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Tale 35. シスター・カザレア(1)

「結構いっぱい貰えましたね」


 アルマは宿の部屋でニコニコしていた。


「こんなに貰って良かったのかな」


 そんなことを言いつつも、ライも嬉しそうだった。


 先ほど、グランが彼女たちを訪ね、今回の調査に関する謝礼を置いて行った。改めてひと段落付いた実感、そして多額の報酬金、おまけにティアナからの直筆のメッセージ付きという、一般の冒険者でも中々に味わえない幸福を得た。


「貰えるものは貰っておきましょうよ。お金がある分には、底をついた時のことを考える必要ありませんし」


「そうだな。じゃあこれからどこに行く?」


 二人はまだグリュトシルデに帰ることはできない。

 オラリアの屋敷を騎士団が詳細に調べている間は、まだ王都に滞在していなくてはいけない。彼が保管しているであろう、セリカが封じられた水晶体の行方も突き止める必要がある。

 と言っても、それも騎士団に任せてしまったことだ。


「どこ、と言われましても。この前行きたい所は行ってしまいましたし……」


「そうなのか? うーん、俺も特別行きたい所は……」


「じゃあ、あそこに行きませんか?」


「あそこ?」




 王都の通りをひとが少なくなる方へと歩く二人の目指す場所と言えば、


「子供たち、元気にしてるでしょうか?」


 孤児院である。


「そりゃ元気だろうよ。あそこには頼もしいシスターと、アルマの友達がいるじゃないか」


「そうですね」


「……なあ、ところでそれ、宿に置いて来ても良かったんじゃないか?」


 ライはアルマの携行ポーチから顔を出している、サイリウム型魔道具を指摘した。


「駄目ですよ! グランさんのお願い、忘れたんですか?」


「いや、忘れてないけど……」


 グランが二人を訪ねてきた際、この魔道具も託された。と言っても王都に滞在している間だけで、後処理の多いグランが持っているよりは、王都をあちこち動き回るだろう二人が持っている方が何か情報を得られるかもしれないと判断したからだ。


「どうせ、その石を配ってた奴なんか、とっくにとんずらしてるだろ。持ち歩こうが持ち歩かなかろうが、結果は一緒なんじゃないかって」


「そんなのやってみなきゃ分かりませんよ。まあでも、そのオークション絡みの人間を探すなら、もっと暗ーい場所とかに行った方が良さそうですね」


 アルマも、グランが期待している成果が望めるとは思っていないようだ。


「そんなとこに行くのは、しばらくは御免だな」


「私もです。……ほら、見えてきましたよ」


 少しは慣れたような潮の匂い。安らぎを望む二人にはピッタリの、穏やかな波音。

 そして、そんな海色に彩られた小さな孤児院。


 扉を開け、その中に入る。どこにどの部屋があるのか、構造は二人とも既に覚えている。

 まずはカザレアに一言挨拶をしようと、管理者室に向かった。


 コンコンと音を響かせてから、


「シスター、いますか?」


とアルマは扉の向こうに尋ねる。


 その返事はない。扉も施錠されている。

 顔を見合わせる二人。


「あれっ、アルマたち。どうしたの?」


「レナ!」


 通り際に覗いてきたレナと目が合った。


「シスターは今いないよ」


「みたいだね」


「シスターに用でもあった?」


「ううん。ただ、もうすぐここを発つから、最後に挨拶でもして行こうかなって」


「そっか、もう行っちゃうんだ」


「……そんなに寂しい顔しないでよ。今度はレナがこっちに遊びに来てもいいんだよ?」


「いつか、それくらい余裕がある日が来ればいいな……」


 レナは遠くを見つめてそう言った。孤児院の経営というのもボランティアの側面が強いため、想像以上に大変らしい。


「それじゃあ最後に、また子供たちの相手して行ってよ。私は今やることがあって、手が離せないんだ」


「シスターが不在で、レナさんも忙しい。何かあったのか?」


「“さん”はいらないよ。もっと気安く話して、ボーイフレンド君」


「だから俺とアルマはそんな関係じゃないって!」


「あはは、冗談冗談」


 レナは心から笑っていた。


「良かったら、レナが今抱えている仕事を私たちが引き受けるよ。流石にシスターもレナも子供たちの面倒を見てないのは、一瞬でも心配じゃない?」


「本当に? でも……」


「遠慮するなよ、『困った時はお互い様』だろ?」


「……うん。じゃあ、お願いしようかな。立ち話も何だから、こっちに来て」




「孤児たちがいない!?」


 ライは院内に響き渡る大声で言った。


「あんまり大きな声出さないで。他の子たちに聞かれたら大変だから」


「それで、シスターはこの事を知ってるの?」


 レナはうんともすんとも言わない。


「分からないの。でも、知ってると思いたい」


「シスターはいつからいないの?」


「私、いつも朝ご飯を作るために早起きしてるんだけど、その時にはもういなかった。だから……」


「夜明けの前後ってところが妥当か……」


 三人は神妙になって黙り込む。

 いつもは喜ばしく感じる孤児たちの元気な声が、今は不安を煽っているように感じてしまう。


「こういう事って、前にもあったのか?」


「なかった……と思う。少なくともあの子たちがいなくなる時っていうのは、ここを巣立つ時だからね、失踪なんてなかったよ……」


 自分を責め、弱気になっているレナが二人に映るも、


「今はシスターが何とかしてくれるのを待つしかないのかな……」


 そんな彼女の前に、アルマは机を大げさに叩いて立ち上がった。


「レナ! あなたはここの子供たちを引っ張るような存在になったんでしょ? だったら、こんな所で諦めちゃ駄目!」


「アルマ……」


「レナはこれ以上行方不明の子供たちが増えないように、ここに残っていつも通り皆の面倒を見ていて。私たちが街の中を捜して来る」


「本当に?」


 レナは二人を崇めるように、潤んだ目で見上げる。


「ああ。あちこち駆け回るのは、俺たち冒険者の得意分野だ。大船に乗ったつもりでいてくれ!」


「ありがとう、ライ君。それにアルマも」


 自分を鼓舞する音が一発。レナは流れる寸前の涙を拭い、頬を強く叩いた。


「それじゃあ、いなくなった子の特徴を言うね。えっと、名前は……」




 しかし、二人の捜索は徒労に終わった。

 それもそのはず。捜す子の特徴を知っていても、行くあてが全く分からない。ただ奔走しても、見つけられる確率は低い。


 それを頭のどこかでは分かっていたはずなのに、二人は自分たちの責任かの如く申し訳なさでいっぱいだった。


「ごめん……」


「ううん、むしろここまで尽くしてくれてありがとう。後は私とシスターで何とかするから」


「それじゃあ、私たちはこれで……」


 悲しさが勝る形でレナと、そして孤児たちとお別れするつもりは全くなかったのに、こんな結果になってしまい、アルマもライも心残りを感じた。


 そろそろ宿に帰ろうと、院内の入口へ引き返す時、その扉が音を立てた。


「「シスター!」」


 レナとアルマは口を揃えて駆け寄った。


「あら、皆揃ってどうしたの?」


「それが、朝から子供たちが何人かいなくなってるんです!」


 焦る口調で事態を説明するレナ。

 だが対照的に、カザレアは落ち着いていた。


「ああ、そのことね。実はあの子たちは旅立つことになったの」


「旅立つって、今日ですか? 確かにあの子たちは成人も近いですけど」


「ええ。見習いとして面倒を見てくれる良心的な方を見つけてね。その人がどうしても早い方が助かるって言うから、緊急で夜明け前に送り届けてきたの」


「そんなに遠くに行ってたんですか?」


「遠くって言っても、中立領にある街よ。まあ急いでても、結局帰る時間は夕方になってしまったけど」


「そうだったんですね」


「事前に言えなくて本当にごめんなさいね」


 カザレアは深々と頭を下げた。


「って事だったみたい、二人とも」


 ライは安心から顔が晴れた。


「良かった。なんか考えてみれば、アルマがグリュトシルデに突然出発した時みたいだな」


「そう言えばそうだね。私、子供たちをアルマに重ねてたのかも」


 ライとレナは笑い合った。


 一方で、


「アルマ、どうした?」


 アルマの視線は真下を向いていた。誰にも背を向けていたため何をしていたかは、周りの三人には分からない。


「……先に帰っていて下さい」


「え、アルマは?」


「私はまだやることを思い出したので……」


「分かったよ」


 深く突っ込んではいけない事なのかと思い、ライは一人で孤児院を後にした。

 そしてレナは夕食の準備へと取り掛かり、アルマとカザレアの二人きりになった。


「アルマちゃん、やり残した事って何? 良かったら私、手伝うわよ。皆に迷惑も掛けちゃったし、お詫びと言ってはなんだけど……」


 好意的な反応のカザレアを、アルマは物憂げな視線で見つめた。


 そして、


「えっ、ちょっと……。どうしたの?」


 彼女の腕を放すまいと掴み、


「お話があります、シスター」


 ただ一言、そう告げた。

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