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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
14/89

騒音災害

「!?」


 目を見開くアイの眼前で、闇夜が一瞬揺らめいた、その刹那。

 何の前触れもなく、首を切断された死体が二つ、焚火の炎に照らされて倒れこんでいく。

 ……何らかの魔術で身を隠していた敵を、ハゲが切り倒したのだと、状況を理解するのに一瞬の間が必要だった。同時に、首筋に感じる怖気――


「!!」


 とっさに体を横に倒すと、数舜前まで首の有った場所を不可視の何かが高速で凪いだのが、空気の動きでわかった。

 敵は、姿を消せる。

 その前提さえあれば、反応は容易だった。戦闘種族としての野生の勘に従うのみである。

 右腕を握りしめ、虚空に向かって打ち付ける。雷獣の肉球は、そのワンアクションを、致死の一撃へと変えてる。

 肉を打つ独特の手ごたえと、大気を引き裂く閃光、雷鳴。闇夜に浮かび上がる、闖入者の姿――

 殺した――

 自警団員として、修羅場を幾度もくぐった事のある経験が断言させる明確な手ごたえが……無かった。

 再び、背筋を推そう怖気。


「――っ!!」


 こいつは死んでいない。

 明確な確信をもって殴った勢いを利用して跳び下がり……綾の体を抱き寄せる。何よりも優先すべき、犯罪被害者、綾の体を確保し、敵をにらみつけた。

 焦げ臭い黒煙を漂わせて現れたその姿は……如何とも形容しがたかった。言葉にするのなら簡単で、黒い、人型というだけで済んでしまうのだが……それだけで済んでしまうのが問題だった。

 のっぺりとした黒い皮膚のようなもので全身が覆われ、顔のフルフェイスヘルメット以外特徴らしきものがまるでない。手にしているのは、見た事もない奇妙な形状のダガーナイフ……これが、アイを殺そうとした攻撃の正体だろう。

 ……相手が何者なのかは、考えるまでもない。

 自警団の詰め所で見た連中とはずいぶんと姿形が違うが、綾を襲う連中の一味に、違いなかった。

 かなりの手練れだった。歴戦の雷獣であるアイをして、ここまでの接近を許すとは……迂闊以上に、敵の錬度を警戒すべきだろう。

 気づけば、一つ、二つ……無数の気配に囲まれている。だが、アイの目には何も見えない。気配はそこにあるのに、姿が見えない。

 全員が、姿を消せる相手による、集団での――予想のはるか上を行く襲撃であった。

 いくつか予想を組み立て、シミュレーションしていた事態の、全てが無意味になった。


「あぅ――?! えっ!?」


 抱き寄せられたショックで目を覚ました綾だが、それを気遣う余裕はない。

 正直な事を言えば、アイが姿を消すことができる敵と戦うのは、初めてではない。

 ディンブルゲンに亜人をさらいに来る人間の中には高レベルの魔術をたしなむ者もおり、姿を消す魔道を使って凶行に及ぶ者も大勢いた。

 そういった者達を悉く退けてきたのが、ディンブルゲン自警団なのだが……

 アイが相手にした連中は姿を消せる事実に驕り、気配の消し方も知らない――お粗末な奴だと足音すら消せない――連中だった。だが、こいつらは違う。

 姿を消せるというアドバンテージに胡坐をかかない、真のプロフェッショナル達だった。


「傭兵! ――気を――」


 つけろ、と告げようとした瞬間だった。

 轟音とともに、落下してきた物体が、アイ達とハゲを分断した。




 土ぼこりを上げて目の前に落ちてきた物体に、綾は見覚えがあった。

 あれは確か、中東辺りのニュースで、路上に展開された簡易型の――


「ばりっ、けーど!?」


 軍事用にカラーリングされたバリケードが、落下してきた物体の正体だった。

 それも、ニュースで見たものよりもかなり大きい。高さ2メートル、幅にして5メートルはあろうかという、超ビックサイズのバリケードだ。ところどころに見える蝶番から察するに、折り畳み式のものを展開したのだろう。

 ハゲと彼の馬車はバリケードの向こう側、綾とアイはこちら側と、敵の目論見通りに分断されてしまった。びっくりするほど強引な、力業であった。

 同時に、鉄板の向こう側から響き渡るのは――銃声だ。


「と、トゥークさん!?」

「綾! 口開かにゃいで! 目をつぶってにゃさい!」


 告げながら、アイはとびかかってきた気配に向けて拳を叩きつける。雷鳴と閃光ののちに焦げ臭いにおい。忠告通りつぶっていた瞼の裏側からでもはっきりとわかる雷光だった。

 上空を見上げれば、月明かりに照らされて奇妙な鉄の箱が中空に浮き上がっているのが見えた。細長い尻尾の生えた鉄の箱には上部に風車が取り付けられていた。

 アイは縦に裂けた瞳孔で風車が回転しているのを見て、あほ臭い程強力な竹とんぼの原理で空を飛んでいるのだと解釈した。綾は、その物体に見覚えがあった。

 この世界では長い説明をしなければ通じない、けれど、綾の世界では単語一つで表現できてしまう物体――


「ヘリコプター……!! やりたい放題じゃないですか!」


 どういう理屈が働いているのか、これ程接近しているにもかかわらず、音の一つも発生させないその物体に、叫んだ。

 その反応に、後で優しく聞き出そうと決意し、その「後」を手繰り寄せるために、アイは辺りを警戒する。

 見回しはしない。敵が姿を消せる以上は目視に頼るほどばかばかしい事はない。

 複数存在する気配は動く様子もなく、こちらをうかがっている……二つの例外を除いて。

 アイが拳を叩きこみ、姿をあらわにさせた二人だった。彼らは常人なら致死量の雷撃を受けたにも関わらず、何事もなかったかのように構え、隙を伺っている。


(雷撃への対策は、十分って事ね……!)


 そういった手合いと戦うのも、初めてではない。

 雷獣と言えば肉球を使った雷撃――単純明快にして強力な攻撃手段だけに、対策もやろうと思えばできる。そういった手合いとの戦闘経験も、ディンブルゲンでの修羅場でそれなりにつんでいるつもりだった。

 だが、その経験は役に立ちそうにない。

 先程の荷帯に対する攻撃――あれは、雷撃抜きでもダメージを与えられる程度の勢いで殴りつけたつもりだった。その、結果は……

 右腕を、ちらりと見降ろす。二人の人影を殴りつけた腕を。

 感触からして、間違いない――指の骨が何本か、折れていた。


(その上――殴った腕がいかれる程の重武装……! あの細身で、どういう理屈だ!?)


 自分達を取り囲む気配の数を数え終わって、アイは鋭くした打ちした。


「モテモテねえ……二十人もの男にダンスに誘われるにゃんて」


 二十。おそらくは鉄板と同時に飛び降りてきたのだろう。一人の誘拐が目的としては、大規模すぎる動員数だった。

 好戦的な笑みを浮かべて軽口を吐き出すと、アイは拳を握りしめた。


「是非ともご一緒に踊って頂きたいですね……あなたのような美女となら大歓迎だ」


 闇の奥から同じ軽口が返ってきた。

 ぎょっとして視線を集中させると、闇に同化した一人の男が立っていた。

 酷く草臥れた、黒いコート姿の男だった。表情もさえなく、声にも破棄が無い……日々の人生に疲れた役人と言われても納得してしまいそうな風情の男である。

 町ですれ違っても気に止めないような男だが、アイに油断は無い。

 アイは、この男に気づかなかった。透明にもなっていない男の存在に、声をかけられるまで気付けなかったのである。その事実だけで、この男は警戒に値する。


「じゃあ、手を取って下さらにゃい? 飛び切り刺激的なダンスを披露するわよ?」

「それは楽しみだ。ビリビリ出来る飛び切りの奴をお願いしたいですねえ」


 臨戦態勢のアイとは対照的に、男は世間話をするような口調で語りかけてくる。その体が動く度に、着膨れしたコートの中で、がちゃがちゃと硬いものがぶつかり合う騒音を撒き散らしていた。


「ああそうだ。ダンスを踊る前に自己紹介をしなければいけませんねえ。ああ、あなたの名前は調べさせていただきましたので、結構。

 私、傭兵組合『ジュダーズ』の営業二課で課長を務めております、アイザックと申します。近しい者達からは『騒音災害』などと呼ばれていおります。以後、お見知りおきを」


 アイザックを名乗った男はへこへことお辞儀をしながら……


「ですが、私は物臭な性質ですので……踊っていただけるのでしたら、貴方の方からお手をとっていただけると助かります」


 酷く慇懃無礼なことをのたまった。

 暗に、『貴様の方から攻めさせてやる』と余裕を見せているのだ。

 完全に遊ばれていると、アイは歯噛みした。

 男が無防備に立って口を動かすその場所は、アイの間合いのギリギリ外……相手にその意思が無い以上、こちらから攻め込まなければ状況は動かない。

 攻め込もうにも……男の挙動は驚くほど隙だらけだった。その隙の多さが逆に、アイの手足を縛っていた。

 他の連中がそうである以上、目の前の男にも電撃対策は施されているとみていいだろう。


「……普通、こういう時は男から動くものよ」

「物臭ですので……まぁ、後ろのお嬢さんを」


 最後まで言わせるつもりは無かった。綾の体をいったん下ろし、臨戦態勢に入った。

 肩をすくめた男に向かい、アイは足の筋肉を爆発させ、一息で距離をつめる。


(ふざけるにゃ)


 アイが雷獣であるという自覚を持ったのは、子どもの頃。幼馴染の男の子に、手を繋ぐことを拒否されてからだった。それ以来、アイは家族以外に掌で触れた事はない。

 この世界に、雷獣と握手をしたがる人間はいない……当然だ。雷獣の掌は敵を殺すための兵器であって、握手すると言うことは己の首を猛獣の口の中に入れるに等しい。

 純血の雷獣ならば気にしないことも、人間との混血であるアイは仕方が無いと思いつつ、寂しさを感じずにはいられなかった。


(久しぶりに掌に温もりをくれたのよ。あの子は)


 弱いものを守る……アイが綾を守る動機はそれで十分だ。そういう生き方を己に課してきたし、これからもその生き方を貫くだろう。

 ディンブルゲンの自警団はそういう正義馬鹿の集まりだ。

 その上で、彼女は自分の手を握った。

 同僚でさえ触りたがらない掌を、ぎゅっと握ってくれたのだ。

 馬鹿なほどまっすぐな正義感の上に、ちょこんと上乗せされたどうしようもなく些細な理由。それでも――


(命を賭けるには十二分!)


 目の前でその子を浚おうとするクソ野郎共と殺しあうには、十分な理由になる。

 予想外の速度で飛び込んできたアイに、アイザックの表情が強張る。その顔面に向かって、アイは掌を勢い良く突き出した。たとえ体に電撃対策を施していようと――


(体内なら、どうかしら!?)


 相手の態度から、服に何らかの耐電能力を持たせているのだろうが、そうは問屋がおろさない。服が駄目なら、包まれていない顔面……それも、露出した眼球から内臓を直接狙う。

 アイザックは、とっさにアイの腕を掴もうと右腕を突き出す。コートの袖でアイの肉球を防ぐつもりなのだ。

 アイザックの腕とアイの掌と。早いほうが勝つと言う、単純な勝負。




 電光が、夜の闇を吹き飛ばしてあたりを照らす。致死量を軽く超えた電流が肉球から発生した。アイザックの両眼に突き入れた、肉球から。

 突き入れる瞬間、アイは確かに見た。

 こちらを見るアイザックの目……その瞳の外周が、微かに動いて回転したのを。


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