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手加減何それ美味しいの?

 綾の体につけられたエーテルボムは、オンリーワンの特注品であった。

 事の性質上、常に起爆可能な状態を保たねばならず、かといって、頻繁にメンテナンスする事も出来ない。いかに超化学文明の産物とはいえ、人体の内部に長期間放置すれば機能不全に陥る可能性はゼロではない。

 当人にさえ存在が秘されいたエーテルボムの状態を保つためには、メンテナンスフリー……保守整備が完全に不要なものを用いねばならなかった。サイボーグ技術に用いられる生体部品に、ナノマシン、培養された特殊細胞など、様々な改造が施された。

 これが、事態をこれでもかと悪化させたらしい。


「エーテルボムに用いられた多数のバイオ部品が、ナノマシンの活動で、生体部分との癒着を引き起こした。脊椎の神経や、心臓の筋肉に食い込んでいる」

「はぁ」


 綾の執刀を指揮したという医者が、レントゲン写真をポインターで示しながら、状況を説明する。


「幸い、ナノマシンは爆弾の状況保全と貴方の生態活動を両立させるようプログラミングされていたため、生態活動に影響はないが……現代の医学では、これを君の体から取り除くことは不可能だ」

「……ガゼロットって、物凄く文明進んでるんじゃあないんです?」

「確かに、ガゼロットの最先端医学なら、苦も無く取り出せただろう」


 綾の疑問を、当然の事だといわんばかりに医者は返して見せた。


「が、残念ながら、私をはじめとした執刀に当たった医師たちはガゼロットの物理法則を一通り学んだだけの……エーテルボムの解体の為に結成された、異世界人の即席チーム。

 そのような高度な施術はとてもではないが……」

「成程……」

「専門の医師が用意できれば、最善だったのだが、力及ばず」


 医者はあえて言わなかったが、今のガゼロットに住む人間はゴリゴリの選民思想に染まった生粋の国益主義者ばかりであり、医学界もそれは例外ではない。

 ガゼロット医学界の権威には、軒並み頭を下げて頼み込んだが情報が出回る前は『星にしがみつく野蛮人相手にしていられるか』と、情報が回り始めた後は『国益を損い、未開の猿の味方をした娘の施術など冗談ではない』と、居丈高に断られまくったのが実情だった。


「幸いにして、雷管周りのパーツは浸食を受けておらず、問題なく解除が出来ましたので、もう爆発の心配はない」

「……そう、ですか」

「ですが、エーテルボムとはもともとが永久機関――エーテルドライブの無限動力を、爆発力に転換しただけの代物……雷管を取り出し、解除した後に残るのは、無限動力器官。

 今の君は、人間爆弾ではなく、人間無限動力だ。」


 沈痛な面持ちを隠そうともせず、医者は真実のみを告げる。

 ……目の前の少女に襲い掛かる運命の過酷さに、神を呪いたくなる。このオープンワールドにおいて神とは架空の存在ではなく実在の概念の一つであり、実際に口走ろうものならリアルで天罰が下りかねないのだが、それでも、だ。

 どのような世界においても、無限のエネルギーを生み出せる人間。その存在が持つ価値は計り知れない。

 エネルギー問題が軒並み解決するのはもちろんの事、軍事運用すれば異世界への進軍すら夢ではなく、国家連盟での発言力にダイレクトに影響するだろう。

 もはや、この少女の身に平穏は訪れようがない。実際、彼女の住んでいた世界のアメリカ合衆国は動き出しており、少女の身柄の返還をと、矢の催促が止まらない状態だ。

 人間らしい生活ができるかさえ、怪しい所だった。


「無限動力……かぁ」


 呟くその様子から、悲観しているような様子は見受けられない。

 今は、まだ、実感がわかないのだろう。そのうち、嫌でも思い知る事になる。政治の暗闘に巻き込まれ、己の運命を悲観する日が必ず来る。

 本当に、哀れな少女だと、医師は思う――自分と、同じように

 男は医者で専門はガゼロットにおける医療技術である。ガゼロット人を除けば、最もガゼロットの医学に精通していると言っていい。

 ガゼロットがあのような醜態を見せた以上、オープンワールドの政情の中心に戻る事は不可能である。そんな、田舎世界になり下がる世界でしか通用しない技術など、これから先細りするだけの分野だ……男が学会で浮き上がる目は、もはや、ない。

 きっと、自分と少女は一蓮托生。少女の体を最もうまくメンテナンス――非人道的で吐き気のする言い方だが、少女の立場上この言い方が適当だろう――出来るのは、専門家である男だ。少女と自分は抱き合わせで、これから政治の思惑に振り回されることになるのだろうと、悲嘆をこめて少女を見た。

 自分の手を見つめる少女は、同じ未来予想図を描いているのかもしれず……


「やっぱり、手からビームとか出せた方がいいのかなあ」


 訂正。

 なんか、ものっそい前向きに変な事を検討し始めていた。


「それとも、魔法の世界とかもあるんなら……魔法とか使えたら、活用できませんかね??」

「いや、かね?? とか、私に聞かれても……」


 魔法は専門外の為、即答は出来かねた。

 確かに、魔法を使った医療は、化学医療とは全く違う方向性に進化しており、世界によっては死者の蘇生すら容易に行えると、論文を見た事ははあるが……


「いや……ガゼロットも地球系列世界だから、異世界に渡航すれば可能……かもしれんな」

「本当ですか!?」

「ああ、地球系列世界の人間は、特異でね」


 しかし、喜色満面の笑みを浮かべる少女に、水を差すこともあるまいと、医者は希望的観測でもって答えた。


「異世界に行くことで、化学反応が――」


 男の言葉を遮ったのは、ぶしつけなノック。ドアに対するいたわりを欠片も感じさせない、乱暴な音が、診察室に響く。


「……失礼。寺門さん。

 何事だね?」

「失礼します。ドクター」


 引き戸が開かれ、黒服の男達が室内に踏み込んできた。筋骨隆々の肉体を無理やりスーツに押し込み、パンパンに膨らませた、三人組。どう見ても堅気には見えない男達だった。


「寺門 綾様ですね? 誠にぶしつけですが、我々にご同行願います」


 丁寧なのは言葉だけで、欠片も敬意を感じさせない態度であった。

 どこかの世界の政府が、実力行使に出たか――

 思わず舌打ちしそうになるのを堪えて、無駄と理解しつつ声を荒げる。


「なんだ君たちは!? 一体、何の権限があって――」

「ドクターには関係のないお話です。さあ」

「え? え!?」


 有無を言わさぬ態度で、ドクターを押しのけ、綾の手を掴む。乱暴に押しのけられたドクターの体が、パイプ椅子と共に音を立てて地面に叩きつけられた。

 おや、おかしなことになったぞ、と、ドクターは脳の、妙に冷静な部分で思った。少女を無限動力として用いるのならば、専門家であるドクターに対してこの態度はない。

 どうやら、相手は『異世界のものはその異世界の専門家に』というオープンワールドの常識を、全く知らない手合いのようだった。少女を取り巻く環境で、そのような思考と行動を起こしかねないのは――

 つい最近解放されて、オープンワールドの常識を知らない世界。


「ご心配なく。我々は、アメリカ政府の者です」


 少女が育った世界の、アメリカ政府。


「っ!!」

「せ、先生!」


 倒れてうめき声をあげるドクターに駆け寄ろうとするも、パンパンに膨れ上がったスーツの腕に道を塞がれる少女。無駄とわかりつつ、ドクターは声を荒げる。


「馬鹿な事を! その子はまだ、術後間もない! 世界間の移動など……!」


 ばきり、と骨同士のぶつかる音が、ドクターの頬骨を鳴らす。鍛えられた腕で殴り飛ばされ、ドクターの体がリノリウムの床にたたきつけられた。


「先生!! は、放して……!」

「ちっ……黙らせろ!」


 必死で男達の手から逃れようとする少女の腹部に、丸太の様な太い膝が突き刺さった。手術後間もない患者になんてことをするのか。常識を知らないにもほどがある。

 空気の塊を吐き出し、意識を失った少女を担ぎ上げて、男達は部屋を後にしようとして――その動きが、止まる。


(……!? 何か、あったのか?)


 衝撃でぼやけた視界が晴れていき――ドクターの目に映った光景は。


「…………」

「…………」


 開け離れたままの扉の向こう側に、新たに表れた二人のダークスーツ。

 先に侵入してきた三人と同じような格好だが、肉量に圧倒的な違いがある。有体に言ってしまえば、病気を疑ってしまうほどに細い、骨と皮だけの痩せぎすの体の持ち主たちだった。

 ドクターは、痩せた男達の正体に覚えがある。

 怪我をしないうちに降参しろ、と警告してやりたかったが、脳が揺さぶられているのか、体が言う事を聞かない。


「――失礼だが、何処のどちら様かな」


 明らかな異常事態を前にしても慌てる様子もなく、痩せたダークスーツの片方が問いを投げる。


「君たちの様な訪問者があるとは、上から聞いていないが」

「我々は、アメリカ政府の者だ」


 それだけ言えば十分だろう、と言わんばかりの傲岸な態度に、痩せぎすの者――全員ダークスーツで紛らわしいので、ドクターは心の中でマッチョ、骨と呼び分けることにした――骨達は肩をすくめた。


「アメリカ政府。なるほど……で? どこのド田舎のアメリカ政府かな?」

「アメリカ政府はたくさんあって区別がつかんな」

「――!」


 明らかな嘲笑を受けて、マッチョの男達の一人が動いた。らちが明かないと思ったのだろう。骨の男達を押しのけようと、肩に手をかけて――

 その動きが、止まった。


「……!?」

「どうした?」


 肩を掴んだマッチョの男の顔が、驚愕に歪んだ。次いで、みちみちと音を立ててダークスーツが膨れ上がり、顔に血管が浮き上がり真っ赤に染まるも、状況は変わらない。

 そこまで見てようやく、他のマッチョ達も異常事態に気が付いた……動かせないのだ。目の前の、骨と皮で出来たような男の体が。マッチョの男の全力で。

 別のマッチョが、弾かれたような勢いで、骨にとびかかった。全力をもって振り上げられた握りこぶしが、骨の顔面に叩きつけられた。

 診察室に骨と肉の潰れる音が響き渡る。


「がああああああああああああああ!?」


 マッチョの男が、腕を抑えてうずくまる。

 骨の男の骨と肉を砕くはずだったその拳は、ぐしゃぐしゃにつぶれていた。指の関節はすべて明後日の方向を向いていた。


「いかん、いかんなあ」


 人を殺せそうな勢いで殴られたにもかかわらず、骨の男はのんびりとした口調で、


「カルシム不足だぞ? 毎日牛乳は飲んでるか?」

「こいつらに必要なのは骨へのカルシウムじゃなくて、イライラ解消のカルシウムじゃないか?」


 のんびり会話を交わす骨たちに、最後の一人が行動する。

 殴りかかる? 否。やる事は単純――懐から取り出した物体を突き付ける。


「一度しか言わない。そこをどけ」

「…………」


 突き付けられたのは、黒塗りのピストルだった。

 対する骨たちの反応は、無言。マッチョの対応も、無言だった。

 無言で、ピストルの引き金を引いた。

 三発、乾いた音が響き渡り――マッチョ達の顔が、歪んだ。


「本当に田舎者だな。ピストルで超人が殺せると思っていやがる」


 顔面に向かって放たれた弾丸を、歯で加えて弄びながら、骨――超人組合の一般構成員は深いため息をつく。


「こんなのがいるから、アメリカはいつまでたってもオープンワールドで馬鹿にされるんだよなあ……同じアメリカ人として、情けないぜ」

「ッ!!!??」


 骨と皮だけの体で押しのけられず、殺すつもりで放ったパンチは手を砕かれ、弾丸は受け止められて。得体のしれない存在への恐怖でパニック状態に陥り、ピストルを乱射するマッチョ。


「おい馬鹿やめろ。ゲストに跳弾が当たったらどうすんだ!」


 放たれた弾丸を、いちいちキャッチしながら、骨の一人がマッチョの手を握った。

 音もなく、骨の数倍はあろうという剛腕がねじり上げられ……引きちぎられた。あまりに埒外の方向からかけられた強大な力に、マッチョの肉体が耐えきれなかったのだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁっっ!?」

「あ、やべ」


 片腕を失くしたマッチョが悲鳴を上げる。

 狼狽する残った二人のマッチョに向かって、もう一人の組合員がとびかかり、足払いを仕掛ける。その動きは、ドクターでも目で追える程度の速度であったが――

 マッチョ二人の膝から下を、枯れ木か何かのようにたやすく粉砕し、明後日の方向に向かって折り曲げた。


「あぎぃっっ!!」

「ぎゃぁっ!!」


 悲鳴と共に手放され、落下した綾の体を、足払いをかけた組合員がスライディングキャッチする。


「落ち着けって! 同じアメリカンの誼、悪いようにはしないから!」

「ドクター、無事ですか?」

「あ、ああ……」


 残りの二人を鎮圧した骨に助け起こされ、ドクターは苦言を呈した。


「もう少し、穏便に済ませられなかったのかね!?」


 血をまき散らしてのたうち回るマッチョ達の惨状を、ドクターは医療従事者として見ていられなかった。

 いくら、少女に対して狼藉を働こうとした輩とはいえ、あまりに人道を無視した鎮圧であった。よくもまあ、悪いようにはしないなどと口にできたものだ。

 想像していた通り……いや、それ以上の、大惨事だった。

 問われた組合員は、困ったように肩をすくめて。


「いやあ、我々はそこまでの技術はないんで……」

「それは話に聞いているが……いくらなんでも、おおざっぱすぎるだろうっ!」

「こんな修羅場になってると知っていたら、専門家が送られてますよ。

 我々は――ただ、力が強い『だけ』の平ですので」

「……その超人組合が、一体、この子に何の用だね?」


 自分に用があるのか、とは問わなかった。言うまでもなく、話題の中心は気絶させられたあの少女だろうから。そんなドクターの心の動きは伝わったのか、組合員は心外だと言わんばかりに、言った。


「ああいえ、ドクターにも、ちゃんと要件はありますよ。

 お二人の身柄諸々は――我等、超人組合が預かる事になりました」


 超人組合。

 オープンワールドにおける、一大権力機構の名前だった。





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