7.令嬢の暴走はまだ止まらない
それから書庫の中と、さらにその奥にある小部屋の中を調べ回って、私たちは二百年前のことについて調べていった。時間はかかったけれど、必要なことはどうにか知ることができた。
「王と王妃、それに王太子は王宮に留まるべしという現在の慣習……」
「しかし、その慣習とはまるで逆の、二百年前の王と王妃……」
「どうにか、その謎は解けましたね。……もっとも謎というか……全部あの小部屋に隠してあった、ただそれだけでしたけれど」
「見つけた時は拍子抜けしたよなあ。あと、その内容にも笑わせてもらった。もっともそうやって大笑いしたおかげで、いい策ができあがったけどな」
「大笑いしたのはラファエル様だけです。王家の歴史をねたにして笑えるような神経は、持ち合わせておりませんので」
「とか言って、あんたも口元がひきつってたぞ? どうせ俺しか聞いてなかったんだし、笑えばよかったのに」
資料を元の場所に戻しながら、そんな軽口を叩き合う。窓の外は、もう明るくなっていた。
ぶっ続けで調べ物をしていたせいで私たちは二人ともすっかり疲れ果てていたけれど、不思議なくらいに気分は軽かった。
「これも、優秀なあんたが手伝ってくれたおかげだ」
「それを言うなら、ラファエル様のおかげです。私は結局、行き当たりばったりでことを進めるしかできませんでしたから。こんな興味深い事実を見つけることができたのは、あなたが私の元を訪ねてきてくれたからです」
この一晩の間にラファエル様と私は、すっかり打ち解けてしまっていた。
共に一仕事成し遂げたという達成感のおかげでもあるし、単に眠さと疲労で頭が回らなくなっていたからというのもあったかもしれない。
と、不意にラファエル様がぽつりとつぶやいた。
「しっかし、結局俺たち、一夜を共にしてしまったなあ」
「な、何を言っておられるんですか! 単に調べ物をしていたら朝になってしまったというだけですから。その、もう少し、言動を慎んでください。主君たるロジェ様の評判に響いたら大変でしょう!」
「別に、だれかれ構わずこんなことを言ったりしないさ。冗談の通じる相手は選んでいるつもりだよ。でもまあ、心配してくれてありがとう」
むきになって言い返した私に、ラファエル様はすんなりと礼を言う。ちょっと拍子抜けしつつも、同時にむずむずするものを感じていた。
私は人づきあいよりも勉学を優先させてきたということもあって、近寄りがたい、怖いと思われがちだった。いつの間にか『鉄の女』なんてあだ名がつくくらいに。
けれどラファエル様は、私に冗談を言っている。まるで友人のように。それが何だか、くすぐったかった。
そんな戸惑いをごまかすように、いつも以上に手際よく資料を元の棚に戻していく。それから、平静をよそおいつつラファエル様に話しかけた。
「……ラファエル様は、これからどうなさいますか? 私はジョゼフィーヌ様に会って、今しがたまとめた策を話してこようと思うのですが……」
「ああ、だったら俺も行く。というか、二人で説明したほうがいいだろう。お互い、いつもよりちょいと頭が回ってないからな」
そう話もまとまって、二人一緒に書庫を出る。今の時間なら、ジョゼフィーヌ様は朝食を終えて学び舎の図書室に向かっている頃だろう。
二人でのんびりと、王宮を出てすぐ隣の学び舎に向かう。その時、向こうからやけに切羽詰まった足音がいくつも駆けてくるのが聞こえた。
「あっ、いたぞ、鉄の女だ! 君、ジョゼフィーヌ様と親しかっただろう?」
「ラファエル様も一緒だ、良かった……」
「とにかく、来てくれ!」
おそらく学び舎に通う貴族の子弟だろう、身なりのいい青年が三人。彼らは私たちの姿を見るなり、大いに安堵した顔でそんなことを口にしていた。どうやら、私たちのことを探していたらしい。
「どうしたんだ、そんなにあわてて?」
ラファエル様がきょとんとした顔で尋ねると、彼らは声をそろえて、叫ぶように言った。
「大変なんだ! ジョゼフィーヌ様と、ロジェ様が!!」
青年たちに教えられた場所まで、二人で駆ける。そこは学び舎の中庭だった。
いつもは割と静かなそこに、かなりの人がごった返している。その向こうから、ジョゼフィーヌ様の叫び声が聞こえてきた。
「で、ですから、わたくしは、こ、婚約破棄を申し入れますわ!」
「どうして……どうしてそんなことを言うんだ、私の愛しいジョゼフィーヌ……君がいなくては、私は生きていけないというのに……」
「ど、どうしてもですわ! そ、そうよ! わたくしは、ひどい女なんですの! 王太子の婚約者という地位をかさにきて、嫌がる女性を無理に連れ回しましたわ!」
たぶんそれは、私のことだろう。人ごみをかきわけて、ジョゼフィーヌ様に近づく。私の姿を見て、彼女は思いっきり動揺していた。
周囲の人間に聞かれないように、そっと彼女の耳元にささやく。
「どうしてまた、こんなことをしているのですか」
「……あ、あの、ごめんなさい、ニネット。でも、わたくし……自信がなくなってしまいましたの」
「もしかして、試験に合格する自信が、ですか?」
ジョゼフィーヌ様はこくんとうなずく。その目にはほんの少し涙が浮かんでいた。
なるほど、彼女は必死に勉強しているうちに、採用試験がとても難しいものなのだと気づき、今の自分ではとても合格できないだろうとそう考えたのだろう。
そうして、彼女はまた婚約を破棄しようとした。そうすれば、時間が作れるから。年に一度の採用試験に何度も挑むための時間が。
しかしだからといって、こんな人目につくところでやらなくてもいいだろうに。
ため息をかみ殺していると、少し離れたところに立っていたロジェ様が絶望したような顔で頭を抱えた。
「……ジョゼフィーヌ……どうして、君は私を拒むのだ……私のことが、嫌いになってしまったのか……」
「ロジェ様、もう少ししゃんとしてください。みなが驚いてますから」
私と同じように人込みをかき分けてロジェ様のところにたどり着いたらしいラファエル様が、ロジェ様の耳元でささやいているのが聞こえてくる。
この世の終わりのような顔をしているロジェ様がかわいそうになったのか、ジョゼフィーヌ様がためらいながら言葉を返した。
「……嫌いには、なっていませんわ」
「だったら!」
「けれどわたくし、どうしても王妃にはなれませんの!」
すがるような目をするロジェ様を、ジョゼフィーヌ様はきっぱりとはねつける。
ロジェ様の腕に手をかけて支えながら、ラファエル様が必死にこちらに目くばせしてきた。一刻も早く、ここを離れるぞ。たぶん、そう言いたいのだろう。
「ジョゼフィーヌ様、おっしゃりたいことは分かりました。ですがここは人目もありますし、一度場所を変えて」
どうにかこうにかそう言った私の言葉を、凛とした声がさえぎった。
「……分かった、ジョゼフィーヌ。ならば私は、王太子の地位を捨てよう。そんなものよりも、君のほうがはるかに大切だ」
それは、ロジェ様の声だった。ついさっきまでどうしようもなくうろたえていた彼は、一転して王者のような貫録を放っていた。
こちらもこちらで、そんなとんでもないことをこんな態度で言わなくてもいいだろうに。ロジェ様の背後で、ラファエル様が頭を抱えているのが見えた。
そろそろと隣を見ると、ジョゼフィーヌ様がきゅっと口をつぐんでいるのが目に入った。やけに熱っぽい目で、ロジェ様を見つめている。
もしかして、今の言葉にほだされかけているのだろうか。もう何が何だか。
「私は、君のそばにいられれば何もいらない。ジョゼフィーヌ、どうか、ずっと共に……」
「ロジェ、様……」
そうして二人は前に進み出て、しっかりと手を取り合う。間近で見つめ合うさまはどこからどう見ても、愛し合う恋人たちの姿そのものだ。
それはそうとして、ちょっと流れについていけない。徹夜明けということもあって、頭が痛い。
周囲の人垣から、まばらに拍手が聞こえ始める。事情が分からないなりに、みんなはひとまずこの二人が仲直りしたことを祝福しているような……。
「あーはいはいはい、これにてちょっとした痴話喧嘩は終わりだ! ほらみんな、散った散った!」
心底疲れ果てたようなラファエル様の声で、我に返る。
そうだ、あぜんとしている場合ではないのだ。余計にややこしくなりかかっているこの状況を、早くどうにかしなくては。
見つめ合う二人をしり目に、人々を解散させる。ラファエル様と、乾いた笑いをもらしながら。




