12. ジバラ伍長
ピンポーン。チャイムが鳴った。
窓からのぞくと、自原の姿が見えた。俺は、階段を下りた。
「自原くんよ」
「うん、窓から見えてた」
「出かけるの? 」
「わかんない」
「出かけるにしても、6時までには帰ってくるのよ」
「はいはい、それは夕飯次第ってことで」
「何がいいの? 」
「何でも」
「その何でもっていうのが、いつも困るのよね」
(まあ、カレー以外なら)
そう伝えたかったが、大丈夫だろう。自原を待たせるわけにもいかないから、俺はドアを開けた。母がリビングに引っ込んでいく。
「よう」
「来たぜぇ」
「あれ? さっくーは? 」
「あいつは、部活だぜぇ。朝はオリエンテーション、昼から夕方まで基礎トレ、卓球ざんまいらしいぜぇ」
「そうか、3年だもんな。俺達は、どうする? 」
「俺達は……いつも通りと行こうぜぇ」
「わかった。その前に、ちょっと着替えてくる。その間に、弟の相手をしてやってくれないか? 」
「いいぜぇ、そじゃ、おじゃまします」
俺達は2階に上がった。
「弟と、何かあったんだぜ? 」
「一緒にゲームしてたら、スネてしまった。方向性の違いって奴だな。今は、ソロ活動してる」
弟の部屋をノックする。
「学、よくわからんけど、さっきは悪かったよ。兄ちゃん、お前に強敵を連れてきた」
「おじゃまするぜぇ」
「ハラさん! 」
「久しぶりだぜぇ、弟くん。格闘、シューティング……余すことなくプロテクを伝授しに来たぜぇ」
「30分くらいで頼む」
俺はそれだけ残すと、着替えに行った。隣の部屋から、賑やかな声が聞こえてくる。
(今日1日、これでつぶしてもいいかもな)
とはいえ、弟もずっとゲームばかりってのもよくない。自原にいつまでも弟の相手をさせるのもよくはない。ふと右腕の傷が視界に入る。今日の夜はどうするか? 家でおとなしくしておくか、散歩を決行するか。魔物にも3人組にも会いたくない。頭で道順をなぞる。
……弟の部屋に入る。弟も自腹も楽しそうだ。俺は時計と交互にその光景を眺めていた。
「そろそろ、時間だな。どうする? 俺は、このままでもいいんだが」
「そか、じゃあ、弟くん。今日の宿題だぜぇ……これをこうやって、こうこうこうで、こうすると、どうだ。ステージ4の弾幕回避術だぜぇ」
「もう1回見せて! 」
「ここは安地がないからな、まずは突進してからの誘導だぜ。来たらこうこうこうで、こうすると、おまけだ。ここでチャージして、中ボスが出てくるこの位置で、一斉射撃だぜぇ……決まると気持ちいいぜぇ」
「ありがとう、ハラさん! やってみるよ」
「ああ、頑張るんだぜぇ」
「学、俺達は出かけてくるけど、あまりやり過ぎないようにな」
「わかってる! 」
……こりゃわかってないな。
「よしゃ、いこうぜぇ」
「どこに行く? 」
「いつもの所だぜぇ」
俺達は、靴を履いて玄関を出た。
「さっきは、弟の相手ありがとな。俺じゃ張り合いがないらしいんだ」
「あれくらい、どうってことないぜぇ」
自原が両手を頭の後ろで組む。クセのある髪で、前髪が目にかかってるから表情は読みづらいが、口元は得意げにニヤつき、足取りもどこかステップを踏んでいる。
(……こいつは、魔物とか知ってるはずないよな)
さりげなく、右腕の切り傷が見えるようにする。
「そのケガ、どうしたんだぜ? 」
「昨日、軽く屋根掃除をしてたらできてしまった」
「コンバットナイフみたいに、きれいにキレてるぜェ……屋根掃除は、過酷なんだぜぇ? 」
……この様子を見ると、こいつには魔物も吸血鬼も関係なさそうだ。
「そうだよな。そんなにどこそこいてたまるかっての」
「……? 何の話だぜぇ? 」
「スマン。何でもない」
俺達は新しくなったクラスや、進路のことをあれこれ話した。……去年はどんな話をしていたのかと途中途中で頭をよぎったが、お互い、もうそんなことは忘れてしまっていた。そうこうしているうちに、商店街外れの玩具センターに来ていた。
「らっしゃい。お、ジバラ伍長じゃないか。それに、良好くん」
「おやっさん、今日も来たぜぇ」
「こんちは」
「俺はまだ30だっての。おやっさんって言うなよ。近所の子が皆まねするんだよ」
肩を揺らし、まんざらでもなさそうに笑っている。
ぼっちゃんカットをそのまま長くしたような髪に、太めでガッシリした体格。玩具センターの独特な、濃い緑色のエプロンに黄色いTシャツから、太い二の腕が生えている。ひまそうに頬杖をつき、フロアに設置してあるモニターで、テレフォンショッピングを見ている。
ここが、俺達のいつものたまり場だった。
「お、あれいいな。ああいう商品、うちでも置こうかな。ミキサーやスライサーなら、キャンプ道具としても使えるじゃん。ああいう便利道具も、扱うべきだと思うんだよね」
その声に、俺達もモニターを見る。
「今なら包丁も1本ついてきて、8980円が5980円か……安いな。うちの母さんは喜ぶかも」
そんな感想が漏れた。
「おやっさんが置きたいなら、置けばいいんじゃないの。俺達は、2階に上がるぜぇ」
「ああ、好きに見てってよ」
視線をこっちに向けることなく、おやっさんが返事をする。
1階はミニ四駆やプラモデルやパズルなど、軒並、子供用玩具が並んでいる。ミニ四駆用サーキットも置いてあり、子供たちが元気に競い合っている。何となく、塗料スプレーや接着剤などの匂いがする。2階はモデルガンや模型鉄道やフィギュアなど、よりアダルトな玩具がそろっていて、各種パンフレットが置いてあり、こちらも何か独特な匂いがする。梱包塗料の匂いだろうか。
自原は、俗に言うサバゲーオタクだった。モデルガンのパンフレットを俺に見せては、何やら説明をするが、俺には全く理解できなかった。自原の父親がサバゲーやプラモに詳しいということもあって、それに付き合ってるうちにこうなったらしい。パンフレットにもあるように、どの銃がどの国でいつ採用されたかとか、何発装填とか書いてあったが、俺にはそれが何を意味するのか、よくわからなかった。
こいつも少し変わっていて、夏休みの読書感想文が毎回『GUNマガジン』のレイアウトの感想を述べるとか、そういうのだった。無論、題材を変えて再提出するのが恒例だった。
そういうことを思い出して、俺は苦笑いの息が漏れる。それに気づいた自原が、俺の顔を見る。俺は、一言答えた。
「だぜ」
「だぜ」
ほぼ毎週と言っていい程、俺達はこうしてここで時間をつぶしていた。
一通り見終わると、1階に戻り、自原がおやっさんと話し込み始める。
「で、今日は何用で? 」
「見てるだけで、また親父と来るぜぇ。あそこには、何か置くつもりなんだぜぇ? 」
自原がプラモデルの1角、1畳くらい空いたスペースを指す。
「ああ、あそこか。何年も何十年も売れないプラモデルを置いても、しょうがないからね。それだったら、あそこにショーケースでも置いて、何か飾ろうと思ってね」
「コンテストとか、するんだぜぇ? 」
「コンテストは、難しいな。おもしろいとは思うけど、うちみたいなとこだと、参加者も投票者もいないんじゃないか? 」
「そういうのあったら、うちの親父も張り切ると思うんだぜぇ」
「まあ、当分は話題の商品の展示場にするさ。それよりも、ジバラ伍長。今年のGWは、もちろん参加するんだろ? 」
「嫌だけど、親父が張り切ってるから参加するぜぇ」
「良好くんも来るかい? 」
「サバゲーですか……何やるんですか? 」
「そうだな……まずは買い出しからだな。キャンプ用の食材買って、車に詰めて、目的地に着いたらそこから背嚢に詰めて、ひたすら目的地まで歩くよ」
「子供にはつらいぜぇ……撃ちもしないのにモデルガンも入れて、無駄に重く、無駄に隊列組んで、無駄に掛け声しながら……タダ歩いたり走ったり、だぜぇ。
昔は昔で、血のりつけたパックをこう部位に付けて、打ち合うってのもあったけど、エアガンじゃ横風・向かい風1つで当たらないし、相当至近距離じゃないと破けない。隠れたり移動中、木枝に当たって破けたりで、そういう罠を張るのが主流っていうくらい、グダグダだったぜェ……」
おやっさんが大笑いする。
「あったあった! あれはあれで、傑作だったよ。それとして、最近はサバゲー規制も強いからね。昔だったら、と言ってもここ2,3年だけど、山奥でバンバン打つなんてのも許されてたけど、BB弾やらゴミやら問題になって、今はただのキャンプだよ。ほら、こんな感じで自治体や組合からサバゲー規制の冊子が来るんだ」
「それ、何が楽しいんですか? 」
「そうだなぁ。みんなで隊列作って歩いて走って……一体感だな。体力つくよ」
「うそだぜぇ……俺達には筋肉痛しか残らないし……みんな調理ヘタだからメシもマズいし、もれなく腹痛もついてくるだけだぜェ……」
「まぁ、そこは、後々改善していくってことで。どう? 参加したくなったでしょ? 」
……今のどこに、参加したくなる要素があったんだろうか。
ただの玩具センターの店主が、無駄にムキムキしてる理由はわかった気がする。
「今始めるなら、上等兵スタート……で、いいだろ? ジバラ伍長」
「こんな階級、その場のノリだから、意味ないぜ。どうせなら、階級に合わせて割引して欲しいぜ」
「それは……できないな」




