の男達だった。
一様に髪はなく、体は異様に細く見えた。黒い服装で、腕の所が袋状になっており、ズボンはだいぶんゆったりとした余裕を持たせてあるように見える。
村の男達は知らなかったが、それは、地球系列世界和服と呼ばれる服装の一形態。着物と呼ばれるものであった。
黒い着物の男達は、手に刀を持ち、油断なく男達を取り囲んだ。その速度が尋常ではなかった。一瞬で、動きによって暴風まで発生させる、その身のこなしは……!
「超人……!」
風にあおられながら、村長がその素性を言い当てる。異世界の、勇者の集団に相違なかった。
思わず身構える村の男達の前に、超人達の包囲網を割って、一人の男が進み出た。
こちらも、又、異装であった。黒い着物と袴は周囲の超人達と共通していたのだが……その上から、さらに布を羽織っていた。だらしなく前を開けた、コートの様なもの……こちらも、袖が袋状に加工されているが、何よりも目を引くのがその色彩だ。
水色に近い色彩と、白。山形の模様。
彼等は知らなかった。その服装は、日本では簡単に説明がつく代物であることを。
『浅葱色の、だんだら羽織』である。
髪は、周囲の男達と違い、前髪ごと後頭部にまとめたオールバック……浅葱色の長髪で、後頭部から垂れ下がる髪は地面にまで届きそうなほどであった。
これも、日本では総髪と呼ばれる髪型である。
顔の作りは端正なものであった。
「……この村の、村長で間違いないな?」
その端正な顔に、隠そうともしない侮蔑の感情をうかべて、問うた。
「いかにも、私は……」
「御大層なご高説はいらん。立場だけわかればそれでいい。
どの道、お前らで最後だ」
男達の顔が、歪んだ。
超人達が、ここに現れた事は、問題ではない。あれだけの事をしたのだ。超人組合とやりあう覚悟はとうに出来ている。
問題は、今の言葉と、その男達が現れた、方角で……
「そち、ら……には……」
ぽたり、ぽたりと。
だんだら羽織男が手にした刀から、血が滴って地面に落ちる。
「女子供が……妊婦も……いたはずだぞ!?」
「だから?」
村長の言葉に、だんだら羽織の男は無造作に問い返した。
「お前らは、害虫が卵を抱えていたらどうする?」
絶句し、固まる村の男達に向かい、男は嗤う。
禍々しく曲々しく、ただ只管に嬉しそうに禍々しく。
「ぷちりと潰して終わりだ」
「き――貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「『滅光線』(バニシュレーザー)!!」
激高した男の手から、光がほとばしった。
魔術でしか戦えないエルフ達が超人相手に戦うために編み出した戦法――光速で放たれる光線魔法による、面制圧である。
必殺の攻撃であった。男達にとっては。避けられぬ一撃であった。男達にとっては。
だが、だんだら羽織の男は、避けるそぶりすら見せずに、すべての攻撃を、棒立ちで受け止めた。ただ、それだけだった。
「ああ、なんというのだったか、こういうのを……お前たちの言葉では……」
雨あられと降り注ぐ光線を、涼しい顔で受け止めて。
かすり傷の一つも負わず、だんだら羽織の男は嗤う。嗤う。嗤う。
「必要な犠牲、というのだったか?
人間が、平穏な毎日を送るために、必要な犠牲だ」
「貴様っ!! 貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「そんな、そんな理由で……!」
「うあああああああっ!!」
村長たちは、自分たちが振りかざし、免罪符にしていた言葉をそのまま返されたことにも気付かなかった。気付かずに、抜刀し、体に魔力を漲らせて、だんだら羽織の男に切りかかる。
「そうだ……! そうだ! そうだとも! もっと、自分勝手で、醜くあれ!
醜悪で、傲慢で、自分勝手で……! どうしようもなく悍ましい!
貴様らエルフは――そういう存在だ!」
それさえも受け止めて。
だんだら羽織の男は哄笑した。
「さあ……絶滅の時間だ! 諸君……!!」
笑う男の耳は、尖っていた。
超人組合会員番号3番 土方マルコシアス――エルフにして、エルフ絶殺主義者である。
とある、エルフの王国の、玉座の間にて。
玉座に座る老齢のエルフの王に、討伐隊の陣頭指揮を執っていたエルフが、傅いて報告を行っていた。左右には、王国の重臣たちが控え、王と同じく報告に耳を傾けている。
「以上が、事の顛末です」
「そうか……村人は、全員……超人組合に、打ち取られたか」
「はい。一人残らず……」
その時、まざまざと見せられたものを思い出し、嗚咽を漏らしそうになる指揮官。誰一人として、人の形をとどめた死体はなかった。女、子供、一切の区別なくただの肉塊にされていた。
「一人残らず、ときたか……我らの手で事態を解決できなんだことは、無念極まるな」
「……力及ばず、申し訳ありません……!」
「……その、超人達を率いた男……土方殿、と言ったか。
国王として、礼をせねばなるまい。歓待の宴の準備を」
「……………………………………………………………………」
「言いたい事はわかるぞ、将軍。
土方マルコシアスと言えば、極端なエルフ差別主義者で有名な男だ。さぞや、互いにとって不愉快な宴になる事だろう。
だが、国家の一大事を、解決してもらっておいて、何もなしでは面子が……」
「……帰りました」
「……?」
「……土方、マルコシアス殿……! 集落討伐後、異世界ゲートを潜り、帰還されました!」
「……………………………………………………………………は?」
長い沈黙の後、王はようやく、一言絞り出すのがやっとであった。謁見の間に並ぶ重臣たちの間からも、どよめきが起こる。
それが、どういう事を意味するかを、彼等は理解していたのである。
「目的は、もう果たした、とばかりに……! 部下の超人達を魔王討伐の任を与え、そのまま……」
「な、ならばせめて! その部下達への歓待を……!」
「引き留めたのですが……! 彼等もまた、我等に用はないと……」
「…………」
力なく玉座に体を預け、顔を覆う国王。身内から世界を揺るがすテロリストを出し、その鎮圧の手柄はすべて取られ、歓待も完膚なきまでに無視される……
エルフの王国の国家としての面目は丸つぶれであった。これからの外交に、どれ程の影響が出るかなど、考えたくもない。
政治を知らぬ? 否。それはない。
何故なら、土方一党は、このエルフの王国に来るまでは、外交的に完ぺきな立ち回りを行い、歓待の宴などにも出席しているからだ。
意図的に、エルフの王国を乏しめる為に無視したと思っていいだろう。
「それほどまでに、エルフが嫌いか……土方……!」
国王が感じた事のない、エルフに対する恐ろしいまでの悪意がそこにあった。
とある世界。
とある場所。
とある片隅での会話の記録
「…………」
「どうしました? 土方さん。いかにも不機嫌ですけど」
「ふん……不機嫌にもなる。
『ハックラッシュ』のエルフを、絶滅させられなかった」
「…………
あれだけ殺せば、十分では?」
「十分じゃない。まだ、エルフの王国などというふざけたものが残っている」
「はいはい、わかりましたから。殺気まき散らすの勘弁してくださいね。
若いのはあんたの殺気に慣れてないから、寿命が縮むって苦情が来てんスよ」
「……何? そうか……それは、悪い事をしたな」
「まあ、奴さん方面子丸つぶれですし、しばらくは外交で苦労するでしょうね。
それで満足してくださいな」
「それだよ」
「?」
「エルフが、王国? 面子を気にする様な規模の? はっ、悪い冗談だ。
人間擬きが人間の真似をして国を作るなど……」
「だーかーらー。殺気まき散らすのやめてって言ってるでしょ?」
「む……すまん」
「エルフなのに……エルフ嫌い!?」
「嫌い、じゃあ済まねえよ。あれは。
もう、憎いんだ。過去に何があったか知らねえが」
綾の驚愕の声に、アルトエレガンは吐き捨てた。
「ああいうのは、テンペスト事件の時に飽きるほど見た。
憎くて憎くてたまらないから殺す。殺すためだけに殺す。そういう輩だ。
エルフ専門の殺し屋……いや、絶滅請負人。危険だと判断したエルフを、いくつもの世界で絶滅に追いやってきたエルフ絶殺主義者だ。
円卓の、人類至上主義派閥の代表。関わるだけ損どころか、有害まである奴だ。だから、お前らは……」
――町中に響き渡る鐘の音が、アルトエレガンの言葉を遮ったのは、このタイミングだった。
カラン、カランカラカランと一定のリズムを繰り返し、鳴らされていた。
講堂に居並ぶ一同の顔つきが変わり、各々が傍らに置いていた武器を取り、一斉に立ち上がる。周囲のただならぬ様子に綾が目を白黒させてアイに問うた。
「あ、アイさん!? 一体、何事ですか……!?」
「ああ、これはね……」
アイも、自分のライトメイルの結び目を確認しながら、答えた。
「自警団員の招集用の鐘の音よ。団長の世界にあった、モールス信号とかっていう奴を参考にしたんですって。
この鳴らし方は……北門に第一種緊急事態発生。ようするに、滅茶苦茶な事が起きたから、動けるものはみんな北門に行けっていう、そういう事」
「となると――」
アイの説明に聞き耳を立てていたアルトエレガンが、気を引き締めて呟いた。
「俺らも行った方がよさそうかね。こりゃ」
講堂の壁――その向こう側で腕組みして壁に寄りかかり、待機しているであろう、バーコードハゲの相棒に視線を投げた。
Q.なんでこいつ新選組のコスプレしてんの?
A.そういう奴なんです。伊達や酔狂でやってるわけじゃない。
詳しくは、後ほどのエピソードで




