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21. 深海の色をした魔石

 ハルカが服を選んでいる間、アスカは壁に身体を預けていた。

 ハルカが楽しそうなら何よりだとハルカの買い物を黙って見守っていたアスカだが、ふと小物類が並べられた棚に目が留まった。大小様々な宝石が細い鎖で繋がれたネックレスやブレスレットは、女性用のものだろう。華奢なデザインは人気がありそうだ。その隣には宝石とは違う独特な輝きを持つ石が嵌められたネックレスや指輪が並ぶ。それは魔石が使われたアクセサリーだった。

 魔石には魔力を溜める性質がある。そのためこういったアクセサリー類に仕立てた魔石を身に付けておき、いざというときに魔力を取り出したり、術式を組み込んでおけば直接魔法を展開したりすることができる。魔石が大きければ大きいほど、純度が高ければ高いほど、溜められる魔力量は増える。

 ふむ、とそのうちの一つに指先で触れたアスカは店員を呼び寄せた。この店の中でもトップに立つであろう店員が恭しく礼をしながらアスカの前に現れ、何かを告げるアスカに微笑みながら頷くとすぐに裏へと下がっていく。ぷらぷらと王族とは思えない行儀で片足の爪先を揺らすアスカの前に、その店員が箱のようなものを両手に持って再び現れたのは数分経ってからのことだった。


 丁寧な手付きで白いグローブを装着した店員が箱を開ける。中にはいくつかのネックレスが並んでいた。そのどれにも、一目見て高価のものであることが素人でも分かるような美しい石が鎮座する。その独特で目を離せなくなるような輝きから、一般的に流通する中では最高級の魔石であるということもすぐに分かるだろう。ペンダントトップとなっている石のサイズは様々で、数ミリ程度の小さなものから親指の爪ほどのサイズになるものまである。並ぶそれらに共通しているのは、石の色であった。

 細かな色合いは異なるものの、すべての魔石が呈するのは美しい青。晴れた日の爽やかな空、深い森の中にある澄んだ湖、草原に揺れる小さな花。あらゆる青を一つずつ閉じ込めた石は、どれも惚れ惚れするほどの美しさだ。

 チェーンの種類もいくつかあるようで、店員が丁寧に説明してくれる。色や太さを好みのものに替えられるらしい。アスカはへえ、と声を漏らしながらハルカを振り返った。


「ハルカ」

「はい」


 低く心地よい声が店内に響き、ちょいちょい、とアスカの長い指がハルカを呼び寄せる。ちょうど自分の買い物が終わったところだったハルカが、早足でアスカの元へとやってきた。

 どうしましたか、と不思議そうなハルカを隣に立たせたアスカは、ネックレスが並ぶ箱の中から一つを取り出した。深海のような濃い青色の石がついているものだ。

 雑に指先に引っ掛けたそれを、ハルカの顔の横へと寄せる。揺れる魔石がちょうど鎖骨の辺りに来るように調整して、少し引いた目で眺めた。


「ん」


 満足そうに口角を上げたアスカは、店員に一言告げた。これにする、と。

 

「え?」


 きょとんとしたハルカを無視するように、にこやかな笑みを湛えたままの店員は若い店員へ目線だけで会計やらラッピングやらの準備のための指示を送る。

 アスカは選んだネックレスを再びハルカにあてがい、納得したように頷いている。


「あの、」


 陛下、と呼び掛けようとしたハルカの口がむぐと噤まれる。街中で、他人の前で、陛下と呼んでいいものか。そんなハルカの葛藤を見透かしたように、深い海のような青い瞳を緩ませたアスカが首を傾ける。


「これは」

「お前にやる」

「えっ」


 そう言ったアスカは、ネックレスのトップに付いているネイビーブルーの魔石を柔らかく手のひらで握り込んだ。ふっとアスカの身に纏う空気が洗練される。アスカの瞳の青が深まった。

 瞬間、ぱあっと手の中が輝く。眩い白い光がアスカの指の間から漏れ出る。

 

 ハルカの背がぶわりと粟立った。感じたのは圧倒的な畏怖。高尚で、傲慢で、強烈。すべてを支配せんとする鮮烈な存在。身動ぎ一つ許されない、突き刺すような空気が、しかしそれが当然でありそうあるべきであると思わされる。

 

 フッと空気が弛緩するのと同時に、アスカの手のひらの光が消えた。


「っ、」


 はっ、と息を吐いたハルカは、そこで自分が息を止めていたことに気付いた。時間すら止まっていたかのように、額に滲んでいた汗がようやくと言わんばかりにこめかみへと伝っていく。

 そんなハルカの様子を見たアスカが、「ああ」と少し眉を下げてハルカの顔を覗き込んだ。


「平気か」

「は、い」


 口が痺れているように、舌が上手く回らず舌ったらずな返事になる。けほ、と空咳をして大丈夫ですと再び口にすると、アスカはぽんとその頭を撫でた。あやすように、指先がさらさらとハルカの艶やかな焦げ茶の髪を梳く。

 ふう、と深く息を吐いたハルカが改めて大丈夫だと伝えると、ようやくアスカの手が離れた。


「俺の魔力を込めた」


 そう言いながらアスカが両手でネックレスのチェーンの留め具を外してハルカの首へと回す。カチ、と小さな音が首の後ろで鳴ると、その深い青色の石がハルカの胸元を居場所としていた。


「ん。似合っている」

「あ、ありがとうございます……」


 ハルカはおそるおそる胸元に飾られた石へと手を伸ばした。指先で触れると、ひんやりとした感触。深いブルーは、透明度が非常に高いが裏側は見えず、その奥をゆらりゆらりと揺らめかしているような何とも言えない輝きを放っている。その青色は、ふと見上げたアスカの瞳の色とよく似ていた。

 魔力を込めた、ということは、これは魔石ということか。ハルカ指先がそっと石を摘まむ。小指の先ほどの、大きくはない石だ。


「肌身離さず身に着けておけ。よほどのことがない限り安全だ」


 竜に襲われると危ないかもな。カラリと笑うアスカに、ハルカの頬は引き攣る。

 魔石が魔力を蓄える性質を持つことはハルカも習った。そしてその能力は大きさと純度に比例するということも。このネイビーブルーの魔石が、大きくはないが純度が最高峰のものであることはこの輝きを見れば容易に推測できる。さらに先ほどの強烈な気配。あれはアスカが魔石に魔力を込める際に溢れたものだろう。つまりはそれほどの魔力を込めたということで。それほどの魔力を込められる魔石だということで。


「……竜には、気をつけます」


 値段なんて気にすれば負けである。


 ハルカはアスカから贈られたネックレスを身に着けたまま、両手に自分で購入した衣服が入った紙袋を下げて店を出た。扉の前で見送りをしてくれる店員にぺこりと頭を下げて歩き出す。するりと片方の荷物を取り上げてくるアスカの手に、ハルカは申し訳なさそうに笑いながら礼を言った。

 気づけば時刻は十二時近く。ちょうどいい具合に空腹を感じる時間になっていた。


「何が食いたい」


 そんなハルカを見透かしたように、アスカが尋ねてくる。案内役を買って出たからには、最後まで役目を全うしてくれるらしい。王族なのだから自分が食べたいものを選べばいいのに、とハルカは思うも内心で呟くだけに留めた。聞かれれば、アスカの機嫌を損ねることは分かっている。


「そうですね、この世界の料理は王宮のものしか知らないので、街のレストランなんかを試してみたいです」

「先に言っておくが、お前が作る料理より美味いものが出てくる店はないぞ」


 さも当然のように告げられる事実に、ハルカは苦笑した。この国随一の料理人を集めているはずの王宮での食事がアレなのだ。王都とは言え王宮と同等はあれどそれ以上のものが出てくることはないだろう。最近はハルカが食事を用意するのが当たり前になり、王宮料理人たちもハルカから学んでメキメキと腕を上げているのですっかりと忘れていたが、この世界の食文化はあまり発達していない。


「ふふ」


 そうは言っても、ハルカの料理より美味しいものはないと堂々と言ってくれるアスカに、ハルカは嬉しそうに笑った。それでも構わない、とハルカが言うと、アスカはではあちらだと爪先の向きを変えた。


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