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想像するだけで痛い話とささやかな幸せの話


 王都にある冒険者ギルドで護衛を二人程雇い、懐かしの、私が初めてゴブリンを目にした思い出深い黒森へと赴くことにした。


「ここはあの頃とかわっていないな」


 私は鬱蒼と茂る森を見上げ、木漏れ日を顔に受けた。

 ここからもう少し先に行けば懐かしの沢がある。


「ええ、この辺りは人の出入りも少ないですから」


「定期的に人は入りますが、この辺りまでと言うのはなかなかありやせん」


 答えるのは数年前、私の護衛と荷物持ちとして同道したヘリックスとレガースだ。

 あの頃と違うのはヘリックスは白銀級の冒険者となり、荷物持ちだったレガースが黒鉄級の冒険者となった事だろう。


「グラコス殿も来たがっていたんですよ。ぼっちゃんの立派になった姿を見てみたいと」


 ヘリックスは苦笑しながら答える。


「立派等と、私はまだまだ評価されるに値することは何一つできてはおらん」


「ご謙遜を」


「事実だ。しかしグラコス殿はまだ引退されていなかったのでは?」


「それがですね、旦那、ご新造貰ったんで張り切ってしまって腰を、ね。年も考えず若いのを迎えるから、まったく」


 レガースはニヤニヤと笑みを浮かべる。


「そうか、まぁ、元気そうで何より。さて、この先だが……」


 私は声を落とし、慎重に木々をかき分けるヘリックスの後を追った。

 私の後ろには殿としてレガースが付く。


「クロードさん、こっちへ」


 動きを止めたヘリックスは手招きし、茂みから見るように示した。

 その茂みの場所は以前沢の下に出来上がったゴブリンのコロニーを見つけた場所と全く同じである。

 私は茂みの隙間から這うようにして崖下を見る。

 

 以前訪れた時と時期も近いらしい、あの、ススキのような植物が沢のあちこちに群生しており、その近くで数匹のゴブリンが沢近くの陰で休んでいる。


「小さな群れだ。これならやれそうですが、どうしますか?」


 ヘリックスは私に尋ねる。

 

「ふむ、サンプルに一匹は生かしておいてほしいものだが……」


 答えつつ沢を見ていると、ゴブリンのメスが二匹、互いに威嚇し合い始めた。

 何をしているのかと眺めていると互いに引っかいたり噛みついたり喧嘩を始める。


「へぇ、アイツら喧嘩するんですね。初めて見やした」


 レガースは面白そうにその喧嘩を眺める。

 眺めているうちにその喧嘩は激しさを増していき、次第に血も流れるようになる。

 しかし、そのうち体格の大きな方のメスが相手を押し倒し相手の外性器を鷲掴みにする。

 男として思う所があるのだろう、ヘリックスもレガースも口元を歪める。

 しかし、それはまだ生ぬるかった。

 押し倒した方のゴブリンは近くにあるススキに似た植物の茎を一本引っこ抜くと、それを掴んだ外性器の、尿道に深々と挿し込んだのである。


 これにはさすがの私も言葉を失った。

 ヘリックスとレガースは苦虫をかみつぶしたような顔をして自らの股間を抑えていた。

 

 植物を刺されたゴブリンは悲しげな声を上げると立ち上がり、痛みを堪えるように、ヒョコヒョコと群れから離れて行く。


「いくらゴブリンでもあれは同情するぜ」


 レガースは群れから離れるゴブリンの背中を眺めながら呟いた。


 さて、こんなショッキングな映像であったが、ここで思考を停止させていたら学者の名折れ。

 私はあのススキに似た植物に何かがあるのではないかと興味を惹かれることになった。

 ゴブリンの群れが落ち着くのを待ってから、私はヘリックスとレガースに群れを討伐する指示を出した。




 持ち帰った植物は、黒森の沢ではそう珍しくもないイネ科の植物で、地元の人間からはオボ草と呼ばれている多年生植物である。毒にも薬にもならない、とされていた。

 しかし、結論から言わせてもらうと、件の植物が全てを解決してくれるカギとなったのだ。オボ草の茎は根元部分に薬効のある汁があり、その成分がゴブリンの卵を吸着させる成分を分解することが研究によってわかったのだ。

 恐らくその効果を知っていて、ゴブリンどもは群れから追い出すメスにペナルティとして利用していたのだろう。

 生物として不能になれば、子を残すこともなく朽ち果てるしかない。

 ゴブリンのメスにとってどの程度の重さがあるのかは知らないが、中々に残酷な話である。

 しかし、人や他の生物にとってみればこれは素晴らしい発見である。


 実際に、これらの結果を得るのに私は三か月程の時間を要したが、その甲斐あって件の植物が有用であることを確信したのだ。

 

 クレール・エメス女医はこの発見に大きく喜び、さっそく薬品の制作に取り掛かった。


 私とクレール女医は紆余曲折を経て、また、分野の垣根を越えて様々な学者と意見交換を進めながら、何とか薬品の開発に成功したのである。

 しかし、またここで大きな問題が立ちはだかることになった。


 様々な動物での実験は行った。

 そのどれもが成功し、また、メスとしての機能の回復も確認した。

 しかし、しかしだ、人体を利用した実験を行う事はまだできていなかった。

 それができない限りはこの薬品を世に出すわけにはいかない。

 被験者を探そうにも快く受けてくれる者などそうそう居ない。

 冒険者ギルドへ被害者を、と声を掛けても守秘義務もあり教えてくれることもない。

 思わぬ落とし穴だった。

 いや、それは何となくわかっていたのだ。

 だから、完成見込みが出てきた段階で早いうちから方々に手を回していたのだ。

 だが、協力者は現れなかった。


「私が、協力します」


 声を上げたのはシスティだった。

 このことは彼女には秘密にしていたものの、どこからか噂を聞きつけてしまったらしい。

 恐らくは、未だシスティと交友のあるアンリからであろうことは何となく推測ができるが、それを責めても仕方のないことだ。

 なぜだかアンリはトレヴァー教授と結婚してしまい、こちらの情報は筒抜けなのだ。


「駄目だ。お前はもう十分つらい目にあっている、成功しなければ、また同じ目にあうんだぞ」


 私は頑として首を縦に振ることはできなかった。


「ですが、直接ゴブリンと、と言うわけではないのでしょう」


 システィはクレール女医を見る。


「ええ、専用に開発した道具を使いますわ。でも、本当にいいの?」


 クレール女医は、どこか感情を押し殺したような能面でシスティを見た。

 感情的になってしまえば、彼女もきっとシスティを止めてしまう、そう分かっているから敢えて心を殺すのだ。


「もちろんです。それに、クロード様と先生の作った薬です。成功するに決まってます」


 システィは真っすぐに私を見た。

 私は、言葉も出なかった。自ら手掛けたこととはいえ、実験のためとはいえ、彼女に再び同じ思いをさせたくはなかった。

 気が付けばシスティは私の中で掛け替えのない存在となっていた。

 以前の私なら迷うことなく彼女の決意に賛同しただろう。

 だが、ただそれだけの変化で、私の足は進むのを止めてしまう。

 脆いものだ、と私はシスティと出会った時の事を思い出していた。

 彼女は、生来の気質からだろう、ひどい目にあったのちも直ぐに立ち直って笑顔を見せていた。

 しかし、時折どこか悲しそうにしていたことを、暗闇を怖がっていたことも私は知っている。それでも、彼女は何でもないふりをした。


 そんな彼女に……いや、そんな彼女だからこそ共に乗り越えるべきなんじゃないだろうか。

 私は迷いを振り切るように瞑目する。


「わかった。だが、実用試験は私が執り行う」


「クロード殿、それは……」


 クレール女医は渋い顔でシスティを見る。


「わかっている。だが、そうしなければ私は胸を張って彼女に、システィに結婚を申し込めない。そんな気がするのだ」


 私は小さく微笑んでシスティを見た。

 システィはと言えば、何を言われたか考えが追い付いていないらしく混乱のただなかにいたのだが、それを理解すると顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「クロード殿、貴方と言う人は……」


 クレール女医は若干あきれ気味に苦笑をうかべ、試験を行う許可を出してくれた。




 某月某日、王都にあるブラワ王立学術院から新薬の発表が行われた。

 この新薬は学会にとって数ある発表の一つに過ぎなかった。

 多くの人々に有用な薬でもなく、持て囃される類のものでもなかった。

 しかし、見知らぬ街で名前を変え、生き方も変えざるを得なかった幾人もの女性がひっそりと涙したという。


 そんな新薬は、今ではどこの冒険者ギルドにもゴブリンによる被害者が出た際に、即座に対応できるよう常備してあるのだそうだ。




 新薬の発表から間もなく、王都の片隅にある小さな教会で細やかな結婚式が執り行われていた。

 こじんまりとした教会であるが、参列者は多い。

 冒険者が居る、学者が居る、お忍びだが貴族もいる。

 格式ばったようで騒がしく、どこかちぐはぐで、それでもみんな楽しそうで、誰もが二人の門出を祝って止まない。

 みんな二人を知っている。知っているからこそ、二人の幸せを願うのだ。













 さて、ここに奇妙な伝承がある。

 大陸中央にあるエルダーエルフの住まう地で、今でも古老の語り聞かせる物語である。


 昔々、地精には良い地精と悪い地精がいました。

 良い地精はノームと呼ばれ、人々に実りの恩恵を与え親しまれていました。

 悪い地精はゴブリンと呼ばれ、人々の持ち物を隠したり壊したり、悪戯をして困らせていました。

 それを見とがめた精霊の王様はゴブリンに呪いをかけてしまいます。

 その呪いとは、これまで人々から隠した持ち物を同じだけ、壊した持ち物を同じだけ作り出さなければ精霊として姿を保てなくなってしまうというものです。

 それは精霊にとって死に等しいのろいでした。

 精霊の王様は、ゴブリンたちに


「お前たちの呪いが解ける時、その緑の肌が元に戻るだろう」


 それまでは醜い姿で人々に償いをしろ、とおっしゃられたのです。

 こうしてゴブリンはよく知られる緑の肌を持つようになったのです。



 この話を聞いたのは図書館に勤めるハーフエルフの女性職員からだった。

 彼女は、彼女の母が幼いころに聞かされたという話を私に教えてくれたのだ。

 しかしながら、奇妙な話である。

 古に語られるゴブリンと今世に知られるゴブリンは全くもって違う生き物のようにしか思えない。


 私は、この話を聞いて更にゴブリンに対する知的欲求を刺激されてしまう。

 今のゴブリンはどこから来たのか、起源はどこか。


 次のフィールドワークはエルフの里を探す、そしてゴブリンに関する伝承を集める。それも悪くない。

 それに、古老とあれば我々ヒトの知りえぬ知識も多く持っているだろう。行くだけの価値はある。


 私は薄暗い書斎で記録用に持ち歩いていたメモを読み直して一人ニヤリと笑みを浮かべる。


 そんな書斎の扉をノックする音。

 返事も待たずに扉が開く。


「おとーさん、ごはんだよ」


「ごはーん」


 ドアノブより背の低い、二人の子供が扉の隙間から顔を出し声を掛ける。


「うむ、ゴブオにゴブミ、一緒に行こう」


 私は笑みを浮かべて二人の所へ行く、が。


「誰がゴブオでゴブミですか。セロとルネスです。ちゃんと名前で呼んであげてください」


 子供二人の後ろには女性の影、怒った顔のシスティである。


「かわいいだろう、ゴブオとゴブミ」


「可愛いくありません。ゴブリン馬鹿なお父さんなんて放っておいて先にたべちゃいましょう」


 システィは甘える子供二人の手を引いて行ってしまう。

 私は、苦笑しながら愛しい妻の背中に目を細めるのだった。

 

 

 ゴブリンという奇怪な生物に翻弄され、人生を狂わされた妻を思えば、ゴブリンを憎まずにはいられないのが普通である。

 しかし困ったもので、相変わらずゴブリンへの興味は別らしく、未だ尽きないのである。

 


これにて終幕です。


読んでいただきありがとうございます。


色々な作品に影響を受けて思い付きで書き始めたもので、そのせいかどこかで聞いたような設定やらなんやら多いように思います。

設定、考証などはいい加減で穴だらけだとは思いますが、見つけたらいい加減なことを書きやがってと笑ってやってください。








以下、簡単なキャラクター紹介。需要は無いだろうけど自己満足で書いた。





クロード・C・エヴァンス


 学者。植物学、薬草学、薬学、医学に精通した人物。言語学もかなりのものである。攻撃的な魔法もある程度はこなせるこの世界におけるエリートの一人である。とある貴族家の三男坊で、好き勝手やっている人物。変わり者としての悪評が立つが学者としては奇才であると評価される。自分本位な人物。




システィ


 実は最初は名前すらなかった。襲われた娘の観察でクロードのゴブリンに関する見方を変えるきっかけになるように用意した人物だった。しかし三行でほのめかす程度の存在が名前を付けた途端ヒロインになってしまった。大体、最後は淡々と研究者の覚書って感じに終わる予定だった。

 災難に見舞われながらも己を見失わなかった強い女性(登場時は少女と言える年齢だった)。明るく振る舞っているが、自身の未来については諦めの気持ちの方が強かった。立ち直るまでの話やクロードとのイチャラブ展開も考えたが、本題から逸れるし、長くなるので書かなかった。



トレヴァー・ローバー


 生物学者。獣医師でもあり学術院の副院長。ブラワ市の大学教授でもある。クロードの友人。クロードと同じく自分本位なところがある。後述するアンリとは後に夫婦となる。この辺の話も考えていたが蛇足になるので書いてない。ただ、アンリには頭が上がらないとだけ。



アンリ


 女性冒険者。冒険者ではあるが事務能力を買われて職員となる、そんな無駄設定があったりする。システィの護衛として派遣されていたが、友人関係を築く。何故か、いつの間にかトレヴァー教授と結婚。



クレール・エメス


 女医。医学博士。当然、薬学の知識もあるがクロード程ではなかったので協力を仰ぐ。貴族の娘で結婚を足蹴にして医学の道をまい進した人物。後、不妊治療の第一人者となる。システィの存在に大きく影響を受けた人物の一人。協力者が見つからなかった場合に備えて貴族のコネを使い女囚を使う計画を立てていた。行かず後家。



グラコス


 白銀級冒険者。剣の腕前は王国の五指に入るとされる人物。しかし、魔法が使えないため冒険者としての等級が上がらないという裏設定を用意していたが、やはり本筋と関係ないので書いてない。あと頑張って腰を振った結果最後の出番はなくなった模様。



ヘリックス


 銅級冒険者、後に白銀級となった。グラコスの弟子。強い、イケメン。



レガース


 ヘリックスの友人。荷物持ちであったが、ゴブリンにビビった自分を恥じて武の道へ。冒険者となり黒鉄級となる。まぁ、そこそこの腕。剣士よりは斥候としての適正があるとか設定を考えてみたが、やはり妄想で終わってしまった。



ゴブリン


 どんな生物のメスにも種付け可能とかどんなチート生物だよ! って考えた結果、実は殆どがメスで卵生なんじゃね? という発想からああなった。他生物の胎を孵卵器のように利用するってのもかなり質の悪い話だと思うけど。こういうのは寄生生物になるのかどうか。わからん。

 因みに、この世界のゴブリンは、本能のままに動く野生動物と同じ程度のポジションです。

 

 


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