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22. コーヒーの美味しいレストラン

 中心街に向かっていく通りは、品の良い花壇が並び色鮮やかな花々が植えられている。屋台も威勢の良いものというよりは上品に微笑んだ店員が立つものや華やかな切り花を売る店が増えてくる。カフェのテラス席には優雅に紅茶を楽しむ貴族の娘たちの姿がある。

 そんな洗練された通りの角でアンティーク調の立て看板を掲げたレストランの扉をアスカは選んだ。カラン、と軽やかなベルが客人の来訪を知らせると洗練された立ち振る舞いの店員が丁寧に席まで案内してくれる。鼻孔をくすぐるコーヒーの香りが心地よい。

 シックな家具で揃えられた店内は、穏やかなオルゴールのような音色が不快にならない程度に響いている。広くはない店内の一番奥のソファ席に案内されたハルカたちは、窓側にアスカが、その向かいにハルカが座った。店員がメニューとグラスを二つ持ってくる。水差しから注がれるキンと冷えた水が、透明なグラスの中で揺らめいだ。


「久しいですね」


 ハルカがメニューを眺めていると、壮年の男がアスカに声を掛けてきた。この店のマスターらしい。聞けば、アスカがお忍びで(抜け出して)街に出てくるときに時々ここに顔を出しているらしい。アスカが国王であるということを知るマスターは、孫に向けるような笑みを見せた。


「貴方様がお連れの方と一緒とは珍しい」

「フン」

「ご注文が決まりましたら、お申し付けください」


 国王に向かってにしては軽やかに、そして特段の深入りはしないという適度な距離感を保ったまま、マスターは笑ってキッチンへと戻っていった。だからこそ、アスカはこの店を何度も訪れているのだろうな、とハルカは納得する。


「陛下はいつも何を頼んでいたんですか?」

「肉だな」

「ふふ」

「ここは肉の種類が多い」


 調度品に合わせてアンティーク調のデザインが施されているメニュー表には、ごくシンプルな料理名が書かれている。確かに、アスカが言うようにメインメニューの欄には肉の名前がいくつか並んでいる。牛、豚、鶏、オーク、バイソン、大蛇。家畜も魔物を扱っているらしく、これは日本にはないなあとハルカは興味深く眺めた。しかし肉料理というには乏しいメニュー名だ。ただ食材の名前が並んでいるだけと言ったほうが正しい。王宮の料理を鑑みれば、ここも肉を焼いたものが出てくるということは容易に想像がつく。

 どれにしますか、とハルカがアスカに向けてメニューを差し出す。ついと視線だけで文字列をなぞったアスカは、「牛」と一言答えた。


「じゃあ、俺は豚にしようかな」


 バイソンというのは牛に似た魔物のようだ。大きな角を持ち、突進して攻撃してくるそこそこに強いらしい。大蛇は、読んで字のごとく大きな蛇だという。淡泊な味わいだとか。

 見慣れない魔物たちについてアスカに尋ねうえで、ハルカはやっぱり豚にしようと決めた。魔物肉はつい最近初めて食べたばかりだ。抵抗があるわけではないが、ここは慣れたものを選ぶことにする。

 ハルカがちらりと店員に目線をやると、すぐに気づいてメモを片手にやってくる。牛と豚の肉料理を注文すると、店員は丁寧な礼を見せてキッチンへと下がっていった。ちなみにランチタイムなのでパンとサラダとドリンクはセットになっている。ディナータイムにはアラカルト形式になるらしい。

 店の内装は美しく、サービス形態自体も元の世界と変わらない。運ばれてきた料理は、そんな店にふさわしく見た目には素晴らしかった。


「あ、美味しそう」


 アスカがあんなことを言うので、どうにも身構えてしまっていたがここは中心街にあるレストランだ。しかもひっそりとではあるが国王の御用達。そんな店で出てくる料理が、いくら食文化が発達していないとはいえ不格好なわけがないのである。

 平皿に横たわる厚めに切られた肉。こんがりとよく焼けている。添えられているのはじゃがいものようだ。ただ蒸しただけのものには見えるが、その無骨さもデザインと捉えれば悪くない。一緒に提供されたスープ、サラダ、パンも、ぱっと見はとても美味しそうである。

 ハルカは顔が映るほどしっかりと磨かれたナイフとフォークを手に取って、肉へと刃を入れた。その弾力に、思わず苦笑する。


「……」

「……」


 ハルカの前に座るアスカも、何も言わずにナイフを滑らせている。眉間に皺は寄っているが、それは常のものとそう変わらない。肉を大きめの切りバクリと口に運んでいるから、不満を持っているというわけでもないのだろう。ごくりと喉が大きく動いて、浅く溜息を吐いた。すっと上げられた目線が、目の前のハルカを捕らえる。


「やはり、お前の作る食事の方がいい」

「ふふ、ありがとうございます」

「お前の料理を知ってしまうと、物足りなく感じるものだな」

「恐れ多いです」


 およそ高級レストランで口にすべき台詞ではないのだが、アスカは躊躇いなく口にする。ハルカは恐縮するように肩をすくめながら小声で微笑んだ。マスターに聞こえていないといいのだけれど。

 ハルカは豚のソテーを小さく切って食べる。高級店にふさわしい食材を使っていることは分かる、嚙み締めるほど質の良い豚肉の味が広がる。その噛み締める、が永遠に続くかと思えるほどに硬い肉なのはご愛敬である。王宮で出てきたものとそう変わらない。


(顎が)


 疲れてきた、と思いながら、ハルカは綺麗にすべての料理を平らげた。サラダなども王宮で最初に食したものとそう変わらなかった。

 食後に提供されたコーヒーの味は元の世界のそれと大きく変わらず、ほっと一息を吐く。どうやらこのレストランはマスターこだわりのコーヒーが売りらしいので、どこでもこの味が楽しめるわけではないようだ。不味い店は不味い、というのがアスカの談。紅茶の方が親しまれている国であるので、仕方ないのかもしれない。

 ではコーヒーが飲みたいときはここに来た方がいいか、とハルカは苦味と酸味のバランスが取れたコクのあるコーヒーを飲んで頷いた。ハルカは紅茶もコーヒーも好きだ。

 

 腹が満たされ食休みも済んだところで、次はどうするかと相談する。まだ見ていない店が多いので、とハルカは街散策の続きを希望した。アスカは異論ないようで、飲み干したコーヒーカップをカチャリとソーサーの上に置いて立ち上がった。

 マスターが出口まで見送ってくれるので、ハルカは振り返って微笑んだ。


「また来ます」

「お待ちしております。機会があれば、ハルカ様のお話もお聞かせください」


 話とは、とハルカは一瞬きょとんとするも、すぐに勘付く。料理の話をしているのが聞かれていたらしい。申し訳ないな、と思いつつもマスターも嫌味で言っているわけではなく純粋に知りたいという意らしいので素直に頷いた。


 街散策の続き、ということで昼下がりの王都をふらふらと当てもなく歩く。

 何かの呪いに使いそうな怪しげな置物。少し変わった色や形の野菜。吊り下げられた大きな魚の解体ショー。おお、と感嘆の声を漏らしながら日本では見たことがない屋台や店を見つけると止まるハルカの足に、アスカは可笑しそうに笑いながら付き合っている。

 通りに面した屋台と店舗を併設しているのはいわゆる精肉店。裏の店舗の中で捌いた肉を、表の屋台で売っているらしい。家畜をメインで扱うものらしく、魔物の肉は並んでいない。魔物肉はどこにあるのか、と屋台の店番をしていたガタイの良い店員に聞くと、冒険者ギルドで手に入れるものだと教えてもらった。魔物の肉は店で売っているということは少なく、冒険者が狩ってきたものをギルドから買い取るのが普通らしい。欲しい魔物肉があれば指定した依頼を出すのだとか。

 元の世界にはもちろんない仕組みに、ハルカは興味深そうに瞳を輝かせる。


「ギルド……」

「気になるか」

「はい」


 コクリと頷くにハルカに、アスカは仕方ないなと眉を下げた。今朝もそうだったが、アスカはあまりハルカを冒険者と関わり合いを持っては欲しくなさそうだ。自衛の手段を持たないのだから当然か。


「外から見るだけだぞ。ガラの悪い奴もいるから、気を付けろ」


 そう言って踵を返したアスカに、ハルカは嬉しそうに笑った。

 中心街から離れたいわゆる市民街。活気に溢れる通りを抜けると、ドンと大きな扉を構えた建物が現れた。ギイとその扉を開けて出てくるのは武装した冒険者たち。機嫌よさそうに布袋からコインの音を鳴らしている。報酬が入ったところらしい、昼から飲みに行くのだろう。

 大きく開け放たれたことで見えたギルドの中は、人は多くはなさそうだったが何やら言い争っているような声が響いていた。あれがアスカの言う‟ガラが悪い”ということなのだろう。冒険者という職を選んでいる人間で、褒められた素行の者は少ない。ガン、と何かを殴りつける音もする。これが日常茶飯事であるならば、ハルカがこの中に一人で身を投じるのは確かに良くなさそうだ。

 ほお、と首を伸ばし、思わず足を一歩踏み出したハルカの身体をアスカの手のひらが引き寄せる。片手で後ろから抱き寄せられ、見上げればこちらもガラの悪い顔をしていた。


「すみません」


 素直に謝れば、仕方なさげに嘆息して解放される。もちろんハルカも冒険者にいちゃもんを付けられたくはないので、大人しくアスカの隣に並んだ。外観を眺めて、中も少し見られて、満足したと伝えれば止めていた足が再開した。


(もし魔物肉が欲しくなったらどうしようかな)


 そんな悩みを浮かべたハルカは、でも今はいいやとすぐにどこかへと追いやった。



 

 街散策を満喫したハルカは、両手には取っ手付きの紙袋を下げ、正面には紙袋を抱えて王宮へと戻ってきた。出迎えたアッシュがいくつか代わりに持とうと手を伸ばすのに遠慮することなく、一番軽そうなものを預ける。街中では半分より多い量をアスカが持っていてくれたので楽だったが、すべてを自分で持つには些か重い。成人男性の平均程度の筋力はあるので持てないというわけでもないが。


「街はどうでしたか」

「楽しかったよ。賑やかで」

「それは良かったです」


 自室までの廊下を歩きながら街の感想を語るハルカに、アッシュは主人が満足できたようで何よりだと頷いた。ガサリ、ガサリと紙袋が擦れる音の中に、カタン、カチャン、と何かがぶつかる音が混じる。その音がハルカが抱える紙袋から鳴ることに気付いたアッシュは、それは何かと尋ねた。音からして、重い物ではないかという推測する。重い物を主人に持たせておくわけにはいかない。

 

「これ? 重くないから大丈夫だよ」


 アッシュの意図を正確に汲み取ったハルカは、気遣いを褒めるように微笑んだ。アッシュが不躾に他人の購入品を知りたいと思う趣味を持っている人間ではないという信頼があるからこそ、アッシュの言葉足らずな問いかけにも笑顔で答えられる。

 そうは言っても買い物の中身は隠すものでもない。ハルカは茶色いの紙袋の口をカサカサと開けて、中から一つ取り出した。


「ここにはない調理道具とか製菓材料を買ってみたんだよ。これは、お菓子作りのときに使おうと思って」


 そう言ったハルカの手には、紙カップのようなものが乗せられていた。アッシュはそれを見てもただの紙カップにしか見えず、水を入れるには心許ないのではないか、としか思わない。しかしハルカがお菓子作りに使うと言うならそうなのだろう。なるほど、と紙カップ以外にもいろいろと見せてくれるハルカの説明をふんふんと聞いた。雑貨店に入って国王を放置して買い物に精を出してしまった、と苦笑するハルカに、アッシュは心の中でだけ「別に構わないのでは」と呟く。アッシュが仕えるのはハルカであるが、大元の雇い主は国王であるので決して口にはしない。口にはしないが、ハルカの案内役を自ら買って出たのだからそれくらいは許されるだろう、と当たり前のように考えている。


「またこれを使ってお菓子を作るから、アッシュ君も一緒に食べよう」


 手伝ってくれたら嬉しいな、といたずらっぽく笑うハルカに、アッシュは当然だと大きく頷いた。

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