円卓会議は踊る。毎回変な奴を
暗い、部屋の中央に二つの影が座っていた。
片方は、それはもう見事なバーコードハゲの持ち主だった。一般的にはネタにされ、物笑いの種にされるその髪型の持ち主は、己のハゲを一切気にする様子もなく、腕を組んで座っている。
服装は、Tシャツとジーパンの上から、直接トレンチコートを羽織るという奇異なスタイルで、腰には一本の日本刀がぶら下げられている。
そしてもう片方は、部屋の暗闇に一体化してしまいそうなほどに黒い肌を持つ異形だった。顔の上半分はくちばし状の甲殻に覆われ、後頭部からは羊の角と山羊の角が二本ずつ生えている。背中には蝙蝠の羽根が生え、臀部からは長い尻尾が垂れ下がり……どう贔屓目に見ても、怪物だった。
ハゲと怪物。一人と一匹は、暗闇の中、スポットライトを浴びせられた状態で堂々と椅子に鎮座している。畏まる様子など欠片もありはしなかった。
そんな一人と一匹を暗闇の中から見つめる気配が、複数。彼らを囲うように、円状に居並んでいるのが、スポットライトの余光で見て取れた。
「それではこれより――円卓会議を始める。
議題は、ガゼロットにおける超人組合の――」
厳かな声が、暗闇に響き渡り、会議の開始を告げたその刹那。
ハゲの頭がキラッときらめいた。
『ぶほぉっ!?』
暗闇の中の気配が、何人か噴き出す。
ツボに入ったらしく、しばし笑いをこらえる音と気配。
ハゲに動揺する様子はない。ハゲはこの手の嘲笑には慣れていたし、それ以上に己のハゲを気にしていなかった。ちなみに、狙ってやったものではなくただの偶然である。
乱れた気配の持ち主たちを咎めるかのように咳払いが響き渡り、待つことしばし。
場がしっかりと静寂を取り戻したのを確認してから、再び議題を提言する。
「議題は、ガゼロットの――」
その瞬間。
待ってました、とばかりに化け物が動いた。
――ハゲの頭の上に、丸いポッチが置かれた。
スポンジ性らしきそれが添えられたハゲの頭はどう見ても伝説の――
「押してもいいのよ?」
「よくねえよ馬鹿野郎」
『ぶふぁぁつ!!?!?』
流石にこれには、ハゲ、切れた。拳による反撃と、周囲の爆笑は同時に行われた。きれいなアッパーカットを喰らいつつ、サムズアップして吹っ飛ぶ化け物。
「アルトエレガン殿!! アルトエレガン殿!!!!」
耐えきれず爆笑する気配複数に、明らかにわざと煽った化け物に対する敬称を付けた叱責。
超人組合の、円卓会議……関係各所からは畏怖の念を抱かれる会合のその日の様子は、なんとうか、始まりからしてもうぐっだぐだであった。
「ああもう……電気をつけてください! 電気を!」
「えー、もうちょっと秘密結社ごっこしようぜー」
議題を進めていた男が上げた声に、部屋に備え付けられた電気がすべて点灯する。あらわになる室内の様子に、アルトエレガンと呼ばれた化け物がぶー垂れて愚痴った。
そこは窓一つない、円卓のしつらえられた会議室であった。一人と一匹が座らされているのは、円卓の中央部の空間である。
「おい、この、欠片も真面目さのない化け物は今からでも追い出すべきだと思うんだが……」
頭に置かれたポッチを投げ捨てハゲが、アルトエレガンをにらみつける。にらみつけられた方はどこ吹く風で、頭の後ろで手を組んで、
「いやー、だって結果の分かり切った会議してもつまんねーじゃん。遊び心がないと」
「……人生の大半を遊んでおられるような方が何か言っておられるなぁ」
笑いをこらえつつ呟いたのは、椅子の一つに座る、小柄な老人だ。小柄慣れとも筋骨隆々の肉体を持ち、豊かな髭を蓄えた老人……ファンタジーに造形の詳しい人間が彼を見たら、こう表現するだろう。
ドワーフ、と。
「かっかっかっ。そういうお前も随分長い事遊んでたみたいじゃねえか、ノワール坊や」
「はて、何の事ですかな、アルトエレガン様」
「まーた、惚けちゃってぇ」
けたけたと化け物は笑いながら、
「――ガゼロットの事件の間、催促したのに、全部無視してくれたのはてめーだろ」
言葉に籠った殺気と怒気に、今までのお茶らけた空気で吹き飛んだ。いまだに笑いの衝動が収まらず、のたうち回る連中の放つ音だけが、会議場に響く。
化け物の放つ感情の波に――常人なら凍り付き、呼吸が止まりそうな激情であったが、その場に集った者達は誰一人気にしない。
鈍いのではなく、単純に、この場には圧を受け流せるレベルの者達しか立ち入れないのだ。
その怒りに晒された老人は、ふむ、と顎髭を撫でつけて、
「そうは言っても、儂も遊んでばかりいたわけではありませんのでなあ。
たまたま、間が悪かったのでしょう」
「たまたま……たまたまねえ……生意気言うようになったな、坊やがよ」
「ガゼロットに関しちゃあ、報告書に出した以上の事はねえ」
改めて中央の椅子に座りなおし、ハゲ――草間 闘は報告書通りの文章を諳んじた。
「異世界召喚……否、異世界放逐の通報を受けて、対象を保護。元の世界に返すために、後背事情の排除を行った。以上だ」
「こ、こ――ぶふっ。後背事情つってもさぁ」
同じく笑いをこらえながら、手元の書類を掲げるのは、バンダナをまいた青年だ。ハゲとは対照的の豊かな髪量を真紅のバンダナで逆立たせ、古式ゆかしい民族衣装の上からストールを身にまとっている。
その横では、Tシャツにハーフパンツをはいたラフな格好の大男が、いまだに爆笑しっぱなしだった。
「いやまあ、女の子が爆弾にされちゃ、助けたくなる気持ちはわかる。超わかる。
……ガゼロット首都星に乗り込む必要、あった?
おかげであっちの神様からの苦情、止まらねーんだけれども」
「ふふふ、状況的には、仕方がないんじゃないかしら」
男達とは対照的に、上品な笑みを浮かべたのは、円卓唯一の女性だった。足首まで届こうかという黒髪に、グラマラスなボディをチャイナドレスで包んだ、妖艶な空気をまとう妙齢の女だ。
男なら、一目でお近づきになりたいと思う様な美貌の持ち主だった……が、円卓に居並ぶ男達の誰も、女性にそういう下心を込めた目線を向けていない。
「女の子の爆弾を解除させるのに、ガゼロットの首都星を人質にとる……闘ちゃんらしい機転だと思うわよ」
「……なんか文句でもあるのか?」
「別に。妬けちゃうなぁ、って思っただけよ」
くすくすと笑いながら、裏表のない本心を口にした。
――そこで、大きく咳払いが入った。居並ぶメンバーの中で、ビジネススーツに身を包んだ男からのものだった。この議会の進行役を務めている男である。
パリッとした糊のきいた、折り目正しいビジネススーツに、髪は黒の角刈り。中肉中背。精悍さを感じさせる顔つきは、凄腕のビジネスマンを思わせる。
「アルトエレガン殿と草間殿、両名の活躍でもって、ガゼロットが引き起こしたテロ行為が解決された事は疑いようもない事実であります。
それに対する報酬として、両名には金一封と勲章の授与をもって応えたいと――」
「あれだけの事態を収めたのに、金一封というのもつまらない話だ」
進行役の言葉を遮ったのは、異相の男だ。黄金に輝くドミノマスクで顔の上半分を覆い隠し、身に纏うのは金縁の刺繡が施されたテールコート。ともすれば悪趣味ととられかねない服装だが、男はエレガントな所作でもって見事に着こなしていた。
卓上に置かれた茶を飲む姿さえ、額縁で飾っておきたくなるような男だった。
「発言には、挙手をもってお願いしたい」
「失礼、では、改めて」
すっと、右手を上げて発言の許可を求める。
「許可します」
「勲章が実質無価値である以上、そういう事だろう? 議長」
「それでも、形式というものがございます」
「それに、アルトエレガン殿もおっしゃっていたが、結果ありきの会議など茶番でしかない」
「ひー、ひーーーー……確かに、時間の無駄じゃあ!」
うずくまっていた大男が、ようやく持ち直して大声を張り上げた。びりびりと、会議室内の空気はおろか、窓一つない壁をも振動させる。彼にとっては殊更大声を出したわけではない、地声であった。
「アルトと闘には金! 以上! それで済む話じゃろう! いやまあ、今の一発芸だけでも来た意味は……ぶふっ!」
「笑いすぎだ馬鹿」
思い出し笑いで噴き出す大男に、闘は苦虫をかみつぶしたような顔になる。彼は己のハゲを気にしていなかったが、それでも周囲の反応にはうんざりさせられていた。
「何かご褒美がもらえるって言うんなら、円卓からの脱退を申し出たいねぇ」
「同じく。めんどくさい」
アルトエレガンと闘、二人の口から同じ意図の発言が飛び出す。全く持って罰当たりな事に、円卓のメンバーの大半が、二人の意見に一定の理解を示していた。
円卓――超人組合における最高意思決定機関。一部の権力欲旺盛な者たちが、かきむしるほど欲するその議席も、当の本人達にとっては持ち回りで押し付けられる罰ゲームの様なものだった。
実際、これほど大きな事案……一つの地球系世界が消滅するかどうかの瀬戸際だった大事件に対する会議にさえ、欠席しているメンバーがいるほどだ。これ程の人数が集まった事さえも、奇跡的と言える。
この、自由人共め――居並ぶメンバーの中でも数少ない、円卓の活動に積極的な進行役は、内心で吐き捨てたくなる欲求と、内側から襲ってくる胃痛の両方を堪える。
「おやおや、一時期、円卓の半分を占めた、最大派閥を築いた方のセリフとは思えませんな」
「築いたからこそもううんざりなんだよ。ああいう政治ゲームは、あれだ、一生に一回で十分すぎる。
それ以上は胃もたれしちまうわ」
冷やかすドワーフのセリフに、うんざりした様子を隠そうともせずに、アルトエレガンが返す。
「……両名の発言は議事録から消しておきます。超人組合が誇る円卓がそうそう面子を変えられると、威厳を失う」
「ふふ……一度認めちゃったら、雪崩を打つように空席だらけになっちゃうものねえ」
まるで他人事のようにつぶやいて、女が席を立った。ふわり、と音もなく円卓を乗り越えて、中央の一人と一匹に歩み寄る。
「そんな闘ちゃんに、いいニュースと悪いニュースがあるの」
「…………」
この女の口から聞かされるという時点で、いいも悪いもない。無言で先を促す闘に、女はくすくすと笑いをかみ殺しながら、
「まずは、いいニュース。あなたがご執心のお嬢さん。
エーテルボムの解除に成功したわ」
「そうか」
掛け値なしにいいニュースだったが……言い方が、引っかかった。
切除、ではなく、解除、とこの女は言った。
ならば……
「そして次は、悪いニュース――」
紅いルージュのひかれた唇が、甘く囁く様に凶報を告げた。
「エーテル機関が、女の子の体から取り出せなかったみたい」
「…………」
「パーツが神経その他に絡みついて、命の危険があったから、との事よ。
雷管を取り外すのがやっとだったみたい……だから今のあの子は、人間爆弾じゃあなくて――人間無限動力、ね」
どうやら。
闘が助けたあの少女の平穏は、まだ、遠いようである。




