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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
19/89

王都到着


 フラグレア王国の王都は、広大な敷地面積を持つ、アハトベルン随一の大都市である。

 王国の首都、というだけで発展したのではない。王都は、アハトベルンで始めて異世界への交流を成功させた都市であり、ありとあらゆる異世界に対する扉を開くことの出来る、次元交流において重要な『港』なのだ。

 王都の中央にそびえる、往生よりも巨大な建築物……地面に図太い杭が穿たれたような、骨太の無骨な塔が、アハトベルンの次元航行ターミナル『ギャラルホルン』(この世界では、旅人を祝福する角笛の意味)だ。

 魔方陣を使った自由度の高い転送技術は、物理法則の問題で次元移動の困難な世界への航行も可能にしていた。

 あの後……馬車を抱きかかえたアルトエレガンが、音速ジェット並の速度で爆走した事で、日が暮れる前に王都に辿り着く事ができた。

 そうやって辿り着いたギャラルホルンの一室で、綾は涙目になっていたりする。


「あうぅぅ……殴らなくてもいいじゃないですかぁ」

「たっく、このダアホは……」


 闘に拳骨を叩き込まれた後頭部を抑え、呻く。ギャラルホルンに到着して数秒で逸れて迷子になった事に対する制裁だった。

 今、二人の眼前には、ファンタジーの世界で出てくるような魔法陣が広がっていた。巨大な塔の一階層を、丸ごとぶち抜いて描かれた巨大な陣だ。魔法人の外周に、黒いローブ姿の魔術師が等間隔で立っている。

 1~5階より上の階は、このフロアと同じように一階層を丸々魔方陣で埋め尽くされているのだ。


「大きいですね本当に……」


 凄まじい規模の魔方陣に、綾が呆然と呟く。東京ドーム一個分はあろうかという魔方陣だ。その後頭部に向かって、今度は薀蓄がぶつけられた。


「あぁ。魔法陣って言うのは大概の世界で大きさと出力が比例するからな。

 次元の壁ぶち抜こうとしたら、このぐらいのサイズはいる」

「物理法則の差があるのに、魔術での往来が可能なんです?」

「こちら側の物理法則を使って、空間に穴をあけて、その穴をくぐる……基本は、お前の世界で開発されてる『世界間航行装置』とやらも同じだろう。

 物理法則に差があるって言っても、ある程度は共通する部分がある。その部分に対して機能する技術を、ホワイトテクノロジーと呼ぶ。すべての世界で、共通して使える技術だ。

 物理法則をキャンパスの絵に例えて……白地の部分って事だな。この場合は、『空間にあけた穴をくぐるこちで異世界と行き来できる』っていう物理法則だ」

「な、成程……」

「オープンワールドの世界で地球がやたらと多いのもこのあたりのホワイトテクノロジーが関係しててな。地球系列世界は、ある程度までの物理法則が共通していて、かつ安定しているからな。

 コロンブスの卵の理論と同じように……発想の転換さえできれば、次元の壁を突破できる世界が多い……まあ、その辺りの自由さが、異世界の神に悪用されて、異世界召喚なんてもんが頻発してるんだがな」


 うんざり、と言わんばかりに闘は天井を仰いだ。その異世界召喚の後始末やらなんやらで振り回されている身としては、文句の一つも言いたくなるだろう。

 綾は、ここまでの道程で抱いた素朴な疑問をついでに晴らしてしまおうと、矢継ぎ早に質問を投げかける。


「……地球系列世界って、歴史も似たような流れを追うんですか?」

「西暦2000年前後まではな。お前のいた世界、昭和の次の年号は? 日本人なんだろ?」

「えっと……平成ですね」

「また、一番多いケースだな。

 俺の世界はわせい……平和の和に、成人の成と書いて和成だった。それも大昔の話だが。

 他にも、細かい天災や事故、事件なんかは全く違う。

 同じ地球世界だからって、よそで起きた大地震を見て、自分の世界でもそれが起きるかと身構えても意味がない。その辺りは、世界ごとだ。

 それに」


 闘は綾が言いたいであろうことを先回りしてみせた。


「大規模な事件は、起こるのには必ず原因があって……それを無理に抑えると、反動が酷くなる。これはオープンワールドの経験則だ。

 とある地球系列世界の、第二次世界大戦を回避しようとして、超次元国際連合が干渉した時のオチ、知りたいか?」

「……はい」

「よその地球の国々が、その世界の自分の国に肩入れして技術供与した結果、戦争に関する技術がブレイクスルーを起こして、結局世界大戦が勃発した。死者は本来の第二次世界大戦の比じゃない。最終的に核ミサイルの打ち合いになって、文明は崩壊して、今じゃ無人の荒野だ。

 以来、地球系列世界に関する歴史干渉は禁止された」

「…………」

「ま、これは極端な例だが。

 大規模な歴史的事件を回避しようとすると、似たり寄ったりの現象で、傷跡がより酷くなる。似通った歴史を歩む以上、どの世界にも当事者の類似存在がいるから、どうしたって肩入れしちまうんだよ」


 綾が地球系列世界の話を聞いてから考えていた、大規模戦争の未然の回避は、凄惨な結果しか生まない事が分かった。

 ……ガゼロットの話を聞いた時からわかり切っていた事だったが、オープンワールドという世界は、綾が思っていた開かれた理想郷とは程遠い、陰惨な面も多々抱えているようである。


「国同士の連盟、何てのはその最たるもんだ。アメリカ合衆国連盟、日本国連盟……名前から想像つくだろ」

「……地球系列世界の、同じ国同士の連盟ですか」

「そういうこ――」

「だーかーらー! お前じゃ話にならねえつってんだよ!!!!」


 闘の説明の腰を折ったのは、党全体に響きわたる怒号だった。

 怒声の発生源は、離れた場所に立つアルトエレガンだ。その眼前には魔方陣が中空に浮かんでおり――その中央に、中肉中背の中年男性の顔が映し出されていた。

 魔法を使った、テレビ電話の様なものらしい。


「ノワールの坊主か、ジャリーの嬢ちゃんはいねえのか!?」

『そ、そう言われましても……! 私共の技術では、異世界への通信は中々……』

「難しい事は言っちゃいねえぞ! 情報だ、情報!! 俺達をここに派遣した情報の大本を教えろって! 言ってんだ!! 権限のあるやつに変われ!! もしくは、直接こっちに送り込め!!」

『あいにく、担当者が所用で……』

「何度目だ!! そのセリフ!!!!」


 相手は怒鳴り散らすアルトエレガンにたじたじになっているが……正直、それも無理がないと綾は思う。

 だって、漏れ聞いてくる話から察せられるほど、アルトエレガンはたらいまわしにされはっきりしない灰色の返事を聞かされ続けているのだ。今怒鳴りつけられている中年男性は、たらいまわしの八人目だった。

 舌打ちと共に、中空の魔方陣をかき消すアルトエレガン。相手の男性は、さぞやほっとした事だろう。いら立ちを隠そうともせず、綾達に近づき、


「……駄目だ! 話にならん!

 守秘義務だか何だか知らんが、超人組合側から情報は期待しない方がいいぜ」

「ああ、聞こえてた。となると――世界探しは、自力か」

「幸い、世界データバンクへのアクセスはこの世界の技術でもできる」


 アルトエレガンは手元に魔方陣を展開し、データバンクへのアクセスを開始した。

 科学を使った異世界渡航装置や魔方陣を使った異世界魔術によって、向こう側の世界を観測する事は出来る。どのような世界か? 文化の成り立ちや支配人種の種類、戦争の有無など……高度に発達したオープンワールドの魔術と科学は、常に星の数ほどある世界の基本情報を収集し続けている。

 世界データバンクとは、それらの情報を集積した、オープンワールド版のデータバンクの事を指す。ひとたび情報を入力すれば、インターネットの検索エンジンにかけるように簡単に世界がサーチ可能だ。

 これが、独自の風土を持つアハトベルンの様な世界ならば話は早かったのだが――数ある地球系列世界から一つに絞るとなると、話が変わってくる。ただでさえ、未開の世界の情報収集は困難だというのに……


「年号が平成の世界とか、一番多いタイプじゃねーか……! 時間の流れも微妙に違うから、年代言われても意味ないんだよなあ」


 年号が平成で、なおかつ順当に歴史を刻んだ2000年代の地球――大半の未開の地球が合致するであろう条件に、頭を抱えたくなる。

 綾から情報を聞き出し、アルトエレガンがその情報をもとに検索する。そして、検索結果に脱力する。一連の行動を繰り返す事十数回、


「なぁ、綾ちゃん! 他に、なんか目印になるような変わった事とかないのか?」

「え、えっと……変わった事、と言われても」


 とうとうアルトエレガンが音を上げた。綾の知る範囲で、歴史的なエピソードは、もうすべて話してしまった。後は……


「アメリカ合衆国大統領は……当たり前すぎますよね」

「まー、平成30年代の大統領はなあ。外部からの関与がないと」


 彼らは、当たり前の事を、当たり前のように同時に口ずさんだ。


「ほぼほぼ、ドナルド・トランプだ」

「アーノルド・シュワルツネッガーですよね」


 しばし、乾いた空気が、辺りを満たした。


『…………へ?』


 アルトエレガンと、綾が顔を見合わせる。


「いやいや、平成30年代の大統領って言ったら、名物男のトランプだろ!?」

「いやいや! その人、大統領選挙前にツイッターで炎上して落選したじゃないですか!

 シュワルツネッガーって言えば、強いアメリカを体現する大統領として――」

「自分の世界の常識は、異世界の非常識」


 言葉の投げ合いに発展しかけた二人を、闘の呟きが制止した。


「綾にとっては当たり前すぎて、疑う必要すらない事実だった、って事だ。

 大統領がアーノルド・シュワルツネッガーの世界。かなり、絞り込めるんじゃないのか?」

「……! はははっ! そりゃそうだな! 盲点だった!!

 これだから、異世界探索その他もろもろはやめられねえんだ!」


 歓喜の声を上げて、指を踊らせ、魔方陣を乱舞させるアルトエレガン。どうやら、綾の故郷を探す探索は、終わりを迎える事が出来そうだった。


「け、けど……いいのかなぁ……」


 ちらり、と綾は辺りに視線を這わせる。

 フロアの片隅に作られた小さな待合室。百人は座れそうな数の椅子が並ぶそこに、他の人間の姿は見えない。

 ――それもその筈だ。綾が現在居るこのフロアは、ギャラルホルンでも最上階に位置する、転送魔方陣。

 非常時にしか起動の許されない、この世界でも最上級の魔方陣を、綾と闘は独占しているのである。


「気にすんな。今まで尻尾を掴ませなかった、ガゼロットの超次元犯罪の手がかりなんだ。

 多少の横紙破りは大目に見させる」

「そうそう……一つの世界の命運がかかってるんだからね」


 着替えを終えたアイが、二人の後ろに立って答えた。

 服装は軽装鎧ではなく、革ジャンにジーパン、皮手袋にバンダナと、綾の世界を歩いていても可笑しくない服装で決めていた。耳も隠れているし、町を歩いてもショートカットの女性として風景に溶け込めそうだ。

 ついていく気満々の格好であった。


「荒事は私達に任せて、綾はお兄さんと会った時の事でも考えておきにゃさい。

 言葉でダメにゃら、びんたも交えて説得しないと、ね?」


 アイは笑った。裏表の無い、明るい笑顔だった。

 兄が敵に回った可能性が高い現状において、兄の事を思い出すのは若干の苦痛を伴ったが、アイの笑顔を見ていると幾分か痛みが和らいだ。

 彼女なりに気を使ってくれたのかもしれない。


「ありがとうございます、アイさん」

「んー? にゃんの事かにゃ?

 それにしても……シュワちゃん大統領ににゃってんだ……」


 映画でも見たことがあるのか、アイが呆然と呟くのと同時に、アルトエレガンが叫んだ。


「ヒット!! 該当世界発見!!

 それらしい次元境界線の揺らぎも観測されてる!」

「本当ですか!?」

「ああ! 今、観測映像を……」


 言いながら、アルトエレガンは指を中空で踊らせ、魔方陣が明滅する。

 一際大きな魔方陣が綾の前に映し出されて――


「次元境界線の揺らぎ――つまり、君の言う航行装置近辺の映像だ! 出すぞ!」


 あらわになった光景は。綾の良く見知った、父と兄の職場――アメリカ西海岸に存在する、『世界間航行装置』の開発研究所。

 五角形のドーム状の巨大な建造物……『港』。


「……っ!」


 その各所から、黒煙が上がっていた。

 誰がどう見ても、そうとわかる、異常事態の真っ最中であった。



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