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第35話:『教材は世界を救う』―教材は世界を救う―新米教師の兵站と、空の境界線

朝陽が、崩れかけた城壁を赤く染める。その光は、美しくも残酷。街を囲む防衛線。そこには、数日前の平穏な影など、どこにもない。空間の歪みから溢れ出した次元甲殻獣の群れ。それらが、街の門を執拗に叩き続けている。金属が軋む音。絶叫。そして、重く垂れ込める死の予感。

私は、教壇ではなく、ギルドの地下倉庫に立っていた。

私の能力。『ネット通販』。

かつては「便利な生活スキル」だと思っていた。だが今、この力は、絶望の淵に立たされたこの街にとって、唯一の補給線となっている。

「注文……確定」

私は、魔道具の画面をなぞる。指先。震え。

地球のテクノロジー。異世界の魔導具。その奇跡的な融合。

私が取り寄せたのは、武器ではない。「教材」だ。

「先生!例の『防壁強化剤』が届きました!」

駆け込んできたのは、冒険者ギルドの若手職員。

私がネット通販で取り寄せた、地球の特殊樹脂と、この世界の聖水を配合した試作品。

「すぐに東門へ。それと、これを騎士団の方々に」

私が手渡したのは、通販で見つけた『多機能型防護ゴーグル』。

本来は地球の工事現場や実験室で使われるもの。だが、そこにこの世界の「動体視力強化」の魔法を付与すれば、次元の歪みから現れる魔物の動きを捉える「神の眼」へと変わる。

新米教師の私にできる、精一杯の「兵站」。

戦場を支えるのは、勇者の剣だけではない。それを支える物資。そして、知恵。

「はい!先生のおかげで、生存率が劇的に上がっています!」

走り去る彼の背中。

私は、その言葉に、わずかな誇りと、それ以上の責任感を感じる。

その時。

空が、裂けた。

バリバリという、耳を劈くような破壊音。

東の森の上空。空間の歪みが限界を超え、巨大な「穴」と化した。

そこから這い出てくる、山のような巨躯を持つ次元甲殻獣。

「……っ!」

絶望。市民の悲鳴。

だが、その絶望を、一筋の閃光が切り裂いた。

漆黒のスーツ。翻る裾。

佐久間修。

彼は、私が託したあの魔道具を手に、戦場へと舞い降りた。

私の理論。量子力学と次元魔術の融合。

彼は、それを理解した。いや、彼自身の「状態を奪う」能力で、私のメッセージを「知識」として自分に取り込んだのだ。

彼の周りで、空間の歪みが「安定」へと書き換えられていく。

不安定な次元の波を、彼は「奪い」、それを「強固な防壁」という状態へと変換する。

それは、もはや魔術ではない。世界の理を書き換える「物理的な奇跡」。

私は、倉庫の隙間から、その戦いを見つめる。

教え子が、世界の境界線で戦っている。

私が救えなかった、あの弱々しかった少年が。

今は、誰よりも強く、誰よりも孤独に、世界を背負っている。

「佐久間君……」

私の声。風にかき消される。

だが、彼はこちらを向いた。

戦場の喧騒。血の匂い。その中で。

彼は、私が送ったゴーグルのフレームに指をかけ、不敵に笑った。

まるで、「先生、見ていてくれ」と言うかのように。

私の『ネット通販』が、彼に届けたのは物資だけではない。

それは、かつて彼が受け取ることができなかった「肯定」という名の贈り物。

私は、魔道具の画面を操作し、最後の商品を注文した。

それは、地球の有名なブランドの、高級な万年筆。

彼が戻ってきたとき。

平和になった世界で、彼に、卒業証書のサインをしてもらうために。

空の穴が、彼の力によって、徐々に塞がれていく。

私の「授業」。その最終章は、まだ始まったばかり。

世界が混ざり合う、その境界線で。

私は、新米教師として、最後まで彼をサポートし続ける。

どんな商品よりも価値のある、彼の「未来」を買い取るために。

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