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6.参謀たちの作戦会議

「ええっと、あの、どういうことでしょうか……」


 ラファエル様の唐突な申し出に、思わずぽかんとしてしまう。彼が何に困っているのかは何となく分かった。要するに、ロジェ様を何とかしたいということなのだろう。


 でも、私に何かできるとは思えないのだけれど。


「ああ、説明が足りなかったな」


 そうして、ラファエル様は要点をまとめてくれた。


 ジョゼフィーヌ様が外交官の採用試験を受けようとしていることがロジェ様にばれたら、ロジェ様は暴走しかねない。これは絶対に駄目だ。


 かといって、試験までの数か月間、ロジェ様をごまかしきれるとも思えない。いずれロジェ様はジョゼフィーヌ様と接触して、真実を知ってしまうかもしれない。


 そうなった時にロジェ様がどういう行動に出るのか、古い付き合いのラファエル様でも見当がつかないのだそうだ。


「ニネット、あんたがジョゼフィーヌ様にさずけた策は、急ごしらえにしてはかなりいい線いってたと思う。だが、それにはロジェ様のことが計算に入っていないんだ。まあ、あんたはロジェ様のことを知らなかったし、仕方ない。だが」


 そこまで言って、ラファエル様は声をひそめた。今までで一番深刻そうに、彼はささやく。


「このままだと、ロジェ様の近くに控える俺が結構大変なことになる。というか、下手をするとロジェ様とジョゼフィーヌ様が個別に暴走して、収拾がつかなくなる」


「……確かに、その可能性はありますね……」


「だから、どうせならあんたの策をもっと細かく詰めていきたい。下手にジョゼフィーヌ様を止めるより、そのほうがもっといい感じになりそうな気がする。だから、力を貸してくれ」


 もうすっかり巻き込まれてしまっている私としては、今さら拒む理由もなかった。


 それにどうせなら、ジョゼフィーヌ様には幸せになってもらいたいし。たぶんだけれど、その幸せな未来には、ロジェ様の存在も欠かせないような、そんな気もするし。


「はい。私でよければ。……その、みんなが幸せになれるような、そんな結末を目指せるように」


「みんなが幸せに、か。いいな、それ。よし、一緒に頑張ろうぜ、ニネット」


 星降るような空の下、こうして私たちは色気のかけらもない、しっかりとした握手を交わしたのだった。




 その次の日、いつものように朝から夕方までジョゼフィーヌ様と一緒に勉強して、夕食後寮の部屋を出る。


 その足で夜の書庫に向かうと、笑顔のラファエル様に出迎えられた。これから私たちは本腰を入れて話し合い、私が立てた策を修正していくのだ。


「まずは、現状把握だな。ジョゼフィーヌ様の状況はどうだ?」


「順調です。……ですが、次の採用試験に合格するかは不透明です。なにぶん、私もあの試験には詳しくないので」


「そうか。理想を言えば、一回受けてそのまま落ちて、多少なりとも満足いく形で夢をあきらめてもらうのが、一番楽な終わり方なんだがなあ」


「……それは、分かってはいるのですが……」


「どうした、何かあるのか」


「できることなら、合格させてあげたいと……そう思うのです。最近あの方は、『夢に向かって努力するのがこんなに楽しいことだったなんて知らなかったわ』とおっしゃるようになったので……」


「そうか……確かにそれは、応援したくなるよな。となると、今までみたいにロジェ様をなだめてその場しのぎのごまかしを続けるんじゃなくて、いよいよ本格的にロジェ様を巻き込むことを考えないと、ということか。……うう、面倒くさい」


「面倒くさいって……あなたの主君のことですよね」


 小声でそっとたしなめると、ラファエル様は子供のようにむくれてみせた。


「だってなあ……ジョゼフィーヌ様がからむと、本当に、どうしたんだってくらいにロジェ様は、その……妙な感じになるんだよ。脳みその代わりに綿菓子でも詰まってるんじゃないかって思いたくなるくらいに」


「……今の失言は聞かなかったことにしておきますね」


「助かる」


 にっこりと笑ったラファエル様が、ふと真顔になる。そうしていると、中々の美男子だ。普段がちょっと軽すぎるのがもったいない。


「……もしジョゼフィーヌ様が試験に合格したら、あの方は偽名で外交官として働くことになるな」


「ええ。そうやって外交官としての実績を先に積ませることで、民や臣下に王妃兼外交官という存在を強引にでも受け入れさせる、そういう筋書きです」


 まあそれしかないよなあと小声でつぶやいて、ラファエル様は宙をにらみつける。


「王妃はこれほどまでに優秀な方なのだと。その才を眠らせてしまうのはもったいないと、そう世論を誘導していく、そういうことか」


「その通りです。……もっとも、試験に合格してからは私にできることはほとんどありません。そこからは、ジョゼフィーヌ様がいかにロジェ様を説得できるかにかかってくるだろうと、そう考えていました」


「それについては、問題ないな。ジョゼフィーヌ様が泣きつけば、ロジェ様はそれくらいすぐになんとかする。断言できる。……だからこそ、俺たちがこうして苦労している訳だが。ロジェ様が暴走しないように気をつけつつ、どうやって話を持っていくかだな……」


 苦笑とあきらめをたっぷりとまぶしたため息をついていたラファエル様が、ふとこちらを見た。どことなく、不思議そうな顔だ。


「しかし……意外だったな」


「何がですか?」


 手を止めて、ラファエル様を見返す。彼は妙に優しい笑みを浮かべて、言葉を続けた。


「なに、『鉄の女』なんてあだ名のある孤高の才女なら、ジョゼフィーヌ様に泣きつかれたところであっさりはねつけるんじゃないかって、そう思ってたからさ。あんた、予想よりもずっと面倒なことに巻き込まれてるじゃないか」


「そのあだ名、私はそもそもついこの間まで知りませんでした。まあ、他人にどう呼ばれていようと構いませんが」


 ためらうことなくそう答えてから、小声で付け加えた。


「もっともそのあだ名のせいで、ジョゼフィーヌ様に見込まれてしまってこんなことになった訳ですけれど。さあ、私の事情は別にいいでしょう。話し合いに戻りましょう」


「はいはい。あ、でさあ、俺から一つ提案があるんだけど」


 彼の提案とは、こういうものだった。


 王妃たるもの、王宮を長く離れるものではないという長年のその慣習をひっくり返すには、ジョゼフィーヌ様の能力の素晴らしさと実績を訴えるだけではまだ弱い。もっと何か、後押しになるような材料が欲しい。


「という訳で、これからここを調べてみようぜ。あんたのその頭脳、頼りにしてる」


「調べるというのは……過去に王妃が王都を離れて仕事をしていた、そういった事例の記録のことでしょうか。もしそういったものがあれば、ジョゼフィーヌ様の行いにより正当性を持たせられる」


「さっすが才女。話が早くて助かるぜ。そんな前例があれば、それを使って民たちを説得できるかもしれない。まあ、あったら嬉しいな、ってくらいのものだが、それでも探してみる価値はあるだろう」


 そうして二人、書庫の中をうろつき回って調べ物を始める。王家の歴史にまつわる書物を何冊も取ってきて、並んで読み始めた。


 王家の歴史についても、今までにある程度は学んでいる。けれどこうやって丁寧に調べるのは初めてなので、中々に面白かった。


 ついつい本腰を入れて読みふけっていると、何だか視線を感じた。いぶかしみつつそちらを見ると、楽しそうに目を細めたラファエル様と目が合った。


「……あの、なんでしょう」


「いや、そうやって勉学に励んでいるあんたの姿、格好いいなと思ってさ。貴族の令嬢には、あまりいない類の女性だよな」


 妙なことをつぶやき続けているラファエル様から目を離して、また手元の書物に視線を向ける。


「……できればもうちょっと、反応が欲しかったよなあ……照れるとか、恥じらうとか……俺、ちょっと寂しい」


 脱線しているラファエル様を無視して読み進める。と、ある一文が目に留まった。長い長い文章の中に、さりげなく混ぜ込まれたような短い文。


 まるで都合の悪いことを、こっそりと隠しておかれたようなその文が、やけに気にかかった。


「あら……あの、ラファエル様。これを見ていただけませんか」


「ん? 何々? ……『王と王妃は、積極的に国外へとおもむき、自ら交渉の席についていた。二人はとても話術に優れ、我が国に有利な数々の条約を締結した』……だいたい、二百年くらい前の話か。というか、こんな話は初耳だぞ」


「私も知りませんでした。……この国の歴史については、それなりに学んでいたと思うのですが」


「俺もだよ。……なあ、この二人のこと、気にならないか」


「なります。この二人の詳細が分かれば、ジョゼフィーヌ様の力になれるかもしれません。それに、どうしてこの二人のことがほとんど語り継がれていなかったのかも」


 目を輝かせたラファエル様と二人、力強くうなずきあう。なんだかとっても面白そうなことになりそうだと、そんな予感がしていた。


「よし、この時代の資料を重点的に調べてみよう。何か面白いことが分かるかもしれないぞ」


「そうですね。……どうせなら、あの奥の小部屋……王族や重臣以外立ち入り禁止のあそこにある資料も調べてみたいところですが」


「ああ、任せとけ」


 どうせ無理だろうな、と思っていたのだけれど、なんとラファエル様は即答した。


「実は俺は、ロジェ様からありがたいお言葉をたまわっている。『ジョゼフィーヌの様子がおかしい件を解決するために、私の代理としての全ての権利を与える』と。つまり今の俺は、堂々とあの小部屋に入れる。あんたは俺の助手ってことにすればいい」


 妙に演技がかった表情で、大仰にラファエル様はそう言った。思わずくすりと笑いながら、彼にうなずきかける。彼もまた、大きくうなずき返してくれた。


「なんだか、本当につかめそうな気がしてきたな。みんなが幸せになれる結末を」


 そう言って、ラファエル様は明るく笑った。今しがた見つけた文言が、本当に役に立つかは分からない。


 でもきっと、ここから物事はいい方向に動いていく。ラファエル様のあっけらかんとした笑顔を見ていたら、素直にそう信じられた。

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