11. いつもの昼下がり
朝だ。今日は……土曜日か。
頭を空っぽにし過ぎたせいか、自分の体が浮いている感じがする。ここがどこなのかもよくわからない。何度か寝返りを打ち、時計を確認し、起きる前には見ていたであろう、夢を思い出そうとしていた。
そんなもの、思い出せない。そんなことよりも、もっと重要なことがあったような――。
ふいに右腕を確認すると、2ヶ所切り傷があった。
急に昨日のことを思い出していく。寝ていた時の安らかな気分が終わる。
心臓や体中の脈に意識が集中していく。
「あ~……」
階下先生にいじられ、日間さんをおんぶし、魔物とかいうのに襲われ、日間さんにかみつかれそうになったのが、まざまざと目に浮かんできた。
「あ~……」
俺はしばらく、自分が発しているのかもよくわからないうめき声のようなものが漏れるのを、塞ぐことができなかった。
「今日くらいは、学の相手をしてやるか」
俺は、学の部屋を覗いた。こういう時に限って、まだ睡眠中のようだ。
下の階へ降りると、母が朝食の支度をしていた。
「あら、おはよう」
「おはよう。学は、まだ寝てるみたい」
「昨日、遅かったものね。起きるのは、昼過ぎかしら? お父さんも、昼からまたちょっと仕事に出なきゃいけないんですって。良好は? 今食べる? 」
「うん」
朝食はトーストにサラダ、目玉焼きだった。飲み物はトマトジュース……美血。
「どうしたの? そんなにトマトジュース見て」
「いや、別に……」
……昼。父は仕事に出かけた。それと同時に、弟も起きてきた。いつも、休みはこんな調子だった。昼食は、昨日のカレーの残りか。
「ねえ、お母さん。部屋で食べていい? 兄ちゃん、俺とゲームしようよ」
俺が母の顔を確認する。
「良好、いいじゃないの。2人とも食べたらちゃんと、お皿洗うのよ」
「よし。兄ちゃん、じゃあ行こうぜ」
「ハイハイ」
俺は弟の後をついて行った。
弟は時折カレーを食べながら、イキイキした表情で俺にやり方を教える。
「攻撃は弱、中、強、フィニッシュ系。後は必殺技。それに合わせてスウェー、バックステップ、緊急回避。ガードは払い、強、ジャスト、それぞれの攻撃に合わせて。カウンターはこんな風に……」
「なるほど」
俺は弟からレクチャーを受ける。
「こうか? 」
「そう、それがコンボで、所々回避や防御や反撃でスキをついて、応戦できるよ。何か攻撃動作何フレームがどうとか、それぞれ決まってるみたいだけど、難しいことはわかんない。感覚的に、そのうちわかるよ」
「フレームか……兄ちゃんもわからんな。こうか? 」
「そんな感じ! 慣れてきた? 」
「ああ、慣れてきた」
「おもしろいだろ! 」
……まるで自分が作ったもののように楽しんでいる。しかし、弟のチュートリアルを受けているうちに、1時間が経ってしまった。
「休憩するか」
「え? 何で? ここからじゃん。もう1戦! もう1戦やろうよ! 」
「ダメだ。兄ちゃんは15分休憩する。その後は食器を洗う。学、お前もだ」
「食器洗うから! 1戦しようよ」
「ダメだ。休憩が先だ、洗うなら洗って来い」
俺はそう言って、アイマスクを取り出し、その場で仰向けになる。
「横暴だよ、兄ちゃん! 」
「難しい言葉知ってるんだな。兄とはそういう生き物だ。学、弟はそういう理不尽に耐えねばならんのだ。そんな兄ちゃんを許してくれ。そして、静かにしてくれ」
その後弟は何も言わず、俺の休憩が終わるのを律儀に待っていた。
「よし、再開の前に皿を洗いに行くぞ」
「うん」
俺達は階段を下り、皿を洗う。
「皿の位置はここだからな」
「うん!」
学の部屋に戻る。
「よし」
「兄ちゃん」
「やるか」
「うん」
「その前に、準備運動だ」
俺は目の周りを指で押し、顔の表情筋を広げ、首、肩を回す。
弟が目に見えて怒りをあらわにしてくる。
「兄ちゃん! とりかかるまでに長いよ、兄ちゃん! 」
「言うな、お前も100%実力出した兄ちゃんとやりたいだろ? お前もストレッチしろ」
10分、俺は嫌がる弟と2人、ストレッチをした。
「よし、やるか。言っとくが、30分だけだぞ」
「うん。なんか、もう色々どうでもいいけど」
――弟との戦績は、序盤ペースに乗せた俺が弟の直情的な攻めに対し、優勢。後半は、ペースを戻した弟に、技術と経験的コントローラさばきで負けた。
「兄ちゃん、ずるい! 宮本武蔵の巌流島だよ! 」
「何が? 学とは経験さがあり過ぎだろ。それこそずるいってもんだ。何に納得いかんのかわからんけど、学が勝ったんだから、いいだろ? 」
俺はアイマスクを取り出し、仰向けになる。
「そうだけど、そうじゃな~い! 」
真っ暗闇の中で学の声だけが響いた。
10分立ち、俺はアイマスクを取った。その後はさっきと同じようにストレッチをする。ゲームは休日90分。長くても2時間。それがモットーだった。
「もうさ。兄ちゃん、それ。自分の部屋でやってよ」
「俺は、兄として弟であるお前に、手本を見せねばならんのだ」
「もう、十分見たよ」
「見ても、やらないとダメだ。学、今度は兄ちゃんにつき合ってくれるか? 」
「うん、何!? 」
俺はテレビとゲームの電源を落とし、弟を下の階に連れて行く。目的地は洗面所だ。
「ほら、歯ブラシ持て」
「兄ちゃん? 」
「兄ちゃんと歯磨きしよう。歯磨きの仕方を教えてやる。ほら、貴重な歯磨き粉分けてやるから。昨日、あのまま寝ただろ。その分きっちり磨こうな」
こうして俺は、弟にプラークコントロールを伝授した。
「兄ちゃん! これの何がおもしろいの? 」
俺は、歯を磨き終えた後に何度も言われた。母親は、そんな俺達を見て苦笑していた。




